写真(玄黒院) 上から、①退院証を披露する校長、②古川柳子さん、③加藤嗣泰さん、④校長と抱擁する泉洋之さん、⑤米満東一郎さん、⑥増田忠さん
写真(悠窓院) 上から、⑦伊東雄三さん、⑧松尾順さん、⑨柿木正樹さん、⑩田中健一郎さん、⑪最年少離学衆の永田晶子さん
■古川柳子 松岡校長が語る「知」は常に動いており、対象はクレイアニメのように変容し続けます。 私が感じている松岡編集思想の最大の魅力は、この「動きの過程」に「思想の基本」が 置かれているからではないか。 ■先田新一 「知の方法」の中で、いまのところもっとも気になっているのは、「Qを立てる」という方法。問題を解決するには、まず問題をつくるべきだと気がつきました。 ■高山鎮 「離」に取り組んだことを、「誇り」にしたい。何と言っても、知性の最先端と格闘した。 世界読書の奥義に触れた。校長の人間味を味わった。 ■加藤嗣泰 松岡校長の書き下ろしが日々送られてくるリアリティはとても感動的でした。「離」を通して間違いなく、正真正銘のセイゴーリアンになれたと思っております。 ■古野伸治 ほんの少しだけ、ほんの少しだけ、松岡正剛を引き受けられるかもしれない。 片腕になんてなれないけれど、袖のほつれくらいにならなれるかもしれない。 肩の力を抜きつつ、胸をはって、立ち上がります。 ■保坂恭史 プリントアウトした文巻と千夜千冊の、量と重みを確かめています。 感慨にふけるというよりも、早く次のスタートを切らなければという心境です。 ■泉洋之 灼熱であり熱情であり慈愛でもあった火元校長の奥に、いつも「極寒」の想い出を対比させていた。ぼくはようやく自由を得た。「無位の思索」を縦横にする以外に道はない。 ■堀口裕世 私にはまだ満月は見えていない。まずは用語のノートをつくろう。 もう一度、今度はゆっくりとみまわしながら、文巻をたどる日が始まる。 ミクロからマクロへ、ここからあちらへ、境界をまたぎ、時間と空間を泳いでいこう。 ■米満東一郎 松岡校長が30歳から33歳に獲得した、基本的な「地図」を、与えてもらった。 そうして私たち離学衆は「松岡正剛」になった。思い切ってそう言ってみたい。 ■増田忠 54歳の私にも、「離」には新しさと凄さがあった。なんといっても相手が「世界」だったのだから。まだまだこれから。やってやろうじゃないか。 ■永田健二 アメリカに出張したとき、「離」で学んだ認知科学や「地と図」の話をしたところ、 「初めて聞いた。いったいどこで学ぶのか?」と聞かれた。日本の機密プロジェクトだと言ってあげました。 ■三雲謙 そういえば、ためらっていたな。「離」はとらないかもしれないって。 でも、今は「離」をとらなかった人生は考えられない。考えたくもない。 ■西川あづみ 何とか追いつきたい、何とか回答したい、何とかわかりたい、そう想い続けた12週間でした。校長先生、ほんとうにありがとうございました。「文巻」の隅々まで、掬いあげたいとおもっています。 ■尾崎伸行 今、僕の「離」は始まった。 今、僕のすべてが始まった。 故郷はどこに。故郷はここに。 ■井田貴仁 「どこでもない場所」をずっと探していた。まず世界定めをする必要があると考えて、「離」に参加した。入ってみるとそこが、僕のユートピアだった。松岡校長の振動が直接伝わる経験は得難いものでした。
■中村万 松岡CPUの驚異的な加速によって五感が拡張バージョンアップさせられました。 これからはわれわれが、エージェントとなろう。いや、すでにもう動き始めている。「離」を受講したときから。 ■中野由紀昌 「文巻」全体が知を編集する装置になっている。これこそ、誰もが欲しがっているはずのものなのに、「欲しいもの」が何なのかを言葉にできなかった。校長はその一切を引き受けて、ご自分の脳の回路を覗きながら「方法」だけを丁寧に慎重にすくいあげ、惜しみなく提供してくださった。 ■小清水美恵 校長! 丸出しをありがとうございました。 校長! 私はワタシのコトバで校長を翻訳し、 私のふるまいで校長を実践してみたい。 ■渡部好美 校長に頂いた方法は素手では抱えきれません。それでも校長は私たちの可能性を信じてくださった。私の細胞はいま、校長のエネルギー=愛情果汁で満たされています。 自分をつくりかえられるって凄いですね。 ■伊東雄三 理解も技能も、事情も違う30人の旅人の物語。これからおのおのがどんな旅を続けようとも、共に文巻を読み指図・設問・課題に苦しみ楽しみを感じた日々は消えない。 ■松尾順 「文巻」の配信が始まると、私のちっぽけな意識は大爆発を起こし、全方位へと急激に拡がり始めた。その拡張していく意識の「空」を埋める大事業はこれからも続く。 でも、私の手には校長から渡されたバイブルがある。30人の仲間たちがいる。 ■奥田信子 校長がこれまで一人で格闘して身に付けてこられた知の方法の数々を、これほどまでにオープンに開いて見せていただいた。この世の「はかなさ」を知り尽くされた校長のすがすがしさこそ、離想郷のなによりの香ばしさだ。 ■下川実樹 ちょうど去年の9月25日、松岡校長ががんセンターを退院された。 今年の9月25日は、離学衆全員が「退院」をめざして格闘した。 この日はグレン・グールドの誕生日でもあります。 ■柿木正樹 どこまで編集的自由を拡大できたのかを検証している余韻もなく、始まりの終わり、終わりの始まりとして、「情報・メディア・コミュニケーションの歴史」ノート作りへの終わらない出遊に向けて吊橋がゴゴゴゴと降りてきた。悠かなる眺めだ。 ■林雅之 坦々粛々と、たった今、指図・設問・課題すべてを回答し終わりました。とても静かな気持ちです。だけどマグマのように熱いのです。膨大な文巻を通した自分の中に、力強い変化の兆しを感じます。ああ、ようやくスタート台に上れた感じです。 ■井上秀之 「偶然を必然に」ではじまった校長直伝。参加を決めた時に転化はすでにはじまっていた。 そして、「離」は終了をもって本当のスタートが始まる。奥義を伝授していただいた以上、あとは実践あるのみ。 ■石川博 「離」が開講したとき、こんなに多様な方法で、自分の過去を遡ることになるとは思わなかった。面影のなかにたくさんのヒントがあることを教えられた。遣り残し、積み残し、まだまだ消化できていないことも多いけれど、ちょっと生まれ変わった感じです。 ■田中健一郎 文巻は地図なのだ、と思いながら、その道しるべを追った。 文巻は松岡正剛だと思いながら、読んだ。 校長が何を見つめているのか、探りながら感じようとした。 ■梅津明子 とてもエキサイティングな日々でした。 自分のふがいなさもまざまざと見たけれど、 そんなことさえも包み込んでしまう「世界の知」に惹かれています。 松岡校長の切実、常に胸に刻みます! ■永田晶子 「文巻」には「宝物」が埋まっている。きっとそこには「標識」があるはず。 繊細な「差異」に気をつけて、耳を澄まそう。 「差異」を聞き取れることが、「離」の冒険者なのだから。