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輪読座

 

 編集工学研究所フェロー 高橋秀元が、輪読と図象ワークに
よって読書を促進する輪読座を開催しています。

 近年、読書が推奨されていますが、読みたくても読めない本があります。そのような難読といわれる日本の古典を中心に、輪読師である高橋のナビゲーションのもと輪読をします。

 予習や前提知識も必要ありません。図象(ずしょう)と呼ぶ高橋が構成した“概念曼荼羅”を介し、お互いに声を出しながら輪読する事で解読力が自然とついていきます。

 2014年秋開講の『伊勢物語』からスタートした「サテライト輪読座」。 全6回にわたる講座を動画共有サイトで生中継し、テキストで輪読座の進行を共有しながらサテライト参加者からのワーク・コメント・質問等を交えて進行。 各回の資料や課題共有はリアルの参加者と同じくWEB上のラウンジで行います。
  ぜひ、遠方の方や時間の調整が難しい方のご参加も、お待ちしております。


これまでの輪読座



バジラ高橋

高橋秀元

松岡正剛と共に工作舎を立ち上げ、オブジェマガジン『遊』を世に送り出してきたコアメンバーの一人。
日本の神々について独特の解読を進め、観念の技術をめぐり執筆を続ける一方、出版や日本文化・観光・都市の研究、地域振興や文化施設などのプランに携わる。
イシス編集学校で密教のヴァジラ(金剛杵)を冠した教室を開いたことから、「バジラ・タカハシ」が仇名になっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 輪読座・日本哲学シリーズ第三弾
        「西田幾多郎を読む」のご案内




2016年10月から始まる輪読座は、『西田幾多郎を読む』です。

 西田幾多郎の生年は、明治3年(1870)の旧暦の4月19日、没年は第二次世界大戦が終わる直前、昭和20年(1945)の6月7日です。


西田幾多郎

 西田幾多郎の哲学文章は姪の高橋ふみがドイツ語に翻訳し、世界でもその評価は高まるばかりです。親友の鈴木大拙の世界への禅の論理の普及とともに、現代ヨーロッパ哲学を反省させ続けています。西田幾多郎の哲学を把握するには、松岡正剛の千夜千冊1086夜「西田幾多郎哲学論集」に触れるのがまずはよいでしょう。
 主要都市がアメリカ空軍に焼き払われ、今のシリア同様、世界の最貧国となった戦後の日本。敗戦から2年後の昭和22年(1947)、岩波書店から『西田幾多郎全集』が出版されました。数年かけて刊行されると広告されるや、国民はなけなしの聖徳太子A号券(百円冊)を握って、焼け跡のバラックの本屋に予約の列をなしたのです。これは今のラーメン屋の行列とは次元を異にしています。昭和28年(1953)に完結した『西田幾多郎全集』(全19巻)は改版されるたびに新発見の原稿を加え続け、24巻に増えているが未だに完結していません。



(左)昭和20年(1945) 東京大空襲
(右)初版『西田幾多郎全集』(全19巻)

 池田内閣の所得倍増政策、第一回東京オリンピック開催、日教組の教育界の席巻、甲虫合唱団(ビートルズ)の大流行などを境に、日本人は西田幾多郎の哲学を省みなくなってしまいました。 このごろ、京都大学の日本哲学の講座廃止の風聞が流れる中、戦後の終わりとともに西田哲学はヨーロッパでますます評価され、日本の大学では授業されなくなってしまうのか? 日本の大学の“似非・哲学科”の教授は輸入哲学解説学者ばかりになって、日本の思索の編集の方法は忘れ去られてしまうのか? それとも、近代日本哲学の牙城、西田幾多郎を脱構築する21世紀の日本哲学者が出現するのか?

(左)1960:第一次池田内閣
(右)1964:第一回東京オリンピックのポスター


 西田哲学は日本哲学大系として提示されたものです。日本の宗教・文学・芸術が育んだ「心」や「現象」の捉え方、その道筋としての「論理」、その実現法としての「倫理」。これらを当時の西欧哲学に照応しながら、西欧哲学とは異なる体系として示したのです。
 いみじくも、戦後日本を脱出しテヘランに思索した井筒俊彦が嘆いたように、現代の日本哲学は近代からも、戦後からも脱出できないという状況です。欧米では近代哲学を脱構築するために、古代・中世の哲学・宗教・文学・芸術を徹底的に読み直して現代に再生させ、進展する自然科学・人類学・言語学・社会学などの成果を盛り込みながら、解釈系を新たに構築しようとしているのに、日本では旧態然たる解釈を教育と称して押し付けるのみです。

