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輪読座

輪読座コース

日本哲学シリーズ
輪読座「富士谷御杖の言霊を読む」のご案内

日 時

全日程 13:00〜18:00

 

2023年10月29日(日)
2023年11月26日(日)
2023年12月24日(日)
2024年1月28日(日)
2024年2月25日(日)
2024年3月31日(日)

 

難読古典を輪読し、図象解読する
イシス唯一のリアル読書講座

難読といわれる日本の古典。古事記・日本書紀、万葉集にはじまり、聖徳太子、空海、閑吟集、三浦梅園、西田幾太郎、折口信夫、井筒俊彦、南方熊楠など。輪読師である高橋のナビゲーションのもと、輪読し、図解していきます。
輪読師・高橋秀元は、松岡正剛と共に工作舎を立ち上げ、オブジェマガジン『遊』を世に送り出してきたコアメンバーの一人。松岡が「学者10人力」という博覧強記の編集者です。日本の神々について独特の解読を進め、観念の技術をめぐり執筆を続ける一方、出版や日本文化・観光・都市の研究、地域振興や文化施設などのプランに携わっています。
輪読座では、予習や前提知識も必要ありません。図象(ずしょう)と呼ぶ高橋が構成した“概念曼荼羅”を介し、お互いに声を出しながら輪読する事で解読力が自然とついていきます。

古典の歴史、概念の前提を輪読師・高橋が図象で徹底解読

古典の歴史、概念の前提を
輪読師・高橋が図象で徹底解読

声を出す輪読と輪読師解説で難読古典も通読できる

声を出す輪読と輪読師解説で
難読古典も通読できる

図象ワークを通して自ら解読し、
伝える力を養いアウトプットする

日本哲学シリーズ
「富士谷御杖の言霊を読む」のご案内

2023年10月に始まる輪読座は日本言語論シリーズ第一弾「富士谷御杖の言霊を読む」です。富士谷御杖は、江戸時代の中期から後期にかけて、本居宣長や賀茂真淵らの学問を摂取しながらも批判し、まったく新しい「言霊論」という見方を展開した知る人ぞ知る異才の国学者です。
なぜいま、言霊論か、日本の言語論を始めるのか。ChatGPTに代表されるように、現代はプロンプトさえ入れれば、人工知能が自動的に文章を生成することができる時代です。では、AIの生成する言語には言霊はあるのか。言語の真実らしさや偽物らしさはどこから来るのか。富士谷御杖は言霊こそが真実を伝えるためのメディアとして機能することで、『万葉集』や『古事記』といった物語をつくってきたと考察し、言霊を去来させるための数多くの方法の示唆を残しています。
現今までに論じられてきた言霊論とは全く異なる日本言語論講義になります。富士谷御杖の全体像をまるごと把握し、21世紀の日本に生きる人間の重要な資源にできる全六回に編集された輪読座の新シリーズです。富士谷御杖についてまったく知らない方、大歓迎です。予習も不要です。ただ「言葉」「日本語」「言霊」に興味があるという好奇心だけお持ちいただき、お気軽にご参加ください。

輪読座「富士谷御杖の言霊を読む」のスケジュール

第1回 「真言弁 上巻」を読む=「真言」とは何か?

『真言弁』は、『万葉集』、『古今和歌集』から、富士谷御杖の時代までの和歌に共通する心的作用を抽出し、それを「真言」(まこと)とし、それがどのように出現したかを示しています。「真言」は、人間に普遍的にあらわれる「恋心」を表出したことにはじまるとします。それは心内に存する「神々」の作用によるとします。この「神気」は蘭学者であって東洋医学者でもあった前野良沢や杉田玄白らが、『ターヘル・アナトミア』(『解体新書』として出版:1772)の翻訳にあたって、ヒトの情報受容・情報編集・情報伝達機構としての“nerve”の訳語に、中華医学の「神気」と「経絡」を融合した「神経」を造語して当てたことに見られる「神気」でした。富士谷御杖は、言語を初めて脳神経系の働きによって生ずるとし、その根幹にヒトの持続に必要な「恋」を成就させるコミュニケーションに「真言」を発見しました。この「真言」の作用が、個人が言うにいわれぬ本心を発する言語作用に拡張されたとします。それは社会の規制を受けて、実際の音声、あるいは文字化された「言葉」(words、term)のいわば言外に発出されて他者に伝わる「真言」となったとします。この「真言」の作用とは何なのか。これを皆様とともに解き明かします。

