No.37 『眼の引越』大澤靖永さん


17期[守] 青山一刻教室 師範代
  ※17期[守] 2007年4月23日〜8月19日
大澤 靖永 さん(東京都在住/会社員)

【ISIS編集学校歴】学衆:13期[守][破]、5回花伝所、4離、風韻講座8座、師範代:17期[守]、20期[守][破]、師範:22〜23期[守]、14回花伝所(錬成)、24〜26期[守]番匠

 

From Seigow
『眼の引越』青山 次郎(中公文庫) 

[内容紹介]小林秀雄、永井龍雄、中原中也、河上徹太郎といった昭和の文学者との深い交友が世に「青山学院」と言われた強烈な個性の異才、青山次郎。梅原龍三郎論、小林秀雄論など、自らの「眼」に美の発見を賭した独自の美学の精粋。

 

 

いつでも眼の引越

  「青山二郎は読んだことある?」、たしか渡される際に聞かれたように思う。名前こそ聞いたことはあるが、どちらかというと冒険小説や推理小説の類で育ち、イシス編集学校に出会う少し前までビジネス書ばかり読んでいたこともあり、読んだことはなく、ピンとこなかった。教室名と同じく“青山”が入っていることからセレクトされたのかと失礼な感想も頭を掠めたりした。
 

 読み始めてみると、手強い手強い。書いてあることが、なかなか入ってこない。いや、入ってもいろいろなところに引っ張り出されて、進まないのだ。そこにあったのは安易にわかろうとすることを拒否する言葉の迸りであった。今回読み直してみても、それは同じこと。

 いや、いっそう深く世界に引き摺りこまれた。

 青山二郎は眼の力にすべてを賭けた人と言われる。その切れ味はこんな具合だ。


 「見える眼が見ているものは、物でも美でもない。物そのものの姿である。姿が見えるというのは、女が美人に見えることではない。物の姿とは眼に映じた物の、それなくしては見えない人だけに見える物の形−形あるものから、見える眼のみが取りとめた形である。それを美というのは速や過ぎる。」
 

 一節だけ切り出しても、とても過激、過剰で、難しい。人の賛辞や値札に惑わされず、ただ、眼に映ったものを過不足なく取り出すことにこそ一生を賭けた男ならではの言葉である。

 また、こうも言っている。


 「ある年齢に来ると、誰でも銘々の流儀が宿るようになり、自分でも手が付けられないし、人の言うことなぞ金輪際聞くものではありません。(中略)ところが銘々の眼が銘々の流儀に従属して物ごとを見ている事は、いい意味にしろ悪い意味にしろ気附かれていません。誰でも銘々の眼玉で確と物ごとを見ている筈です。それなら眼玉で見た物を、何故眼玉で受け止めないのでしょう。眼で見たものを時間的に置き換え、頭で判断する習慣があるからです。」
 

 眼で見たとおもったことには、それまでの世界観、その場ならではのフィルター、つまりは編集がなされているということだ。まさに、同じようにすべてを編集という方法でみることに賭けた男により極められてきた編集工学と共鳴しているかのようだ。こうした編集的な見方との相似は、編集術の学びを深めるにつれ、多くの問いへと変化させながら魅せ続けてくれている。
 

 そもそも編集術との出会いは、仕事になんとなく閉塞感を感じてブレイクスルーを求めていた30代の終わりに、ふと手にした『プランニング編集術』という一冊の本だった。既存のビジネス書とは角度の違う柔軟な思考の方法に大きな可能性を感じ、時を待たずにイシス編集学校の[守]へと入ることとなったのだった。

 そこで、会社員、学生、主婦など、職業、地域を越えた多種多様な人たちとともに、コップの使い道を様々に言い換えたり、公園の特徴を要素・機能・属性から見てみたりといった身近な題材のお題に取り組んだ。すると、とても同じお題とは思えないぐらいに、実に多彩な回答が出揃うのである。そうした稽古を重ねていくと、ウエブだけの関係であってもそれぞれの思考のクセ、好みが見えてくる。
 

 同じ型を通したことで、まさに、青山二郎の言うところの銘々の流儀が見えてきたのだ。
 

 同時にそこで出会ったのは、経験値の中でしか思考できなくなっていた自分であった。ロジカルにモノゴトを捉えているつもりが、いつの間にかパターン思考へと陥っていた。パターン=型は、そこになにを通すかが大事であるが、使うことを目的にしてしまっていたのであった。閉塞感は自らウチに作り出したものだと気づいた。

 

 そうして、編集術の世界を突き進んだ一区切りでもある師範代を終え、手にしたのが本書、そして校長のメッセージである。
 

 “そろそろ眼の引越をしてみよう”

 実は、この巻末には松岡正剛校長が『非株な男』という文章を寄せている。そこで、こう書かれている。


 「もとと勝負しているのはわかる。そのもとは“もの”にある。いや、“もの”そのものにあるのではなくて、眼が“もの”をみたあとの“もの”にある。」「もとをとるには、もとを払わなければならない。」
 

  では、そのもととはなにか。ふたたび青山二郎の言葉を借りてみる。
「それが美術品といわれるのは、独自の一つ一つの形態がそこに在って、それが他と違わなければならぬ大事な所で、他と違っていなければならない筈です」
  形態から大事な所を分かる眼、思考に増減されない物自体の在り方を見る眼を鍛えるために、青山二郎は中学ではすでに高価な骨董を買うなど、なけなしの大事な金品を払う。それこそ、もとを支払い、ものにあるもとと勝負する人生へと向かったのだ。

 

 

ジワジワと背を押すメッセージ
 

 

 こうして読破した後に、このメッセージは重みを増してきた。


  “ソフトアイの中に時にハードアイをだね”  
 

 そうなのだ。師範代まで突き進んできたことで、編集的な見方の魅力が一層わかってきて、もっともっと見方の自由を広げていきたい欲求が強くなってきたのだ。
 

 今の時代はもとがなにか、また、もとをとるためにはらう(払う、祓う)べき場所もわからなくなっている。そうした中で見方の自由を広げるには、既存の持ち物やいつもの場所だけでは足りなかった。

 そうして、イシス編集学校へと再び向かうこととなる。いつでも新たな窓を開いてくれるお題や仲間が随所に用意されているここに、どちらも存在していると思えたからだ。

 現在、[守]の運営に関わりながら、多様な学衆の回答、師範代の指南の中へ方法を通して表れる多彩な世界観に触れている。そこでは「眼の引越」がいつでも頭の隅の無意識と意識の狭間にあり、それを忘れないよう刺激してくれる場の力を感じる。編集術の基本を教える[守]は始まりであり、彼方でもあるのだ。

 

 

 

 

 

 

日本という方法の中核にある先達文庫たち

 

 (文・大澤 靖永)

 

 

No.36『私の生まれた日』古田茂さん

 


17期[守] 挑心りんりん教室 師範代
  ※17期[守] 2007年4月23日〜8月19日
古田 茂 さん(東京都在住/化学メーカー営業)
 

 
【ISIS編集学校歴】学衆:13期[守][破]、5回花伝所、4離、風韻講座六座、師範代:17期[守][破]、2回[業]、師範:20〜22期[守]、10〜11回花伝所(錬成師範)、14〜16回花伝所(花伝師範)

 

From Seigow
『私が生まれた日
池波 正太郎(朝日文庫)

[内容紹介]昭和47年(1972年)から昭和62年(1987年)に発表されたエッセイの中から食べ物、散歩、旅、下町、家族などに関するものを著者自らが選んだ62篇が収録された自選随筆集。東京の下町に暮らす大人や子供の視点、心情が描かれている。

 

 

 

 

 

こころの中の忘れ物が甦る
 

 もう4年の歳月が経とうしているなんて信じられない気持ちがする。17期[守]の師範代をおえた2007年秋の感門之盟の檀上、
 

松岡校長:「古田君は、自分と同じ誕生日の人について考えたことがある?」
古田:「えっ・・・、特にありません・・・。」(すっとんきょな返事)
松岡校長:「これは私と同月同日に生まれた気骨の作家の本です。古田君もいつか同じ誕生日の人について考え巡らせるときがくるでしょう。」

 


正確ではないが、こんなやりとりの言葉と伴に手渡して頂いたのが池波正太郎の自選随筆集『私が生まれた日』。

 
 

 池波正太郎さんの本は何冊も読んでいた。好きな作家のひとりである。『鬼平犯科帳』の中で描かれる長谷川平蔵は粋も辛いも心得た本物の男としての憧れであったし、その他の時代ものからも人の哀愁と暖かみをもらってきた。暮らしの断片を切り抜いた数々のエッセイに大人の男のひとつの見本を見せてもらってきた。でも千夜千冊699夜にも紹介されているこの本は当時まだ未読。贈られた翌々日には一気に読み終えた。
 

 内容は既読のエッセイと同様に、作家の目と心からささやかな日常の場面を浮き出させる池波ワールドが展開され、興味深くおもしろさを感じた。並行して、自分と同月同日の誕生日の人物を検索しみたりしたが、並んだ人物にはそのときは「あまりピンとこないなあ」と感じるのみで終わっていた。

 

 その後は、イシス編集学校で多くの学びの場に向かい、学びを追い追われる中でこの先達文庫に託された松岡校長の意図や問いについては、心の片隅に置いたままになっていたようだ。

 

 

校長メッセージにある「ひめん」とは?

 
~再読、再考の気づき~ 
 

 寄稿文を書くにあたり、先達文庫を再読し、同月同年生まれの人物を今一度調べてみた。その過程で最初には見過ごしていた著者の言葉や人物と自分がかたちづくられてきた環境とのつながりを実感することになる。 

 

 著者が失われつつあると指摘する東京下町の情緒と融通は、私が生まれ育った新宿柏木の小さな商店街、家を訪ねてくる行商のおばさん、いたずらしている子供を叱る近所のおじさんおばさんの姿、などの中に確かに存在し、人と人の密かつ間合いをもった交際の姿勢、自分の人に対するカマエの基本となっていること。

 岡山で生まれ大阪に出て染物を修行し東京に上京して呉服屋を興した、祖父やそれを支えてきた祖母の気風や持ち物が育った家の中にはあり、明治、大正、昭和初期の空気が身近に立ちこめ、著者も影響されたと語っているそのような父母祖父母の生活が今日の私には大きく働きかけていること。

 この隋筆集が書かれた1970年代~80年の時代は、私は「子供のころ」という題の随筆の中で書かれているような子供でもない大人でもない若者という存在にあり、ゲームセンター、ディスコフィバー、バブル好況へ若者風俗の中を、無思慮と疑問の複雑性の中で通過し、その後仕事を通じての連帯と責任が人情を意識できる大人の世界へと転じさせていったこと。

 馬場、猪木を一本足頭突きで苦しめたプロスレラー大木金太郎、セナとともにマクラーラン・ホンダのF1連勝の原動力となったアラン・プロスト、パソコンのおもしろさを教えてくれたアップル操業者スティーブ・ジョブス。子供の頃から20代にかけて興奮をくれた人物が私と同じ2月24日に生まれていたこと。
 

 などなど、見えていなかった情報がしっかりと意を注ぐことにより、浮き出てくる。モノゴトの周囲に繊細に目を凝らせるようになっている。編集稽古を継続してきたこの数年での自分の変化である。
 
 

 先達文庫に書かれた松岡校長のメッセージを改めて読み返す。

 

 「自分の周辺と国を見つめるひめんも、読んでほしい。」
 

 

  「ひめん」とは「庇面」。結晶形の中心を通る平面に対し鏡映の関係にある一対の面。同じ誕生日の人や自分の周囲のひとつひとつのモノゴトは、個々に独立したものではなく常に自分とつながった存在である。周辺から影響された自分の行動や思いはまた、周辺や世界をかたちづくる力の一端となっていく。自分の歴史と世界は無関係ではない。「些細のことにも意識を向けなさい。そこに隠れている関係性を見つけることにもっと思いを込めなさい。多様なつながりを鏡に映し出しなさい。」
 校長のメッセージにはこのような意味があったのではないだろうか、イシス編集学校での学びを通過してきた今、そう感じている。

 

「もてなす方と、もてなされる方との心のかけ合いなくしては、たのしむことも当然、通り一遍のものでしかなくなる。」
「かたちにあらわさなくては心も通じないのである。」
「こころとこころ」という題名のエッセイにある言葉である。

 

  やってくる瞬間に手を抜くことなく向かい、そこにある何かを見つけ、かたちとしていくことに意(こころ)を注ぎ続けていくことの大事さを思い起こさせてくれた。校長メッセージが添えられた先達文庫の再読は、忘れかけていたものとの再会を演出してくれるインターフェイスである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


『私が生まれた日』の横には『白川静』『多読術』 

 

 (文・古田 茂)

 

 

No.35 『桂春団治』景山和浩さん


17期[守] 八雲でんねん教室 師範代  ※17期[守] 2007年4月23日〜8月19日

景山 和浩 さん(大阪府豊中市在住/新聞編集)

【ISIS編集学校歴】学衆:14期[守][破]、6回花伝所、5離、師範代:17期[守][破]師範:19期[守]、20期[守]、9回花伝所(錬成)、14回花伝所(特別)、番匠:22期[守]、23期[守]、24期[守]、錬成師範

 

From Seigow
『桂春団治』
富士 正晴(講談社文芸文庫)

 

 

[内容紹介]独創的な話術と奇行で知られ、一世を風靡した鬼才桂春団治。明治大正の落語界を席巻し、上方落語の全盛期を築いた。その一代記を出生から57歳で亡くなるまで、綿密で緻密な調査と多彩な資料で裏付け、実像に迫った評伝。

「らしさ」の向こうに真実は眠る 


 「そりゃわいはアホや 酒もあおるし 女も泣かす」。

 岡千秋が都はるみと歌ってヒットしたご存じ『浪花恋しぐれ』。初代桂春団治の名調子でございます。この歌を聴いた当代の三代目春団治は「人の大師匠をつかまえてアホとはなんや!」と怒ったと申しますが、世間のイメージする春団治像はまさに歌の通り。大酒飲みで女が好きで博打に目がない、でも落語にだけは真剣。規格外、破天荒、風雲児、前代未聞、豪放磊落、奇妙奇天烈、大胆不敵…。そもそも初代と名乗ってはいますが、それ以前にも春団治という噺家はおりまして、正式には二代目。それでも初代を名乗ることを噺家仲間も認めざるを得ないくらいにすごかったということなのでしょう。おかげで本当の初代は「0代」と言われているとか…。
 

 なにしろ爆笑王なのです。

 春団治が姿を見せるだけで寄席は笑いに包まれたと申します。オノマトペイアをふんだんに盛り込んだスピード感あふれる噺。当時としては異端の極み。寄席から寄席へ赤い人力車を駆ったとか、税金滞納で己の口に差し押さえ証を貼ったとか、煎餅で食べられるレコードをつくったとか、でも売れなくて大損したとか、気に入らない噺家を待ち伏せて殴ったら自分の師匠だったとか…こうなるとマンガの世界ですが、とにかく話題に事欠かない。それこそ伝説が着物を着て歩いてるような男だったのでございます。
 

 しかし、ちょっとお待ちください。そもそも芸人。売れるためには自分のことを面白おかしく吹聴するのが商売のようなもの。春団治は本当に「芸のためなら女も泣かす」ような男だったのか? 数々の逸話を聞いておりますと、どこまで本当でどこから嘘なのかが分かりません。それならと当時の資料を丹念に調べて、春団治の実像に迫ったのが、先達文庫として頂いた本書『桂春団治』なのであります。
 

 著者は富士正晴。大阪の小説家で、上方落語や日本舞踊に通じ、『VIKING』という同人誌を主宰、島尾敏雄や開高健を育てたといいます。権威を嫌って晩年まで大阪・茨木市内の竹林に住み「竹林の賢者」とか「安威(あい)の仙人」、安威とはその近くを流れる川ですが、このように呼ばれたという反骨の人なのです。
 

 富士は初代春団治の評伝を書くために、戸籍をはじめ当時の新聞・雑誌・チラシや噺家仲間の覚え書きなど財力の許す限り集め、春団治を知る人に話を聞き、新聞社の資料室にも日参します。これらを手掛かりに真の春団治像を掘り出します。数々の逸話も実は作り話だったり他人の話だったりしたことがだんだん見えてきます。「春団治ならやりそう」「春団治がしたことにした方がおもろい」。いつの間にやらオがつきヒレがつき、「春団治らしい」エピソードが出来上がってしまったのです。「らしさの鎧」を幾重にも着た春団治。富士はその鎧を一枚一枚丁寧に剥がして、生身の春団治を取り出したのでした。
 

 こう書くと、この「らしさ」というやつ、とてもやっかいな代物に思われるかもしれません。が、そんなことはありません。現にイシス編集学校でも大切にされる編集術のひとつです。「あの子AKBの大島優子っぽいね」といえば、実際に会ったことはなくても情報をイメージとして伝えることができます。とても便利な編集術。ところが春団治のように「らしさ」がいくつも重なると、真実は隠されてしまう。「らしさ」の向こうの真実まで目が届かなくなってしまいます。この本を頂いたのは、そういう目を持ちなさいというメッセージだったのかも……と、これは私の勝手な解釈でございます。
 

「いずれ離であばらかべっそんを!」のメッセージ入り

 

 さてメッセージと言いますと、『桂春団治』の表紙をめくると松岡校長からの言葉がしたためられております。
 

 「いずれ離であばらかべっそんを!」
 

 むう。「あばらかべっそん」。
 これは昭和の名人と言われた桂文楽の言葉。千夜千冊170夜『芸談・あばらかべっそん』を開きますと、
 

 書名の『あばらかべっそん』は、意味不明だが、文楽が困って窮したときに洒落で言う相槌で、たとえば小股の切れ上がったシャダレ(芸者さん)なんぞをお座敷の客に急に押し付けられたとき、「いや、もう、なんとも、あばらかべっそん」。
 

 このようにあります。
 

 師範代の後、師範を務め、離を受講し、守の番匠までやらせていただきました。編集の奥深さをより知ることのできた師範、編集の壮絶さをたたき込まれた離、編集を伝えることの面白さ難しさを感じた番匠…編集学校にたくさんのものをいただきました。そして仲間も。いまだに消化できないものもあるし、見えないものもありますが、世の中の見方を楽しく学んだ経験はとても大きな財産になっております。
 

 え? イシス編集学校を「らしさ」でいえば? 
それは、いや、もう、なんとも、あばらかべっそん!

 

 

 

 

 

 

 
 

 

 

 

 本棚の落語本コーナー中央に並ぶ『桂春団治』

 (文・景山 和浩)

 

 

No.34『近代文化史入門』関富夫さん

 

先達文庫前書き2.gif

17期[守]の指南をまっとうした関富夫さんに手渡された一冊は、緻密かつ高速に編み込まれた高山宏の『近代文化史入門』だった
。イシス編集学校で松岡正剛の編集を学んだあとに読んだ高山宏の編集的アラベスクは、いまでも関さんの世界読書格別道標となっている。

関 富夫さん 17期[守] 田楽雑技団教室 師範代
 (会社経営/東京都豊島区在住)

[ISIS学歴]学衆:14期[守][破]、6回花伝所、6季[離]/師範代:17期[守][破]/師範:19期[守]、20期[守][破]、21期[破]、23〜24期[破]、9〜10回花伝所(錬成)、11回花伝所(花伝)、14回花伝所(錬成)


松岡正剛校長から関富夫さんへの先達文庫
『近代文化史入門』 高山 宏(講談社学術文庫) 

【内容紹介】副題に「超英文学講義」とあるように、近代英文学を入口に近代ヨーロッパのあらゆる知の領域を繋ぎ合わせた脱領域、異貌の思想史。光学、辞典、哲学、テーブル、博物学、造園術、見世物、文字、貨幣、絵画、王立協会……を跳梁縫合する。学魔高山宏、本領発揮の詰め合わせが本書である。


学魔と出会いて旅に出る

 イシス編集学校は人との出会いの場である。ネットの教室やリアルの催しを通してのコンタクトはもちろんであるが、本を経由した著者とのご対面も数多い。殊に、イシスは本好きの群れである。紹介される書物は多様、遭遇する書き手たちもツワモノが山盛りだ。そして、どうにも皆知的なのである。雑読・B級・マイナー好みで、スーザン・ソンタグ女史に「二度読む価値のない本」と言われそうな本を、何度も読み返す類の読書歴を持つ僕としては、ひるむことの多い場でもあったのだった。なんといっても、入門前には松岡正剛を知らず、白川静とも縁はなく、網野善彦など袖すり合うはずもないという有様。南方熊楠折口信夫はかろうじて知っていて、少しほっとしたというくらいだから。

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銀色の”Seigow”サインが光ります

 今振り返ると、17期[守]の師範代を終えた感門之盟といえば、巨大読書インデックスでもある「千夜千冊」の洗礼を受けて1年と数ヶ月が過ぎた頃だ。おかげ様で、未知なるツワモノたちとの出会いを(Web上ではあるが)重ねて、世界が広がった気がしていた。知的好奇心の触手が、千手観音の腕のように四方八方に伸びている時だったと思う。そこへ松岡校長から本のプレゼントである。どんな本が贈られるのか? どんな人物を紹介されるのか? ドキドキ期待しながらの登壇であった。

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関さんの十全な指南能力を讃えた松岡校長メッセージ

 やって来たのは高山宏。恥ずかしながら、当然の初対面である。学魔と呼ばれる御仁、タカヤマ作「ビブリオマシーン」という手書き図書カード・データベースを校長が生前贈与された、盟友であることを知るのはずっと後のこと。サングラスに独特の髪形というルックスももちろん存じ上げなかった(ちなみに、リアル高山の風貌を直に見たのは、松丸本舗のオープニング、明治大学のセミナー、新宿パークタワーとスパイラルでの連塾(2回)の計5回、かな?)。

   本を手にした前後のこと、実はよく憶えていない。確かなのは、明け方の上野の居酒屋で、始発の山手線の中で、夢中になって読み続けたことである。おそらくあの日先達文庫をもらった師範代の中で、一番初めに読了したのは僕だったのではないだろうか? 翌日にはもう読み終わっていたのだから。
 ただしこの本、一度読んだくらいで消化できる代物ではない。未知の言葉・人物・書物・歴史事象がたくさん登場するし、既知のモノでも予想外の背景や関係の中で語られるので、生半可な知識や理解ではとても咀嚼できないのである。例えば、「ニュートン」と「ロマン派」をタカヤマは繋ぐ。すると漠然といだいていた「浪漫」のイメージが瓦解する。西欧の「ロマン派」にとっての自然とは「ニュートン」の「光学」に端を発した「光学装置」を通してみた「逆像」だというのだ。「自然に帰れ」の自然とは「人工物」だったというのだ。ついでに、その局面をあの荒俣宏は「テクノロマンティシズム」と名づけたというのだ。読んでる僕はくらくらだ。

