ISIS People
編集する人々
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医療×編集
地域の編集文化から医療を立てなおす
総合診療医
東洋医学華岡晃生
医学部時代、ハワイと台湾に留学したのですが、その事前研修のときに「日本を勉強するなら、松岡正剛の『日本力』(PARCO出版)を読め」と教えられました。
■「氏神を取り戻す」という言葉が響いた
『日本力』には「氏神を取り戻すということは、村が蘇ることですよね。村が蘇るということは、その村を形成している川、山、泉、池、田んぼ、林が見えてくるということです。
それが取り戻せると、今度は世界というものが見え始めて、コミュニティとの境界領域がつくられますよね」(p.279)と書かれています。これを読んだとき、いたく感動しました。
僕はもともと、神社がきれいな地域は土地のパワーが保たれているという持論があり、そのうえでこの本を読んだので、まさにそうだと思ったんです。
「氏神を取り戻す」という言葉が、地域医療を志す自分にはとても響きました。
『日本力』のあと、『謎床』(晶文社)を読みました。そこにイシス編集学校のパンフレットが挟まっていました。■郵便番号が生命予後を決める?
留学経験を経て、社会医学に関心を持ったことも入門のきっかけになりました。
イギリスの医師・マイケル・マーモット先生や、ハーバード大学のイチロー・カワチ先生の著作にはとても興味深い指摘があります。
たとえばアメリカでは「生命予後を決めるのは郵便番号だ」という研究結果が明らかになりました。養育歴や幼児教育など環境要因によって寿命などが変わってしまうということに僕はショックを受けました。
同時にこんな事例も印象的でした。
日本の移民を追跡してみると、ハワイに住んでいる人とカリフォルニアに住んでいる人とでは食生活はほとんど同じなのに、なぜかハワイに住んでいる人のほうが心臓血管疾患が少ないようなのです。その理由は、もしかしたらハワイは祭りを維持するなど文化的な力が残っているからだ、という仮説です。
地域による健康格差の問題を見聞きするにつれて、日本の健康を取り戻すためには、地域の力を復活させることが重要なのではないかと思い始めました。
それが「氏神を取り戻す」という松岡校長の言葉と重なって、イシスで学ぼうと決めました。■生活のなかに編集を落とし込む覚悟
僕は[守][破]ではぜんぜん目立たない学衆でした。
[守]のアワードである[番ボー]でも箸にも棒にもかかりませんでした。しかも、当時は大阪の病院で研修していて、東京で開催されたオフ会の「汁講」にも参加できなかったんです。
でも師範代が僕ひとりのために、大阪出張のタイミングで汁講を開いてくれたりして、そういう熱量にはほんとうに感動しました。
師範代の指南も「なんで師範代は、いろんなことをこんなによく知っているんだろう?」とすごく不思議でした。
[守][破]の指南を通して、「師範代ってすごい」「この人たち何者?」という好奇心が募って[花伝所]へ進むことにしました。
イシス編集学校の学びの中でも特に師範代の経験は大きな節目となりました。
というのも、それまではまず自分の生活があって、イシスの編集稽古はそこにプラスアルファするものとして考えていましたが、師範代を担当することによって、生活のなかに編集を落とし込む覚悟ができました。それでなんとかやりきったという自信がついたので、[離]にも挑戦できました。■「未病を治す」地域医療のために
僕は「未病を治す」ということをずっと考えています。
病になる前の人をどう治していくか。人々の健康を作るためには、医学だけでは足りないと思うんです。
そのために僕はやはり地域の力を取り戻していくような地域医療にもっと力を入れていきたいと考えています。
文化や物語などの編集力もひっくるめて医療に動員するために、イシスでずっと学び続けたいと思います。 -
医療×編集
医療も編集も、プロセスが大事
順天堂大学練馬病院
病理医
東京都在住
破師範・離右筆小倉加奈子
人と病の“あいだ”にある医療は、編集の泉です。編集稽古は私に、診断のプロセスを客観的に捉えられる見方を与えてくれました。様々な世の中の出来事と医療を関係づけて思考できるようになりました。さらには、花伝所のプログラムで、後輩の指導から子育てまで、編集的なコーチングをマスターできたことで、良い意味での公私混同編集術を体得し、より発見的な毎日を送れるようになりました。