 日本の脱近代の第一歩を踏み出すには、偉大な西田幾多郎がどのように西欧哲学体系に日本の哲学的素材を導入し統合的に再構築、すなわち編集したのかを把握しなくてはならないでしょう。
・ 西田幾多郎が用いた禅や真宗などの哲学的素材
・ 多くの日本伝統の哲学的素材に対する新たな概念
・ ノーベル賞を続出している日本の物理学・生理学・医学
・ 21世紀にパラダイム・チェンジを迎える宇宙論・情報論・生命論・言語論・論理学
  環境論・人類学などの成果
21世紀の日本哲学では、これらを編集し、新たな日本哲学体系を構築していく必要があるのです。

 次回の輪読座はそのささやかな一滴となろうとしています。「輪読座への参加の心構え」、10月に始まる「『西田幾多郎を読む』のプログラム」をご覧ください。

◎輪読座への参加の心構え



1.予習禁止=輪読座は「無知」「未知」を尊びます。学者の知見や書物による予習の多くが先行する意見・定義の再認であって、自由な発想をさまたげます。輪読座では人が読むのを聞いて思考する自発的意見を重視し、教科書の文言や通説、既存の学説・解釈の受け売りや代弁を禁止します。

2.読めない状態の参加でよい=輪読座では配布されるテキストを声に出して読みまわします。そのとき、読み間違い、読めない文字の飛ばし読み、たどたどしい読み方などをとがめません。たいがいに重要性はないからです。人が読むのを聞き、自分が読んでいるうちに発声の呼吸・調子が分かって読めるようになってきます。読み手が読めないところを聞き手の読める人がフォローすることは奨励します。

3.疑義に発言・応答する=知らないワード・人名・地名などは休憩にスマホでチェックしても構いません。しかし、どうして? なぜ? が生じたら、それを提示しなくてはなりません。それは既存の知識では解決できないことが多い。そのときは全員が自由に見解を発露してよいのです。輪読師が疑義を投げかけたら、思いつくままに答えてみてください。疑義や答えのフォローは歓迎します。

4.読みまわした内容の編集と発表=輪読座では、読む対象の時代状況、その内容のよってきたる所を重視し、それを輪読師が「図象」(ずしょう)で提供します。「図象」では読む対象ならではの特殊な用語・術語の図示による解説も行い、内容把握の障害をできるかぎり除いて輪読をはじめます。その中間で読んだ内容を二人組で三環連結・三位一体・二軸四方などの編集思考素を組み合わせて図示し発表します。

5.宿題が出る=人間は忘却の動物です。読み終われば、次の瞬間、内容を忘れてしまいます。そこで輪読の終了後、その日に読んだ内容を読み返さないとできない宿題が出されます。その答案は輪読師が毎回提供する「図象」の型を参照して作成してください。そのうちの2、3の回答を、次回の輪読の開始の前に発表していただき、前回の内容を思い出して次の輪読に入っていきます。宿題を提出しないからといって論読座への出席は拒否されませんのでご安心を。ただし、宿題の答えを出さなければ、読んだ内容を説明できなくなることが多くなりますが、これは自業自得です。

◎『西田幾多郎を読む』のプログラムをめぐって

 輪読座『西田幾多郎を読む』において、何を読めばよいであろうか? 西田幾多郎が行き着いた先は「絶対矛盾の自己同一」だったといったところで、何一つ分かった気がしない。「何が、どうして、そうなった」が分からなくては腑に落ちない。我々が西田哲学を身につけたら、「何がどう変わる」のか。それが分かるように読まなくては役に立たない知識が増えるだけになる。

輪読座は1クール、6回しかありません。輪読座では「唯識三年」を「唯識三日」で使いものにできるほどに身に着けることができると思える参加者ができたわけです。であれば、「西田哲学六日」で、そこまで行けるようにしたいものです。

 底本に最新版岩波書店『西田幾多郎全集』(全24巻)を用います。その目次読書をすれば、西田幾多郎の世界構造はがらがらと変動していくことが察知できます。しかも変動前が未熟で変動後が成熟していたというものでもない。まるで卵から幼虫が出て、幼虫が蛹に、蛹が成虫になろうとするようで、どの段階も異なる完成された生命システムであり、幼虫の芋虫は蝶にならなくても一個の生物として生きているわけで、西田幾多郎はそのような変容を非連続におこしている。西田幾多郎はみずから脱構築しつづけているといっていいでしょう。したがって西田哲学の後裔である私たちは西田幾多郎を脱構築しなくてはならないわけです。