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校長サイン本は4冊。「なぜか隣は『くらしのウクレレ』です」

 マニエリスム」。若桑みどりと出会う、わからないことが増える。そもそも美術史がまるで駄目だ。教科書的な知識を適当に補強してから、無謀にもグスタフ・ルネ・ホッケに挑む。更に混乱しつつ、『迷宮としての世界』(ホッケ著)の訳者である種村季弘の本に桂馬飛び。知らぬうちに『山師カリオストロの大冒険』なんぞに絡めとられていることに気づき、いかんいかんと『近代文化史入門』に戻る。次の目的地は「薔薇十字団」ということにして『化学の結婚』(これも種村訳だ)に蛙飛び、その先は……、でまた、タカヤマ本に戻って……。

 本から本へと渡り歩く中、この先達文庫は近代ヨーロッパ読書ツアーへの松岡校長からのハナムケなのかもしれない、と思い至った。また、難解だと思われた本書が、最高の旅の道連れであることに気づいた。

 ところで、文庫の扉に書かれた直筆メッセージはこう締め括られている。

            ……そして「離」へ。

 「離」とはイシス編集学校の奥の院、校長直伝コース、そして「世界読書奥義伝」のことだ。詳細は秘密だが、古今東西・文系理系を跨ぎ、縦横斜めに駆け巡る知のグランド・ツアーである。後に、「離」の旅人として其の地を訪れたとき、難所であるはずの近代ヨーロッパが、まるで故郷のように懐かしく思えたのは、『近代文化史入門』が案内してくれた小旅行体験のおかげだったように思う。そして彼の地は今でもときどき足を運ぶ、僕のお気に入りの周遊コースでもあるのだ。

 

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師範代のための研修会「伝習座」にて

(文・関 富夫)

 

 

 

No.33『ユルスナールの靴』佐藤あすかさん

 

先達文庫前書き2.gif


先達文庫は大きめの靴のようなもの。脱げそうで脱げない。ちょっと背伸びをしたり、左右逆に履いてみたくなる。明日の天気も占いたくなる。
佐藤あすかさんは須賀敦子著『ユルスナールの靴』との意外な結び目に気がついた。やはり靴も本も、ワンサイズ大きいものがいいらしい。

佐藤あすかさん
8期[守] 透明クラムボン教室 師範代

(キャラクター・WEB・グラフィックデザイナー、大学非常勤講師/徳島市在住)
ISIS学歴:6期[守][破]、8期[守]師範代、[序]序師、[遊] 風韻講座第七座連衆

 


 松岡正剛校長から佐藤あすかさんへの先達文庫

 『ユルスナ-ルの靴』須賀敦子 河出書房新社

ユルスナールの靴 (河出文庫)

ユルスナールの靴 (河出文庫)

須賀 敦子
  • 河出書房新社

【内容紹介】随筆家・イタリア文学者である須賀敦子が、女性初のアカデミー・フランセーズ会員であり、20世紀のフランスを代表する作家マルグリット・ユルスナールの足跡を辿る本である。ユルスナール本人はもとより、『ハドリアヌス帝の回想』をはじめとする作中人物にも自らを重ねて旅をする。“靴”というモチーフが要所で関係を繋いでいる。


 

 

 

大きめの靴を履いて

 

 

 幻燈のセロファンのごとクラムボンかぷかぷわらふ言の葉の川

 『ユルスナールの靴』の作者・須賀敦子さんが大学生だった頃、宮沢賢治の詩を読み耽った時期があったそうだ。この事実に辿り着いた時、やっと謎が解けたような気がした。なぜなら、松岡校長が私にこの本を選んでくれた決定的な理由を読み取れずにいたからである。

 私が師範代(編集コーチ)をさせてもらえることが決まったのは2003年夏のことで私は28歳だった。イシス編集学校のユニークでミラクルな教室名は、担当師範代が提出したいくつかの候補を松岡校長が編集して誕生する。私も8期[守]の自分の教室がどんな名前になるのかどきどきしながら発表を待っていた。そして、いただいたのが「透明クラムボン教室」という名前。そう、宮沢賢治の『やまなし』に出てくる“クラムボンはかぷかぷわらったよ”の“クラムボン”である。“かぷかぷ”は私の好きなオノマトペイア・ランキングのダントツ第1位であり、そのようにゆたかに物事を表現する心と、それをゆたかだと思える感受性を大事にしたいという思いをこめて“クラムボン教室”を候補として提出していたのであった。それを掬い取ってもらったことが嬉しく、教室の方向性が見えた気がした。

 始まってみると、「透明クラムボン教室」は私の思い以上に学衆(生徒)さんのゆたかな言葉にあふれ、透明なRGB(Red、Green、Blue。光の三原色)を重ねて輝きを増していく美しい幻燈となった。印象的だったのは、教室が終盤にさしかかった時期、千夜千冊第900夜『銀河鉄道の夜』がアップされたことである。勝手な解釈で恥ずかしいのだけれど、やはり校長が私たちの幻燈を見守ってくれていてくれたからこその『銀河鉄道の夜』で、これは紛れもない校長から私たちへのギフトだとたいへんに感動したことを覚えている。


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靴をモチーフに須賀敦子がユルスナールをめぐる一冊

また会へるカムパネルラは約束し黄色の蛍独白を飛ぶ

 ところで、私の中で宮沢賢治が特別な存在になったのは17歳の時だった。もちろん、小学生の頃には『注文の多い料理店』や『セロ弾きのゴーシュ』が好きで何度も読んだし、図書室で初めて本を借りた時に選んだのは『どんぐりとやまねこ』であった。また『やまなし』は教科書に載っていたし、『風の又三郎』は不思議に耳に響いた。けれども、やはり宮沢賢治の世界に恋をしたのは17歳なのである。

 17歳。高校生の私は演劇部に所属し、柔軟体操、腹筋・背筋、発声練習、台本読みの毎日を過ごしていた。練習とその後のお喋りが楽しすぎて、持て余していた負のエネルギーをすべて部活で昇華していたように思う。そんな17の夏、『銀河鉄道の夜』を題材にした舞台の青い光の中で私はカムパネルラを演じたのである。「世界観を深めるのだ」と宮沢賢治の文庫を何冊かおこづかいで購入し、通学の汽車の中で英語の単語を覚える代わりに何度も読んだ。そして改めて読んでみると物語のすばらしさに加え、言葉の選び方やリズムがどうにもこうにも魅力的なので、家に帰ってから部屋にこもって音読したりもした。その成果かどうかはわからないが舞台では確かな手応えを感じることができ、見てくれた人の評価もあたたかかった。稚拙で荒削りではあったものの、あのきらきらした情熱は今の私では到底再現することはできない。

 そんなわけで、須賀敦子さんが若いころ賢治に傾倒していたという事実は、須賀さんと私の距離を随分と縮めてくれたのである。

 
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松岡校長直筆メッセージ

 

 

スランプの闇夜に仄かランプ光遠くに非ず吾の内より

「私にとってのすばらしい歳月、それは、
旅あるいは野営や前哨地ですごした日々であった」
マルグリット・ユルスナール
ーーーー『ハドリアヌス帝の回想』

 という引用文から始まる『ユルスナールの靴』は、作家ユルスナールとその著作を縦糸に、須賀敦子さんご本人の思い出を横糸にして織られた絹織物のような伝記であり自伝であり随筆である。ユルスナールの生涯に自身の生き方を重ね、ユルスナールの後ろを歩きながら思い出を織りこんでいるのだが、中でも構想から長年を要し、“霊魂の闇”をくぐり抜けてやっと完成したという『ハドリアヌス帝の回想』は須賀さんにとって特別な作品であったようだ。「じぶんもそんな闇を通ったのだとユルスナールが語っているのは、当然とは思っても、やはり衝撃だった。私にとっては、揺るぎない自負と確信に満ちているはずの、あの偉大な『ハドリアヌス帝の回想』の作者が。」と綴っているように、同じ“闇”を通過したユルスナールの、“霊魂の闇”の深さにシンクロしている。異国での葛藤を経験したことも、戦争体験もない私は、ユルスナールと須賀さんの闇に寄り添うことはできないけれど、闇の存在を知ることで作品をより深く味わえているという実感がある。

 ・・・とここまで思い至った時、「あれ、これに似た感覚をどこかで味わったな」と思ったら千夜千冊『銀河鉄道の夜』を境にした所謂“イーハトーヴ賛歌”からの目覚めだった。賢治の光の部分だけでなく、奥深い核心に触れるよう優しく促してくれた第900夜。
 もしかしたら校長は、須賀さんの人生を通して、本と作家との本質的な関わり方を示してくれたのかもしれないと、今思っている。
 

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本棚最上段の「編集学校(文庫)コーナー」

 

背伸びするカカトの下の透明な靴音ひびけ肯定の未知

 ところで、『ユルスナールの靴』のプロローグの中に、こんな一節がある。
「一サイズ、大きめのを買いましょう。おとなたちがそう決めるので、私の靴も、くさったリンゴのようにいつもぶかぶかで、ぴったりのサイズになるころには、かかとの部分がぺちゃんこにつぶれたり、つま先の革がこすれて白くなっていたりした。」
 やはり私も子どもの時、ぶかぶかの靴を選んで買ってもらっていたのだけれど、それは親の意思だけではなかったように思う。実を言うと、私はこの“大きめの靴”が嫌いではなかったのである。近所の子どもたちの中でも年少で、いつも“あぶらご(小さいので鬼にならなくてもいい子どものこと)”扱いだった私は、とにかく早く大きくなりたかったし、そのために大きい靴が欲しいと思っていた。20cmの靴を履いた時には「私もとうとうここまできたか」と子どもながら小さな感慨にふけったものだ。

 物理的な大きさだけではなかった。高校に入ったらタッセルローファー、大学に入ったらヒールのブーティ、社会人ではソフィスティケイトされたセパレートパンプス、妊婦になった途端にカカトぺったんこのウォーキングシューズ・・・と、私にとって靴は常に新しいステージと背伸びの象徴だった。少し“大きめの靴”を履くことで、それがぴったりになった時に実感する自分自身の成長が好きなのである。

 そして、『イシス編集学校』もまた、私にとって“大きめの靴”のような存在なのかもしれないと思っている。門を敲く時はおそるおそる、「私にできるのかな・・・」と及び腰であったとしても、巧みなエスコートによって少しずつ未知の道を歩ませてくれるイメージ。終了時に靴は必ずぴったりになっていて、次の一歩を自分で踏み出す自信を与えてくれる。
 たとえば、つい先日受講した[遊]風韻講座は、五音・七音のリズムを持った俳句、川柳、短歌、連句、長歌、都々逸、今様などを日本語の方法として学ぶ講座である。それまで冗長な文章ばかり書いていた私は、五七のリズムに思いを預ける短歌や俳句、そして詩の世界とは無縁に生きてきた。ところが、お題に沿って歌集・句集・詩集を繰り、歳時記を開いているうちにどんどん五七の世界に引き込まれ、作品らしきものが作れるようになっていたのである(この原稿の見出し部分が短歌の形式をとっているのは、その方法の実験だったりする)。

 そして、方法が身についただけでは終わらない。6期[守][破]受講中に独立してデザイン事務所を立ち上げ、8期[守]で母になり、つい先日の[遊]風韻講座が終わる頃、大学の非常勤講師の話が決まった。私が『イシス編集学校』に関わらせてもらう時にはなぜか必ず、自分クロニクルに“どどう”と追い風が吹くのである。歩くのは自分自身だが、『イシス編集学校』で与えられる課題という“大きめの靴”を履いて進んだ結果、ここまで来られたような気がしている。

 さて。
8期[守]終了から7年と少し。私は36歳になり、当時おなかの中で学衆さんたちの回答に鍛えられた長女は4月から小学1年生になった。まっさらの運動靴を履いて新しいステージへ歩き出した彼女を眩しく思いながら、私自身も次の靴を履きこなしたいと思う。“霊魂の闇”を抜けて輝いた、マルグリット・ユルスナールと須賀敦子さんに倣って。

 

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6歳のムスメに撮影してもらった、先達文庫を眺める私

 

(文・歌/佐藤あすか)

[参考] 千夜千冊第0191夜『コルシア書店の仲間たち』須賀敦子

 

 

 

No.32『包む』志村呂子さん

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師範代一人ひとりに、松岡校長が厳選した本を贈る「先達文庫」。師範代はいつも受け取る側だが、志村呂子さんは初めて師範代を務めた教室の学衆(生徒)にも、その人を想って一冊ずつ本を贈ったという。志村さんが“贈本”を継承する背景に、二人の師の存在と一冊の本がある。

志村 呂子さん 8期[守] 風色オペラ教室 師範代
(会社員/東京都豊島区在住)

【ISIS編集学校歴】学衆:6期[守][破]、2季[離]/師範代:8期[守][破]/師範:10期[守]、16~19期[守]/花伝所:特別師範(11回花)/花伝師範(むらさき9、やまぶき10)/錬成師範(3花、8花、12花)/番匠:20~21期[守]/セキスイすみか編集塾1、2期師範代/オリベ編集学校 事務局/教員コミュニケーション研修 学匠



松岡正剛校長より志村呂子さんへの先達文庫
『包む』幸田 文 講談社文芸文庫

包む (講談社文芸文庫)

包む (講談社文芸文庫)

幸田 文 ; 荒川 洋治
  • 講談社

【内容紹介】包みたいのに包みきれず、ふっと文章にあらわれてしまうのが心というもの、ひとの底。身近なところで何気なく交わされる懐かしい言葉の味わいを、筆者の細やかな目が綴っていく随筆集。



ハタ 


 その日、私はお気に入りの和服に身を包んでいた。千夜千冊276夜『きものと心』の著者、武内俊子さんが大女将の京呉服志ま亀の小豆色の小紋である。それに、黒地に松と鳳凰の刺繍が施された帯を合わせた。洋服は着こなすというが、和服はちょっと違う。着ようとすると手に負えない。全身を覆う縫い合わせただけの平面の布なのに、むしろ着物に身体を預けると言うほうがしっくりくる。袖を通すとは本当にうまく言ったものだとつくづく思う。


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箔押しの題字が輝く幸田文『包む』。

 持っているかもしれないと思ったけれど、きっと気に入ると思って…。とおっしゃる松岡校長より贈られたその本は、幸田文の『包む』だった。

 力は抜くけれども手をかけるこまごまとした営み、はやる心、戸惑いにためらい、自己嫌悪、そして諦めに後悔。時には小走りするように、時には縁側で口ずさむように、普通の人々のしごくまっとうな生活に潜む慎ましさと矜持が、確かな目と絶妙な言葉とで映し出される。
 よくよく読むと、筆者自身の生活を綴っているようで、実は生き生きと描写されているのは彼女の周囲であり、他者でもあった。筆者の遠い記憶や懐かしい人々のおもかげ、さまざまな山を越えて至ったであろう心持ちなどの見えない経糸に、今瞬間を切り取ったエピソード――花がたみの菓子、白い洗面器の金魚、仕舞われたままの紹介状、黒猫のボンコ、そして氷解した過去を語る男に不器用な小娘さん――、これらが手触りの玉糸となって、人々の文様が織られていく。

 校長が察した通り、その本はすでに私の本棚にあった。しかも先客の『包む』もまた、ある人より2年ほど前に贈られたものだった。上司である。当時、講座企画という仕事に携わっていたのだが、彼女は「この子が最後だ」と自分の引き際を推し量りつつ、持っているすべてを私に伝えようと徹底的にしごいた人だった。本質を見る術という以前に、ものごとの真理を見るということを知らなかった私を、まず起こっていることを見ること、見たことを言葉にすること、どういうときにひとはどんな行動をとるのかつぶさに見て、感じて、とにかく考えることができるように…と、彼女が腹をくくって私に接していたことを知ったのは、だいぶ後のことだったけれど。そしていつの間にか、彼女の最終目的は、私を学者の奥さんにすることと物書きにすることとなり、彼女が職場を去る前に、自分の母親の形見の本棚から一冊、古裂のブックカバーに包まれたままに私に渡してくれたのが、この『包む』だった。

 まったく異なる場で出合った、私にとって師とも言える二人からの同じ本。なぜ、校長はこの本を選んだのだろう。
 実は師範代のころ、私は卒門や突破した教室の学衆さん一人ずつに本をプレゼントしていた。最初の回答を受け取ったとき、つと「本を贈ろう」と心に決め、それ以来書店の本棚の前に立ち、会ったことのない学衆さんをイメージしながらの本選びは、悩みつつも喜びでもあった。でも、選本の決め手となったのは、その人の好みそうなものということもあるけれども、むしろその人にぜひのぞいてもらいたい世界や、新しい関係線を引くことになるかもしれない一冊ということだったように思う。その人が手に取らないと思われるものもあえて選んでみたり、編集稽古を通じ、今その人に興味が起きつつあることへの誘いになりそうなもの、という具合だったような気がする。本を贈ることは、その人の未来図を思い描くことでもあって、自分にはできない何かをその人に託す、贈り手の夢とも言えるのかもしれない。


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「言葉に着物が似合っていました」(松岡校長筆) 

「言葉に着物が似合っていた」とは校長からの言葉だけれども、一見、当時の私の振る舞いや言葉遣い、好んで和服を着ていたという雰囲気などから、この本に繋がっていったと思えなくもない。でも、ある時期、一方は職場で、一方は編集学校という場で、今思うと恥ずかしいくらいに夢中になって、何かに取り組んでいた私を見守っていた人、ふたりが選んだ本なのだ。

 嫉妬や卑下、高慢さに屈辱。他者に傷ついたこともあったし、傷つけてしまった悔やみきれない思いもあったけれども、それらを見せまいとやわらかい衣で包もうとし、でもどうしても言わずにはいられない、見せずにはいられない自分がやはりいたのだ。30代を過ぎ、40も半ばに差しかかろうかともなると「他人のことのように自分のいやらしさははっきりと見える」ものでもあって、その一方、さかしらさも執着も、とうに卒業していいはずの「勝手な慾のうえに建てた空しい自信」も、困ったことに私にはまだまだ健在だ。

 こうした人生のほんのひとときのこころの痛みに、文学の言葉を与え、滑稽味やいとおしみを帯びさせたのが幸田文の目であり、手だといえよう。そんな言葉を織る機を持ちたい。まだ出合わぬ自分の言葉を楽しみに。そうして手繰り寄せた言葉を風に晒し、露を含ませながら、言葉が私に似合うようになっていくのかもしれない。


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お気に入りの小紋を身に纏う志村さん(感門之盟にて)

                 (文・志村呂子)

No.31『百物語』堀江久子さん

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今回、登場する堀江久子さんは、応用コース[破]で開催される校内コンテスト「アリスとテレス賞」の大賞を連続受賞した偉業を持つ(『物語編集力』ダイヤモンド社に作品収録)。師範を務めた後、しばらく闘病生活を送っていた堀江さんだったが、そのあいだ、先達文庫の作者と世界とわが身の物語を重ねていた。この春、ふたたび筆を執る。


堀江 久子さん 8期[守] 両面劇場教室 師範代
(岐阜市在住)
[ISIS学校略歴] 6期[守][破]学衆、8期[守][破]師範代、10期[守]師範



松岡正剛校長から堀江久子さんへの先達文庫
『百 物 語』杉浦日向子(新潮文庫)

百物語 (新潮文庫)

百物語 (新潮文庫)

杉浦 日向子
  • 新潮社

  【内容紹介】閑を持て余す隠居が、百物語に倣い、訪れる人に話を乞う。家康の城に現れた肉人、少女を「おっ母さん」と呼び消えた老人等々。人と怪が共在した頃、物語は怖いよりも懐かしい。


 

残して往ったもの

 稽古がひと通り済んだ教室で、『百物語』を試みた。借りたのは名ばかり。「雪」や「花」などのお題を出し、100字で物語を創るという遊びだった。学衆たちも楽しんで、怪ならぬ快作が次々と生まれた。それが校長の耳に入ったか、いただいたのがこの本である。
 

 「古より 不思議なる物語の百話集う処 かならず化け物の現れ出ずる」 こちらに集うのはまさに怪しの物語だが、身の凍るようなものは無い。「苗や 桜草の苗」
棒手振りが呼ぶ往来で、古木から出た馬の脚が蹴りつける。木瓜の咲く縁先に魚を干す傍らで、「俺に喰わしゃ」と猫が云う。日常にひそりと差す翳が、幽けく、また、おおどかに語られる。


 杉浦日向子は、旧き佳き江戸から幕末騒乱までの風俗を、最中に居るように描いた。確かな考証と洒脱な画風は、識者を驚かせ、世の江戸ブームに火を付けるが、本書を最後に絵筆を折り、隠居生活に入った。34歳。いぶかしみ惜しむ声が相次いだ。癌だったと報じられるのは、46歳で亡くなった後である。


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1.机横の本棚。      
2.いただいて5年。読み返し読み返しして、カバーも綻びた。
3.「全身御指南に感謝しています。そのうち近くに来て下さい」
4.先達文庫と校長の著書を集めたコーナー

 死の翳が差した時、人は、日常を「暮らす者」から「置いて往かねばならぬ者」に変わる。慣れ親しんだ物や人も、四季のうつろいも、折々の情感も。別れを告げるように、彼女は、それらを ほつりほつり と作品の中に置いていった。親と子の行き違い、男と女のふれあい。雨気の手触り、風の色、闇のぞめき、陽の匂い。一話一話に息づいて、読む者の肌を撫でる。遺せなかった事も、残すまいとした物もあったと思う。彼岸へ渡るまでの12年は、思い切るのに要したろうか。
 

 一昨年、彼女と同じ病を告知された。以来この書を繙くことが多い。斬るようだったページの角が、今は幽けく綻びた。


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[破]コースのAT賞大賞2冠を達成した頃の堀江久子さん

(文・堀江久子)

 

No.30『リカちゃんのサイコのお部屋』野嶋真帆さん

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いまや物語講座(技法研鑽コース)の名師範として活躍する野嶋真帆さん。その原点は7年前、初めて師範代を務めた「くらげチャンネル教室」にある。毎晩のように届く名・珍回答をやんわり受けとめ、回答の背景を読み取った。一見、やわらかでキレ味鋭い指南を、松岡校長は“リカちゃん指南”と名づけた。

野嶋 真帆さん 第8期[守] くらげチャンネル教室 師範代

(グラフィック・デザイナー/大阪府豊中市在住)