■医療はあらゆる「編集」を必要とする
私の仕事は病理医、がん検査を受けた患者さんの向こう側にいるメッセンジャーです。
医療はまさに編集です。その中でも、患者さんの主訴や検査結果等、様々な情報を集めて、分類して、鑑別疾患を順位づけし、治療法を選択していく病理診断は、とにかくすべてが編集的。細胞の「らしさ」を観察する、とびきり方法的な仕事です。普段は大学の附属病院の病理診断科で、患者さんの細胞や組織を顕微鏡で観察し、そして病理診断を下す「病理診断」という診療業務とともに、病理医をめざす若い先生の指導も行っています。
一方で、病理医の存在はさほど注目されていません。そこで一般の方々に広く知ってもらうため、日常業務だけでなく、NPO活動で病理診断体験セミナーの企画や健康サイト等の連載で病理医の魅力を伝えています。■医療も社会も、方法を大切に
医療も社会も、結果だけを求められがちな今だから、どれだけプロセスに注目した方法が模索できるかが大事だと感じています。便利になり選択肢も増え、方法が多様になっていく中、子どもたちが夢を持ち、大人も精神的に豊かな生活を送れるような世の中を編集し続けていきたいです。
□著書
『おしゃべりながんの図鑑 病理学から見たわかりやすいがんの話』
『おしゃべり病理医のカラダと病気の図鑑 人体サプライチェーンの仕組み』□小倉加奈子師範が手掛ける「おしゃべり病理医のMEdit Lab」(編集⼯学研究所と順天堂⼤学による共同開発)
□イシス編集学校メディア「遊刊エディスト」 コラム一覧TEXT:植田フサ子
EDIT:長田陽子高校生を対象とした病理診断セミナー
ワークショップでも後輩指導でも対話を大切にしている
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アート×編集
文化と経済の新しい循環へ
ライター・エディター
京都岡崎魅力づくり推進協議会マネジャー
春秋山荘ディレクター
京都府在住
破師範・離右筆福田容子
ディレクターとして運営に携わる春秋山荘や、そこを拠点とするアートプロジェクト「森村泰昌MoriP100プロジェクト」は、「経済と文化の新しい循環」への挑戦。お金ではない別様の価値で動くアートと人の関係を育てようとしています。お金だけが価値基準となる時代が終わりゆくなかで、そうした世界観を言葉にして伝えること、共鳴する人々をつなぐことが私の役割だと考えています。
■京都・山科から拡がる多軸多色なアート展
山科にある春秋山荘は滋賀県から移築した築150年ほどの古民家で、『夜想』編集長の今野裕一さんが京都の活動拠点として展開を始めたものです。展覧会、茶会、トークイベント、ワークショップなど、多軸多色にユニークな企画を開催しています。私はその運営をボランタリーなディレクターとして手伝っています。なかでも2017年からスタートした森村泰昌MoriP100プロジェクトは、会期中のイベント企画、現場運営、ワークショップのナビゲーターなど、さまざまに関わり注力しています。
■チームが自己組織化していく
森村さんはこのMoriP100プロジェクトについて、What(何を)とHow(どうやって)については語られますが、Why(なぜ)について、本当のところは伏せて語られてないと思うんですね。ですから、関わるチームメンバーがそれぞれ自分なりにプロジェクトの「真のWhy」を読み解いて意味づけしていくことになります。関わる人たちが自律的に動き、意図や意思が自然発生的に立ち上がっていくこのチームのあり方は、私の考える編集的創発そのもの。また、多様な見方が相互共鳴して意味が深まっていくところは、まさに「インタースコア」です。
■これからの世界観を言葉で伝え、人をつなぐ
編集学校では、ここにこなければ一生接点がなかったような異業種・異世界の人とごろごろ出会えます。そういう人達と一緒に学ぶことで開かれた自由は大きいですね。春秋山荘のプロジェクトに関わり始めたのも編集学校の先輩である大音さんにお声がけいただいたことがきっかけ。私にとって大事な出会いになりました。カチッとスイッチが入ってチームが起動していく鍵を握るのは、やはり「人」。一緒に将来を見つめられる仲間を常に探し続けているのかもしれません。
先達文庫
ジャンバッティスタ・ヴィーコ『自伝』
シモーヌ・ヴェーユ『根をもつこと』TEXT:松原朋子
「森村泰昌MoriP100プロジェクト」取材立会(2017年 春秋山荘)
企画編集を行う春秋山荘ニュースレター。紙版に加え電子版での出版も