 だとすれば、西田幾多郎の『善の研究』(1911)、『自覚における直観と反省』(文芸1913~哲学研究:1917)、『意識の問題』(1920)、『芸術と道徳』(1923)、『働くものから見るものへ』(1927)、『一般者の自覚的体系』(1930)、『無の自覚的限定』(1932)、『哲学の根本問題(行為の世界)』(1933)、『私と世界』(1933)、『哲学の根本問題(続編・弁証法的世界)』(1934)、『場所的論理と宗教的世界観』(遺稿:1946)などは、どれも西田幾多郎のそれぞれの時期のさまざまな部分・全体の世界システム像です。これらを集大成すために再編集されたのが『哲学論文集』(第一:1935~第六:1945)でした。
 これらのどれをとっても、西田幾多郎の思索の局面的完成形であって、西田幾多郎の全体ではない。しかも、このうちの1冊を読むことさえ輪読座の限られた時間ではできえません。
 そこで輪読座では上記の西田幾多郎の諸世界を縦横無尽に自由に読める状態を作り出すための輪読と位置づけ、「文芸」や「哲学研究」、「思想」や「理想」などに掲載された圧縮的テキストを輪読することにします。西田幾多郎の全編に一貫する琴線と音色と楽譜があります。それは「純粋精神」と「純粋精神がとらえる世界」と「世界を出現させるシステム」です。


左から、アウグスティヌス、カント、ベルグソン、マルクス


 西田幾多郎の哲学への出発はアウグスティヌスの『獨語』(独白)、『懺悔録』(告白)、『神の国』(神国論)を翻訳し、そこから「自己の存在」・「自己の生」・「自己の知」の実在の証明、「神の似姿としての人間」の証明を抜き出すことから始まります。アウグスティヌスにおいては、それらの証明は言葉で語ることができない神秘体験によるしかないものでした。
 これらを言葉で語ろうとしたのがカントで、純粋理性・実践理性・判断力として明示してみせたのです。キリスト教への冒涜として教会の強い指弾を受けました。これをフィヒテは精緻化します。デカルトは神が与える神秘とされていた人間の知覚メカニズムを言葉で語り、図示しましたが、その単純すぎて現実の人間のレベルにあてはまらない認知構造をフッサールはより認知の現実に即応させようとしました。

 ベルグソンは神が与えた神秘的な生命の本質を「エラン・ヴィタール」として言語化しようとし、ライプニッツは物質世界の最小単位「アトム」ではなく、世界そのものの最小単位「モナド」を考察しました。ヘーゲルは神に導かれる人間の行き先の言語化をはかり、現状の社会によって疎外された人間の魂は「正・反・合」の論理によって疎外を取り除くことで、遂には神と同質の「純粋精神」に至るとします。それには無限の時間がかかるというので、ウィーン体制崩壊プロセスにヘーゲル左派(ヘーゲル青年党)が台頭。そこからキュルケゴールやハイネ、マルクスやバクーニンらがあらわれ、神秘的な「神の国」を「現実の国家」として出現させようと夢想し、その夢想の現実化に生じる矛盾を乗り越えようと実存主義があらわれます。しかし「正・反・合」の論理が作動しえない論理であることは現在の世界情勢を見れば明らかでしょう。現代ヨーロッパ哲学は以上のような近代哲学からの脱構築をはかろうともがいているわけです。

 ちょっと行き過ぎましたが、「キリスト教の神秘の言語化・明示化」こそが「ヨーロッパ哲学」であって、これは古代ギリシアの神々が与える神秘を人間の言葉や数理で明示しようとしたピタゴラスやタレスからプラトンやアリストテレスに至る方法を頂戴したものでした。
 井筒俊彦なら、古代ギリシアとヨーロッパが繋がるはずもなく、古代ギリシアの神秘の言語化の方法は一旦、イスラムにあずけられ、イスラムの賢者が苦労して精密なイスラム哲学とした方法を、ヨーロッパがパクッたというでしょうが、西田幾多郎はそんなことは知らなかった。
 それはともかく、ヨーロッパ哲学の「神秘の言語化・明示化」の方法をつかみだした西田幾多郎は、その言語化・明示化の結果(哲学)を、聖徳太子の如く「私はそうは思わない」とばかりに批判し、その構造改革をはかります。その試みは現代ヨーロッパ哲学が苦悶しているように未消化に終わらざるをえないものです。

 そこで西田幾多郎は日本における「言語化されていない神秘体験」の言語化・明示化を導入することで、ヨーロッパ哲学の矛盾を解決できるのではないかと思うようになります。哲学化するに相応しい神秘体験、いわば「哲学の種」は日本に多種多様に生育繁茂しています。その中から、西田幾多郎は親友の鈴木大拙の勧めもあって禅に着目しました。
 禅は、臨済義玄の言葉を借りれば、「赤肉団上に一無位の真人有って、常に汝等諸人の面門より出入す。未だ証拠せざる者は、看よ、看よ」というに尽きます。禅宗は「一無位の真人」を自覚の本体とし、その認知システムによって世界の全体、微々たる詳細を一挙に把握する体験を根幹に据えています。その体験は禅宗では「言語で語りえない神秘体験」とされています。