【ISIS編集学校略歴】
学衆:4期[守][破]・7期[守]・3季[離]・風韻5座師範代:8期[守][破]、師範:10〜12期[破]、18期[破]、右筆:5〜6期[離]、物語講座




 松岡正剛校長から野嶋真帆さんへの先達文庫

『リカちゃんのサイコのお部屋香山リカ (ちくま文庫)

  【内容紹介】心の問題の相談室というスタイルのコラム45編とサイコロジー講座。岡崎京子を迎えたサイコロジー講座のほか、リカちゃんのサイコ用語辞典も掲載。


 

 「シェ・モルチェ」を思い出しながら

その感門之盟(期ごとの修了記念イベント)は校長の還暦祝いを兼ねていて、華やかさと温かさが混じり合っていた。8期[守]師範代の感門は早めの時間帯だっただろうか。東京・広尾にあるレストラン「シェ・モルチェ」の、中庭を背景にしたステージに緑が反射していた。壇上の私は、校長の「野嶋さんの指南は回答のフラジャイルな部分を掬うのがうまい」という意外な言葉に阿呆づらになっていたと思う。たとえばたとえばどんなとき?と詰め寄りたい気持ちに占領されて、その後のトークに身が入らなかったものである。とはいえ“松岡正剛”にシゴトへの評価をもらえて嬉しかった。

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『リカちゃんのサイコのお部屋』(1994年刊)

「先達文庫」には『リカちゃんのサイコのお部屋』をいただいた。雑誌に連載されていたコラムをまとめたもので、どこかイタイ人たちの悩みに精神科医・香山リカが応えるスタイルだ。お悩みのひとつひとつは実際の臨床事例そのままではなく、体験と社会現象を重ね、さらに寓話的にカリカチュアしたものだろう。そこにユングやフロイトから現代精神医学までカバーしたサイコ用語をあてはめていくという、二重三重の編集が面白い。社会現象にひそむ徴候と個人に表れた症例の類似性を見切り、ラベリングする腕前は、たとえば境界例:食事のたびに彼女は、架空の動物ガニモ君のために小皿を用意するのです?!」「短絡反応:彼女への愛の完遂のために、交際に反対のご両親を抹殺したくなります?!」「トントン拍子体験:次々と幸運が訪れ、それを予知できる私は、超能力者になれるでしょうか?!といった見出しに凝縮されている。

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リカちゃん指南を賞讃する松岡校長のメッセージ

カジュアルな文体とマンガチックなエピソードに笑わされた後で、自分の中にも「変」 の欠片を見つけ少々ひやりとする。初読はそんな不思議な読みごこちをひたすらに楽しんだものだが、いま読み返してみて気づいたことがある。この本にある「お答え」は、ひとつのコーチングモデルなのではないかということだ。どんな素っ頓狂な悩みもまずはさらりと受けとめて、一般例に拡張したり、逆に特殊な例に言い替えたり、歴史の中に置いたり、流行の他の事例と比べたり、共感を示したり、共感を示す自分にも診断を下したり……、と転がしていく。そうして揺さぶられた「お悩み」は、人生や対人関係といった動的な構造の中の一場面なのであり、治らなくもない一時のビョーキ(病気ではなく)にすぎないと放される。ビョーキを治してあげるという態度なのではない。どういう状態にあるのかを見せ、悩みを「悩むモデル」に変換してあげるというわけだ。そうすることで、関係性の中の「今ある状態」が掴めると別の関係性の中にありうる「次の状態」がイメージできるのだ。これは、実は世の中のどんな問題にも応用できる何事かを解決するヒントなのではないだろうか。

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先達文庫の両脇には『大江戸美味草紙』と『ガープの世界』

ここ最近、私が気になっているのは、本書の見出しの例にも出した「短絡反応」的言動が日本社会を覆っているように見えることだ。実際、初版から20年たったいま、現実の犯罪と重なる。サイコ用語の「短絡反応」はわずかな動機で無謀な行動に出る行動異常のひとつである。安易に社会動向と結びつけてはいけない。しかし、メディアや日常で「アイツはいらねえ」「あの国は国際社会の癌」と簡単に言い放ち、取り除くことによる解決を支持する人々を見かける度に、短絡現象の類型ここにありと感じてしまうのだ。

どうも大衆としての私たちは、前後左右の脈絡や分母となる背景や相互作用による影響といったことを認識からバッサリ切り離し、マイナスに見えた場面から取り除くべき「犯人」や「戦犯」をのみ見つけようとしてしまう。尖閣問題を語るには国境ができる以前からの漁場であったことを無視できないし、フットボーラーのボールロストが挑戦か失敗かを決めるのは、それがどの位置で起きたかを取り上げてはじめて可能になるはずなのに、その程度の情報照合をする思考回路を持てない。AならばBという反応の間に、置き換えや入れ替えをしてつないでいくための“リカちゃん編集”がなく、解決手段選択の道がおそろしくショートサーキット化している。

ところでイシス編集学校における回答ー指南のやりとりは「短絡反応」をゆるさない仕組みになっていると思う。はじめて指南をした8期の私は、“くらげチャンネル”という教室名にちなんで「ふわふわ受信・ビリビリ発信」を指南スローガンにしていた。「ふわふわ」なのだから、安易にバッサリ切るわけにはいかない。「ビリビリ」なのだから、愛ある一刺しも忘れてはいけない。毎夜やってくるトンデモ回答や超優秀回答をいかにして「次の状態」にすべきか、悶え苦しんだものである。あの日々ほど自分の短絡ニューロンに「別の」回路が生まれていったことはないだろう。そしてそれは私の指南スキルのたまものなどでは決してなく、指南に苦悶させるという教室編集の構造そのものがもたらしてくれたものなのである。

あの日、感門会場の「シェ・モルチェ」にワインの香りが漂いはじめる頃、暗くなった中庭がライトアップされ、7期[破]の感門が始まった。1期でも先輩の師範代たちはふてぶてしいほどの貫禄があるように見えた。感門特有のこのエディトリアリティは大きな会場で行われるようになった今もたぶん変わらない。

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「シェ・モルチェ」で開かれた感門之盟にて(2004年)


(文・野島真帆)

 

No.29『不思議の国の論理学』廣瀬良二さん

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『不思議の国のアリス』の原作者ルイス・キャロルの作品は、論理的な構成によってファンタスティックな世界へ誘う。大阪でエンジニアとして活躍する廣瀬良二さんに手渡された一冊は、そんな不思議な国行きのチケットだったようだ。

廣瀬 良二さん  第16期[守]ライナ700C教室 師範代

(エンジニア/大阪府寝屋川市在住)
【ISIS編集学校略歴】
 12期[守][破]学衆、16期[守]師範代、4季[離]、19[破]師範代



 松岡正剛校長から廣瀬良二さんへの先達文庫

『不思議の国の論理学』 

ルイス・キャロル/柳瀬尚紀編訳 (ちくま学芸文庫)

不思議の国の論理学 (ちくま学芸文庫)

不思議の国の論理学 (ちくま学芸文庫)

ルイス・キャロル
  • 筑摩書房

【内容紹介】論理学にまつわる諸問題をクイズ形式で読者に次々と問いかける。その難問にどれだけ応えられるだろうか。論理学というと一見、無味乾燥で、厄介で、頭が痛くなりそうだが、ルイスキャロルのワンダーランドに柳瀬尚紀の訳が加わって、おもしろおかしく数学的な思考が身につく本。日常当たり前と考えていた事にちょっと視点が動きます。


  

彷徨うことの正しさ


 先達文庫として、私が頂いたのはルイス・キャロルの『不思議の国の論理学』。「ルイス・キャロルといえば、いわずと知れた『鏡の国のアリス』だったけど。。」この本を手渡された当時の第一印象はそれだけだった。それ故に正直な感想は、「不思議と論理学?ってどう合わさるの?」と私の頭の中が不思議マークで一杯だった。

<サイクリング指南にワンダー数学を加味して>

 本書に添えられていた校長の言葉にはそう書かれていた。その時の不思議マークは、「ワンダー数学ってアリスのワンダーランドの事だろうか?」
「迷いながらあちこちと目を向けてみればよいという事か?」「いやいや、ぶらぶらしないでしゃきっと進めという事だろうか?」と、校長はどんな関係をこの本と私の間に持たせてくれようとしているのか。迷うばかりだったと思い出される。

この本には以下のキーワードで論理学が解説されている。

パラドクス、アキレス、謎なぞ、ダブレット、アナグラム、アクロスティック、魔法の論理、初等幾何学、数字のおけいこ、タングラム、記憶術、アルファベット暗号法、オリガミ、論理ゲーム、コート・サーキュラー・・・

どれも私にとっては頭がくらくらするような表題である。今、本の目次を前にしてどんな内容だったかと頭を巡らせてみる。<パラドクス>は確か亀とアキレスが登場して・・・、<ダブレット>はダブる言葉遊びで、といった具合だ。思い出せる、そう考えてみても、記憶に残っていたのは僅かだ。なんとも情けないがあいまいにしか思い出す事ができない。そのあいまいでぼんやりとしたままページをめくり直してみた。

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Seigowサイン入り。サインもデザインの一部に。

第一章.例えば、<論理のパラドクス>の表題ではアンクル・ジムとアンクル・ジョーが床屋の店の前で言い争う物語仕立てになっている。彼らは二人で出かけた行き着けの美容室を前にして、言い争いを始める。ただし単なる世間話という訳には行かない。美容室を前にして彼らは言い争いを始めた。それは単にお気に入りの美容師カーが店にいるかどうかを話のネタにしているだけだが、こんな風だ。

ジム「カーはかならずいるさ、わしには証明できるのだ、論理的に」

ジョー「論理的にだと!おまえさんの論証が、結局なんらかの背理にならなかったためしはないね!」

カーがお店にいる事に対してアンクル・ジムは証明を始める。

ジム「・・・と、この仮言的命題は有効であることがわかるだろ」

ジョー「それは論理的推理でないな、ふたつの矛盾する仮言的命題が真である事はない」

ジム「ありえないかね?」

ジョー「2個の仮言的命題が同時に真である事はありえない。それは背理になる。よってゆえにカーが外出している事はない。これこそ見事な背理法だ」

ジム「だが、2個の仮言的命題が同時に真である必要は?二つは背理ゆえに説明可能だ」

ジョー「きみは条件と帰結を間違って分けている。その帰結は一種の副仮言的命題だ」

 床屋につくまでに長い議論が続くのだった。

この会話が普段の聞きなれたものという事はない。つまり、この会話を日常とする人々が登場人物であるのがこの本のなのである。


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「サイクリング指南にこのワンダー数学を加味してね」と松岡校長。

 続く章からはさらに不思議な論理の世界へ入っていく。

<初等幾何学の定理:全ての三角形は2等辺3角形である>

<64=65=63>

<猫と鼠の関係:6匹の猫が6匹の鼠を6分で殺すなら、
  50分で100匹の鼠を殺すには何匹の猫が必要か?>

といった命題や難問とその証明が示されている。本当か嘘か、真か偽か。簡単にはその判断を迷うものばかりがずらりと並んでいる。しかも、日常の感覚では「そんなのありえない!」と思ってしまう。それで読み進めていくうちに当時の私も不思議な国に入りこんでしまったような感覚を覚えた。しかも答えがちゃんと示されているならば現実世界へ帰ってくるのも可能だが、答えがなかったりする問題に出会った時には、もう抜け出す事が出来ない。

本の初めから最後までこのような具合で進む。当時の私も本の世界に彷徨いながら読み進めていた。「まだまだ校長の言おうとしている事を言うには勉強不足かなのかもしれない」と落胆しながら。


ルイス・キャロルは本名をチャールズ・ラトウィッジ・ドジソンという。19世紀のイギリス出身でその肩書きは数学者で論理学者で写真家で作家で詩人となんとも多彩な人だ。数学者なんだからこの本を書くのも容易なのだろう。他の著作としては、『不思議の国のアリス』以外にも、『スナーク狩り』『シルヴィーとブルーノ』などで知られる。

私はこういう様々な分野に身を寄せて活動の場を広げている人に憧れてしまう。それは当時の自分も、今の自分も。技術者として仕事をしつつ、面白い人がいたら出かけてみたり、フィクションを創作してみたり。何か一つだけを追求し研究していくのも大変な事だが、ある一つの事を知っていくと、周りの分野もぼんやり見えてくる。周りが見えてくるとどうしても気になってくる。そうすると手を出さずには居られない性分なのかもしれない。

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廣瀬さんの本棚。先達文庫は『知の編集工学』と
『イスラームの世界地図』の間に挟まれている。

私の好きな人物の一人にボリス・ヴィアンがいる。彼は19世紀に生きたフランスの作家である(と私は思っている)が、ジャズ・トランペット奏者であり、シャンソンの作詞作曲者であり歌手であり、音楽会社のディレクターであって、その傍ら小説・戯曲を書いたとも言われる。それでいて土木技師という肩書きも持っていた。彼の『日々の泡』という作品の中でこう述べている「人生でだいじなのはどんなことにも先天的な判断をすることだ、しかしそこから身の処し方の規則なんかをこしらえる必要はない」。物に触れたときの直感に従い、ルイス・キャロルもボリス・ヴィアンも見るもの・触れるものが気になって仕方なかったのだろう。


当時、私は良く以下の事で悩み漠然とした不安を持っていた。

「私は今どこに向かって走っているのか?」

「気になる事あっちこっちに手を出していて良いのか?」

「自分の筋を通すとはどういう事だろうか?」

渡されたこの本は、論理の不思議な世界へ誘いつつ、本書の作者ルイス・キャロルと私の間に関係線を結んでくれた。当時進むべき方向に悩んでいた自分と今の自分を比較してみると、どれほど先の見通しが立っているかは疑問だが、見通せる事が一番という考えよりも、直感が大切ではないかと教えてくれたのは確かである。

本書には、答えのない命題が表れている。それは、ルイスキャロルののち、ゲーデルよって示された不完全性定理が明らかにした事へつながっていた。全ての論理が無矛盾である事はない。むしろ完全である事が既に不思議な世界となっているのだ。



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先達文庫を手に読書中の廣瀬さん。


 (文・廣瀬良二) 

 

 

No.28『鬼の宇宙誌』森山智子さん

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松丸本舗の看板女将でおなじみの森山智子さんは、ほんの数年前にイシス編集学校の門を叩いた一人だった。あっという間に編集術を習得し、いまや本棚を舞う巫女のような活躍ぶり。そんな森山さんに贈られた先達文庫に耳を澄ますと、なにやら妖しげな笑い声が…。

森山 智子さん  第16期[守]コスプレ兵法教室 師範代

(アルバイト、ブックショップエディター/東京都港区在住

【ISIS編集学校略歴】 13期[守][破]学衆、5回花伝所、16期[守]・17期[破]師範代、4季[離]、2021期[守]師範、10回花伝所錬成師範、序官、[遊]風韻6座学衆


 松岡正剛校長から森山智子さんへの先達文庫

『鬼の宇宙誌』 倉本 四郎(平凡社ライブラリー)

【内容紹介】異形のゆえに怖れられ、同じ理由で自然の秘奥に通じる鬼。北野天神縁起絵巻、大江山絵詞、土蜘蛛草子などの主人公である鬼のその図像を紐解きながら、鬼のすまう時空を行き来し、怖れと畏れの両義性の秘密を解き明かしていく一冊。



 

うひゃひゃと飛び出す魑魅魍魎

■「鬼の世界」の贈り物

 本をいただくというのは、その世界を丸ごとプレゼントされるようで、時に遊園地のアトラクションのチケットだったり、遠足の前日だったり、タイムマシンのドアだったりします。私がいただいたのは鬼の世界。オレンジ色のマーブル模様で装丁された平凡社ライブラリーの少し骨太の文庫本でした。

 表紙を飾る赤鬼は、髪を逆立てディップで固め、見開いた大きな眼の白のまつげがバッチリで、指先には長く鋭く艶やかな爪がのびています。白と黒の着物がはだけているところをみると、これはもしかしたらお坊さんが鬼にコスプレしているのか、はたまた鬼がお坊さんのコスプレをしていたのかもしれません。全身の筋肉が隆々と波打って赤く発熱し、一本足で立って魑魅魍魎が閉じ込められた棺桶のような木箱を覗き込み、好奇心たっぷりの眼差しで「うひゃひゃ」とこじ開けようとしています。

 それにしても16期[守]コスプレ兵法教室ではじめての師範代をしてから3年が経ちました。あの2007年8月26日(日)、蝉しぐれが降りしきる東京国立科学博物館での感門之盟で、松岡校長より『鬼の宇宙誌』という本を先達文庫としていただいたときの「ずきん」とした感じは、今もずっと細かな結晶となってあちこちに刺さったままになっています。「これを是非読んで」と手渡される本が、「これで自分を見てご覧」と手渡される手鏡のようでしたから。


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「棺桶をこじあける赤鬼。開ける鬼も閉じ込められてる鬼もなぜか嬉しそう」と森山さん。

 

■本と編集術と生身の私

 イシス編集学校のお稽古では、一見関係がないようにみえるモノゴトの、関係線/対角線を多様に引き結ぶ方法を稽古しますので、本を手に取った時には、自然と本と私の関係線を引こうという意識が動きます。表紙にある情報と、自分の中にある「似ている情報」を細かく照合して選択して収集していくのですね。『鬼の宇宙誌』に、直感的に恐ろしさと懐かしさを感じたのは、自分の奥底にある複数のなにかと照応して共鳴したからかもしれません。そしてそれは同時に、編集術と本と生身の自分がつながる最初の機会となりました。

 方法が内容を連れてきて、その内容がまた方法を発見させる。方法と内容が同時にあることで、両方が動き出します。それまで自前の情報だけで動かしていたところに「本」が入ってくることで、方法も内容も躍動しだして、私の中を通り過ぎる様々なモノゴトに、加速的に「色」が付き始めました。

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中世の本が並ぶ棚に。平凡社ライブラリーは森山さんの好きなシリーズ。

 先達文庫には「森山のテーマの一つ」と松岡校長がメッセージを書いてくださっています。鬼、負、闇、死、アウトロー、異形、餓鬼、阿修羅、閻魔、地獄、黄泉、夜、鵺、オオカミ、大江山、鬼六、鬼が島、酒呑童子、化け物、物の怪、妖怪、鬼嫁、鬼畜、連想されるすべてのイメージがマイナス、マイナス、マイナス。でも、もう一つ「成長した魂としての鬼の一冊」ともありました。「成長」という時間の入った言葉をみて、私もこの本と編集しながら成長しようと思ったのでした。

 話が少し逸れますが、舌には味蕾(みらい)という突起がたくさんあって、それぞれに反応する「味」がそばにやってくると、地雷のように弾け飛び、それが同時多発的であるほど「美味しい」と知覚します。先達文庫をきっかけに、ちょうど「鬼」が私の新しい味蕾となったのです。そして『鬼の宇宙誌』に書かれていることや、その組み立て自身がまた新たな味蕾を生み出して、私というブラックボックスの反応回路に変更がかかっていきました。そんな風に、私たちは本から新たなことをインプットされ、本に再編集されながら生きているのかもしれません。

 
 としたら、先達文庫というのは、松岡校長が師範代たちをさらに再編集させるために送り込んでくる間者みたいなもの? そうだとしたら、本たちがいろんな企てをもってやってきて、その企みに乗っちゃうのって、なんて素敵なことなんでしょう。だって自分自身が再編集されるチャンスなのですから。ボールを蹴る矢印をもって走るサッカー選手のように、この本(鬼)が次へ蹴りだす矢印を持ちながら、私に向かってきてくれる!



