2011.6.30   [レポート]
No.33『ユルスナールの靴』佐藤あすかさん

 

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先達文庫は大きめの靴のようなもの。脱げそうで脱げない。ちょっと背伸びをしたり、左右逆に履いてみたくなる。明日の天気も占いたくなる。
佐藤あすかさんは須賀敦子著『ユルスナールの靴』との意外な結び目に気がついた。やはり靴も本も、ワンサイズ大きいものがいいらしい。

佐藤あすかさん
8期[守] 透明クラムボン教室 師範代

(キャラクター・WEB・グラフィックデザイナー、大学非常勤講師/徳島市在住)
ISIS学歴:6期[守][破]、8期[守]師範代、[序]序師、[遊] 風韻講座第七座連衆

 


 松岡正剛校長から佐藤あすかさんへの先達文庫

 『ユルスナ-ルの靴』須賀敦子 河出書房新社

ユルスナールの靴 (河出文庫)

ユルスナールの靴 (河出文庫)

須賀 敦子
  • 河出書房新社

【内容紹介】随筆家・イタリア文学者である須賀敦子が、女性初のアカデミー・フランセーズ会員であり、20世紀のフランスを代表する作家マルグリット・ユルスナールの足跡を辿る本である。ユルスナール本人はもとより、『ハドリアヌス帝の回想』をはじめとする作中人物にも自らを重ねて旅をする。“靴”というモチーフが要所で関係を繋いでいる。


 

 

 

大きめの靴を履いて

 

 

 幻燈のセロファンのごとクラムボンかぷかぷわらふ言の葉の川

 『ユルスナールの靴』の作者・須賀敦子さんが大学生だった頃、宮沢賢治の詩を読み耽った時期があったそうだ。この事実に辿り着いた時、やっと謎が解けたような気がした。なぜなら、松岡校長が私にこの本を選んでくれた決定的な理由を読み取れずにいたからである。

 私が師範代(編集コーチ)をさせてもらえることが決まったのは2003年夏のことで私は28歳だった。イシス編集学校のユニークでミラクルな教室名は、担当師範代が提出したいくつかの候補を松岡校長が編集して誕生する。私も8期[守]の自分の教室がどんな名前になるのかどきどきしながら発表を待っていた。そして、いただいたのが「透明クラムボン教室」という名前。そう、宮沢賢治の『やまなし』に出てくる“クラムボンはかぷかぷわらったよ”の“クラムボン”である。“かぷかぷ”は私の好きなオノマトペイア・ランキングのダントツ第1位であり、そのようにゆたかに物事を表現する心と、それをゆたかだと思える感受性を大事にしたいという思いをこめて“クラムボン教室”を候補として提出していたのであった。それを掬い取ってもらったことが嬉しく、教室の方向性が見えた気がした。

 始まってみると、「透明クラムボン教室」は私の思い以上に学衆(生徒)さんのゆたかな言葉にあふれ、透明なRGB(Red、Green、Blue。光の三原色)を重ねて輝きを増していく美しい幻燈となった。印象的だったのは、教室が終盤にさしかかった時期、千夜千冊第900夜『銀河鉄道の夜』がアップされたことである。勝手な解釈で恥ずかしいのだけれど、やはり校長が私たちの幻燈を見守ってくれていてくれたからこその『銀河鉄道の夜』で、これは紛れもない校長から私たちへのギフトだとたいへんに感動したことを覚えている。


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靴をモチーフに須賀敦子がユルスナールをめぐる一冊

また会へるカムパネルラは約束し黄色の蛍独白を飛ぶ

 ところで、私の中で宮沢賢治が特別な存在になったのは17歳の時だった。もちろん、小学生の頃には『注文の多い料理店』や『セロ弾きのゴーシュ』が好きで何度も読んだし、図書室で初めて本を借りた時に選んだのは『どんぐりとやまねこ』であった。また『やまなし』は教科書に載っていたし、『風の又三郎』は不思議に耳に響いた。けれども、やはり宮沢賢治の世界に恋をしたのは17歳なのである。

 17歳。高校生の私は演劇部に所属し、柔軟体操、腹筋・背筋、発声練習、台本読みの毎日を過ごしていた。練習とその後のお喋りが楽しすぎて、持て余していた負のエネルギーをすべて部活で昇華していたように思う。そんな17の夏、『銀河鉄道の夜』を題材にした舞台の青い光の中で私はカムパネルラを演じたのである。「世界観を深めるのだ」と宮沢賢治の文庫を何冊かおこづかいで購入し、通学の汽車の中で英語の単語を覚える代わりに何度も読んだ。そして改めて読んでみると物語のすばらしさに加え、言葉の選び方やリズムがどうにもこうにも魅力的なので、家に帰ってから部屋にこもって音読したりもした。その成果かどうかはわからないが舞台では確かな手応えを感じることができ、見てくれた人の評価もあたたかかった。稚拙で荒削りではあったものの、あのきらきらした情熱は今の私では到底再現することはできない。

 そんなわけで、須賀敦子さんが若いころ賢治に傾倒していたという事実は、須賀さんと私の距離を随分と縮めてくれたのである。

 
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松岡校長直筆メッセージ

 

 