水上勉『破鞋-雪門玄松の生涯』


  西田幾多郎は禅宗の神秘体験に挑みました。そうしなくては、その言語化ができようはずがありません。金沢の卯辰山の洗心庵にあった雪門玄松禅師に参禅し、禅のかたわら数学・物理学・文学理論・美術理論に打ち込み、1901年、寸心居士の号を受けて、その言語化にチャレンジしていきます。ヨーロッパ哲学では「純粋経験」、「純粋体験」は神が与えた初期の純潔な霊魂ではあっても、「白痴」の状態でしかない。この純潔な白痴を人間の本来としたのがドストエフスキーです。
 これとは真っ向から異なり、西田幾多郎は禅のいわば自己の本質、「一無位の真人」を「純粋精神」、その知覚系による世界把握を「純粋体験」とし、これは目指されるのではなく、最初から備わっているとして、ヘーゲルからマルクス主義、実存主義に移行する時期の西欧哲学の“相転移”をはかっていったわけです。

 このように見てくると、西田幾多郎の相転移の完了は、1923年9月の「哲学研究:第90号」に掲載された『直接に与えられるもの』にあったとみなせます。これは西田幾多郎の「純粋精神」による「純粋体験」を明示しています。そこで輪読座『西田幾多郎を読む』では、『直接に与えられるもの』の周囲の論考を第三回にもってきて、その前の二回を“西欧近代哲学との格闘”、後の三回を西田哲学独自の“「場」と「生」の哲学への道”として、西田哲学文章を読み切る輪読座『西田幾多郎を読む』を開筵することといたします。

 なお、下記の六回に輪読する西田哲学文章は、今後の構成の検討、輪読する時間の勘案などによって、多少変更する可能性があります。
輪読座の『西田幾多郎を読む』に参加されるみなさまは、必ず、西田哲学の主要著作を自由自在に読みこなせるようになられることでしょう。ひょっとして、西田哲学の脱構築の糸口が見えるかもしれません。
 どうぞ、予習なしの状態で、自発する頭脳をたずさえ、無一物で、振るって御参加くださいますよう、お願いいたします。





輪読座・参加者の声


輪読座でなければまず一人で読むことがない書籍ですよね。
図像含め横へ広がる話がとても刺激的です。
手の付けにくい本でもみんなで読むと読めてしまう。
これは予想以上に面白く続けたいです。
図像ワークもチームでやるので、コツが少しずつわかるようになり、理解が進みました(教えてもらえます)。
読みを深め、内容をイメージすることが、この場に参加しなければ絶対できなかったと思います。

募集要項

講座名 輪読座
 日本哲学シリーズ第三弾「西田幾多郎を読む」
日時 ◎ 2016年10月30日(日)13:00~18:00
第1回 西田哲学の基層
『愚禿親鸞』
『読書』
『ベルグソンの哲学的方法論』
『高橋(里美)文学士の拙著『善の研究』に対する批評に答ふ』
『論理の理解と数理の理解』
『種々の世界』

◎ 2016年11月23日(水・祝)13:00~18:00
第2回 意識・対象と関係
『意識とは何を意味するか』
『対象の真意義』
『経験内容の種々なる連続』
『意志実現の場所』
『関係に就いて』

◎ 2016年12月23日(金・祝)13:00~18:00
第3回 純粋精神は世界を感知していた
『感情の内容と意志の内容』
『作用の意識』
『行為的主観』
『直接に与えられるもの』
『物理現象の背後にあるもの』

◎ 2016年1月29日(日)13:00~18:00
第4回 述語的論理による思考へ
『働くもの』
『見るもの』
『所謂認識対象界の論理的構造』
『述語的論理主義』
『自己自身を見るものの於てある場所と意識の場所』

◎ 2016年2月26日(日)13:00~18:00
第5回 限定の自由がある
『一般者の自己限定と自覚』
『表現的自己の自己限定』
『場所の自己限定としての意識作用』
『永遠の今の自己限定』
『時間的なるもの及び非時間的なるもの』

◎ 2016年3月26日(日)13:00~18:00
第6回 生は関係の矛盾において発動する
『自愛と他愛及び弁証法』
『私と汝』
『生の哲学について』
『絶対矛盾的自己同一』
   (終了後、修了証書授与・懇親会を予定)
場所 編集工学研究所 世田谷区赤堤2-15-3
1Fブックサロンスペース「本楼」
定員 限定30名 ※定員になり次第、締め切らせていただきます。
申込

◎リアル講座:6回分 税込価格 54,000円(本体価格 50,000円)
     ※クレジットカードがご利用になれます。(分割払い可能)
     ※記録映像データ、資料などは欠席された場合、お渡しいたします。

申込み

 

◎サテライト講座:6回分 税込価格 32,400円(本体価格 30,000円)
         
※クレジットカードがご利用になれます。(分割払い可能)

申込み

お問い合わせ先 03-5301-2213(直通)
front_es@eel.co.jp
受付時間 AM10:00~PM6:00

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