第2回 「真言弁 下巻」を読む=「言霊」(ことだま)の出現

富士谷御杖は、「真言」(まこと)が発せられる「時」があるとします。それは時代が構築する言語空間に個人的な発言が抑止される中で、言うに言われぬ神気の発動がおこったとき、「真言」の作用がおこり、和歌という形式をとって、言外に表出されるとしました。これが「言霊」(ことだま)であるとします。この「言霊」は、言葉の波動性に内在し、さまざまな比喩表現にもなりますが、とくに語気、語調(メロディー、テンポ)などの物理的条件として伝達されるとし、それは波動そのものの情報性を決定する波動の「撓い」(しない)によるとしました。「撓い」は現代の物性論において、ある物資が引き伸ばされたり、圧縮されたとき、元に戻ろうとする弾性のことですが、富士谷御杖は「撓い」をヒトが言語を発するときに、語気、語調、口調として言葉に刻印される波動としました。この言語の「撓い」はヒトが言葉を発するときに必ず刻印され、ヒトは言葉の「撓い」を受信する能力をそなえているとします。しかし言葉が文書化されていくと、そこでは言葉の波動性が失われ、語気、語調、口調を読む能力を発揮しなくなっていきます。そうなると「撓い」に依存した「言霊」のコミュニケーションも衰えていきます。こうした成り行きの中で、何事も筆記のみならず、印刷された文書で情報内容を確認する十九世紀の富士谷御杖の時代が到来したわけです。そこで富士谷御杖は文書を受け取ったものが、音声を発して読むことを推奨し、そこに託された「言霊」を読み取ることの重要性を提起しました。このような「言霊コミュニケーション」の提起が現代におけるメール交信などのコミュニケーションにとって、どのような提起となっているのかを、皆様とともに考察していきます。

第3回 『古事記燈』の「おおむね:大旨 上」を読む

富士谷御杖は、文字が無かった時代にはすべてのコミュニケーションは音声でおこなわれるため、記憶は音声で復元され、そこに「真言」が失われることなかったとします。この語部が読みだした歴史的記憶が文字化されるにあたって、その時代性、国際環境の制約によって粉飾、比喩表現を加えて表現されなくてはならなかったとします。こうして編集されたのが大宝2年(702)に完成した『古事記』でした。その前年の大宝元年(701)、文武天皇のもとで「大宝律令」が公布され、そこでは「倭国」の国号を廃し初めて「日本」の国号をもちいました。『古事記』が完成した大宝2年(702)には、粟田真人を使節使とし、山上憶良らが乗船した遣唐使船が唐に発進しています。
このとき則天武后は「唐」の国号を廃し国号を「周」とし、その女帝として君臨していました。則天武后は夫の唐の高宗とともに唐・新羅連合軍と倭国・百済連合軍との国際戦争(白村江の戦い:663)を主導したので倭国との国交を断絶していたのです。大宝2年の遣唐使は「倭国は新興した日本に滅ぼされ、新たな政権を立てた日本は唐と同じ律令国家となった」と則天武后に報告し、新たに国交を樹立したいと申しいれ、則天武后は日本との国交樹立を認めました。富士谷御杖はこうした「時」に編集された『古事記』は語部が語り出した言葉そのものが記されたはずもなく、さまざまな事実が比喩表現に置き換えられ、新たな日本の天皇の意義を説く「神典」として編集されたとし、本居宣長が解読した『古事記』の文言をそのまま史実とする本居学派を批判しました。それでは、どのように『古事記』を読み解くべきか。富士谷御杖は文書解読に「言霊」をもちいるべきとし、文書解読のための言霊使用法を「言霊弁」として示しました。ここでは、文章にひそむ真実を解読する「言霊」を把握します。ちなみに明治維新政府は富士谷御杖の古事記解釈を棄て、本居学派の主張を導入して皇国史観を形成しました。

