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ISIS People

編集する人々

  • 時間×編集

    時間を編集して、もっと自由に

    ハレ暦案内人
    富山シティエフエム「藤田小百合のハレ暦」

    藤田小百合

    私がつくった「ハレ暦」のテーマは「月」です。
    20年ほどまえ、月に関する本を読み漁っていて、そのとき松岡正剛校長の『ルナティックス』に出会いました。

    ■変化のきっかけをつかみたい

    それから2013年、松岡校長が新潟弥彦村で行われる「全国門前町サミット」というイベントで講演をすると聞き、娘と一緒に参加しました。
    そのとき会場の座席にイシス編集学校のパンフレットが置いてありました。「編集学校」という名前から、文章を書く人たちが学ぶところなのかなと思ったので、はじめは私には関係ないやと遠巻きにしていました。でもその半年後くらいに、部屋の掃除をしていたら、たまたまパンフレットが見つかり、当時、自分の思いを伝えるということに日々限界を感じていたので、ここで何か変わるきっかけをつかめるかもしれないという淡い期待とともに入門の決意をしました。

    ■文章を書く練習じゃないんだ!

    基本コース[守]を受講して、まずビックリしたのは「文章を書く練習じゃないんだ!」ということ。
    でもなにより驚いたのは、修了イベントの「感門之盟」です。
    何に驚いたのかといえば、みなさんのモチベーションの高さです。イシス編集学校というところには、こんなに熱意のある方たちが、これほどたくさん集まっているのかと圧倒されました。
    さらに応用コース[破]受講して、イシス編集学校で学ぶ編集術こそ、私が「欲しかったものだ!」と確信しました。
    そもそも私が「ハレ暦」をつくったのは、あらゆる関係を察知するためなのですが、その発想と、すべての情報に関係性を見つける《編集》はまったく同じだと思ったんです。

    ■「情報」と「時間」がつながった

    情報を関係づけるというのは、編集の基本ですが、松岡校長の『知の編集術』を読んだとき、そこで書かれている「情報」という言葉が「時間」という単語に置き換えられることに気づきました。
    情報はどこで区切るかによって意味が変わります。同じように、時間も切り取り方によって意味が変わります。
    人は起きてしまった出来事にとらわれますが、編集術を知っていれば、もっと自由になれると思いました。

    ■同時にいろんなことができるようになった

    「ハレ暦」ユーザーの仲間には、編集学校で学ぶ人も多いのですが、みんな口々に「イシスに行ってよかった」と言います。
    とくに、「同時にいろんなことができるようになった」という声が多いです。ひとつの時間だけでなく、何層もの時間が同時進行しているような感覚でしょうか。
    時間が編集されれば、心も編集される。心が編集されれば、悩みが解決する。
    そのための方法が、イシス編集学校にはあります。

     

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  • 起業支援×編集

    起業支援と「たくさんのわたし」

    NPO法人起業支援ネット代表理事

    久野美奈子

    25年以上まえに、母から松岡正剛校長のことを教えてもらったことが入門のきっかけになりました。
    亡くなった母は、『ルナティックス』や『フラジャイル』『空海の夢』を愛読する松岡校長の大ファンでした。

    ■とにかく楽しかった編集稽古

    母は、いま私が代表をつとめている起業支援ネットの創立者で、女性起業家の支援をしていました。
    その一環として開催した講演会に、松岡校長をお呼びしたんです。私はその講演会に、受講生の一人として参加していました。
    それから数年が経って、母のもとに編集学校が開校するという案内が届いたんです。校長のお話もおもしろかったし、ちょうどそのころ育休に入るときだったので、タイミングよく入門することができました。
    入門した教室での稽古が、とにかく楽しかったことをよく覚えています。めくるめく体験でした。
    熱中する私を見て母は「ここまでハマるとは」と驚いてましたね。でも、自分では「編集術がわかった!」と思ったことは一度もありません。

    ■「たくさんのわたし」に出会って

    ひとつ言えるのは「たくさんのわたし」というお題に出会って、私の人生が変わったということです。
    「たくさんのわたし」というのは、「私は◯◯な□□である」という形式で自分を語り直すお題です。
    私は昔から自分の器用貧乏さに若干のコンプレックスを抱えていました。
    例えば、起業支援においても起業家さんは本当に目指したいものを発見したんだろうなと感じるけれど、自分にはなにもないと思っていました。
    でも、「たくさんのわたし」のお題に取り組んで、「すでに『私』はいくつもあるじゃん!」って心から思えたんです。20年以上経った今でも、あのお題が出たときのことはよく覚えています。
    一日中ずっと「私は◯◯」とメモに書き出していました。「食いしん坊な私」「口ばっかりな私」など、社会的に評価される私ではないかもしれないけれど、すでにそこに自分はあったんだと分かり、そのことに本当に救われたんですよね。