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「博多に着くと雪でした。日付があると本が映画になります」

■ 再編集が連鎖する

 「本が企てをもつ」なんて、ちょっとおかしいと思うかもしれませんが、『鬼の宇宙誌』によると、モノは百年もの時間を溜め込んで付喪神という鬼に化身するそうです。この本も初版の1998年9月15日に初版されたあと2007年の夏に校長に手に取られるまでの10年近くの間にどこかでじっとしていて、本当の鬼になりかけていたのかもしれない。いや、きっとそうに違いないのです。

 そして私のところにやって来て、私の鞄や、家の本棚に入り込み、ときどき思い出されては、閉じ込められたり、相変わらず悶々とした日々を送っていたのです。でも今回蓋を開けてみたら、今度は100ぐらいの魑魅魍魎が跋扈しだしてきました。日本、ヨーロッパ、中国の世界を巡り、モノと技術の系譜を網羅し、男と女、光と闇、"うつ"と"うつつ"、などなど、異界を見ることが異界じゃない世界を見ることになる。いよいよ『鬼の宇宙誌』の本領発揮です。

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日付の書き込み。2007年12月30日の帰省の新幹線で。
 

 そういえば、再読時にこそ「本」の本領発揮となるのは、本が器で霊力や畏怖すべき力が入るものだからかもしれません。著者が閉じ込めて、読んだら飛び出して、飛び出した鬼がまた違う箱をこじ開けていく。

  鬼の連鎖、本の連鎖が面白くて仕方がないです。

 校長が師範代を編集しようとして企てて送り込んだ鬼。
 好奇心と想像力。私の中の鬼はこのことかもしれません。

 


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2011年の松丸本舗もお楽しみに。


 (文・森山 智子) 

 

 

No.27『奇想の図譜』大武美和子さん

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「イシス編集学校には着物を着こなす女性の師範が多い」ともっぱらの評判である。現在、基本コース[守]の輪匠を務める大武美和子さんもその内の一人。粋な着物姿にしなやかな物腰でキリリと編集指南。編集的な心遣いが生きている大武さんに贈られた一冊は、コレだ。


大武 美和子さん
 
 第16期[守]楽屋薬玉教室 師範代
編集工学研究所勤務/東京都世田谷区在住

【ISIS編集学校略歴】 13期[守][破]、5期花伝所、16期[守]17期[破]師範代、4季[離]、2021期[守]師範、1112期花伝所錬成師範、[業]企匠、22期[破]師範、序官、輪匠

 

 


 松岡正剛校長から大武美和子さんへの先達文庫

奇想の図譜』 辻 惟雄  (ちくま学芸文庫)

奇想の図譜 (ちくま学芸文庫)

奇想の図譜 (ちくま学芸文庫)

辻 惟雄
  • 筑摩書房

【内容紹介】感性と想像力が弾けあって日常性からワープする-この解き放たれる喜びを日本人は縄文の昔より脈々と受け継いできた。奇抜も風流も無邪気も奔放も、日本の「奇想」のなんとまぁ多彩なこと! 老荘思想を背景とする中国的奇想から洒脱に離れた日本ならではの「奇」の世界へ。


 

縞の着物が似合う時


 初めまして。私、この家の本棚に何十年も住みついている紙魚(しみ)です。ええ、昔々の色あせた絵本やらこれから読む本バスケットに詰め込まれたものやら、そこここに好物の本がころがってます。でもね、この『奇想の図譜』を頂戴するのはちょっと遠慮してます。薬玉やさん(あ、この本の持ち主ね)にとって記念となる本みたいですから。

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件の縞の着物を背景に『奇想の図譜』の表紙。

 何でも薬玉やさんがこの本を松の先生からいただいたのは、2007年まだじっとり暑い8月の終わりの「感門之盟」とかで。16期[守]師範代として上がった壇上では、大層ライトがまぶしかったそうな。大勢の人の前でのスピーチに緊張してドックンドックンと心臓の鼓動が会場に聞こえているんじゃないかと思ったそうな。その時皆の前で松の先生から渡された言葉は「丹田を意識して腰をちょっと落として見渡してみるといい」ってなことだったそうな。

 初めての師範代、膝も肩もガチガチに突っ張らせたまま必死で走ってきたんですもの、薬玉やさん、さぞかしきょとんとして聞いていたんでしょう。贈られた本の扉には「指南上々でした」と書いてあったとかで、それでお褒めの言葉をいただいた気になって喜んでたっていうんだから、分かっちゃいなかったんですよねぇ。「上々」の裏側にどんだけの注文が込められていたのか、とんと鈍かったってわけですから。

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落ち葉によるチラリズム。校長メッセージにも風趣あり。

 それでも早速読んでみて、北斎の「神奈川沖浪裏」「大浪」のうねりや白隠「達磨図」の迫り方にはつまされて、自分に足りないものといただいた言葉の意味をつらつらと考えるようになったようです。

 足りないのが「大浪」や「達磨図」だけじゃないってことが骨身に染みたのは、破の師範代やら離学衆、師範ともろもろロールを経験してからだそうで。再読、時に拾い読、振り返り読で迫ってきたのは、若冲が強烈なリアリティをもって手にした無重力。大胆の白隠が技巧を捨てて、ゆったりの筆まわしと墨のにじみで魅せた「円相図」。単純この上ない水玉の配置から奇抜を生み出した伊達政宗の陣羽織。日常と非日常の境をやすやすと越える「かざり」という精神。

 こんなことをちみちみ読みながら、奇想・おもしろみの多様なあり方をとつおいつ考えていったみたいです。あとはもう、まるで高野豆腐をもどすみたいに、自分にもろもろ含ませてはその都度ギューッと絞り出しての繰り返しでしてねぇ。

 以前、『字統』を食いかじっている最中に見つけた「奇」の字の意味、曲刀をもって祈祷の成就を求める姿を表しているんだってこともお教えしたんですよ、私。「奇」はただがむしゃらに突っ走って変わったことやら目新しいことをするんじゃないって。薬玉やさん、ようよう最近になって「腰を落として」の言葉が、曲刀をもって踊るように祈るように踏み出していく姿と結びつき始めたようですけど。

 ま、いただいた言葉の意味がようやく染みてきても、さり気なくかつ闊達に遊ぶには、まだまだ程遠いようで。野暮にころぶか粋に走るかしそうで、なかなか手を通せない紫根色の縞の着物。これをしなやかな腰と膝で着こなせるようになったら、その時が衒わず洒落た「奇」に近づけたことになるのかもしれませんねぇ。

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守破の先達文庫と校長本の一部がならぶセイゴオ棚。 

 ああ、おしゃべりしてたらお腹がすいてきました。ちょくっとお食事といたしましょ。今日はどの本をいただきましょう。『危ない言葉』あら、おいしそう。『切ない言葉』まぁ、そそられます。おっといけない、これも松の先生の本だった。勝手に手をつけたりしたら薬玉やさんに怒られる。この棚は止しておかなくちゃ。では皆さま、この辺でご機嫌よう。

 

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感門之盟で司会を務めた大武さん。


 (文・大武美和子) 

 

 

No.26『宮沢賢治「風の又三郎」精読』松井路代さん

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どっどど どどうど どどうど どどう。本から飛び出したのは、宮沢賢治の「風の又三郎」の世界だった。3年前に16期[守]の師範代を終えた松井路代さんは、先達文庫を棚に預けたまま、母親となり子育てに奔走する日々。しかし、心のどこかで又三郎の気配を感じていた

松井 路代 さん  (奈良県奈良市在住/主婦)

第16期[守]おちこちアーモンド教室 師範代
【ISIS編集学校略歴】 12[][破]学衆、16[]師範代、17期[]学衆、19[]師範代、風韻講座六座、序師  

 



松岡正剛校長から、松井路代さんへの先達文庫

『宮沢賢治「風の又三郎」精読』

大室幹雄 岩波現代文庫

 

【内容紹介】宮沢賢治の代表作「風の又三郎」。勤勉な印象で語られる賢治を通説にとらわれず、裕福な家に生まれた「のらくらもの」と位置づけ、法華経に傾倒したことや父との葛藤、時代背景などを通して精読する。 



「待つ」ことの持つ力

 

 私と宮沢賢治との出会いは高校生の時、図書室でふと手にした絵本『ひかりの素足』でした。現実に鬱々としていたその頃、国や時代すら軽々と超えているような賢治の世界にひかれたのだと思います。このときはただ金剛石の粉のまばゆさにくらくらしたくて読んでいました。

 時は経ち仕事に追われる中、松岡校長の「千夜千冊」サイトを知りました。900夜には驚きました。取り上げられていたのは『銀河鉄道の夜』。こんなふうに賢治を語ることができるなんて! ひたるのでも評論するのでもない本の読み方がある。まったくはじめて出会う読書の方法でした。


 好奇心を抑えきれず、2005年にイシス編集学校の門をくぐりました。お題が届く、回答を送る、指南が返ってくる。そのわくわく感といったらありませんでした。

  決定的だったのが卒業イベントの感門之盟です。指南をやり遂げた師範代を称える! 学校でいえば先生です。我が教室の師範代が舞台に立ち、松岡校長から本を贈られ、拍手を受ける。なんとも誇らしくて、うれしい時間でした。今でもこんな気持ちになる場所なんて他にはないと思っています。

 [守]を終えたら[破]、花伝所、とどんどん進んでいきました。そして16期[守]でいよいよ師範代として教室を担当することになりました。今度は指南を届ける側。なんとか4ヵ月走りぬけ、そしていただいたのがこの本です。

 「千夜千冊」によれば、「ぼくの賢治は中学時代に読んだ『風の又三郎』に始まっている」。とても大切なものを選んでいただいたというのと、もうひとつ理由があって、手渡されたときは雷に打たれたようになったことを覚えています。

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松岡校長メッセージより「その後、賢治は読んでいますか」


 実は期の中盤で子供を授かったことが分かり、舞台にいる時には妊娠5カ月。ここに触れてくださるとは予想していませんでした。

 指南の日々では、師範代として果たしてこれでよいのかと思い悩むこともありました。それもふまえて、とかく肩に力がはいりがちな私に「待つ」ことの持つ力をあらためて伝えてくださったのです。


 風の又三郎はどこかからやってきて、また去っていきます。
 山の村の学校に忘れ難い影を刻印して。



 そうか、子供は「待つ」ものなんだ。

 それはお産にむけての最良のカマエでもありました。なんと意外な、あたたかい励ましだったことか。それからはむやみに不安な気持ちにもならず、その年の暮れ、風のごうごういう寒い日に息子を出産しました。

 とはいえ、本の内容にすっと入っていけたわけではありません。ただただ賢治の世界に酔っていた自分にはその精緻かつ広汎な論考に理解が及ばず、一読したあとはお守りのように本棚に収めてしまいました。

 子供が生まれてからは読書の時間自体が激減。そして、破の教室を受け持ったり、夫が大病にかかったり、嵐が一つ去ってはまた起こるような日々が続きました。
 ようやく静けさが戻ってきたこのごろ、絵本の『やまなし』を見つけ、もうすぐ3歳になる息子と一緒に読んでみました。ああ、久しぶりの月あかりの水の中でした。そして意外なことに子供がいたく気に入りました。

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「居間の、家族で今読んでる棚です」



 それで今度はペンを片手にあらためて、先達文庫にむかいました。賢治の法華信仰と詩学。父との葛藤。東北の地理学、近代史。特に、「風の又三郎」はザシキワラシやハナタレ小僧等の童子神が元型になっていること、そしてそれは汎世界的な普遍性を持っているという章には引き込まれました。
 又三郎は、賢治の、そして誰もが持っている修羅の魂の暗い部分に存している始原児の形象化だったのです。

 子供が言葉を獲得していく過程を前にして、物語、特に昔話や民話の発生や伝承にあらためて強い関心が生まれていました。

 救済者、守護者だが全能ではない小さ子神の誕生、そしてそれを語りきかせたくなる衝動。

 雨の日に出掛けないといけない時も「ざっこざっこ雨三郎やなあ」と言ってみる。ただ雨というよりも何か腑におちるようで、ちょっとしたことですが、なんだかほうっとするのです。

 私のこのような変化を本は待っていたようでした。こういう変わり方、分かり方もあるというメッセージ、数年ごしで受け取りつつあります。一生ものの経験となる「贈本」。こうして言葉にする機会をいただけたことにも感謝しています。

 

 

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普段の読書は子供が寝た後、布団の中で

(文・松井路代)

No.25『火星年代記』井上麻理子さん

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「物語を書いてごらんよ」そっと促してくれた一冊は、時空のロマンを壮大なSFで綴ったレイ・ブラッドベリの『火星年代記』。物語がもたらす創造力をこの先達文庫で感じ取った井上麻理子さんは、大地の鼓動に、星の瞬きに、何気ない日常の会話にイメージの翼を羽ばたかせている。

 

井上麻理子さん  第7期[守]キーラキラー教室教室 師範代

(名古屋市在住/大学職員)
【ISIS編集学校略歴】1期[守][破]学衆、5期[守][破]師範代



松岡正剛校長から井上麻理子さんへの先達文
「火星年代記」レイ・ブラッドベリ ハヤカワ文庫

火星年代記 (ハヤカワ文庫 NV 114)

火星年代記 (ハヤカワ文庫 NV 114)

レイ・ブラッドベリ
  • 早川書房

【内容紹介】1950年に出版されたSF小説。火星を舞台にして1999年1月から2026年10月までの年代順に長短26話がオムニバス形式で綴られた物語である。地球人よりはるかに高度な文明をもつ火星人は地球人の火星探検隊を排除していくが、意図せず地球人に運び込まれた物質により絶滅させられてしまったらしい。その後、地球人はどんどん火星に移住し滅びた火星人の高度な文明を葬り、自分達の文化を作っていく。絶滅したはずの火星人とのコンタクト、押し寄せる地球人、いなくなる地球人、物語の淡々とした流れのなか、次第にいろいろな出来事が関連をおび、最終話へと繫がっていく。


 

 
万  華  鏡

 

初めてのレイ・ブラッドべリの作品が「火星年代記」だった。校長からもらった本なので、わくわくしながら読んだのを覚えている。おもしろかった。

レイ・ブラッドべリはメタファーも上手く、表現力がすばらしい。「熱い空気の大津波」「ささやきかわす雨の柱の間」「炎のテーブル」「緑の葡萄酒の運河」「青銅の花弁のように優雅なボート」「花の香りのように清浄な音楽」「水晶の壁から果物をもぎとって」「黄金の貨幣のような目をした褐色の火星人たち」・・・訳文の豊かな叙述表現に思わずひきこまれ、イメージがすらすらと浮かんでくる。原文は更に美しい文体に違いない。火星人の文明描写はとりわけ金属的で詩的な表現になっていて、美しく繊細な描写と対極的な組合せのメタファー表現は、私の中でレメディオスバロの絵とリンクしていき、心地よかった。

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松岡校長の金銀直筆“ワクワク”メッセージ!

そして、彼はなんという多種多彩なストーリーテラーなのだろうか。異なるテーマをひとつの軸にすえながら、意表をついた構成で見せてくれる。例えば11話の「夜の邂逅」は時空の重なりをロマンとせつなさで、25話の「優しく雨ぞ降りしきる」は、とてもシュールな内容を平穏な日常生活の描写で絵本のように淡々と語っている。作家の視点は、あるときは優しく、あるときは強く、またあるときはひそやかだけど強い怒りをもって伝わってくる。SFで壮大な物語なのに、読後感はじんわり残るせつなさや胸の痛み、優しさ寂しさが残るのは、レイ・ブラッドベリだからなのだ。未来に希望を託すラストでは「歴史をつくるのはいつだって今ここからなんだよ」とのメッセージを聞いたように思う。


今年出版された「新版」では、なんと年代が31年ずつ増やされて2030年1月から2057年10月になっているそうだ。その方が未来への夢があっていいかもしれない。しかし、年代を書きなおして新版がでるSF小説なんて一体初めてなのではないだろうか。

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松岡校長のサイン本と星にまつわる本。「香水」は森師範からのプレゼント本


校長からのワクワクメッセージは、素直にそのまま「物語を書いてごらんよ」と受けとめ、ひとつの素晴らしいお手本をくださったと思っている。もちろん、これを読んでもっともっと精進しなさいっていうメッセージを含めてのこと。私もいつか何か書いてみたいと思っていたので、これは後押ししてもらったみたいでとても嬉しかった。なんでもお見通しなのが松岡校長なのだ。千夜千冊(第百十夜)のレイブラッドベリも、ちゃっかり自分へのメッセージとし、これからも探求しようと思っている。


その後、「物語を書く」が潜在意識にあるためか、何気ない人間のやりとりが自然に描けるようになりたくて、普段の会話にアンテナを張り、おもしろいものはメモするようになった。新しいことにチャレンジし、少しずつ枠を広げてみた。ダイビングで海中の世界の素晴らしさに魅了され、レ二・リーフェンシュタールに驚き、写真のおもしろさを知って、土門拳にのめり、大地を流れる溶岩に地球の息遣いを感じ、寝転んで自然の力強さとおおらかさに浸り、そして降りそそぐような満点の星空と夜明けを迎える瞬間に神々しいまでの美しさを見た。

ある日化学反応がおきて、火山のように押さえきれない衝動が内から湧き上がり、これぞという「麻理子年代記」が書けたら、校長に一番に見せにいきます。

松岡校長、ありがとうございました!!

 

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昨年の夏、旅した伊豆にて

(文・井上麻理子)

 



 

 

No.24『日本文化私観』野秋誠治さん

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贈る相手の志向や関心事を知り尽くしたかのように、ピンポイントで選本される先達文庫。イシス編集学校の師範である野秋誠治さんも、自分の好みや趣味など、ひとことも伝えていないはずなのに、壇上で手渡されたその本に驚いた一人である。

野秋 誠治さん
  
第7期[守]雪ノア天馬教室 師範代

(東京都世田谷区在住/森永製菓株式会社/財団法人エンゼル財団 勤務)

【ISIS編集学校略歴】5期[守][破]学衆、7期[守][破]師範代、風韻講座1座、師範、序師


松岡正剛校長から野秋誠治さんへの先達文
「日本文化私観」坂口安吾 講談社文芸文庫

【内容紹介】精神の巨人坂口安吾のエッセイ集。「日本文化私観」「青春論」「堕落論」等々、22編収録。


 

 

 

  


 松岡校長は第八百七十三夜で坂口安吾の『堕落論』を取り上げている。20031021日のことだ。校長は言う。日本文化が好きな者、とくに伝統文化に深い関心を寄せる者には、安吾の『日本文化私観』と金子光晴の『絶望の精神史』は絶対の必読書である、と。『日本文化私観』はその年の夏、感門之盟でいただいた。『絶望の精神史』は1025日に購入した。

 

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扉の松岡校長直筆メッセージ「不屈の安吾から気骨の誠治へ!」

 『日本文化私観』は学生時代に、「日本文化研究会」というサークルに属していたときに読んでいた。そのサークルは奈良京都を隔年で旅し、日本人の自然観や町衆をテーマにして、研究という名の話し合いを行っていた。当時は、「日本文化」とつく本は手に取ってきた。松岡正剛を知ったのもそれ故にであり、編集学校に入ったのもその影響だった。ただし、そんなサークルに属していたことは、口に出していなかった。だから、校長からこの本を贈られたときは、正直、びっくりした。

 
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野秋さんの本棚に積み重なる松岡校長の関連本

 定年を迎える昨年の春は京都に行き、今年は夏の奈良に行った。僕の中のサークル活動はまだ続いているのかもしれない。

 贈られた本には「不屈の安吾から 気骨の誠治へ」と書いてあった。スーザン・ソンタグから一番気骨のある作家に会いたいと頼まれたとき、校長は世田谷の大岡昇平宅を訪れた。

 今の僕にとっては気骨は「きぼね」と読むのがふさわしい。「きこつ」と読める日は来るのだろうか。

     君何処 ぼろぼろになり 寝待ち月
     君は君 こちらはこちら 月の宴

 

 

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 風韻講座(小笹座)でもウィットにとんだ作品が好評だった野秋さん

 

(文・野秋誠治)

 

 

No.23『ガセネッタ&シモネッタ』赤松木の実さん

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異なる情報同士を関係づける、という意味において、通訳と編集はよく似ている。とくにロシア語同時通訳者の米原万里さんの著書を読むと、通訳と編集の根っこは繋がっていることに、イシス編集学校で学んだ人ならピン!とくるはず。赤松木の実さんに贈られた一冊にも、通訳名人ならではの“こだわり”が凝縮されている

あかまつ   こ の み

赤松 木の実さん  15期[守] シンドロ六甲教室 師範代

(大阪市在住/クリエイティブ・ディレクター)

【ISIS編集学校略歴】10期[守][破]、2回花伝所[遊]風韻1座、[離]4季、[遊]物語1綴、15期[守][破]師範代、23期[守]師範代


松岡正剛校長から赤松木の実さんへの先達文庫
「ガセネッタ&シモネッタ」米原 万里/文春文庫

ガセネッタ&シモネッタ

ガセネッタ&シモネッタ

米原 万里
  • 文藝春秋

 【内容紹介】国際会議に欠かせない同時通訳。誤訳は致命的な結果を引き起こすこともあり、通訳のストレスたるや想像を絶する・・・ゆえに、ダジャレや下ネタが大好きな人種なのである、というのが本書の大前提。「シツラクエン」や「フンドシ」にまつわるジョークはいかに訳すべきかをはじめ、抱腹絶倒な通訳稼業の舞台裏を暴いたエッセイ集。


 

わたしって、ガセでシモの人??

 壇上で、松岡校長は少し悪戯っぽい少年のような笑顔を浮かべた。「赤松には、ガセネッタ&シモネッタを贈ります」えっ、何よ、そのタイトル。みんな、高尚っぽい本を贈られているのに、なんで私だけこんなみょうちくりんなタイトルなの?私の指南、そんなにガセだった?そんなにシモっぽく思われてんの?それが、タイトルを聞いたときの第一印象だった。すると、校長は今度はいささか鹿爪らしい顔つきになり、「異なる文化と文化の橋渡しをする通訳名人の読ませるエッセイです、いろいろ勉強になると思う。学んでください」と付け足した。

 


下ネタから、編集工学へ。
 

 タイトルはともかく、米原万里のエッセイは一度読んでみたいとは思っていた。それに、校長が私のために選んでくださった一冊だ。さっそく、帰りの新幹線のなかで読み始める。むっちゃ、面白いやんか。もちろん、ただ面白いだけではなかった。通訳者には下ネタ好きが多いという。これほどいかなる言語、文化をもラクラクと飛び越え万人に通じるネタはないからだ。で、これこそが、グローバリズムにも合致するという。下ネタとグローバリズム?そう、下ネタは万国共通。軽々と、異文化をオーバーランするのだ。なるほど、深い。

 では、同じように通訳者がダジャレを好むのはなぜなのか?意味には言葉が指し示す事物に対する常識や伝統的観点が染みついている。ダジャレによって、それがズレる快感こそが笑いのもとである。通訳者は仕事上、つねに意味のみを訳すことに縛られているため、意味から解き放される解放感にたまらなく惹かれるらしい。言葉の意味のズレ。ある言葉とある言葉のアイダ。きわめて編集的キーワードではないか。私はわくわくしてくる気持ちを抑えることができなくなってきた。

 異なる文化、発想法の話し手と聞き手のあいだに意思疎通の架け橋を建設するには、誇張や意訳という名の異訳は欠かせぬ接着剤なのだそうだ。これって、まったく違う情報と情報に新たな関係線を引いてみる編集工学とかなりダブってくる。イギリスの作家、グレアム・グリーンが作家としての才能は、大量の情報に接しながら、瞬時にそのなかから本質をつかみ、言葉でもって伝える能力だと言い切っていると米原さんは書いているが、これだって編集工学そのものだ。大量の情報のどこに旗を立てるのか。そこから、何を掬いだすのか。そしてそれをどう解釈し、どう自分の表現にするのか。優秀な通訳者のアタマの中には、自然発生的に編集工学がうごめいているのだった。

 

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扉に綴られた校長メッセージ。「通訳名人のこだわりの一冊」とある

 

「語根」~ 米原万里と白川静をつなぐもの。

 今回、新たに再読してみると、最初に読んだときには気がつかなかった言葉にも出会った。米原さんは通訳者であるから、仕事をしていくためには辞書がないと成り立たない。英文学者柳瀬尚紀さんとの対談で、彼女は「語根」という言葉をしきりに使っている。

 「語根」とは、意味の根幹みたいなもので、いわば言葉の持っている基本要素、意味の素。その意味は文脈に応じて変わっていくが、それでもいちばん基本的な意味はある。その基本要素を「語根」と米原さんは考えている。これは、ロシア語文法を習ったときに出会った概念だという。日本語というものは、言葉の意味を80パーセントくらいしかわからなくても、内容は理解できる。知らない単語があっても、文脈とか、語根で、ほとんどの意味は類推できてしまうからなのだそうだ。この「語根」という言葉が私にはとても気になった。言葉と言葉のアイダ、異文化を日々肌で感じている人が、「語根」の来歴までちゃんと載せてくれている辞書はとても面白いと言っているのだ。

 「語根」というキーワードからは、白川静さんが立ち上がってくる。同時に、どうしたって「漢字マザー」を連想してしまう。「漢字マザー」とは、白川静さんが説いた言語文字力の呪能の基本をあらわす核心的なもので、校長による命名だ。字源、語源、語根。考えてみれば、白川静さんも甲骨文字と漢字というふたつの言葉のあいだに分け入り、優れた通訳、翻訳をしてくれたと考えると、米原さんと白川さんの立ち位置は対象こそ違えどよく似ている。私の中で、この二人は新しい関係線でつながったのだった。

 
 

