2010.8.17   [レポート]
No.22『結晶世界』吉津茂径さん

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師範代の務めを終えたあと、アメリカへ移住した吉津茂径さん。じつは渡米中、松岡校長から手渡された先達文庫の行方がわからなくなったのだ。悔いても悔やみきれないこの一件。しかし改めて実感したことがある。それは“不在の在”から放たれる芳しさだ。



吉津茂径さん  15期[守] 高次ボランチ教室 師範代

(アメリカ・カリフォルニア州オークランド在住/雑誌編集者、デザイナー見習い)

【ISIS編集学校略歴】10期[守][破]学衆、4回花伝所、15期[守]師範代、16期[守]師範代、4季[離]学衆、[業]感伝師範代




松岡正剛校長から吉津茂径さんへの先達文庫
「結晶世界」J・G・バラード/創元SF文庫

結晶世界 (創元SF文庫)

結晶世界 (創元SF文庫)

J・G・バラード
  • 東京創元社

 【内容紹介】アフリカの癩病院の副院長であるサンダーズは、人妻を追いかけ、マタール港へ辿り着いた。春分の日。街は明暗のバランスを失っていた。そこから彼女がいるモント・ロイアルへ向かう道は、なぜだか閉鎖されている。翌日、港に奇妙な水死体があがった。死体の片腕が水晶のように結晶化していた。それは全世界が美しい結晶と化そうとする前兆であった。時間が底をつこうとしていた


 

先達文庫一冊分の負 


●その名も分からず

慣れないステージの上で、松岡校長にこの文庫を手渡されたとき僕は、恥ずかしながらバラードの名前も知らなかった。

「結晶化は知ってますか? 英語で言うとcrystallizationですね」

僕はその「知ってます」の範囲も想定できずに、まごつくばかりだった。


「結晶というのは非常に純度の高いものですよね。雪の結晶や宝石なんかを思い浮かべてもらうといいでしょう。でも結晶化は、単に物質の純度が高いというだけでは起こってきません。そこに微量の異質性が加わることで、はじめて生じ得るものなのです」


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別に入手していた文庫本には隅々までメモが書き込まれている

うまく再生できているか怪しいけれど、壇上でかけてもらった言葉は、このような内容だったと記憶する。そのときは僕も感門してもらう側に立っていたので、やぁ、やたらに褒められるなーなどと思って、舞い上がっていたのだけど、いま振り返ってみれば、不足しているところこそを、ズバリ指摘されていたように、思える。

 もっと異質なものを取り込みなさい。>

それを指針にしていればいつか、校長が保証してくれた何かが相転移して走り出していくのだろう。僕はそう取って、それを信じる。

問題はその先だ。「何を、どう」取り込むのを良しとするのか。そして、結晶化していく自分というのがあるならば、自分はそれをどう観測することができるのか。それを見出していかなきゃならんのだろうと見当付けている。

たぶん、それを教えてくれようとしてるのが、バラードのこの空想科学なんである。

 

◎今ここにない事態

〜 親愛なるポール、ここはサンダーズが手紙を書いたマタール港でも、ましてや変幻結晶の森モント・ロイアルでも、そもそもそれらであるはずさえもありませんが、それでも、わたしがここサンフランシスコに到着してからというもの、我と我が身の上にも、ひとつまみの偶発的出来事が降り掛かってきています。わたしが今、そのことから書き始めようとしているのは、その偶然から連続的に引き起こった「今ここにない事態」こそが、今回この手紙を書く直接的動機に繋がっているからです。千夜千冊の1350夜(リチャード・ローティ)には「コンティンジェンシー」という新しい意味を開く言葉も出てきていましたが、自分なりにその近辺をうろつくことができれば、松岡印の特別すぎる案内でやってきたバラードへの応接として、せめて、手持ちの精一杯になることと確信しています。

「今ここにない事態」というのは、シンプルに先達文庫が今わたしの手元にないということです。渡米のプロセスのどこかで、いつの間にかに消失してしまっていたのです。送った荷物が届かないというのはどういうことなのか。ずいぶん前から問い合わせていたのですが、その回答がちょうどあなたから連絡をもらう数日前に伝えられたところでした。先達文庫が入ったその小包は、彼らの業務記録によれば、日本を出て、そしてアメリカに到着しなかった。わたしには浪漫を求める気分などサラサラなかったのですが、現在それは太平洋のいたるところに可能性として散在しているということです。

偶然にも(最初にそれに気づいたとき、わたしはつい苦笑してしまったのですが)、『結晶世界』はこれとどこか似たようなシーンからスタートしています。それはサンダーズらの乗る船が、目的地であるマタール港になかなか到着しないという場面です。