    ■相談者が気付いていない「わたし」を発見する

    起業を目指す方の相談を受けるという仕事は、イシスでの師範代の役割とかなり共通しているように思います。相談の時間というのは、いわば一緒に「たくさんのわたし」を発見する時間なんです。
    相談に来てくださるみなさんは、多くの場合、「自分にはこれくらいの経験しかない」とか「起業するには○○が足りない」といった悩みを抱えています。
    私の役割は、相談者が気付いていない「わたし」を見つけ、その人の可能性を開いていくことです。
    そのプロセスはまさに「受容・評価・問い」という師範代の3つの骨法と重なります。私は、目の前の人がご自身のナラティブを語り直すプロセスに立ち会いたいんだと思います。
    自分を語るためには聞き手が必要です。そういうときの「よい聞き手」でありたいと思っています。

    ■世の中の「かすかな声に耳を澄ます」という哲学

    「この人の見ている景色を見たいな」と思ってそれを実践できるのは、イシス編集学校で師範代経験があったからです。
    イシス編集学校の根底に流れるのは、世の中の「かすかな声に耳を澄ます」という哲学だと感じています。平たい言い方をすれば、それは世界や知や人間を信じたり、関心を持ち続けたりすることのあらわれだろうと思います。
    私はそういう世界観に共鳴しているから、20年以上もずっとイシス編集学校に恩義を感じているのだと思います。

     

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  • 医療×編集

    地域の編集文化から医療を立てなおす

    総合診療医
    東洋医学

    華岡晃生

    医学部時代、ハワイと台湾に留学したのですが、その事前研修のときに「日本を勉強するなら、松岡正剛の『日本力』(PARCO出版)を読め」と教えられました。

    ■「氏神を取り戻す」という言葉が響いた

    『日本力』には「氏神を取り戻すということは、村が蘇ることですよね。村が蘇るということは、その村を形成している川、山、泉、池、田んぼ、林が見えてくるということです。
    それが取り戻せると、今度は世界というものが見え始めて、コミュニティとの境界領域がつくられますよね」(p.279)と書かれています。これを読んだとき、いたく感動しました。
    僕はもともと、神社がきれいな地域は土地のパワーが保たれているという持論があり、そのうえでこの本を読んだので、まさにそうだと思ったんです。
    「氏神を取り戻す」という言葉が、地域医療を志す自分にはとても響きました。
    『日本力』のあと、『謎床』(晶文社)を読みました。そこにイシス編集学校のパンフレットが挟まっていました。

    ■郵便番号が生命予後を決める?

    留学経験を経て、社会医学に関心を持ったことも入門のきっかけになりました。
    イギリスの医師・マイケル・マーモット先生や、ハーバード大学のイチロー・カワチ先生の著作にはとても興味深い指摘があります。
    たとえばアメリカでは「生命予後を決めるのは郵便番号だ」という研究結果が明らかになりました。養育歴や幼児教育など環境要因によって寿命などが変わってしまうということに僕はショックを受けました。
    同時にこんな事例も印象的でした。
    日本の移民を追跡してみると、ハワイに住んでいる人とカリフォルニアに住んでいる人とでは食生活はほとんど同じなのに、なぜかハワイに住んでいる人のほうが心臓血管疾患が少ないようなのです。その理由は、もしかしたらハワイは祭りを維持するなど文化的な力が残っているからだ、という仮説です。
    地域による健康格差の問題を見聞きするにつれて、日本の健康を取り戻すためには、地域の力を復活させることが重要なのではないかと思い始めました。
    それが「氏神を取り戻す」という松岡校長の言葉と重なって、イシスで学ぼうと決めました。

    ■生活のなかに編集を落とし込む覚悟

    僕は[守][破]ではぜんぜん目立たない学衆でした。
    [守]のアワードである[番ボー]でも箸にも棒にもかかりませんでした。しかも、当時は大阪の病院で研修していて、東京で開催されたオフ会の「汁講」にも参加できなかったんです。
    でも師範代が僕ひとりのために、大阪出張のタイミングで汁講を開いてくれたりして、そういう熱量にはほんとうに感動しました。
    師範代の指南も「なんで師範代は、いろんなことをこんなによく知っているんだろう?」とすごく不思議でした。
    [守][破]の指南を通して、「師範代ってすごい」「この人たち何者?」という好奇心が募って[花伝所]へ進むことにしました。
    イシス編集学校の学びの中でも特に師範代の経験は大きな節目となりました。
    というのも、それまではまず自分の生活があって、イシスの編集稽古はそこにプラスアルファするものとして考えていましたが、師範代を担当することによって、生活のなかに編集を落とし込む覚悟ができました。それでなんとかやりきったという自信がついたので、[離]にも挑戦できました。

    ■「未病を治す」地域医療のために

    僕は「未病を治す」ということをずっと考えています。
    病になる前の人をどう治していくか。人々の健康を作るためには、医学だけでは足りないと思うんです。
    そのために僕はやはり地域の力を取り戻していくような地域医療にもっと力を入れていきたいと考えています。
    文化や物語などの編集力もひっくるめて医療に動員するために、イシスでずっと学び続けたいと思います。

     

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