英語一辺倒は、日本をダメにする。

 

 企業内での英語の公用語化が最近ニュースになっている。賛否両論あるが、もし米原さんが生きていたら、真っ先に異を唱えていただろう。

 どんな言語でも、他の言語に訳されるときの情報は、その言語によって担われている情報の数百分の、いや数千分の一にも満たないという。つまり、ひとつの言語を知るか知らないかによって、その人の情報地図はまったく異なってくる。どの言語も、その言語ならではの発想法とか、世界観を内包しているものだ。だから、たったひとつの言語を経由するのではなく、日本語と世界中のさまざまな言語との直接的な交流こそが、日本人と日本語をより豊かにするし、日本が特定の超大国経由ではなく、直接世界の国々と対等な関係を築くことこそが、本物の国際化なのだ。米原さんは、こうも言っている。「英語第二公用語化は、日本の豊かな可能性を閉じる鎖国政策にほかならない」と。

 驚くのはサミットでの同時通訳の方法についてのくだりである。私は、まったくその現状を知らなかった。参加国を言語別に分類すると日本語、英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、ロシア語という六カ国語。ところが、たとえばフランス首脳の発言は、直接他の言語には同時通訳されるが、日本語へは、英語経由でなされるという。つまり、フランス語から日本語ではなく、フランス語→英語→日本語という順番。日本語で発言するとまず英語に訳され、それから他の言語に訳されるのだ。これは異常なコミュニケーション形式であると米原さんは警鐘を鳴らす。

 この悪習、なんと1975年から続いているらしい!同時通訳だから、時間差はあまり生じない。だけど、二カ国語の直接の、しかも同時ではない通訳さえ、微妙なニュアンスや感情の機微が通訳のプロセスで抜け落ちたり誤情報とすり替わったりしてしまうものだ。同時で別な発言を経由した場合、その確率は数倍になる。この方式でいくと、日本首脳の発言は、つねに英語的解釈のフィルターを経て他の言語に伝わるということになる。これを日本は四半世紀もよしとしてきたのである。(今現在はどうか知らないが、改善されていることを祈るばかりである)英語公用化がまかり通るようになってしまうと、この悪習は永久になくならないかもしれないと、少し心配になってきた。



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先達文庫と千夜千冊がどっしり腰を据える赤松さんの本棚

情報を、どこから、どう視るのか。

 通常私たちは、日本というウチ側からしか世界を見ることができない。そしてたいていは、日本語で発想している。だから何より、日本のことや日本語の知を充実させることは最優先課題だ。まずはそれを基本としながら、そこに日本をソトから視るという視点をつねに持っておきたいし、英語圏という単一のフィルターだけでなく、もっとアジアやヨーロッパ、あるいは宗教や思想などの多彩なフィルターを通して考えるという作業を標準化したいと思う。結局グローバル化だの、国際化だの叫んでみても、日本のことを知らなければどうにもならないし、そこにウチとソト両方の視点、もっと言うと複眼の視点が加われば、情報の立ち位置も姿もまったく変貌してみえる。

 この考え方の基本を授けてくれたのは松岡校長だ。編集学校の学びのなかには、情報をつねにデュアルやマルチな視点でとらえるといったことや、情報と情報の関係を多彩に動かしてみるという方法論があった、そしてそれは、紛れもなく今の私の視点や思考をまとめるときの揺るぎない軸になっている。
 『ガセネッタ&シモネッタ』には、新たな複眼の視点を得るための異端と多彩さの方法論があった。言語は意思の疎通だけでなく、考えるためのとっておきの道具なのであるということだって教えてもらった、それこそが、校長が学びなさいと手渡してくれたもののひとつに違いない。特有の言語というものが培う、その言語ならではの視点や方法論。私は、それをこれからも探し続けていくのだろう。

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今夏、23期[守]の師範代を務め終えた赤松さん(写真は4季[離]退院式)


(文・赤松木の実)

 

 

 

 

 

 

No.22『結晶世界』吉津茂径さん

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師範代の務めを終えたあと、アメリカへ移住した吉津茂径さん。じつは渡米中、松岡校長から手渡された先達文庫の行方がわからなくなったのだ。悔いても悔やみきれないこの一件。しかし改めて実感したことがある。それは“不在の在”から放たれる芳しさだ。



吉津茂径さん  15期[守] 高次ボランチ教室 師範代

(アメリカ・カリフォルニア州オークランド在住/雑誌編集者、デザイナー見習い)

【ISIS編集学校略歴】10期[守][破]学衆、4回花伝所、15期[守]師範代、16期[守]師範代、4季[離]学衆、[業]感伝師範代




松岡正剛校長から吉津茂径さんへの先達文庫
「結晶世界」J・G・バラード/創元SF文庫

結晶世界 (創元SF文庫)

結晶世界 (創元SF文庫)

J・G・バラード
  • 東京創元社

 【内容紹介】アフリカの癩病院の副院長であるサンダーズは、人妻を追いかけ、マタール港へ辿り着いた。春分の日。街は明暗のバランスを失っていた。そこから彼女がいるモント・ロイアルへ向かう道は、なぜだか閉鎖されている。翌日、港に奇妙な水死体があがった。死体の片腕が水晶のように結晶化していた。それは全世界が美しい結晶と化そうとする前兆であった。時間が底をつこうとしていた


 

先達文庫一冊分の負 


●その名も分からず

慣れないステージの上で、松岡校長にこの文庫を手渡されたとき僕は、恥ずかしながらバラードの名前も知らなかった。

「結晶化は知ってますか? 英語で言うとcrystallizationですね」

僕はその「知ってます」の範囲も想定できずに、まごつくばかりだった。


「結晶というのは非常に純度の高いものですよね。雪の結晶や宝石なんかを思い浮かべてもらうといいでしょう。でも結晶化は、単に物質の純度が高いというだけでは起こってきません。そこに微量の異質性が加わることで、はじめて生じ得るものなのです」


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別に入手していた文庫本には隅々までメモが書き込まれている

うまく再生できているか怪しいけれど、壇上でかけてもらった言葉は、このような内容だったと記憶する。そのときは僕も感門してもらう側に立っていたので、やぁ、やたらに褒められるなーなどと思って、舞い上がっていたのだけど、いま振り返ってみれば、不足しているところこそを、ズバリ指摘されていたように、思える。

 もっと異質なものを取り込みなさい。>

それを指針にしていればいつか、校長が保証してくれた何かが相転移して走り出していくのだろう。僕はそう取って、それを信じる。

問題はその先だ。「何を、どう」取り込むのを良しとするのか。そして、結晶化していく自分というのがあるならば、自分はそれをどう観測することができるのか。それを見出していかなきゃならんのだろうと見当付けている。

たぶん、それを教えてくれようとしてるのが、バラードのこの空想科学なんである。

 

◎今ここにない事態

〜 親愛なるポール、ここはサンダーズが手紙を書いたマタール港でも、ましてや変幻結晶の森モント・ロイアルでも、そもそもそれらであるはずさえもありませんが、それでも、わたしがここサンフランシスコに到着してからというもの、我と我が身の上にも、ひとつまみの偶発的出来事が降り掛かってきています。わたしが今、そのことから書き始めようとしているのは、その偶然から連続的に引き起こった「今ここにない事態」こそが、今回この手紙を書く直接的動機に繋がっているからです。千夜千冊の1350夜(リチャード・ローティ)には「コンティンジェンシー」という新しい意味を開く言葉も出てきていましたが、自分なりにその近辺をうろつくことができれば、松岡印の特別すぎる案内でやってきたバラードへの応接として、せめて、手持ちの精一杯になることと確信しています。

「今ここにない事態」というのは、シンプルに先達文庫が今わたしの手元にないということです。渡米のプロセスのどこかで、いつの間にかに消失してしまっていたのです。送った荷物が届かないというのはどういうことなのか。ずいぶん前から問い合わせていたのですが、その回答がちょうどあなたから連絡をもらう数日前に伝えられたところでした。先達文庫が入ったその小包は、彼らの業務記録によれば、日本を出て、そしてアメリカに到着しなかった。わたしには浪漫を求める気分などサラサラなかったのですが、現在それは太平洋のいたるところに可能性として散在しているということです。

偶然にも(最初にそれに気づいたとき、わたしはつい苦笑してしまったのですが)、『結晶世界』はこれとどこか似たようなシーンからスタートしています。それはサンダーズらの乗る船が、目的地であるマタール港になかなか到着しないという場面です。

「理由は容易にのみこめないが、この客船はわざと接岸を延期させられているのにちがいない」

人には「だからどうした」で済まされるかもしれませんが、そのときのわたしにとって、海上で待ちぼうけを食らっている状態からこのクリスタル・ワールドがめくられていくという事実は、大変大きな意味を持っていました。諸法無我、では少し意味が違うでしょうが、ときにイライラもさせられるこの世界大の大仕掛けにこそ、わたしは積極的に巻き込まれていきたいのではなかったか。そんな視点ーーどこかでいつの間にか無くしてしまっていた視点ーーが見えてきたのです。〜

 
 

●一目で惚れもせず

ちょっと強がってみれば、こう言うことができる。僕は先達文庫を無くして良かったと思っていると。もちろん、校長直筆メッセージをもう二度と再生できないことは心底残念であるし、なぜそれを暗記しておかなかったのか、コピーのひとつもとっておかなかったのかと猛烈に悔やまれるのだけど、強がって言おう。それすら持っていないのが、かえって良かった。

そもそもの発端は、初読体験にある。僕にはバラードの魅力がさっぱり掴めなかったのだ。なぜってそりゃ、僕の読書がうまくなかったからさ。でも、初めての校長直々特別本である。いつも以上の気合いが空回りしたとして、誰が僕を責められるだろうか。原因は多分、千夜千冊80夜(J・G・バラード)の「一目惚れ」というキーワードに引っ張られすぎたこと。それで下心が膨らんでしまったのだ。

期待を膨らましつつ、まずは本屋に立ち寄った。習慣化に失敗していた書き込み読書をリスタートさせるべく、芳林堂でまったく同じ本を買うことにしたのだ。本物の先達文庫は真空パックにして、陽に焼けないよう本棚の奥のほうに仕舞おう。そして身代わりの分身に、好き放題ペンを走らせるぞ!というプラン。善は急げ、だ。家に帰るのを待たず、カフェに入ってペンを取り出し、宙に掲げて、「よーし、一丁、書き込むぞ」。そんなおかしなやり方になっていたような気もする。すごいする。

読み終わって、僕はガッカリ落ち込んだ。先達文庫を愛想読みするだなんて、これは考えるだけでもつらいことである。バラードの魅力を感知できないのは、自分の能力欠損ゆえ。きっと網膜が曇っているんだろう。本を見る目がないとなれば致命的である。こりゃマズい、と焦るような気持ちも湧いてきた。だけど、だからといって惚れない相手に惚れるやり方など見当がつかず、放っておいた。目を向けないでいた。みんなには先達文庫の未消化を告白できず、ときに自分を誤魔化しもした。

 
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吉津さんの本棚。下段にはカバーを剥ぎとられた『結晶世界』が寄りかかる

◎不在の在り方

もう一度そこへ注意のカーソルを向ける勇気を見つけられないまま、師範代と離学衆の日々が過ぎていった。焦るような気持ちは遠くなっていった。数えてみれば、3年である。すぐには向き合えずとも、本の中身は変わることなく、そこに在り続けてくれる。そうさ。自分の下手な書き込みですら、ちょっとやそっとじゃ消えたりしないのだ。

その3年の間に世界読書奥義に学び、少しは追いついてきたところもあったのだろう。何を評価してくれたのか、チャンスの女神も熟したがってくれたみたいだ。

それであるときパッと荷物が消えて無くなって、生活空間に先達文庫一冊分の情報質量が穿たれた。プールの栓が抜かれたかのごとく、ドドッと、重力と時間が渦を作って流れていった。すぐに注意のカーソルが持っていかれ、遠くのほうから執筆機会まで舞い込んできた。それが呼び水となって、体ごとそちらのほうへ放り出される。一度流れに飲み込まれたら、もう抗えず。ともかく上流まで突き進んでいくしか方法がなかった。人に迷惑をかけることになろうとも。僕は僕の結晶世界をさまよい歩いて、自分なりの深さから空想手紙を書く羽目になった。

きっと、校長直筆メッセージのコピーが残っていたら、こんなにひどくはならなかっただろう。不在が先でムーブメントがその後だっていうのは、好きなサッカーのフィールドから考えても自明のことである。スペースが無けりゃ、走り込めないし、パスも出てこない。先達文庫の不在が、僕をふたたび小説中に招き入れ、前の落胆が、次なるステップを用意してくれていたのだ。

かくして僕の先達文庫体験は、まったく不器用なやり方ではあったけれど、新しい読書方法となった。そんなことはあるわけがないのだけど、でも、どうだろう。見えるわけがないその向こう側から、先達という誰かが必然の糸を引いていたのではなかったか。そんな風に思いたくなるのは、それがそもそもの元から、バラードの『結晶世界』であるという先回りがなされていたからである。何よりも早く。どこまでも新しく。

 

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オークランドのカフェで一服中の吉津さん

 

(文・吉津茂径)

 

 

No.21『大江戸観光』丸山ちさとさん

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イシス編集学校での学びが魅力的なのは、一方的ではないことだ。編集稽古で編集術を学ぶ生徒はもちろん、師範や師範代といった指導する立場ゆえに気づくこと、学べることは多い。高校教師と並行しながら師範代を務めた丸山ちさとさんは、指南を通して「教える」ことの本質を問い続けた。先達文庫は、その道標となった。


丸山ちさとさん  15
期[守] 月々シウマイ教室 師範代

(大学院生/イギリス在住)

【ISIS編集学校略歴】12期[守][破]学衆、4回花伝所、15期[守]師範代、3季[離]学衆、18期[守][破]師範代



松岡正剛校長から丸山ちさとさんへの先達文庫
「大江戸観光」杉浦日向子著/ちくま文庫

大江戸観光 (ちくま文庫)

大江戸観光 (ちくま文庫)

杉浦 日向子
  • 筑摩書房

【内容紹介】江戸風俗研究家の著者が、浮世絵、歌舞伎、戯作、風俗など、江戸文化について解説した、種々の雑誌に掲載されたショートエッセーを編纂したもの。


 

『粋』と『うがち』の美学


当時、高校の教員であった私は、イシス編集学校の15期[守]を担当した際、編集術を「教える立場」としての「構え」、つまり自分の気持ちの持ち方を、「師範代」というよりは「先生」として作ってしまった。

その結果、硬くなりすぎてしまい、自分でも苦しくなるような指南(回答の添削)になっていたと思う。師範代として行うべき「方法としてあるべき方向を指し示し、学習者である『学衆』の皆さんに委ねる」という「指南」ではなく、「教えこもう」と、つまり学衆の方が気づいていない部分、持てていない視点を指摘し、その不足を埋めようという「指導」をしようとした。

しかし、正解のない編集稽古において大切なのは思考の道筋である「方法」を獲得することであり、そもそも「教え込む」ことなど出来ないものである。それなのに、今教育の世界でも問題になっている教え込みをしてしまおうとし、常に自分が多くの知識を持っていなくてはならない、正しくなくてはならないという勝手なプレッシャーを感じていた。

つまり、教える立場の師範代である自分のほうが学衆さんよりも優秀でなければならないと思い込み、勝手に自縄自縛に陥っていた。

 ***


学校であれば、生徒と教員の間には、少なくとも専門分野において知識の格差があるうえ、相手は子どもであり、人生経験でも勝っている。そのため、「教え込む」事は可能である。


しかし編集学校ではそうはいかない。学衆さんの年齢や立場、職業は様々であり、学衆さんのほうが知識や経験が豊富な場合も往々にしてある。したがって、自分の方が常に優れているという事は無理であるにも関わらず、そうあろうとしたために、自分に不足を感じることとなった。その間違った「不足感」自分自身が苦しんでいたものの、どうしようもない自分にまた嫌気がさし、指南が滞る、という悪循環に嵌っていた。

何とかやりきったものの、学衆さんに申し訳ないという気持ちでいっぱいになりながら出席した感門之盟(各コースが終了した際に行われるセレモニー)で、この先達文庫を拝受した。
 

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感門之盟で堂々たる司会を務めた丸山さん(2008年)

 

始めは、私が[破]の用法三「物語編集術」で、自分の作品として江戸時代を舞台に読み替えて遊女をテーマにした物語を書いたために、この本を下さったのだと思った。しかし、「粋」でもなく「うがち」もない私の構えを、校長は見抜いてくださっていたのだと校長メッセージを拝読して分かった。

メッセージにあった「一変」をするためには良いのかを知りたくて、またこの「不足感」をどうにかしたいと考えて、私はこのあと
[守][破]の次のコースである[離]に進んだのだが、そのきっかけとなったのが、この先達文庫であったと思う。

正直に言えば、この本を読んでも「粋」も「うがち」も感じる事さえ難しかったが、私に必要なのは、体を合わせる必要のある洋服の着こなし方ではなく、体に合わせて包んでくれる着物の着方を学ぶ事だと考えさせてくれたからだ。

そして[離]を通して、知識は無ければ学べば良いし、自分を大きく見せる必要も無い、ただ知らない事から逃げなければ良いのだと思えるようになった。その事が自分に余裕を生み、相手を深く受けとめられるようになった。

 
***

 

今でも、「『粋』と『うがち』」を理解できたとは言い難いし、ましてこれらを相手に感じてもらえるだけの構えを持つには至っていない。けれど、「不足」の乗りこなし方を少しは理解できたように思うし、「一変させる」ことを怖がらなくなった。

もしこの先達文庫をいただいた15期[守]師範代の経験がなければ、[離]に進もうとは考えなかったし、[離]の経験がなければ、相手を「待つ」こと、「委ねる」ことが下手なままだっただろう。

しかしそれがうまくなり、相手の力を借りることで良さを引っ張り出すという技も使えるようになった。その結果、本業である教員としてもずいぶんと違う構えを持てるようになり、生徒との関係も大きく変化したため、この後に出会った生徒たちとは、教員と生徒としてというよりは、人間として深い信頼関係を持てるようになった。何より、「変化」を楽しめるようになった。この経験がなければ、今のような考えを持つ事、つまり仕事を捨てて留学にチャレンジしようと思う事は無かっただろう。


この本はそんな「不足」を持て余していた自分の元の姿を思い出させてくれるし、「不足」の正体を知るきっかけも教えてくれた。そして、変化を恐れずに前に進む勇気を常に与えてくれる、そんな本である。
 

 

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今夏、イギリスへ留学した丸山さんは次のステージへ

(文・丸山ちさと)

 

No.20「樋口一葉の手紙教室『通俗書簡文』を読む」久保田仁美さん

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本は一通の手紙でもある。贈る相手のことを思いながら選ぶ先達文庫には、手紙には綴りきれないメッセージが託されるのだから。久保田仁美さんに届いた一冊は、樋口一葉が病床で筆を執ったときの作品。生前に刊行された唯一の本であったという。


久保田仁美さん  15
期[守] 写し絵サプリ教室 師範代

(主婦/静岡市在住)
【ISIS編集学校略歴】6期[守][破]学衆・12期[守][破]学衆、4期花伝所、15期[守]師範代、風韻講座
2座物語講座1綴




松岡正剛校長から久保田仁美さんへの先達文庫
「樋口一葉の手紙教室『通俗書簡文』を読む」

森まゆみ著/ちくま文庫

【内容紹介】『通俗書簡文』は明治29年、一葉が24歳で夭折するその年に刊行された手紙の書き方実用書のことで、「通俗」とは、現代とは異なり「一般向き」「分かりやすい」という意味で使われている。「谷根千」の愛称で知られる地域雑誌の編集者森まゆみが、現代人にも分かりやすい口語訳を添えて解説している。様々な手紙の文例から一葉の生きた時代の細やかな人情や習慣などが見えてくる。巻末の解説は資生堂名誉会長の福原義春氏。



「松岡校長、一筆申し上げます。」

 
明治時代の手紙のやり取り

 『通俗書簡文』は、一葉が亡くなる直前に大手出版社から刊行された手紙の書き方実用書です。携帯メールが日に何十件も行き来する現代と、毛筆で書いた手紙を使いの者に届けさせ、その返事を家で待つ明治時代。二つの時代の大きな溝を森まゆみの口語訳が、見事に埋めていきます。女性目線で言葉を継ぎ足しながら読み解く方法は、さながら世話物芝居を観る時の音声ガイドのよう。複雑な状況も、目に浮かぶように分かりやすく解説しています。

 

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1996年11月筑摩書房より刊行された『かしこ一葉-『通俗書簡文』を読む』を再編集、改題し文庫化された

 

これが、樋口一葉式の手紙教室

文例は、それぞれ掌編小説のようで、細かな場面設定がなされています。例えば季節<冬の部>「かりたる傘を時雨ののちかえす文」では、引っ越し祝いをもらった知人に御礼をしなければと思いながらも、いつしか月日がたってしまった。貴方の家の近所に立派な菊があることを聞いたので、その帰りに御礼に伺おうとしたところ、思いがけずにわか雨に遭ってしまった。結局御礼どころか雨宿りをさせてもらい、さらには子連れで夕飯までご馳走になってしまった。日頃ご無沙汰ばかりして、突然思いつきでお邪魔する。身勝手に用のある時だけ参上する。急な冬の雨は、そんな身勝手さへの罰に天が降らせたとしか思えない・・・という具合。傘を借りることになったいきさつに、なんとドラマティックな場面を考え付くことでしょう。

 

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先達文庫をはさんで『松丸本舗』っぽく組んでみたという本棚

 

現代にも通じること

森は上記の口語訳の後に「わが身が振り返られる手紙である。私は本を多く頂くがそのお礼の葉書がなかなか書けない。届いてすぐならば<只今ご高著拝受、心して読ませて頂きます>の一言ですむのが、一週間、十日と経つと<心して>ではすまなくなる。何か感想を書かなければ、と仕事の合間に斜め読みすれど頭に入らず、結局出さずじまいになったりする。」「その点、この手紙には学ぶべき所が多い。率直に、誠意をこめて説明し、あやまることである。」と自身の体験を交えた言葉が続きます。私も思い当たるだけに、深く身に沁みます。

一葉はそのほか<雑の部忠告の文例>「友のおごりをいさむる文」や<雑の部お見舞の文例>「試験に落第せし人のもとに」でも、言葉を選びながらも果敢に言葉を紡いでいます。

 

