2010.8.10   [レポート]
No.21『大江戸観光』丸山ちさとさん

先達文庫前書き2.gif 
イシス編集学校での学びが魅力的なのは、一方的ではないことだ。編集稽古で編集術を学ぶ生徒はもちろん、師範や師範代といった指導する立場ゆえに気づくこと、学べることは多い。高校教師と並行しながら師範代を務めた丸山ちさとさんは、指南を通して「教える」ことの本質を問い続けた。先達文庫は、その道標となった。


丸山ちさとさん  15
期[守] 月々シウマイ教室 師範代

(大学院生/イギリス在住)

【ISIS編集学校略歴】12期[守][破]学衆、4回花伝所、15期[守]師範代、3季[離]学衆、18期[守][破]師範代



松岡正剛校長から丸山ちさとさんへの先達文庫
「大江戸観光」杉浦日向子著/ちくま文庫

大江戸観光 (ちくま文庫)

大江戸観光 (ちくま文庫)

杉浦 日向子
  • 筑摩書房

【内容紹介】江戸風俗研究家の著者が、浮世絵、歌舞伎、戯作、風俗など、江戸文化について解説した、種々の雑誌に掲載されたショートエッセーを編纂したもの。


 

『粋』と『うがち』の美学


当時、高校の教員であった私は、イシス編集学校の15期[守]を担当した際、編集術を「教える立場」としての「構え」、つまり自分の気持ちの持ち方を、「師範代」というよりは「先生」として作ってしまった。

その結果、硬くなりすぎてしまい、自分でも苦しくなるような指南(回答の添削)になっていたと思う。師範代として行うべき「方法としてあるべき方向を指し示し、学習者である『学衆』の皆さんに委ねる」という「指南」ではなく、「教えこもう」と、つまり学衆の方が気づいていない部分、持てていない視点を指摘し、その不足を埋めようという「指導」をしようとした。

しかし、正解のない編集稽古において大切なのは思考の道筋である「方法」を獲得することであり、そもそも「教え込む」ことなど出来ないものである。それなのに、今教育の世界でも問題になっている教え込みをしてしまおうとし、常に自分が多くの知識を持っていなくてはならない、正しくなくてはならないという勝手なプレッシャーを感じていた。

つまり、教える立場の師範代である自分のほうが学衆さんよりも優秀でなければならないと思い込み、勝手に自縄自縛に陥っていた。

 ***


学校であれば、生徒と教員の間には、少なくとも専門分野において知識の格差があるうえ、相手は子どもであり、人生経験でも勝っている。そのため、「教え込む」事は可能である。


しかし編集学校ではそうはいかない。学衆さんの年齢や立場、職業は様々であり、学衆さんのほうが知識や経験が豊富な場合も往々にしてある。したがって、自分の方が常に優れているという事は無理であるにも関わらず、そうあろうとしたために、自分に不足を感じることとなった。その間違った「不足感」自分自身が苦しんでいたものの、どうしようもない自分にまた嫌気がさし、指南が滞る、という悪循環に嵌っていた。

何とかやりきったものの、学衆さんに申し訳ないという気持ちでいっぱいになりながら出席した感門之盟(各コースが終了した際に行われるセレモニー)で、この先達文庫を拝受した。
 

 0955_MG_7765.jpg
感門之盟で堂々たる司会を務めた丸山さん(2008年)

 

始めは、私が[破]の用法三「物語編集術」で、自分の作品として江戸時代を舞台に読み替えて遊女をテーマにした物語を書いたために、この本を下さったのだと思った。しかし、「粋」でもなく「うがち」もない私の構えを、校長は見抜いてくださっていたのだと校長メッセージを拝読して分かった。

メッセージにあった「一変」をするためには良いのかを知りたくて、またこの「不足感」をどうにかしたいと考えて、私はこのあと
[守][破]の次のコースである[離]に進んだのだが、そのきっかけとなったのが、この先達文庫であったと思う。

正直に言えば、この本を読んでも「粋」も「うがち」も感じる事さえ難しかったが、私に必要なのは、体を合わせる必要のある洋服の着こなし方ではなく、体に合わせて包んでくれる着物の着方を学ぶ事だと考えさせてくれたからだ。

そして[離]を通して、知識は無ければ学べば良いし、自分を大きく見せる必要も無い、ただ知らない事から逃げなければ良いのだと思えるようになった。その事が自分に余裕を生み、相手を深く受けとめられるようになった。

 
***

 

今でも、「『粋』と『うがち』」を理解できたとは言い難いし、ましてこれらを相手に感じてもらえるだけの構えを持つには至っていない。けれど、「不足」の乗りこなし方を少しは理解できたように思うし、「一変させる」ことを怖がらなくなった。

もしこの先達文庫をいただいた15期[守]師範代の経験がなければ、[離]に進もうとは考えなかったし、[離]の経験がなければ、相手を「待つ」こと、「委ねる」ことが下手なままだっただろう。

しかしそれがうまくなり、相手の力を借りることで良さを引っ張り出すという技も使えるようになった。その結果、本業である教員としてもずいぶんと違う構えを持てるようになり、生徒との関係も大きく変化したため、この後に出会った生徒たちとは、教員と生徒としてというよりは、人間として深い信頼関係を持てるようになった。何より、「変化」を楽しめるようになった。この経験がなければ、今のような考えを持つ事、つまり仕事を捨てて留学にチャレンジしようと思う事は無かっただろう。


この本はそんな「不足」を持て余していた自分の元の姿を思い出させてくれるし、「不足」の正体を知るきっかけも教えてくれた。そして、変化を恐れずに前に進む勇気を常に与えてくれる、そんな本である。
 

 

1229IMG_3005.jpg
今夏、イギリスへ留学した丸山さんは次のステージへ

(文・丸山ちさと)