第4回 『古事記燈』の「おおむね:大旨 下」を読む

ここでは、富士谷御杖は「神」と「人」の関係に「言語」が発生することを論証します。もちろん、御杖が説く「神」は、外界からの刺激を受けて、それを編集し、他者に伝える情報伝達、情報受信する「神気」を発する「身内の神々」(脳神経系の諸要素)です。これに対して、「人」は自然界に生じた生命体であり、自然原理に従う存在です。したがって、「人」は男女がつがいとなって子をもうけ、これを育てることが第一の欲望であり、そのために働き、自然、社会の変動に対応して財をためる欲望が生じるのは当然のこととします。こうした個人としての人には「神」がそなわり、その「神」が欲望を実現しようとしてさまざまな人の共通項を集約しながら、いわば世界像を形成してきたとし、この共通項の形成を「照応字律」とします。これは個人の力を累乗的に発揮させる社会活動を可能にしましたが、逆に社会活動を規則化することもおこり、それが本来の個人の欲望を制圧することにもなったとするわけです。
そうなると、自然・社会原理である「理」が先行するようになり、儒学のような政治思想や仏教のような宗教思想が人を規定するようになってきます。そこで富士谷御杖は個々人が「身内の神々」を見直す「神道」に立ち戻り、そこから「照応字律」をおこして、新たな言語空間を形成しなくてはならないとしたわけです。ここでは皆様と、こうした身体的人間と情報的人間の複雑な相互関係を読み解いていきます。

第5回 『万葉集燈 巻の一』を読む

『万葉集燈 巻の一』は、雄略天皇歌にはじまる初期万葉歌の典型を選んで、その語彙の確定、文法的解釈、比喩や倒語などの「言霊」による解釈を加えて、歌の文言の内にひそむ「真言」を読み解こうとしています。ここにいう「倒語」は、例えば愛する彼女から「アンタなんか大嫌い!」と言われたとき、それは本当に嫌われたのかもしれませんが、その言葉が発せられた「時」、「状態」、「情報環境」によっては、「アンタが大好き!」と表明していることもあるわけで、それを理解できない人には「言霊」の作用が働いていないということになります。
ここで「文法的」というのは、富士谷御杖の父、富士谷成章(1738~1779)が構築した最初の日本語文法を応用したということです。富士谷成章は『挿頭抄』(かざししょう:1767)において、日本語の代名詞、接続詞、副詞、感動詞、接頭辞の文法的変動規則を示し、『脚結抄』(あゆいしょう:1779)において、日本語の単語(word)を名(な=体言)、装(よそい=用言)、挿頭(かざし=挿頭抄に示された活用する単語)、脚結(あゆい=日本語特有の助詞,助動詞、接尾語)に分類し、初めて日本語独自の品詞分類を試み、用言の活用の「型」(装図=よそいのかたがき)の変遷によって日本語の形成とその進化を論じ、日本語の時代区分をおこなったのです。富士谷御杖は富士谷成章の文法を活用して、『万葉集』の解釈をおこなうとともに、その言語的時代変遷の過程を理解した上で、御杖の現代における現代語訳をするべきであるとしました。この富士谷成章が構築し、富士谷御杖が応用した日本語文法が、なぜ二十一世紀のわれわれに伝わっていないのかについては、西欧化をめざした近代日本、第二次世界大戦後の日本語問題があり、その日本語文法喪失の経緯についても迫ります。

第6回 『万葉集燈 巻の三』を読む

『万葉集燈 巻の三』は、大海人皇子(後の天武天皇)の皇子(長男)、高市皇子(たけちのみこ)の歌にはじまる、壬申の乱を経験し最初の首都、藤原京を築いた人々の歌の典型を選んで、その「巻の一」と同様な方法で解釈しています。しかし、ここで用いられる日本語は、「巻の一」とは大きく変動していました。それは倭国から日本への変動期にあたり、唐の「皇帝」に匹敵させる日本の「天皇」の観念が出現し、その言語空間に中華的な世界観が反映されてきます。さらに「巻の一」がほとんど倭語を万葉仮名で示していたのに、この「巻の三」では漢語が織り込まれるようになり、漢語のフレーズが織り込まれることもあり、歌として発生するときは、漢語のワードを漢音で読んだり、漢語のフレーズを読み下して読んだりすることも多くあらわれます。
こうした変動期には、言葉が命にかかわること問題であり、歌が発せられた「時」の状況によって、その歌の本意はさまざまな比喩にいろどられ、歌が表出する文字が示す意味だけでは解釈できなくなってきます。そうした歌の「真言」を求めて、富士谷御杖は「言霊」を作用させて、解読を進めました。これを皆さまと輪読し、「言霊」の効果を実感していきます。