一葉の奇蹟

千夜千冊638夜『たけくらべ』樋口一葉の中で松岡校長は「べつだん比較したわけではないが、ひょっとして日本の近代小説のなかでは『たけくらべ』にいちばんの影響をうけたかもしれない。」「明治27年12月『大つごもり』を発表、その1ヶ月後には『にごりえ』をまとめ、さらに『たけくらべ』の連載を始めた。奇蹟の14ヵ月の出奔だった。」と書かれています。

師範代として教室を受け持った月を奇蹟と言うのは大袈裟ですが、主婦生活にどっぷりつかっていた私にとっては、未知の体験でした。夜更かしは当たり前、回答への指南が追いつかず徹夜することもありました。しかし、師範代をやっていると「できない」と思われたことをひっくり返す力が湧いてくるのです。4ヶ月後には全てを「できる」にしてくれました。

 

松岡校長から頂いた言葉

「破をやってくれないのは残念。
でも、仁美さんのミームはどこかで
編集学校に広げていってほしいのです。
一葉の奇跡のようにね。」

 

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「松岡校長からいただいた言葉。いつか応えられる日が来るかな」(久保田さん)

 
松岡校長の方法を生徒さんに伝える「写し絵」でありたいという願望と、平山智史師範代の充実した12[守]ツボ三里サプリ教室の「サプリ」を引き継いだ「写し絵サプリ教室」の4ヶ月。毎日が全力疾走だったので、ゴールした後すぐにスタート台に付く勇気がありませんでした。先達文庫に書いていただいた言葉のように、その時は応えることができませんでした。

[破]の師範代にはなりませんでしたが、一年後[遊]の学衆としてイシス編集学校に戻ってきました。細く長くまだまだこの先も編集学校と松岡校長と繋がっていきたいその気持ちは変わりません。


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松岡校長の本がぎっしりつまった本棚の前で

 

(文・久保田仁美)

 

 

No.19『風土の日本』平岩由佳さん

先達文庫前書き2.gif 読書は内容を目で追うだけにあらず。本を開く時のシチュエーション、その場のにおいやざわめき、思いが入れ替わり立ち替わり出入りする時間でもある。平岩由佳さんはこの一冊を再読し、7年前のあの香ばしい日々を思い出す。

平岩由佳さん 
6期[守] あんたっぷり教室 師範代

(コピーライター/静岡市在住)
【ISIS編集学校略歴】3期学衆・4期[破]学衆、6期[守][破]師範代


松岡正剛校長から平岩由佳さんへの先達文庫
『風土の日本
オギュスタン・ベルク著/村上陽一郎訳
 ちくま学芸文庫

風土の日本―自然と文化の通態 (ちくま学芸文庫)

風土の日本―自然と文化の通態 (ちくま学芸文庫)

オギュスタン ベルク
  • 筑摩書房

【内容紹介】





自然を神としながら、一方で自然を顧みないという日本の矛盾は、実はひとつの「風土」=自然と文化の不可分な一繋がりから発しているとして、日本社会の「自然」=本性を読み解いていく、日本人ができなかった日本論。★千夜千冊#77『風土の日本』http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0077.html















見透かされる快感

この原稿を書くため久しぶりにオギュスタン・ベルク著『風土の日本』を開いたのは、高田馬場駅をめざす山手線の車中でした。実はこの本の冒頭部分には、一気に中身に引き込まれるちょっとした随想が書かれているんですが、その中に著者が見た高田馬場の風景が出てきます。おりしも新緑の5月、外は「自然な」街景色。何かが一斉にシンクロしたような気配がして、少し、泣きました。

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先達文庫の『風土の日本』は宝物

松岡校長から教わった中で、最も幸福で、大好きな事柄の一つに、「情報は【誰からもたらされたか】も大事」というのがあります。何もない部屋の壁のシミからも情報を読み取ってしまいそうな?松岡校長が仰るんだからきっと相当なことなんです。

師範代の役目を終えた記念にいただく本は、あの校長から私にもたらされた情報です。しかも、なぜその本を選んだかという校長の真意が、実はよくわからない。そこがミソで、内容を読み進めながら同時に校長からのメッセージも読み取ろうとするので、頭の中で通常の2倍の情報がわさわさ動きます。今回も電車に揺られながらしばしそんなざわめきを楽しみました。

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勇気をもらった松岡校長からの直筆メッセージ

『風土の日本』は、「ここらへん好きでしょ」と言われているようなテーマに、「こういう見方知らなかったでしょ」と言われているようなアプローチで、ぴたりと私めがけてやってきました。内容は「千夜千冊」に紹介があるので省きますが、私なりに感想をひとつ付け加えるとするなら、勇気がもらえる本です。

「勇気がもらえる」なんて滅多なことでは言わないけれど、この本に関してはそう呼んでもいいかなと思います。たとえるならば、周りの風景があまりにまぶしいのでひとりうつむいて座っている時、通りすがりのフランス人から「大丈夫、君たち日本人にはこんなに素敵なところがいっぱいあるんだよ」と、いたってロジカルに肯定されるような本です。時々フランス人に何がわかる?と疑いかけると、唐突にこちらの手荷物から絶妙な俳句や季語を引っ張り出して日本人以上に味わってくれる。日本人にはできない外からの論じ方で、日本の中身を教えてくれる。わかってくれてありがとうベルクさん、と言いたくなります。それと同時に、じゃあフランスの風土ってどうなの、と尋ねてみたくもなります。そうして、塞いでいる時でもおのずと窓が開きます。窓から見える私たちの「自然」が俄然鮮やかに見えてきます。

かくして、ベルクさんと校長に、みごと見透かされてしまったのでした。

 

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感門之盟で先達文庫を受け取る平岩さん

(文・平岩由佳)

 

 

 

No.18『偶然の本質』塩田克博さん

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たまたま贈られた一冊の本から、世界が開くことがある。先達文庫はその人にとっての唯一無二なる「鍵本」になりうるのだ。当然、さしこまれる「鍵穴」は贈られる者の世界観の内にある。イシス編集学校で「番匠」というマネージメント役として活躍する塩田克博さんは、この一冊を手がかりに世界読書に挑み続けている。

塩田克博さん  15期[守] 酔道恋道教室 師範代
(会社員/神奈川県横浜市在住)
【ISIS編集学校略歴】10期学衆・15期[守][破]師範代・17~19期[破]師範、20期~番匠、2季[離]学衆、3回花伝所入伝生、8~9回花伝所錬成師範、4座風韻講座学衆


松岡正剛校長から塩田克博さんへの先達文庫
『偶然の本質 パラサイコロジーを訪ねて』
アーサー・ケストラー著/村上陽一郎訳
 ちくま学芸文庫

【内容紹介】テレパシーや透視など通常の感覚では不可解な現象を取り扱う超心理学。素粒子や天文学など古典的物理学では理解不能な領域を解き明かす現代物理学。この二つに「関係線」を引き、超感覚知覚の研究を科学的な学問として捉えていく。偶然の有意味な暗合の中にある「共時的連繋」から二つの同時存在の中にある多様性の統一性の概念を歴史的観点から浮かび上らせた。


 

偶 然 の 暗 合 


先達文庫を松岡校長からいただいたときのことでした。「アーサー・ケストラー」、この名前にドキッとしました。彼此二十数年前、社会人になった頃に大きな影響を受けた本が、適々、同じ著者の『ホロン革命』(工作舎)だったからです。タイトルにある「ホロン」とは、生物の個体や細胞、あるいは社会組織などの階層構造のなかで、上位のレベルに対しては「部分」として従属し、同時に下位のレベルに向けては凖自律的に「全体」として機能するヤヌス的実在(二面性をもった存在)につけられた名前です。これはアーサー・ケストラーが『機械の中の幽霊』(ぺりかん社)という著書で初めて使った造語です。企業にとっても、組織のあり方やその組織と個人の関係を考えるうえでとても面白い見方だなと思い、それから、この「ホロン」という考え方を何かしら頭の片隅においていました。

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ケストラーとの出遇い三冊

暗合のごとく繋がった『偶然の本質』は、実は、読むのにかなり難儀した本でした。今、あらためてページをめくると、初読のときに僕が標した幾重もの赤線と数多の付箋がいたるところに残っており、当時の悪戦苦闘ぶりが轍のように刻まれています。きっと一度読むだけでは、文章の「地」と「図」が見えず、文意を捉えきれなかったのでしょうね。とにかく気になるところがあればやたらマーキングをしていたように思います。むしろ「しるし」のない頁のほうが珍しいくらいです。

この本は、イシス編集学校の[守]のコースの師範代のときにいただいたので、実際に読んだのは、その後の[破]の師範代をしていたころでした。そのせいでしょうか、余白には“偶然を必然化する指南とは?”とか、“かわるがわる”など、殴り書きのような当時の書き込みが残っています。確かコースの最後のカリキュラムに入っている頃でしたが、修了(ここでは「突破」といいます)に向けて、押し寄せる回答の迫力と湧き立つ学衆の熱気に対して上気しながらも一心に立ち向かっていたことを思い出します。遇々、酔道恋道(よいみちこいみち)教室という「場」を共有し、編集という「方法」で蓮條連鎖しながら、ネット上に集い、道行くこととなった仲間とのかけがえのない断想が蘇ってきます。あれから3年、今ではこの教室の仲間から師範代を担っている人もいます。僕は現在は[破]の番匠という役目で係わっておりますが、時を経て、場面を変えて、役割も異にしながら再び交叉することに驚いています。

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篆刻文字の「酔道恋道」と「偶然を必然化する自由を」

千夜千冊連環篇は、『たまたま』からスタートし、「偶然」や「不確実」をめぐる本がラインナップされてきました。そして、僕は第1304夜『セレンディピティの探求』とともに、この『偶然の本質』を再読しました。この本は、通常の感覚では感知できないものを、因果関係を超えた未知の作用が呼び興す「意味のある符合」として捉えようとするものです。確かに、僕らは直接見えるものしか見ていないのかもしれない。そして、実は、見えないものや伏せられたものを察する「力」を神秘的だとかナンセンスとして斥けているのではないか。

ケストラーは、本書の最後にこう書いています。


われわれは永遠にいたる鍵穴から辛うじて中を覗き込むことのできる哀れな覗き屋の役目しか割りふられていないのかもしれない。



イシス編集学校では、似ているもののなかに相互の関係を発見していくことを大事にしています。また、関係のなさそうな「2つ」に、何かを「+1(プラス・ワン)」することで新たな繋がりを見出すという方法があります。このような方法にこそ混沌とした世界の中に潜む「偶然の暗合」を見出し、この閉ざされた扉を開ける鍵があるように思います。

これからも、やってくる偶然への遭遇に胸躍らせるのでしょう。
そして、迎えに行く偶然との邂逅がとても待ち遠しい。

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[破]の番匠として、どっしり、がっちり活躍する塩田さん

(文・塩田克博)

 

No.17『独酌余滴』倉部健治さん

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京都の進学塾で中学生たちの勉学を全力でバックアップしながら、イシス編集学校の編集活動にも余念がない。齢七十を越えてなお、倉部健治さんの向上心は衰えるところを知らない。そんな倉部さんに贈られた一冊は、多田富雄さんの名エッセイである。

倉部健治さん 
15期[守] 蓮條方舟教室 師範代

(進学塾講師/京都市在住)
10期[守][破]学衆、2季[離]離学衆、15期[守]師範代


松岡正剛校長から倉部健治さんへの先達文庫
『独酌余滴』多田富雄  朝日文庫

独酌余滴 (朝日文庫)

独酌余滴 (朝日文庫)

多田 富雄
  • 朝日新聞社

【内容紹介】能をこよなく愛する世界的免疫学者が、日本・世界各地を旅し、目にした人間の生の営み、自然の美、芸術、故白州正子との交友などを、深遠かつ端正な文章で描く。(2000年度日本エッセイストクラブ賞受賞)


 

酒と香のある文庫 


多田富雄さんの本を贈られたと知った瞬間、自分の手が小刻みに震えるのを覚えた。見開き頁に書かれた松岡校長の賀詞を読み、何かが身体を閃光のように走って、熱くなった。


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多田富雄さんの人生を絡めた松岡校長メッセージ

多田先生の『免疫の意味論』(青土社)を女房が読んでいた。あわせて、ぼくも多田先生の『免疫・「自己」と「非自己」の科学』(NHKブックス)を読んだが、「胸腺」に目が寄り、「T細胞」に目が開かれたものの、「自己」と「非自己」の交差するところと境界が見えてこなかった。

『独酌余滴』の「あとがき」に多田さんはこう書いている。「若いころは人も知る大酒飲みであったが、老来酒量も少なくなり、外で大騒ぎして飲むこともなくなった。でも病気にでもならない限り、晩酌は一日たりとも欠かしたことがない。」

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今宵も一杯の美酒に酔いしれながら盃のそばに本を置く

ぼくも、若いころは、朝まで酒を飲んで教壇に立ち夕べに帰宅して玄関に倒れこみ、古希以来も、“上善如水”にほろ酔いをたのしむ日が多い。松岡校長は私の「古酒数寄」をお見通しだったのであろうか。

今、机の上に多田富雄『独酌余滴』と白洲正子『風姿抄』(世界文化社)がお二人の共著『花供養』(藤原書店)をはさんでならんでいる。その『花供養』の“序 新作能「花供養」に寄せて”で多田さんはこう書いている。

―私は、しばしば死んだ人に会うために能楽堂に足を運ぶ。その能の主人公に会うためだけではない。能を見ているうちに、身近の死者たち、たとえば太平洋戦争で戦死した従弟や、老いて死んだ父や母、毅然といていた先生、若くして世を去った友人などの面影が、シテの姿に重なって思い浮かぶ。いい能に遭遇したときは、私の回想の劇中の死者も、切実さを増して蘇える。「鎮魂の詩劇」といわれる能の、もうひとつの効用である。

白洲さんが逝ってもう十年、ときどき無性に会いたくなる。寒い夜半に、一人で酒を飲むときなど、ふと声が聞こえるようで、身をすくめることもある。―

この文章もまた「匂いのある文章」である。「酒」の匂いがする。
複式夢幻能のシテに「問うて聞く」という「香」の匂いがする。

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上に白川静『字統』『遊』、下に『千夜千冊』机上に『花供養』

松岡校長 あらためて、ありがとうございます。

峠七坂 ここが半分路
機会をもとめ、能楽「遊行柳」に酔いしれてみたいです。

2010年4月21日『寡黙なる巨人』多田富雄先生が逝かれた。

静寂合掌

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(文・倉部健治)

 

 

 

 

No.16『復興期の精神』相京範昭さん

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松岡正剛直伝プログラムである世界読書奥義伝[離]の別当師範代を5季連続引き受けたタオイスト・相京範昭さん。つねに酒を愛し、連帯を求め、真意を問うてきた。その果敢な精神に太鼓判を押したのが松岡校長だ。そんな相京さんに贈られた一冊には、花田清輝の楕円的視点が渦を巻く。


相京範昭さん 6期[守] 懐来さらさら教室 師範代

(文化教育研究所所属/東京都)
ISIS編集学校略歴:4期[守][破]学衆、6期[守][破]師範代、[破]師範、1〜5季[離]別当師範代、[離]方師


松岡正剛校長から相京範昭さんへの先達文庫
『復興期の精神』花田清輝 講談社・講談社学術文庫

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【内容紹介】ヨーロッパの文芸復興期を生きたダンテ、レオナルドらルネッサンス期の22人を語っているが、その執筆時期は戦時下(1941~1943)から敗戦直後(1946・1947)であることに注目したい。狂信的な天皇制国家主義という「真円」に対し、それへの抵抗を楕円として暗示している。転形期をどう生きるかを論じた名著である。

花田清輝:1909年福岡市に生まれる。京都大学中退。1974年9月23日没。著書に評論集『自明の理』(のちに『錯乱の論理』と改題)、『二つの世界』『アヴァンギャドル芸術』『近代の超克』、小説『鳥獣戯話』『小説平家』、戯曲『泥棒論語』『爆裂弾記』など。また『花田清輝全集』がある。

千夜千冊#472『もう一つの修羅』花田清輝 



                                                
いまこそ「転形期」を注視したい。


この先達文庫は2003年2月1日、西麻布で行われた6期[守]「懐来さらさら教室」の感門之盟においていただいたものである。わたしは2001年9月にイシス編集学校4期[守]に入門し、[破]を経て、翌年9月より教室を担当した。その期間をいま振り返ってみると、入門した9月に、あの「9・11同時テロ」があり、混迷を深めていた21世紀初頭の世界がガタガタと揺さぶられ、その混迷度に拍車がかかったことに気付かされる。言ってみれば、まさに現代の「転形期」といえる時期にこの『復興期の精神』と出会ったことになる。

その時代背景を考えつつ校長からのメッセージを重ねて綴ってみることにする。まず、先達文庫『復興期の精神』に書かれていた校長メッセージを披露したい。


懐来さらさら教室

六守師範代 相京範昭どの

◆酒と肴の稽古指南がユニークでした。
いろいろ手伝ってほしいな。
ダンテ、ゲーテのように。

ISIS編集学校
校長 松岡正剛


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松岡校長のメッセージが相京さんの「侠」に火をつけた

花田清輝は吉本隆明の論争相手として1960年代後半に初めて知った。その論争というのは、1956年から1960年にかけて「文学者の戦争責任論に端を発し、政治と芸術運動をめぐる」ものであった。

それについて、評論家の川本三郎は「若者が吉本隆明を支持したのは当然だった。文章も吉本隆明が直球型なのに対し花田清輝は変化球を駆使した。若者に受けるわけがない」(毎日新聞 2009年7月19日 東京朝刊)と書いているが、わたしも当然若者の一人として、吉本がいう「庶民」に立脚した立場からの戦線に位置していたため、花田の本は遠ざけていた。

●花田清輝は「しぶとさと動きの渦中」を重視

しかし、今回この本を読み、最近の花田への評価を読むと、ちょっと違った視点から考えている。まずは、花田への評価を少々案内し、わたしが『復興期の精神』を読んだ感想をまとめたい。


<花田清輝ルネッサンス・プロジェクトより引用>

久保覚が編集した『新日本文学』(1984年12月号)には、彼でしか引き出しえなかった骨太な花田論がある。関曠野の「ナポリとオペラと泥棒論語」である。関は、花田を、イタリア旅行から帰ったゲーテにパラフレーズし、マルクス主義者ではなく、快活な唯物論者として見事に描き出している。花田はゲーテと同様「行為することで不断におのれを超出し他者と世界と歴史のさなかで自由になる唯物論的人間」にほかならなかった。


<今週の本棚:花田清輝 生誕100年特集(川本三郎)より引用>
毎日新聞 2009年7月19日 東京朝刊
生前、最後の著書は、本阿弥光悦、日野富子、佐藤信淵(のぶひろ)らを描いた『日本のルネッサンス人』。取り上げられる人物は誰もが既成の価値や権威に背を向け、それでいてしぶとく生き続けたみごとな抵抗者だった。
花田清輝に影響を受けたという大庭みな子が書いているように「復興期とか転形期という言葉を好んで使った花田清輝は、すべてのものを静的なものではなく、動きの中で捕えた」(「花田清輝のヒューモア」)。

格好よく死んでゆくヒーローよりもしぶとく生きる道化こそ復興期や転形期の乱世にふさわしいとした。

http://mainichi.jp/enta/book/hondana/archive/news/2009/07/20090719ddm015070030000c.html


ここでの花田の評価は2点ある。ひとつは「常に動き渦中を重要視したこと」、もうひとつは「しぶとい抵抗者を評価したこと」である。

●花田は楕円を理想とした

まず、『復興期の精神』の目次を読んだ印象から書いてみたい。ルネッサンス期の人物についての文章が並ぶ中で、「楕円幻想」(ヴィヨン)というタイトルが目に付いた。鶴見俊輔さんが解説「花田清輝論」を書いていることも興味を引いた。そこで、ダンテに関する「女の論理」を読み始めた。次いで、おおいに読み飛ばして一気に「楕円幻想」にむかった。楕円はわたしのお気に入りの発想だったからだ。

花田は二葉亭四迷を引用し、中心点が二つある「中途半端」を肯定した。


★二葉亭の『其面影』の主人公は、苦しげに呟く。
君は能く僕のことを中途半端だといって攻撃しましたな。成程僕には昔から何だか中心点が二つあって、終始其の二点の間を彷徨しているような気がしたです。だから事に当たって何時も狐疑逡巡する、決着した所がない。


戦時下において、真っ向から「真円」思想を批判するわけにはいかない。それで回りくどい言い方に終始しているが、ヴィヨンを評価する文脈の所で「転形期における分裂した魂の哀歓を、かつてないほどの力づよさで、なまなましく表現している」と書き、花田の心象に重ねていると読める。どっちつかずの中途半端こそ狂信的な天皇制国家主義への一つの抵抗の形だと言っているのだろう。「哀歓」という言葉には切実感がある。

そして、「変形譚」ではゲーテは徹頭徹尾「楕円」であったと言う。


★いかにもゲーテは楕円であり、つねに楕円であり、徹頭徹尾、楕円であった。

★かれの目には、森羅万象が、ことごとく楕円を描くものとして映っていた。変形もまた、むろん、楕円の一種である。すなわち植物の変形は、拡張と収縮の二つの作用を交互に繰り返しつつ、葉の変化してゆく過程にすぎない。


花田は、ゲーテの植物への周到な観察に心打たれると書いている。「拡張と収縮」は「ルソー以来、ユートピズムやアナキズム(拡張)→マルキシズム(収縮)→サンジカリズム(拡張)→ボルシェヴィズム(収縮)」と見て、敗戦直後の強権的「マルキスト」への批判ともなっている。そのことを指摘するのは解説の鶴見俊輔である。

以下、解説「花田清輝論」より引用。


★彼の理想は楕円である。

★戦争中に彼が、元マルクス主義者をふくめての、国粋主義陣営の真円主義者を相手として抵抗することを余儀なくされたように、戦後の彼は、左翼陣営内の真円主義者と論争せざるを得なくなった。
[風刺だとか、韜晦だとか、グロテスクだとか、-人びとは勝手なことをいう。誠実とは、円だけになって、楕円にはないもののような気がしているのだ。いま、私は、立ち往生している。思うに、完全な楕円を描く絶好の機会であり、こういう得がたい機会をめぐんでくれた転形期にたいして、心から、私は感謝すべきであろう。](「楕円幻想」)

★狂信者が[こう考える他ない]とつよく相手にうったえかけて、現実にたいするただ一つの視座に相手をしばりつけようとするのと対照的に、花田は[ああも見えるし、こうも見える]と言ってのらりくらりと見方をかえてみせることをとおして、現実にたいして人間のもちやすい固定した視座から相手を自由にしようとする。


