2010.12.28   [レポート]
No.28『鬼の宇宙誌』森山智子さん

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松丸本舗の看板女将でおなじみの森山智子さんは、ほんの数年前にイシス編集学校の門を叩いた一人だった。あっという間に編集術を習得し、いまや本棚を舞う巫女のような活躍ぶり。そんな森山さんに贈られた先達文庫に耳を澄ますと、なにやら妖しげな笑い声が…。

森山 智子さん  第16期[守]コスプレ兵法教室 師範代

(アルバイト、ブックショップエディター/東京都港区在住

【ISIS編集学校略歴】 13期[守][破]学衆、5回花伝所、16期[守]・17期[破]師範代、4季[離]、2021期[守]師範、10回花伝所錬成師範、序官、[遊]風韻6座学衆


 松岡正剛校長から森山智子さんへの先達文庫

『鬼の宇宙誌』 倉本 四郎(平凡社ライブラリー)

【内容紹介】異形のゆえに怖れられ、同じ理由で自然の秘奥に通じる鬼。北野天神縁起絵巻、大江山絵詞、土蜘蛛草子などの主人公である鬼のその図像を紐解きながら、鬼のすまう時空を行き来し、怖れと畏れの両義性の秘密を解き明かしていく一冊。



 

うひゃひゃと飛び出す魑魅魍魎

■「鬼の世界」の贈り物

 本をいただくというのは、その世界を丸ごとプレゼントされるようで、時に遊園地のアトラクションのチケットだったり、遠足の前日だったり、タイムマシンのドアだったりします。私がいただいたのは鬼の世界。オレンジ色のマーブル模様で装丁された平凡社ライブラリーの少し骨太の文庫本でした。

 表紙を飾る赤鬼は、髪を逆立てディップで固め、見開いた大きな眼の白のまつげがバッチリで、指先には長く鋭く艶やかな爪がのびています。白と黒の着物がはだけているところをみると、これはもしかしたらお坊さんが鬼にコスプレしているのか、はたまた鬼がお坊さんのコスプレをしていたのかもしれません。全身の筋肉が隆々と波打って赤く発熱し、一本足で立って魑魅魍魎が閉じ込められた棺桶のような木箱を覗き込み、好奇心たっぷりの眼差しで「うひゃひゃ」とこじ開けようとしています。

 それにしても16期[守]コスプレ兵法教室ではじめての師範代をしてから3年が経ちました。あの2007年8月26日(日)、蝉しぐれが降りしきる東京国立科学博物館での感門之盟で、松岡校長より『鬼の宇宙誌』という本を先達文庫としていただいたときの「ずきん」とした感じは、今もずっと細かな結晶となってあちこちに刺さったままになっています。「これを是非読んで」と手渡される本が、「これで自分を見てご覧」と手渡される手鏡のようでしたから。


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「棺桶をこじあける赤鬼。開ける鬼も閉じ込められてる鬼もなぜか嬉しそう」と森山さん。

 

■本と編集術と生身の私

 イシス編集学校のお稽古では、一見関係がないようにみえるモノゴトの、関係線/対角線を多様に引き結ぶ方法を稽古しますので、本を手に取った時には、自然と本と私の関係線を引こうという意識が動きます。表紙にある情報と、自分の中にある「似ている情報」を細かく照合して選択して収集していくのですね。『鬼の宇宙誌』に、直感的に恐ろしさと懐かしさを感じたのは、自分の奥底にある複数のなにかと照応して共鳴したからかもしれません。そしてそれは同時に、編集術と本と生身の自分がつながる最初の機会となりました。

 方法が内容を連れてきて、その内容がまた方法を発見させる。方法と内容が同時にあることで、両方が動き出します。それまで自前の情報だけで動かしていたところに「本」が入ってくることで、方法も内容も躍動しだして、私の中を通り過ぎる様々なモノゴトに、加速的に「色」が付き始めました。

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中世の本が並ぶ棚に。平凡社ライブラリーは森山さんの好きなシリーズ。

 先達文庫には「森山のテーマの一つ」と松岡校長がメッセージを書いてくださっています。鬼、負、闇、死、アウトロー、異形、餓鬼、阿修羅、閻魔、地獄、黄泉、夜、鵺、オオカミ、大江山、鬼六、鬼が島、酒呑童子、化け物、物の怪、妖怪、鬼嫁、鬼畜、連想されるすべてのイメージがマイナス、マイナス、マイナス。でも、もう一つ「成長した魂としての鬼の一冊」ともありました。「成長」という時間の入った言葉をみて、私もこの本と編集しながら成長しようと思ったのでした。

 話が少し逸れますが、舌には味蕾(みらい)という突起がたくさんあって、それぞれに反応する「味」がそばにやってくると、地雷のように弾け飛び、それが同時多発的であるほど「美味しい」と知覚します。先達文庫をきっかけに、ちょうど「鬼」が私の新しい味蕾となったのです。そして『鬼の宇宙誌』に書かれていることや、その組み立て自身がまた新たな味蕾を生み出して、私というブラックボックスの反応回路に変更がかかっていきました。そんな風に、私たちは本から新たなことをインプットされ、本に再編集されながら生きているのかもしれません。

 
 としたら、先達文庫というのは、松岡校長が師範代たちをさらに再編集させるために送り込んでくる間者みたいなもの? そうだとしたら、本たちがいろんな企てをもってやってきて、その企みに乗っちゃうのって、なんて素敵なことなんでしょう。だって自分自身が再編集されるチャンスなのですから。ボールを蹴る矢印をもって走るサッカー選手のように、この本(鬼)が次へ蹴りだす矢印を持ちながら、私に向かってきてくれる!



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「博多に着くと雪でした。日付があると本が映画になります」

■ 再編集が連鎖する

 「本が企てをもつ」なんて、ちょっとおかしいと思うかもしれませんが、『鬼の宇宙誌』によると、モノは百年もの時間を溜め込んで付喪神という鬼に化身するそうです。この本も初版の1998年9月15日に初版されたあと2007年の夏に校長に手に取られるまでの10年近くの間にどこかでじっとしていて、本当の鬼になりかけていたのかもしれない。いや、きっとそうに違いないのです。

 そして私のところにやって来て、私の鞄や、家の本棚に入り込み、ときどき思い出されては、閉じ込められたり、相変わらず悶々とした日々を送っていたのです。でも今回蓋を開けてみたら、今度は100ぐらいの魑魅魍魎が跋扈しだしてきました。日本、ヨーロッパ、中国の世界を巡り、モノと技術の系譜を網羅し、男と女、光と闇、"うつ"と"うつつ"、などなど、異界を見ることが異界じゃない世界を見ることになる。いよいよ『鬼の宇宙誌』の本領発揮です。

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日付の書き込み。2007年12月30日の帰省の新幹線で。
 

 そういえば、再読時にこそ「本」の本領発揮となるのは、本が器で霊力や畏怖すべき力が入るものだからかもしれません。著者が閉じ込めて、読んだら飛び出して、飛び出した鬼がまた違う箱をこじ開けていく。

  鬼の連鎖、本の連鎖が面白くて仕方がないです。

 校長が師範代を編集しようとして企てて送り込んだ鬼。
 好奇心と想像力。私の中の鬼はこのことかもしれません。

 


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2011年の松丸本舗もお楽しみに。


 (文・森山 智子)