輪読とは・・・

◎輪読座への参加の心構え

  • 1.予習禁止=輪読座は「無知」と「未知」を尊びます。予習の多くが先行する意見・定義の再認であって、自由な発想をさまたげる。輪読座では人が読むのを聞いて思いつく自発的意見を重視し、教科書の文言や通説、既存の学説・解釈の受け売りや代弁を禁止する。
  • 2.読めない状態の参加でよい=輪読座では配布されるテキストを声に出して読みまわします。そのとき、読み間違い、読めない文字の飛ばし読み、たどたどしい読み方などをとがめない。そのたいがいに重要性はない。人が読むのを聞き、自分が読んでいるうちに発声の呼吸・調子が分かって読めるようになってきます。読み手が読めないところを聞き手の読める人がフォローすることは許可する。
  • 3.疑義に発言・応答する=知らないワード・人名・地名などは休憩にネットでチェックすればよい。しかし、どうして?なぜ?が生じたら、それを提示しなくてはならない。それは既存の知識では解決できないことが多い。そのときは全員が自由に見解を発露してよい。輪読師が疑義を投げかけたら、思いつくままに答えなくてはならない。疑義や答えを誹謗してはならない。疑義や答えのフォローは許可する。
  • 4.読みまわした内容の編集と発表=輪読座では、読む対象の時代状況、その内容のよってきたる所を重視し、それを輪読師が「図象」(ずしょう)で提供。「図象」では読む対象ならではの特殊な用語・術語の図示による解説も行い、内容把握の障害をできるかぎり除いて輪読をはじめる。その中間で読んだ内容を二人組で三環連結・三位一体・二軸四方などを組み合わせて図示し発表。参加者は必ず、これを実行しなくてはならない。
  • 5.宿題が出る=人間は忘却の動物である。読み終われば、次の瞬間、内容を忘れる。そこで輪読の終了後、その日から一週間以内に読んだ内容を読み返さないとできない宿題が出される。その答案は輪読師が毎回提供する「図象」の型を参照して作成。そのうちの2、3の答案を、次回の輪読の開始の前に発表していただき、前回の内容を思い出して次の輪読に入る。宿題を提出しないからといって論読座への出席は拒否されない。宿題の答えを出さなければ、読んだ内容を説明できなくなることが多いが、これは自業自得とする。

日本哲学シリーズ
輪読座「富士谷御杖の言霊を読む」のご案内

日 時

全日程 13:00〜18:00

 

2023年10月29日(日)
2023年11月26日(日)
2023年12月24日(日)
2024年1月28日(日)
2024年2月25日(日)
2024年3月31日(日)

定  員

30名

受講資格

どなたでも、お申し込みいただけます。
定員になり次第、締め切らせていただきます。

受 講 料

◎リアル講座:6回分 税込価格 55,000円(税込)

[参加スタイル]
2万冊の書棚空間、豪徳寺本楼で、バジラ高橋の解説を聞き、それぞれ声を出しながら輪読していきます。リアルに輪読師と質疑を交わし、図象のグループワークに取り組んでいただきます。宿題やワークの発表も用意されています。欠席された場合にも映像、資料などでフォロー受講できます。
   *クレジットカードがご利用になれます。
   *記録映像データ、資料などをご覧いただけます。

 今期はリアル講座は受付しないこととさせていただきました。
  どうぞご了承ください。 

 

◎サテライト講座:6回分 税込価格 33,000円(税込)

[参加スタイル]
各回当日に講義の様子をリアルタイムでご覧いただける閲覧URLと高橋輪読師の講義資料や輪読するテキストのダウンロード方法をご案内いたします。資料を手元に輪読座の生中継をご覧いただくスタイルです。
   *クレジットカードがご利用になれます。
   *記録映像データ、資料などをご覧いただけます。

 →受講申し込みはこちらから


サテライト輪読座は、6回にわたる講座を動画共有サイトで生中継いたします。各回の資料や課題共有は、リアルの参加者
と同じWEB上のラウンジで行い、記録映像を期間中いつでもご視聴いただけます。ぜひ、遠方の方や時間の調整が難しい方のご参加も、お待ちしております。

 

無料の編集力チェック