■開講初日-春の大嵐が吹き荒れる
2008年3月1日正午、大川頭取の挨拶に続き、松岡正剛校長からの開講メッセージが、第4季[離]に“入院”した32人の学衆に対して一斉に配信された。さあ、今日から「世界読書奥義伝」を始めたい。諸君のどんな予想をもくつがえすものだ。とくに準備はいらないが、覚悟をもって当たられたい。
その後の約40分間に、太田香保総匠・太田眞千代別当師範・相京範昭別当師範代・倉田慎一別当師範代・中村正敏別番・岡村斉恵別番・米川青馬右筆、そして山田寛秘書の、総勢8人の“火元組”が、次々に開講挨拶を発信。 [離]では開講時間に指導陣がリアルタイムに勢ぞろいすることが伝統となっている。
校長の口火から1時間後には相京別当・岡村別番が担う「迅興院」と、倉田別当・中村別番が担う「閃翔院」それぞれに、さっそく校長の書き下ろしテキスト「文巻」が配信された。最初の「編集稽古」も早々に出題されていく。[離]の稽古の厳しさは編集学校でも広く知られてはいるものの、初日からこんな怒涛の展開になることを予測している離学衆は決して多くない。たちまち別当たちから問答無用の檄が飛び、第4季はたちまち春の大嵐に突入した。
■世界読書の未知のトリガーが開かれる
「世界読書奥義」は、松岡校長の編集的世界観を学ぶとともに、校長の世界読書の方法を習う講座である。平均すると1週間あたり20題以上もの大小のエクササイズや課題が出題される[離]の大量性・多様性は、校長の日々の思索や表現がどのようにして生まれているのかを体感するための必然でもある。
最初は予想をはるかに超えた離の質・量にとまどいがちな学衆も、別当師範代と別番による指南やヒントやアドバイスを受けながら、「文巻」にひそんでいるさまざまな世界読書のトリガーを発見していく力量を徐々に身につけていく。ただし、何がそれぞれのトリガーとなるのかは学衆によって千差万別、また季によって傾向があるようだ。
ちなみに、第4季[離]では、昨年12月末に発行されたばかりの校長の新著『誰も知らない世界と日本のまちがい』(春秋社)を受けて、「苗代」がキーコンセプトとなった。開講直前までNHKで放映されていた「知るを楽しむ―白川静」のテキストも、新たに必携参考図書として指定された。[離]ではこのように、校長の最新著書や最新「千夜千冊」が、次々と文巻や編集稽古や研究テーマに取り上げられていく。火元組は、そこにつづられる校長の問題意識をいちはやくキャッチウェーブしながら、離学衆に未知なる世界読書の文脈を照らしていくことを心得ている。
とりわけ二院の全学衆と火元組が集うラウンジ「離れ」では、文巻と指定図書と千夜千冊をつないで世界読書の“模範演技”を縦横無尽に展開する太田眞千代別当のもと、今季は米川右筆と山田秘書もそれぞれの研究成果を生かした考察を連打し、離学衆をおおいに刺激した。
こうして[離]のプログラムは、二つの院と「離れ」という3つの場に、まさに動き続ける「世界」をうつし取りながら、季ごとに深化しつづけている。
■「表沙汰」の夜明けの空の色
カリキュラムの後半に差し掛かった5月17日、「表沙汰」が神宮前の日本青年会館で開催された。「表沙汰」は、二院の離学衆と火元組が勢ぞろいし、日頃の学習成果や今後のための課題をそれぞれ“表沙汰”にしたうえで、[離]ならではの校長の直伝リアル講義を受ける格別な一日だ。
[離]を受講すると睡眠時間がなくなるというまことしやかな“伝説”がある。実際にも表沙汰当日を徹夜で迎えるという学衆も(火元組も)例年少なからずいるようだ。が、表沙汰というハレの日に集った離学衆の表情は、日頃の疲れを微塵も見せず、高揚感を放って輝いていた。多様な編集稽古を通して、コラボレーションやグループ学習を重ねてきた“同志”と出会う楽しみも大きいらしい。
離学衆たちの気分を汲んで、表沙汰後は全員で赤坂の編集工学研究所の広間に集い、校長・火元組も混じりあい、朝まで談義を交わすということが恒例となっている。そんな第4季[離]表沙汰の夜の一コマが、「千夜千冊」第1267夜『ホワイトヘッドの哲学』に、次のようにつづられている。
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イシス編集学校の「離」でオフ会「表沙汰」というものを催したとき、その30人ほどの離学衆たちとの宴がいよいよ暁方に及んだとき、ぼくはその場を締めるために立って、「ぼくたちはピッチング・マシーンのこちら側にいるのではなく、ピッチング・マシーンとそのボールとともに世界を飛んでいるのだ」とやったのだ。今年の5月17日の夜明けのことだった。
みんな水を打ったようにシーンと聞いていてくれていたが、どんな気持ちで聞いていたのかはわからない。それがぼくのホワイトヘッド論の一部であったことは伏せたので、ただふわふわとした飛行感覚に乗っただけかもしれないし、午後1時からの「表沙汰」にみんなそうとう疲れ切っていただろうから、まさに“上の空”だったかもしれない。しかしあのときぼくは、この話をどうしてもしたくなったのだった。 |
■難問関門踏み越えて、いよいよ退院式へ
表沙汰が終わると、[離]の終盤は加速度を増して過ぎ、両院では総がかりで退院をめざそうという機運が高まっていく。
6月4日、とうとう最後の「文巻」が配信され、その1週間後には、二院と「離れ」が閉じられた。しかし[離]はこれで終わるわけではない。閉院後に最後の関門(離論)が待っているのである。[離]では既定の回答数とともに、この関門をクリアし、なおかつトータルな取り組みが校長・火元組に評価されなければ、修了=退院は認められない。
6月23日、残念ながら渦中から数名の離脱者が出てしまったものの、たゆまない修練を積んだ27人の離学衆に対して、校長から「退院認定メール」が送られた。
そして、7月12日(土)、感門之盟および第4季[離]退院式の日を迎えた。3月1日の開講日以来、我知らず「ピッチング・マシーンとそのボールとともに」世界読書を駆け抜け、それぞれの「苗代」を見出した27人が、晴れて校長の手から「退院認定証」を受け取った。
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