「理由は容易にのみこめないが、この客船はわざと接岸を延期させられているのにちがいない」

人には「だからどうした」で済まされるかもしれませんが、そのときのわたしにとって、海上で待ちぼうけを食らっている状態からこのクリスタル・ワールドがめくられていくという事実は、大変大きな意味を持っていました。諸法無我、では少し意味が違うでしょうが、ときにイライラもさせられるこの世界大の大仕掛けにこそ、わたしは積極的に巻き込まれていきたいのではなかったか。そんな視点ーーどこかでいつの間にか無くしてしまっていた視点ーーが見えてきたのです。〜

 
 

●一目で惚れもせず

ちょっと強がってみれば、こう言うことができる。僕は先達文庫を無くして良かったと思っていると。もちろん、校長直筆メッセージをもう二度と再生できないことは心底残念であるし、なぜそれを暗記しておかなかったのか、コピーのひとつもとっておかなかったのかと猛烈に悔やまれるのだけど、強がって言おう。それすら持っていないのが、かえって良かった。

そもそもの発端は、初読体験にある。僕にはバラードの魅力がさっぱり掴めなかったのだ。なぜってそりゃ、僕の読書がうまくなかったからさ。でも、初めての校長直々特別本である。いつも以上の気合いが空回りしたとして、誰が僕を責められるだろうか。原因は多分、千夜千冊80夜(J・G・バラード)の「一目惚れ」というキーワードに引っ張られすぎたこと。それで下心が膨らんでしまったのだ。

期待を膨らましつつ、まずは本屋に立ち寄った。習慣化に失敗していた書き込み読書をリスタートさせるべく、芳林堂でまったく同じ本を買うことにしたのだ。本物の先達文庫は真空パックにして、陽に焼けないよう本棚の奥のほうに仕舞おう。そして身代わりの分身に、好き放題ペンを走らせるぞ!というプラン。善は急げ、だ。家に帰るのを待たず、カフェに入ってペンを取り出し、宙に掲げて、「よーし、一丁、書き込むぞ」。そんなおかしなやり方になっていたような気もする。すごいする。

読み終わって、僕はガッカリ落ち込んだ。先達文庫を愛想読みするだなんて、これは考えるだけでもつらいことである。バラードの魅力を感知できないのは、自分の能力欠損ゆえ。きっと網膜が曇っているんだろう。本を見る目がないとなれば致命的である。こりゃマズい、と焦るような気持ちも湧いてきた。だけど、だからといって惚れない相手に惚れるやり方など見当がつかず、放っておいた。目を向けないでいた。みんなには先達文庫の未消化を告白できず、ときに自分を誤魔化しもした。

 
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吉津さんの本棚。下段にはカバーを剥ぎとられた『結晶世界』が寄りかかる

◎不在の在り方

もう一度そこへ注意のカーソルを向ける勇気を見つけられないまま、師範代と離学衆の日々が過ぎていった。焦るような気持ちは遠くなっていった。数えてみれば、3年である。すぐには向き合えずとも、本の中身は変わることなく、そこに在り続けてくれる。そうさ。自分の下手な書き込みですら、ちょっとやそっとじゃ消えたりしないのだ。

その3年の間に世界読書奥義に学び、少しは追いついてきたところもあったのだろう。何を評価してくれたのか、チャンスの女神も熟したがってくれたみたいだ。

それであるときパッと荷物が消えて無くなって、生活空間に先達文庫一冊分の情報質量が穿たれた。プールの栓が抜かれたかのごとく、ドドッと、重力と時間が渦を作って流れていった。すぐに注意のカーソルが持っていかれ、遠くのほうから執筆機会まで舞い込んできた。それが呼び水となって、体ごとそちらのほうへ放り出される。一度流れに飲み込まれたら、もう抗えず。ともかく上流まで突き進んでいくしか方法がなかった。人に迷惑をかけることになろうとも。僕は僕の結晶世界をさまよい歩いて、自分なりの深さから空想手紙を書く羽目になった。

きっと、校長直筆メッセージのコピーが残っていたら、こんなにひどくはならなかっただろう。不在が先でムーブメントがその後だっていうのは、好きなサッカーのフィールドから考えても自明のことである。スペースが無けりゃ、走り込めないし、パスも出てこない。先達文庫の不在が、僕をふたたび小説中に招き入れ、前の落胆が、次なるステップを用意してくれていたのだ。

かくして僕の先達文庫体験は、まったく不器用なやり方ではあったけれど、新しい読書方法となった。そんなことはあるわけがないのだけど、でも、どうだろう。見えるわけがないその向こう側から、先達という誰かが必然の糸を引いていたのではなかったか。そんな風に思いたくなるのは、それがそもそもの元から、バラードの『結晶世界』であるという先回りがなされていたからである。何よりも早く。どこまでも新しく。

 

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オークランドのカフェで一服中の吉津さん

 

(文・吉津茂径)