花田清輝が言わんとすることは、この鶴見が指摘する言葉で尽くされているだろう。思えば、20世紀から21世紀にかけては「転形期」である。権力が狂信的な形で判然とする場合はおのれの位置も見えやすい。しかし、見えない場合はどうするか。わたしたちは歴史を辿り「分裂した魂の哀歓」に想いを寄せてみる必要があるということだろう。「自分が自分であること」をどのように考え続けるのか、それは容易なようでいてむつかしい。だから、かつての「転形期」を注視し、そこから学び取り続けることこそ現在は問われていると、わたしは校長の先達文庫のメッセージを読んだ。

それにはどうするか。ルネッサンスがまだ「円」であったなら、当然「バロック」である。多重・多層・多様な「楕円」の発想がわたしは重要だとあらためて思う。

●「ダンテ、ゲーテのように」とは何か

『復興期の精神』から読み取ったことは以上である。さて、それと「ダンテ・ゲーテ」がどう結ぶか、進んでみたい。

まずは、千夜千冊から。ただ、その前に私自身の編集学校との関わりと先達文庫とをクロニクルしておきたい。なぜなら、すべて連続的に関係すると思うからだ。

年月日 イシス編集学校 千夜千冊 社会情勢
2001/ 9/1 4期[守]入門   同時テロ(9.11) 
2002/ 3/11 4期[破]入門    
2002/ 8/3 先達文庫『道教の神々』(突破賞)    
2003/ 2/1 先達文庫『復興期の精神』(6期[守]師範代)    
2003/ 8/2 先達文庫『東京裁判』(6期[破]師範代)    
2003/ 12/26   #0913『神曲』(全3冊)  
 2004/ 2/24    #0941『神もなく主人もなく』(I・II)  
 2004/ 4/22    #0970『ヴィルヘルム・マイスター』(全6冊)  
 2004/ 7/7    #1000『良寛全集』(上・下)  
 2004/ 9    松岡校長手術、退院  
 2005/ 6/27 世界読書奥義伝コース[離]を始めるにあたり、別当師範代に名乗り出る    
2010/ 3/6   1季[離]スタート。以降、5季まで別当(玄黒院-蓮條院-万酔院-迅興院-耽像院)    
2010/ 6/1

 創立10周年

   

以上がわたしのイシス編集学校クロニクルである。

では、順を追っていこう。
まず、わたしが初めて校長からいただいた本は『道教の神々』だった。若いころからアナーキズムに関心を抱き、アナーキズムに共感を持って生きてきた人たちと多くの時間を共有してきたものの、その横文字のイデオロギーにもう一つ違和感を感じていたわたしにとっては、その後[離]を通じて、墨子や老荘思想や日本ナショナリズムを考えるキッカケともなっている。

『復興期の精神』は6期[守]師範代での先達文庫だが、次いで、その年の夏8月2日には6期[破]の先達文庫として『東京裁判』をいただいた。戦時下の花田が問うた個人としての「転形期」は、連合国という勝者が「敗戦国の個人」を裁くといういびつな形で処し、ここに「戦後日本国家」は出立したのである。いまだ、膨大な米軍基地をかかえていることはそこに根源がある。

そして、その年の千夜千冊の最後を締めたのはダンテの『神曲』であったことは、偶然だったと思うが、いま振り返ると必然のようにも思えてくる。

翌年2月には千夜千冊『神もなく主人もなく』ではこう書いていただいた。

「以上、今宵のささやかな黒色振動を、宝生能楽堂の五番五流能の夜に初めて出会ってロビーの片隅でアナキズムの断片を交わし、その後はつねに断固たるメッセージをぼくにもたらしてくれているISIS編集学校「懐来さらさら教室」の相京範昭君に、贈りたい」

そして千夜千冊の舞台裏を千夜終盤に向かう前に、どうしてもやっておかなくてはならないことがあったんですね。これこそは相京師範に向けての交響曲で、これまで千夜で秘めに秘めていた刀身をスラリと抜くという、とっておきです。いわずとしれた埴谷雄高・『神もなく主人もなく』・北一輝という究極コース。これに『野火』と『戦艦大和』を2夜連続で加えられたときは、自分でも泣けてきた。と黒色振動するラインナップを語ってくださった。

その春にはゲーテの『ヴィルヘルム・マイスター』があげられている。

ここで、「入門:9.11同時テロ→道教の神々→復興期の精神→東京裁判→神曲→神もなく主人もなく→ヴィルヘルム・マイスター」という「2001年~2004年」の流れを確認したい、そして、2004年には千夜千冊が『良寛全集』によって一区切りされ、翌年の[離]へつながっていった。

そうそう『良寛全集』には想い出がある。その千冊目が何か、ネットで予想を立てて当選確実だったにもかかわらず、当日朝になって紀貫之の「日本語計画」へ膨らませてしまってはずしたのだが、その予想は「淡雪の千夜予想」としてわたしは気に入っている。

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『復興期の精神』を中央に本棚を編集。「両脇は燠火の『冬の紳士』と三木成夫さん、敗戦とゲーテ。哀悼の多田富雄さん、胎児から老知へ。世の面影から忘れられた日本人へ。遠くに墨子。「無常」を武器に「越境」を闘争に。遊牧する経済圏で」

さて、ダンテとゲーテである。
ダンテの神曲について、千夜千冊で松岡校長はこう書いている。


★ダンテを語るにはこのベアトリーチェの存在を語らないでは、何にも進まない。

★そもそも『神曲』は叙事詩であって物語であって、歴史であって百科事典であって、またおびただしい数の人名辞典になっている。さらに『神曲』はフィレンツェの政治史であって国家理想をめぐる議論にもなっている。だいたいこの時代はフィレンツェもラヴェンナもナポリも、都市国家なのである。トスカナ地方だけでもいくつもの都市同盟が複雑にむすばれていた。国家理想といえば、このことだ。あるいはキリスト教の「神の国」のことだった。

★まずもってはっきりさせておかなくてはならないのは、ダンテはプラトンよろしく政治家をめざしていたということだ。それとともに、これもプラトンそっくりなのだが、フィレンツェを追放された挫折者でもあったのだ。死にいたるまでダンテは理想と挫折の懸崖にぶらさがっていた。

★『神曲』は魂の階梯を描いた長大な浄化の物語であるが、他方においては、この時代の同時進行的な社会宇宙論のためのプログラムだったのである。

★これが2003年最後の「千夜千冊」だということだ。なんだか大祓(おおはらえ)を思うのだ。


ダンテを考えるには「その時代の渦中で政治家を目指していたこととベアトリーチェへの想い」が肝心だという。現実の政治は、理想と挫折のただ中において人は常に翻弄され続ける。一方、ダンテにはベアトリーチェにたいする無上の愛があり、その浄化への道は必然だった。政治の「理想と挫折」と「聖なる少女への愛」。花田が『復興期の精神』をダンテの「女の論理」から始めた理由はここにあったのかも知れない。

「女」は生まれながらにして修辞的であるとする花田は、ともに抑圧されたものに属するイエスを借りて「あくまで修辞をもって武器と見なし、これをふるって、現実の変革のために果敢な闘争を試みた」としている。先に鶴見俊輔の解説でも引用しが、とかく男は狂信者として【これしかないと一本道を示す】、多様な軸を語るのは女であることは違いない。花田はそこを語ろうとしたのではないだろうか。

では、ゲーテはどうか。ちょっと長くなるが、千夜千冊から引用してみよう。ゲーテはワイマールという小国の宰相となった。
そして、千夜千冊ではこう続く。


★ぼくはなかでも、その「形態学」の着想と構想に惚れきったことがある。『遊』を創刊する直前のことだ。だから『遊』の第Ⅰ期にひそんでいる視線の一部は直接にゲーテから受け継いだものだった。・・《そのことをたちどころに喝破してくれたのは、芸大の三木成夫さんだった。第217夜を参照してほしい。三木さんはシュタイナーにならないゲーテ主義者だったのだろう》

★しかし、そのようなゲーテでも、この理想主義的活動の日々を抜け出さざるをえない日がやってくる。これが有名なイタリア旅行というものになる。

★二つだけあげるなら、「原」(ウル)と「変形」(メタモルフォーゼ)の概念を発見したことと、ゲーテ自身がヴィルヘルム・マイスターとして圧縮遍歴を体験したことだろう。ゲーテは「普遍」と「原型」を本気で探したのである。

★ワイマールに戻ったゲーテが、意外にも「寂寞」を思い知らされたということを、文学史家たちはどう見ているのだろうか。

政務から退き、交友こそ断たなかったものの、ひたすら「普遍の人間」であろうとしてワイマールの一隅に蟄居したことは、大才ゲーテの生きる計画のシナリオの、いったいどこにメモってあったことなのだろう。さすがにエッカーマンもこのことについては質問を発しはしなかった。おそらくはどこにもなかったシナリオが、ここで発露したのだとぼくは思いたい。それは、クリスチアーネ・ヴルピウスという造花の花売り娘にゲーテの情感のすべてが注がれたことにあらわれている。ゲーテは少女を引き取って、妻子とは別のちっぽけな擬似時空のようなものをつくりあげたのだ。ゲーテは前歴を捨て、栄光を脇に押しやり、少女に賭けたのである。‥《これがロリコンならわかりやすいけれど、そこがゲーテのとんでもないところ、やはりのこと、この少女を居住させた擬似時空体験は『ローマ哀歌』に昇華した。それもまことに格調正しい様式で》

★そもそもゲーテにおける少女とは何なのか。

★ゲーテにとっての少女とは、フラジリティの極北をあらわした。ぼくはそう考えている。『ファウスト』の最後に何が書いてあるか、知っているだろうか。
「永遠的なものは女性的なるものである、そこへわれらをひいて昇らしめよ」、だった。‥《このゲーテこそ、ぼくが最も信用しているゲーテなのだ。これがあるから、ゲーテはヴィルヘルム・マイスターになれたのよ》

★それは何かというと、この物語の主題は「諦念」であるということだ。‥《ようするに九鬼周造が「いき」とよんだもの》この諦念はゲーテがさしかかった19世紀が捨て去ろうとしているものである。ところがゲーテはこの偉大なる諦念をもって人間が遠ざかる真実に、たとえ一瞬でもいいから、夜陰にきらめく稲妻のような光を投げかけることを希んだのだった。‥《この諦念を日本語に訳せば「無常」というものだ》のちに『ファウスト博士』という作品も仕上げてみせたトーマス・マンは、こう書いた。『ヴィルヘルム・マイスター』がわれわれに告げているのは、個人主義的人道主義をいいかげんに捨てて、共働体で出会った者たちとの連帯をはかってほしいということだったのではあるまいか、というふうに。ヴィルヘルム・マイスターは一から十までドイツの凱歌であるが、これを読む日本人はゲーテを内村鑑三に引きこめばよかったのである。


「永遠的なものは女性的なるものである、そこへわれらをひいて昇らしめよ」。校長はこれが最も信用するゲーテだという。ダンテとゲーテに共通する「少女」。二人は長い時間をかけて思索し続け、ギリギリの所に自分という存在を追い込みつつ「生命」への思慕と思索を怠らなかった。そこには「少女」がいた。

もっとゲーテについては深入りしたい気もするが、今回はこれ以上、必要ないように思えてきた。ここで、九鬼周造と内村鑑三!

では、戻ります。

校長メッセージにある「ダンテ、ゲーテのように」を読み解こうと歩んできたけれど、うん、やはりそう簡単に解けそうもないし、白い闇の中で戸惑うばかりだ。しかし、ちょっと語ることが出来そうなこともある。内村鑑三の影響を受けてきた人たちのことを別な角度から書いてみたい。

わたしは、戦前のアナキストやアナーキズムに共感してきた人たちと20代から長くお付き合いしてきた。その中の一人が30歳前に出会った80余歳のアナキスト八木秋子だった。その聞き書きや農村での自治コミューンを夢みた運動の資料集を、30代から40代にかけて自主出版してきた。そして、いまもまとめ続けようとする意思を継続している(遅々として進まないのだけれど、「ISIS本座」でやれそうな気がしている)。そのことで少しは応えられるかも知れない。

ほとんど知られていないことだが、大正期のアナキストたちの中には、組合運動の傍ら、新内の岡本文弥の周辺にいて、習ったり謡ったりするような人々だった。彼らは江戸情緒や花鳥風月を知る人たちだったので、校長が『日本流』で野口雨情を語りつつ、「日本のアナーキズムには日本的な多様な一途がこもっている」と書かれている所を読んだ共感はいまでも忘れられない。
その直後だったこともあって、宝生能楽堂の五番五流能で(二日酔いで開演に間に合わず、しかし会場に入らず、誰もいない廊下の喫煙コーナーいた)、そこへやって来た松岡校長と初めて出会った時「よかったですよ、『日本流』!」と思わず語りかけたのは、その理由からだった。それが翌年秋の編集学校入りのキッカケとなった。

また、千夜千冊#0941 『神もなく主人もなく』で、「アナキズムは魂の起源の歴史そのものに宿っているはずなのだ。」という言葉にもわたしは強く共鳴した。彼らは、「これしかない道」から逸脱し、とはいえ、自由意思と感性の解放を精神の根底に置く「日本的な多様な一途がこもっていた」人たちであった。今回、彼らとゲーテの親密度が深いだろうとは予測できたけど、「転形期」における生き方において、「しぶとさ」というような点で、花田とに共通する点があって正直驚いている。あるいは、より根源的な「生命」や魂の起源に向かう精神性にもおよぶのかも知れない。

しかし、ここでもう一度先達文庫に戻ってみたい。ゲーテの末尾はこうである。「『ヴィルヘルム・マイスター』がわれわれに告げているのは、個人主義的人道主義をいいかげんに捨てて、共働体で出会った者たちとの連帯をはかってほしいということだったのではあるまいか」。そうだと思う。だから、共働体としての編集学校のことを話したい。

とにかく、編集学校はオモシロイところだ。教室では、年齢、職業、肩書き、家族のことなどは一切伏せてある。言って見れば、「サラ」の状態だということ。そこは権威が不在であり、共同知が生まれ、「場」が作られている。共働体と言っても良い。まさに創発を産むアナーキーな空間だとわたしは思っている。

わたしの教室名「懐来さらさら教室」の「サラ」も、そこに通じている。権威の不在である。そしてもう一つ意識したのは、ススキが風にそよいで触れ合う時、かすかに「サラサラ」と音がするような[ほどほど]の関係ということであった。つまり密着した真円でなく、多軸な楕円という関係が見えないだろうか。はい、確かに我田引水と言われそうだけれど、アイキョーはそう言い放ちたい。

いやいや、先達文庫と校長メッセージを追ってきたら、最後は「自分の編集学校との関係クロニクル」となってしまった。まあ、それも必然だろうし、この10年を振り返るよい機会となった。

混迷の時代はまだまだ続くに違いない。その渦中に居る時は見えないものがある。しかし「多様な一途」「もうひとつの日本」を問い続けながら、多様多軸の「楕円」の思想でもって、「日本の底荷」となる覚悟で歴史的現在を生きたいと思う。それにはまず、「共働体で出会った者たちとの連帯をはかっていく」ことなんですね。

みなさん、よろしゅう。 おたのもうします。

最後にもう一度、千夜千冊『神もなく主人もなく』の一節を加えて終わりにしたい。編集学校との出会いと校長への感謝の意を込めて。


いやいや、もう一度、われわれは遡及もするべきであろう。アナキズムは魂の起源の歴史そのものに宿っているはずなのだ。
そうなのである、アナキズムはマハーヴィラや葛洪にも芽生えていたが、実は一茶(第767夜)にも、一休(第927夜)にも、ずっと遠くの墨子(第817夜)にも、早々に突き刺さっていたはずなのだ。そうでなければ、われわれがこれほどにアナキズムの日々を懐かしくも熱く、激しくも清明に、思い出せるはずがない。


☆たとえ一瞬でもいいから、夜陰にきらめく稲妻のような光を投げかけることを希んで、連帯を!

以上。

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(写真)感門之盟の壇上で語る相京さん

(文・相京範昭)
 


No.15『國語元年』北原ひでおさん

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ネット上の教室で昼夜を問わず行なわれる編集稽古。人と人のあいだを往来する言葉の数々。師範代という編集コーチを務めながら学ぶものは、小手先の編集術ではない。北原ひでおさんは、言葉の交わし合いから育まれる生きた編集の醍醐味を、松岡校長から贈られた井上ひさしの名著で改めて思い知る


北原ひでおさん 6期[守] やみ月めんたる教室 師範代

(会社員/東京都在住)
ISIS編集学校略歴:4期[守][破]、6期[守][破]師範代、花伝所 錬成師範


松岡正剛校長から北原ひでおさんへの先達文庫
『國語元年』 井上 ひさし 中公文庫

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【内容紹介】言文一致運動が起こる十数年前の明治七年、「全国統一話し言葉」を制定する計画があった。「井戸」と「江戸」、「鏡台」と「屈みなさい」。明治維新の縮図のような南郷家で、日頃起こっているすれ違い。日本という国が1つにまとまっていくためには、こんなすれ違いをなくして、お互いの意思伝達が確実に行えるようにしなければ。その信念の元、共通口語の制定を命じられた南郷清之輔の悪戦苦闘とそれを取り巻く人々のドタバタが暖かく描かれた物語。1985年にNHKで放送されたテレビドラマの脚本。


 

そのはじまりに向けて


いつも、感門之盟では師範代のやり遂げたという達成感と何かを教室に残してきたという後悔が交錯する想いを感じるのですが、2002年の当時、僕も[
守]の師範代として同じような思いで壇上に立っていました。精一杯、学衆さんに、お稽古に、回答に向かい合ったつもりなのだけれども、果たして、本当にこれでよかったのか?という疑問が僕の中に大きく残っていたように思います。

そんな思いの中、松岡校長から手渡されたのは、井上ひさしさんの『國語元年』でした。

本を開くと、「編集稽古、完遂、でも、それは編集元年」と金色のインクで書かれた言葉。

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北原さんの先達文庫。久しぶりにカバーを外してみた

いただいた本を読み始めたのは、感門之盟から数週間経ってからだったかもしれません。井上ひさしさんは「國語」ってこんな風にお上が造るもんじゃないんだよなぁ。でも、その想いは大事なことだけどね。と言っているようでした。本の中で少し触れられているように、言葉でお互いを分かり合えるようになるためには、まず自分の中で言葉を通わせる「言文一致運動」を待つ必要があり、それも富国強兵とは、ほど遠い文学の世界からそれは始まったのですから。でも、みんなが1つの国の国民として暮らしていくには、お互いに分かり合える言葉が必要だということに気がつきはじめたからこそ『國語元年』だったのでしょう。

そして、僕の場合も[守]の師範代を終えて色々な思いが残ったこのときが、僕にとっての「元年」だったのです。本を読み終えてメッセージを改めて見ると、「編集」ってこんなもんじゃないんだけどね。でもその思いは大事にしてね。って、松岡校長の声が聞こえてきたように思いました。そう、「國語」と同じように、僕たちの日常の暮らしや世界を「編集」していくためには、まず、自分の中で編集的な自分を定めることが必要であり、僕自身の切実な想いを見つめ、方法を求めていくことが、編集的な自己、編集的な関係を生み出すことにつながっていくのだとすると、そのための一歩を僕はこのときに踏み出したに違いありません。

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天気のいい日は時々外で本を読んでいるという北原さん

あれから、8年。イシス編集学校は仕組みも洗練され、関わる人たちが増え、様々な活動が展開されていっています。でもやっぱり変わらないものがそこには流れていて、それに気が付く度に僕は思うのです。

私は今も「編集元年」なのだと。

*追記*


この文章を書こうとしていた時、井上ひさしさんの訃報が大きく報じられました。私は単なる読者の一人ですが、庶民の活力と権力、ふるさとと国家のあり方への深い洞察を笑いと暖かな視線で私たちに届けてくれていた井上ひさしさんの新しい本がもう読めないことは本当に悲しく、残念でなりません。

井上さんが残してくれた本や言葉を携えて、ドン・ガバチョのように水平線の向こうの未来を目指し、苦しい時こそ泣くのではなく笑って波を乗り越えていこうとすることが、私にできる井上さんへのお礼なのだと思っています。

 

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イシス花伝所入伝式前の師範会議にて

(文・北原ひでお)

 

 

No.14『戯作者銘々伝』小池純代さん

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一読、二読、三読と、読むたびに豊かな結び目を結びなおすのが、先達文庫。小池純代さんはイシス編集学校の師範であり、あの『松岡正剛・千夜千冊』(求龍堂)の一夜ごとに一首ずつ短歌を添えた歌人である。先達文庫との向き合い方、その結び方にも風韻あり。


小池 純代さん 6期[守] 笹鳴かしこ教室 師範代

(歌人/神奈川県横浜市)
ISIS編集学校略歴:4期学衆・6期~7期師範代・8期~師範・2季[離]~3季[離]別当師範・2期花伝所錬成師範・1座~5座風韻講座 師範・1綴~2綴物語講座 講評師範


松岡正剛校長から小池純代さんへの先達文庫
『戯作者銘々伝』 井上 ひさし ちくま文庫

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【内容紹介】十二使徒ならぬ十二人の実在の戯作者に材を得た、十二話からなる短篇集。語るのは戯作者たちではない。彼らの縁者あるいは関係者である。語られることでかたどられ読まれることでよみがえるのが物語ならば、物語そのものの運命をこれら語りの達人である戯作者たちはたどっているのである。


 

初読未明・再読前夜

2003年冬の感門でいただいた先達文庫です。

扉には「俳諧」と「戯作」の二語が並んでいます。江戸時代に持ってゆけば難なくつながる二つのことばですが、最初目にしたときは並んでいるという以上の実感はありませんでした。「いっとき戯作にも遊んで下さい」というおすすめのことばも、「読んでご覧なさい」ぐらいにしか受け取れなかったのです。

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1982年刊中公文庫の表紙。表から裏に続く意匠がたのしい
(先達文庫は、1999年刊ちくま文庫)

一読めは十二人の戯作者の人物を知るために読んだようなものです。「半捨亭一朱」「唐来参和」「烏亭焉馬」ほか、ほとんどは知らない名前でした。一通り読んで、笑ったり驚いたり身につまされたりして、そしてしばらくこの本のことを忘れていました。

二読めでは十二篇の語り手を気にしながら読みました。誰かが誰かに誰かのことを語る。全篇に共通するこの様式は、つづめて言えば語り手が自ら名乗り対象となる戯作者の名を呼ぶだけのこと。なんともはかない所作に思えたものです。

所作のはかなさが浮かびあがってきたあと、三読めで物象に目が及びました。「もの」なだけに、時間、時代の流れのなかを旅し続けることのできる強靭なものどもです。たとえば「国府の屑葉の煙管煙草」「伽羅の棟に象牙の歯をしつらえた源内櫛」「『当代江都百化物』の一冊目の写本」。

これらの具体物に照明があたるたびに、つまり作者の筆が及ぶたびごとに、時間が動き空間が切り替わり作中の語り手の感情が移ろってゆきます。一品一品が節目折目で大きな働きを果たしていました。文字どおり、「もの」が物語をもの言わずしてかたっていたのです。

この「もの」の為事ぶり、どこかで見たことがありました。俳諧の季語です。そう思いついたところでようやく、扉の「俳諧」と「戯作」の二語が自分のなかでつながった気がしたのでした。

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扉のメッセージはどんな扉のドアノブだったのか

さて、一読めはともかく、二読三読までしたのは、ことばや物語について考えるための示唆を得たかったからです。編集学校という場に居続けなければそんな必要も感じることなく一読で済ませていたでしょう。次の再読でもこの一冊は別の顔を見せてくれるはずです。

「いっとき戯作にも」のいっときは、いまだ過ぎる気配がありません。ずいぶんと長いいっときのようです。


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熱川温泉路傍の猫と筆者

(文・小池 純代)

No.13『神々の国の首都』田中晶子さん

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探究心旺盛な小泉八雲は、その繊細な描写力とイマジネーションによって日本という国の奥行きを浮かび上がらせた。同様にその編集世界の醍醐味をイシス編集学校の指南で発揮したのが、現在、ISIS花伝所所長を務める田中晶子さんだ。

田中 晶子さん 5期[守] 月のかぞえ教室 師範代

(編集工学研究所/東京都葛飾区)

ISIS編集学校略歴:第1期学衆、第5期師範代、第7期師範、11期師範、第8期~10期[守]学匠、第1回~6回ISIS花伝所副所長、第7回~現在 所長


松岡正剛校長から田中晶子さんへの先達文庫
『神々の国の首都』 小泉 八雲
平川祐弘 編 講談社学術文庫

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【内容紹介】1890年、日本を初めて訪れた八雲が、その年の夏から1年余りを過ごした出雲の見聞録。旧い日本と新しい日本が交錯する明治二十年代の風物や風習、人々の姿を鮮やかに描いた作品。


 

八雲のイマジネーションを!