スランプの闇夜に仄かランプ光遠くに非ず吾の内より

「私にとってのすばらしい歳月、それは、
旅あるいは野営や前哨地ですごした日々であった」
マルグリット・ユルスナール
ーーーー『ハドリアヌス帝の回想』

 という引用文から始まる『ユルスナールの靴』は、作家ユルスナールとその著作を縦糸に、須賀敦子さんご本人の思い出を横糸にして織られた絹織物のような伝記であり自伝であり随筆である。ユルスナールの生涯に自身の生き方を重ね、ユルスナールの後ろを歩きながら思い出を織りこんでいるのだが、中でも構想から長年を要し、“霊魂の闇”をくぐり抜けてやっと完成したという『ハドリアヌス帝の回想』は須賀さんにとって特別な作品であったようだ。「じぶんもそんな闇を通ったのだとユルスナールが語っているのは、当然とは思っても、やはり衝撃だった。私にとっては、揺るぎない自負と確信に満ちているはずの、あの偉大な『ハドリアヌス帝の回想』の作者が。」と綴っているように、同じ“闇”を通過したユルスナールの、“霊魂の闇”の深さにシンクロしている。異国での葛藤を経験したことも、戦争体験もない私は、ユルスナールと須賀さんの闇に寄り添うことはできないけれど、闇の存在を知ることで作品をより深く味わえているという実感がある。

 ・・・とここまで思い至った時、「あれ、これに似た感覚をどこかで味わったな」と思ったら千夜千冊『銀河鉄道の夜』を境にした所謂“イーハトーヴ賛歌”からの目覚めだった。賢治の光の部分だけでなく、奥深い核心に触れるよう優しく促してくれた第900夜。
 もしかしたら校長は、須賀さんの人生を通して、本と作家との本質的な関わり方を示してくれたのかもしれないと、今思っている。
 

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本棚最上段の「編集学校(文庫)コーナー」

 

背伸びするカカトの下の透明な靴音ひびけ肯定の未知

 ところで、『ユルスナールの靴』のプロローグの中に、こんな一節がある。
「一サイズ、大きめのを買いましょう。おとなたちがそう決めるので、私の靴も、くさったリンゴのようにいつもぶかぶかで、ぴったりのサイズになるころには、かかとの部分がぺちゃんこにつぶれたり、つま先の革がこすれて白くなっていたりした。」
 やはり私も子どもの時、ぶかぶかの靴を選んで買ってもらっていたのだけれど、それは親の意思だけではなかったように思う。実を言うと、私はこの“大きめの靴”が嫌いではなかったのである。近所の子どもたちの中でも年少で、いつも“あぶらご(小さいので鬼にならなくてもいい子どものこと)”扱いだった私は、とにかく早く大きくなりたかったし、そのために大きい靴が欲しいと思っていた。20cmの靴を履いた時には「私もとうとうここまできたか」と子どもながら小さな感慨にふけったものだ。

 物理的な大きさだけではなかった。高校に入ったらタッセルローファー、大学に入ったらヒールのブーティ、社会人ではソフィスティケイトされたセパレートパンプス、妊婦になった途端にカカトぺったんこのウォーキングシューズ・・・と、私にとって靴は常に新しいステージと背伸びの象徴だった。少し“大きめの靴”を履くことで、それがぴったりになった時に実感する自分自身の成長が好きなのである。

 そして、『イシス編集学校』もまた、私にとって“大きめの靴”のような存在なのかもしれないと思っている。門を敲く時はおそるおそる、「私にできるのかな・・・」と及び腰であったとしても、巧みなエスコートによって少しずつ未知の道を歩ませてくれるイメージ。終了時に靴は必ずぴったりになっていて、次の一歩を自分で踏み出す自信を与えてくれる。
 たとえば、つい先日受講した[遊]風韻講座は、五音・七音のリズムを持った俳句、川柳、短歌、連句、長歌、都々逸、今様などを日本語の方法として学ぶ講座である。それまで冗長な文章ばかり書いていた私は、五七のリズムに思いを預ける短歌や俳句、そして詩の世界とは無縁に生きてきた。ところが、お題に沿って歌集・句集・詩集を繰り、歳時記を開いているうちにどんどん五七の世界に引き込まれ、作品らしきものが作れるようになっていたのである(この原稿の見出し部分が短歌の形式をとっているのは、その方法の実験だったりする)。

 そして、方法が身についただけでは終わらない。6期[守][破]受講中に独立してデザイン事務所を立ち上げ、8期[守]で母になり、つい先日の[遊]風韻講座が終わる頃、大学の非常勤講師の話が決まった。私が『イシス編集学校』に関わらせてもらう時にはなぜか必ず、自分クロニクルに“どどう”と追い風が吹くのである。歩くのは自分自身だが、『イシス編集学校』で与えられる課題という“大きめの靴”を履いて進んだ結果、ここまで来られたような気がしている。

 さて。
8期[守]終了から7年と少し。私は36歳になり、当時おなかの中で学衆さんたちの回答に鍛えられた長女は4月から小学1年生になった。まっさらの運動靴を履いて新しいステージへ歩き出した彼女を眩しく思いながら、私自身も次の靴を履きこなしたいと思う。“霊魂の闇”を抜けて輝いた、マルグリット・ユルスナールと須賀敦子さんに倣って。

 

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6歳のムスメに撮影してもらった、先達文庫を眺める私

 

(文・歌/佐藤あすか)

[参考] 千夜千冊第0191夜『コルシア書店の仲間たち』須賀敦子