2010.5.13   [レポート]
No.15『國語元年』北原ひでおさん

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ネット上の教室で昼夜を問わず行なわれる編集稽古。人と人のあいだを往来する言葉の数々。師範代という編集コーチを務めながら学ぶものは、小手先の編集術ではない。北原ひでおさんは、言葉の交わし合いから育まれる生きた編集の醍醐味を、松岡校長から贈られた井上ひさしの名著で改めて思い知る


北原ひでおさん 6期[守] やみ月めんたる教室 師範代

(会社員/東京都在住)
ISIS編集学校略歴:4期[守][破]、6期[守][破]師範代、花伝所 錬成師範


松岡正剛校長から北原ひでおさんへの先達文庫
『國語元年』 井上 ひさし 中公文庫

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【内容紹介】言文一致運動が起こる十数年前の明治七年、「全国統一話し言葉」を制定する計画があった。「井戸」と「江戸」、「鏡台」と「屈みなさい」。明治維新の縮図のような南郷家で、日頃起こっているすれ違い。日本という国が1つにまとまっていくためには、こんなすれ違いをなくして、お互いの意思伝達が確実に行えるようにしなければ。その信念の元、共通口語の制定を命じられた南郷清之輔の悪戦苦闘とそれを取り巻く人々のドタバタが暖かく描かれた物語。1985年にNHKで放送されたテレビドラマの脚本。


 

そのはじまりに向けて


いつも、感門之盟では師範代のやり遂げたという達成感と何かを教室に残してきたという後悔が交錯する想いを感じるのですが、2002年の当時、僕も[
守]の師範代として同じような思いで壇上に立っていました。精一杯、学衆さんに、お稽古に、回答に向かい合ったつもりなのだけれども、果たして、本当にこれでよかったのか?という疑問が僕の中に大きく残っていたように思います。

そんな思いの中、松岡校長から手渡されたのは、井上ひさしさんの『國語元年』でした。

本を開くと、「編集稽古、完遂、でも、それは編集元年」と金色のインクで書かれた言葉。

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北原さんの先達文庫。久しぶりにカバーを外してみた

いただいた本を読み始めたのは、感門之盟から数週間経ってからだったかもしれません。井上ひさしさんは「國語」ってこんな風にお上が造るもんじゃないんだよなぁ。でも、その想いは大事なことだけどね。と言っているようでした。本の中で少し触れられているように、言葉でお互いを分かり合えるようになるためには、まず自分の中で言葉を通わせる「言文一致運動」を待つ必要があり、それも富国強兵とは、ほど遠い文学の世界からそれは始まったのですから。でも、みんなが1つの国の国民として暮らしていくには、お互いに分かり合える言葉が必要だということに気がつきはじめたからこそ『國語元年』だったのでしょう。

そして、僕の場合も[守]の師範代を終えて色々な思いが残ったこのときが、僕にとっての「元年」だったのです。本を読み終えてメッセージを改めて見ると、「編集」ってこんなもんじゃないんだけどね。でもその思いは大事にしてね。って、松岡校長の声が聞こえてきたように思いました。そう、「國語」と同じように、僕たちの日常の暮らしや世界を「編集」していくためには、まず、自分の中で編集的な自分を定めることが必要であり、僕自身の切実な想いを見つめ、方法を求めていくことが、編集的な自己、編集的な関係を生み出すことにつながっていくのだとすると、そのための一歩を僕はこのときに踏み出したに違いありません。

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天気のいい日は時々外で本を読んでいるという北原さん

あれから、8年。イシス編集学校は仕組みも洗練され、関わる人たちが増え、様々な活動が展開されていっています。でもやっぱり変わらないものがそこには流れていて、それに気が付く度に僕は思うのです。

私は今も「編集元年」なのだと。

*追記*


この文章を書こうとしていた時、井上ひさしさんの訃報が大きく報じられました。私は単なる読者の一人ですが、庶民の活力と権力、ふるさとと国家のあり方への深い洞察を笑いと暖かな視線で私たちに届けてくれていた井上ひさしさんの新しい本がもう読めないことは本当に悲しく、残念でなりません。

井上さんが残してくれた本や言葉を携えて、ドン・ガバチョのように水平線の向こうの未来を目指し、苦しい時こそ泣くのではなく笑って波を乗り越えていこうとすることが、私にできる井上さんへのお礼なのだと思っています。

 

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イシス花伝所入伝式前の師範会議にて

(文・北原ひでお)