もらった翌日、飲み干すように一気に読みました。8年も前です。記録的に暑かった夏の日曜日、その時は、結構ハイテンションにもなっていて、瑞々しくもたらされるイメージの連続に酔いすぎちゃった気がします。
その後、なぜか再読していませんが、今回パラパラとページを繰っていたら、「詳細な描写力と深く対象をみつめる探究心がもたらすイマジネーション」「英語版、古事記、チェンバレン」、と書いた紙切れが。

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本の間に挟まれた田中さんの直筆メモ

この本には、『神々の国の首都』をはじめ、13の作品が収められていて、いたるところ─たとえば、当時の日本人の顔や声や仕草や、物や音や物語などの描写に 、“神々のうつろう影” が濃淡交え映しだされています。ヒューリスティックな視線が文章と一体化して延々と続き、ドキュメンタリー映画のように緻密に構成されたルポルタージュです。
ハーンの文章には、失われていくものを愛惜するような深い感受性というか、日本に生まれ育った人が持ち得ないようなレセプターが始終動いているように感じました。ハーンのイマジネーションがうつろうところ、たちどころに顕れる神々。

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田中さんの本棚。日本関係の本の並びに『神々の国の首都』がある

2000年6月、イシス編集学校に入門したのは、その前に、たまたま、松岡さんの7時間にもわたる講義を聴講したことがきっかけです。“編集工学”の壮大な構想を初めて耳にして、松岡さんの講義姿にもかなりの衝撃を受けました。
その後、1年1ヶ月も編集愛(!)に包まれて過ごした1期「黎明教室」(太田眞千代師範代)の揺籃と、卒門後に届いた『ラファエル前派の夢』(これも先達文庫です)に導かれるようにして師範代を担当させてもらい、エディターシップあふれる10名の学衆(生徒)の方々と、愉快で深淵な言葉を放つ師範との蜜月の末、いただいたのがこの本です。その扉に書かれていた、「八雲のイマジネーションを!」こそが、その後の私を引っ張っている “お題” なのかもです。
 
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金銀輝く松岡校長のメッセージ


今、ISIS花伝所(編集コーチ養成コース)では、“学び方を学ぶ指南”のための指導法をより進化させることがテーマの1つとなっています。番稽古の鍵と鍵穴を握るのは、類推したり言葉の意味の連鎖をつくり出すイメージングで、これが編集稽古熱を呼ぶ指南の面白さ。セレンディッポの国へと旅立った師範代の活躍は、八雲のイマジネーションの秘密とどこかつながっているのかもしれません。

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ISIS花伝所の所長として未来のコーチを導いている田中さん

 

(文・田中晶子)

 

 

 

No.12『中国の青い鳥―シノロジー雑草譜』川島陽子さん

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メーテルリンクの童話「青い鳥」は幸せを招く鳥として描かれていたが、中国に伝えられる青い鳥もまた、現世と彼岸を往来する魅惑的な象徴であった。現在、イシス編集学校の世界読書奥義伝[離]の指導陣として活躍する川島陽子さんも、“青い鳥”に導かれた一人である。

川島 陽子さん 6期[守] 西宮この鳴る教室 師範代

(ソフトウェア制作会社勤務/兵庫県)
ISIS編集学校略歴:4期[守][破]学衆、6期[守][破]師範代、[守]師範、オリベ編集学校師範代、花伝所花伝師範、2季[離]学衆、風韻講座第三座 学衆、[離]右筆


松岡正剛校長から川島陽子さんへの先達文庫
『中国の青い鳥―シノロジー雑草譜』
中野 美代子著 平凡社

【あらすじ】天空の色を身にまとい、現世と彼岸を行き来する青い鳥とはいったい何なのか。星座と色彩、人参果、女人国伝説、『シナ図説誌』など、中国史の周辺を彩る数々の魅惑的な事物を自在にめぐるエッセイ。


 

少 し 先 の 言 葉


初めて師範代をしたのは2002年のことで、当時の私の本の読み方や言葉との向き合い方は今よりずっと幼いものでした。先達文庫をいただいた時、本の内容も希代の中国文学者である著者のことも受け入れる力がなく、最初のページに書かれた松岡校長の言葉だけがこの本の道標でした。

「言葉の青い鳥を求めて
よくぞ指南してくれました。
卒門への導きを記念して
ここではちょっと
シノワズリーム。」

言葉と青い鳥とシノワズリーム。接点を見つけることのできない言葉の並び。今思えば、このメッセージを受け取った瞬間から、イシス編集学校と私との本当の関係が始まったようでした。以来、情報編集という考え方を理解しようするものの、理屈以上のものに手が届かないもどかしい日々を過ごしていました。転機となったのは2006年の[離](イシス編集学校 専門コース 世界読書奥義伝)の受講。このときから、だんだんかのメッセージの意味を大きな流れの中で読み解いていけるようになっていきました。

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尾崎翠全集は、守学衆時代に師範代からいただいた先達文庫

本書によれば、中国の古書には、西王母の伝達の使者として青い鳥と三本足のカラスが記録されているとのこと。著者は何冊もの書を並べて読み解くうちに、青い鳥とは三本足のカラスのことだったのではないかと考えます。そして、「青い鳥が黒だとは!」と述べると、謎解きの目を古代中国の色彩事情へと転向させていきます。そこには、生命力を秘めた黒を他の黒と区別するための青色がある一方、黒と青を厳格に区別する四神の例が登場します。読んでいる私は、もはや一つの答えを求める気持ちを忘れ、悠久の知にたゆたう著者の目を楽しむようになっていきます。

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「何度見てもうれしいメッセージ 」と川島さん

青い鳥が空へ飛び立ったとき、人の目には鳥が空の青へ溶けていくように見えたのではないか。素朴な現実だが、その視覚効果の感動を古代人は言葉にしたのだろうと著者は想像します。
その文章には、身に感じたままを伝えようとした古代人の言葉がまことしやかな物語となっていく過程がはっきりと浮かび上がり、私の目に、神話の世界を説明する中野美代子氏の言葉運びがクローズアップされてきました。そのとき、これが、本の内容と著者に、読み手である私が同調していく面白さなのだと分かりました。

あらためて校長のメッセージを読み返すと、指南する私の目に同調して青い鳥を探す校長の姿が現れてきました。なんて楽しそう。その姿は、指南の巧拙といったことには意味がなく、むしろあらゆる形の指南と向き合うことがイシス編集学校にとって意味があることを教えてくれています。

当時、先達文庫をきょとんとして受け取った記憶があります。でもそれはいつものことなのです。校長の言葉はいつも少し先にあるからです。そこに青い鳥が飛んでいるのです。

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転機となった2季[離]の退院式より(2006年)

(文・川島陽子)

 

 

 

No.11『魔女の1ダース』久野美奈子さん

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場と学び。このあいだを取り持つのは“問い”である。このことを痛感したのは、7年前のイシス編集学校の師範代時代であった。久野美奈子さんに贈られた先達文庫『魔女の1ダース』には、言葉と概念の間を巧みにつないでみせた米原万里さんの視点が輝いている。

久野 美奈子さん 6期[守] ちょっとバロッコ教室 師範代

(NPO法人起業支援ネット 代表理事/愛知県知多市在住)
ISIS編集学校略歴:2期・4期学衆、6期[守]師範代


 松岡正剛校長から久野美奈子さんへの先達文庫
『魔女の1ダース』
~正義と常識に冷や水を浴びせる13章~
米原万里 新潮文庫

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【あらすじ】私たちの常識では1ダースといえば12。ところが、魔女の世界では「13」が1ダースなんだそうな。そう、この広い世界には、あなたの常識を超えた別の常識がまだまだあるんです…。ロシア語カリスマ通訳者・米原万里が贈る最強の異文化エッセイ。

千夜千冊#197夜「魔女の1ダース」 http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0197.html


 

"間に立つ"×"引き受ける"

 

 
無我夢中で駆け抜けた師範代生活を終え、この本が手元に訪れてから7年。いただいたときは、「ゴールにたどり着いたご褒美」と思っていたのですが、いつの間にか“戻るべき原点”になっていました。

「近いほど遠くなる、遠いほど近くなる」。

本書の第10章で出てくる言葉です。ここで描かれているのは、“場”と“学び”の関係だと私は受け止めました。

発するものと受け取るものの間。落差。ギャップ。それらは、一見、場に軋みを生みだすように見えます。でも、その軋みこそが、豊穣で芳醇な学びの場への入り口なのですね。

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いつも持ち歩いていた先達文庫。読み込んだ様子が伺える

かつて師範代というロールを与えていただいたとき、編集術の知識も技術も経験もわたしには圧倒的に足りませんでした。そんな中、できることと言えば、学衆(生徒)のみなさんの発する一言一言を受け止めようと努力することだけ。いや、それしかできなかったというのが正直なところです。

思わぬ方向から飛んできた刺激的な問いの数々。その問いがわたしを鍛え、場を鍛えてくれました。同時にわたしを支え、場を支えてくれました。

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師範代の指南と同時通訳の共通項は“問い”にある


本書を手にして、本当に驚きました。校長はすべてお見通しだったんだと。
今、わたしは場と学びをコーディネートする仕事をしています。校長からいただいた言葉、「シャーマンの如き同時通訳のような指南」は、言葉と概念の間をどれくらい移動できるのか、移動し続けることができるのかという永遠の宿題です。

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本寄稿は「久しぶりに先達文庫と向き合ってみなさい」
という天の声だったのかも…と語る久野さん



(文・久野美奈子)

 

 

No.10『名人に香車を引いた男』大越康弘さん

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目標に向かって走っていると、幾度も壁にぶつかり、悩むことがある。しかし、その渦中で得た気づきは、また新たな挑戦の道を拓く大きな弾みとなる。松岡校長が師範代(編集コーチ)として一途に走破した大越康弘さんに贈った本は、ある名人の破天荒な物語とエールだった

大越 康弘さん
 14期[守] 風鈴斜塔教室 師範代

(ITコンサルタント/東京都)
ISIS編集学校略歴:11期[守][破]学衆、3期花伝所、14期[守]師範代、3季[離]学衆


 松岡正剛校長から大越康弘さんへの先達文庫

『名人に香車を引いた男』升田幸三伝 中公文庫
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【あらすじ】将棋界稀代の名人の半生記。少年時代に途方もない夢を抱き、幾多の修羅場を乗り越えてついに大望を果たすまでの道のりを綴る。
千夜千冊#841 http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0841.html
 


 

名人に学べ!大望を抱け!

この本とともに松岡校長からいただいたメッセージは、「大きなものに向かうこと」というものです。
 
当時を振り返ってみると、師範代として、枠内にキッチリとまとめていこうという傾向が強く、反面小さなことに捉われすぎてしまうこともあった気がします。本書で枠自体がいくらも変わる破天荒な人生をまのあたりにして、なんでもありなんだなあという実感が湧き上がり、数々の運命の皮肉にも不屈の精神力をもって進み続けた姿には、チャレンジし続けることの大事さを一層確信もしました。
 
師事した先生や同門の先輩はもとより、将棋界のなかで別グループに属する諸先輩からも、いわば「斜め」のサポートをいろいろと受けて成長していく著者の姿。思えば師範代(編集コーチ)のときも、師範や学匠(編集マネージャー)をはじめとする手厚い仕組みのなかで直接間接にサポートをいただきながら、[]の期間を全うできたのだと改めて思います。

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歌舞伎座の前で(左)/千夜千冊をに、先達文庫をとして読む(右)
 

この翌年に受講した[離](世界読書奥義伝)は、まさしく「大きなもの」に向かい続けた体験でした。とてつもない課題の連射に無我夢中で取り組みなりふり構わずに突き進んでいったことで、小さな捉われもずいぶんとほぐれた感じがありました。
 
さらにその後、仕事上の環境が大きく変化したときにも、大きなものに向かう好機として捉えることができました。これからも「大きなもの」に向かい続けていきたいと思います。

 

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先達文庫を手に。大越さんの編集の旅は続く

(文・大越康弘)

 

No.9『馬場あき子の謡曲集 三枝和子の狂言集』山口桃志さん

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「こういう世界を深めてごらん」。松岡校長が選ぶ一冊は、受け取る人の世界観をぐっと引き寄せ、その人の魅力を引き出そうとしてくれる。グラフィック・デザイナーであり、「松丸本舗」のブックショップ・エディターでもある山口桃志さんには、この一冊が贈られた。


山口 桃志さん
 14期[守] 望気雲流教室 師範代

(グラフィック・デザイナー/千葉県在住)
ISIS編集学校略歴:11期[守][破]、3期花伝所、風韻第二座、5季[離]学衆、14期[守]、15期[破]師範代、[序]ひいらぎ1号・つばき5号序師(走行中)、17・18期[破]師範、9期花伝所錬成師範 



 松岡正剛校長から山口桃志さんへの先達文庫
わたしの古典
『馬場あき子の謡曲集 三枝和子の狂言集』
馬場あき子・三枝和子 集英社

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 【あらすじ】 幽玄と笑いの両極で構成される能楽。能の台本である『謡曲』と庶民の風刺をセリフ劇にした『狂言』の作品を現代口語訳にしたもの。取りわけ能に造詣が深い歌人・馬場あき子と、小説形式の可能性を探求し続けた異色の作家・三枝和子がわたしの古典に挑む


 

古典を柔らかくするように
 
  

2006年、初夏。
庭園美術館の壇上で師範代を終えた感想を聞かれ、疑似恋愛みたいな気分だったと答えたことが、幻のようでもある。
 
指南のことで頭がいっぱいの日々。回答の行間から滲んでくる心ばえを感じながらも、想いが、方法が、上手く伝えられない歯がゆさに地団駄し、ツボに届いたときの嬉しさに手を叩く。子供のような、恋人のような、友達のような、学衆さんへの熱で舞い上がっていた4ヶ月。浮かれすぎたか、喉にポリープができてしまったほどだ。(笑)
 
ご褒美は『わたしの古典』というシリーズから選んでくださったもの。今もよく上演される演目をプロの書き手が読み解いた能楽の入門書であり、古典を現代語で再編集した二人のオムニバス作品ともいえる。まえがきに加えて、解説、簡単な分類表と参考図までついており、至れり尽くせりの構成。


 
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柔らかな光に包まれた先達文庫。いつもは本棚の上座に鎮座


 
とどめは、大岡玲のあとがきだった。
謡曲の多くが悔恨を主題とする特異性をもち、それが宗教的な納得ではなく個人的な諦めきれない諦めへと収斂し、詠われ演じられることによって、なだらかな昇華が観客にもたらされる仕組み。
 
達成されえない欲望の昇華システムのひとつが、様式美の能楽なのだ。
 
…どうしようもないものに巻きつかれ、どうしようもないのだと憤慨しつつ、どうしようもなく哀しみに彩られるこうした謡曲の“わかっちゃいるけど、やめられない”的な諦念は、実はあるものによく似ている。それは何かと言うと、恋である。しかも理論構造が明確にされない、きわめて情緒的な“日本”の恋愛。
 
 
情緒の細部を肥大化させた非構造的構造が『謡曲』だとすると、片方は大胆な省略と誇張によって、人間性を構造化して笑いを呼びこむ。

時代や地域の特性を越える共感が、すぐにも生まれやすい構造になっているのが『狂言』であり、このふたつが相互補完性をもって見事に成立したのが、能楽という編集的世界なのだった。
 
 
好対照をなす『謡曲』と『狂言』だが、観客の昇華システムとなるには必須の要素がある。それは演者の力量である。美麗な韻律の文体も凝縮されたセリフも、鍛錬を積んだ演者の肉体を通過した時にのみ、耀きを放つのである。
 
 
あとは、ぼやけて熱くなる。
松岡校長は何でもお見通し、直球ど真ん中である。しかしながら、その時はマーキングなんてとてもできず、大切に読んで本棚の上座へと奉納!してしまった。


 
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 心に沁み入るメッセージは、時を経ても色あせることはない


あれから3年半、頭の片隅にはいつもある。
 
 「…それを古典を柔らかくするように発揮して下さい」
 
見返しに書かれた松岡校長のメッセージ。
師範代ロールに埋め込まれたシナプスが甘美な諦念と駆け抜けた昂揚感を増幅する。先達に学び、先達をつなぐべく、先達たらんとしたあの日々と、しばしの絶句が甦った。
 
 
先達文庫には、カバーの上から更にグラシン紙がわりのトレペがかけてある。うっすら退色したそれを光に透かしても、わたしの古典はまだまだ千鳥足。でも、今年こそはマーキングしてみようか。

夢とうつつ、美麗なモードと笑いのコードがアヤなす世界。糸を織り合わせる方法の杼(ひ)は微かながら動かしつづけてはいるのだ。

 

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先達文庫を受け取った頃の山口桃志さん(2006年夏)


(文・山口桃志)

No.8『わが子キリスト』岡本嗣典さん

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先達文庫は松岡校長からの記念の一冊であるだけでなく、その人だけに手渡された「お題」でもある。受け取った瞬間、その人の脳裏には「Q」が立つ。このメッセージをどう受け取るか。クリスチャンの岡本嗣典さんは校長の真意を探りつつ、解読の旅を続けている。


岡本 嗣典さん 14期[守] 代表的25時教室 師範代

(会社員/東京都調布市在住)
ISIS編集学校略歴:4期[守][破]、5期[破
]、11期[守][破]、3期花伝所、3季[離]、14期[守]師範代


松岡正剛校長から岡本嗣典さんへの先達文庫
『わが子キリスト』武田泰淳 講談社文芸文庫

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【あらすじ】イエス・キリストはなんとユダヤに進軍してきたローマ軍の隊長とマリアとの私生児だったという大胆な設定のもとで展開する、福音書の記述に忠実な(!?100頁ちょっとの短編小説。


手渡された福音と迷宮への鍵

松岡校長からいただいた武田泰淳著『わが子キリスト』。でもそれはただの『わが子キリスト』ではなく、中扉に謎のメッセージが書かれた『わが子キリスト』。

 
「岡本君 君の周辺のイエスたちを 今後もよろしく。  セイゴオ」
 
              ???
 
はぐれクリスチャンに差し出されたこの小説はまことに強烈でした。想像したこともない、したくもない世界がのっけから展開され、読む速度は重くなり鈍くなります。慣れ親しんだ福音書の世界が強引に再定義され挑みかかってくるのですから、しかたないではありませんか。
 
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校長メッセージは贈る人への格別な“お題”


でもそれが校長からのメッセージなのだと、なんとかがんばって読み進みながら常に頭から離れないのは「君の周辺のイエスたちを今後もよろしくって、誰のこと?何をよろしくなの?」というはてなマーク。物語の場面、場面でいろいろなことを考えてしまいます。落とし前はつけなくてはいけないんだよということ?痛みを感じなさいということ?次々に思い浮かんでくるのだけれど、でもどれも違う。結局最後まで読んでも答えは見つかりませんでした。
 
 
そうやって読んでいてふと気づいたのはこの本、わが子イエスじゃなくて、わが子“キリスト”なんだよなっていうこと。このタイトルこそが、この小説のキモなのかもしれません。政治的に利用しようとしてイエスをキリストに仕立てたつもりが、人智を越えた力で物事は展開し、あるいは事前に用意されていたかのように絡まり合い、”おれ”(イエスの父親たるローマ軍の隊長)もその中に絡め取られていく。仏教徒の武田泰淳が「独特の聖書解釈によって生まれた異色のイエス像を描いた」(文庫本裏表紙より)のだそうですが、仏教的な視点というよりは一神教的な神の意志の存在を感じてしまいます(感じたいからかもしれませんけれど)。
 
 
ですのでこの本はクリスチャンにもお勧めです。はじめは読むのが辛いかもしれませんけどね。福音書に書かれた物語をよく知っている方が楽しめるという点でもクリスチャン向き。何かの機会にクリスチャンの知り合いに贈りたいなと思っているのですが、でもただ単に「この本面白いから」と言って渡しても理解してもらえないことでしょう。やはり何かのメッセージを添えて贈る必要がある本であるとも思います。
 
 
というところで松岡校長からの、中扉のメッセージなんですが。やっぱり未だに??? です。僕の中では小説『わが子キリスト』には、このメッセージがベッタリと貼り付いていて離れないし、くっついていてこその『わが子キリスト』だし、『わが子キリスト』を離れても「君の周辺のイエスたちを今後もよろしく」は謎のまま私から離れません。
 
 
『わが子キリスト』を読んで松岡校長が岡本君に言いたかったのはこういうことだよって解った方、それが何だったのか教えてください。でも教えてくれなくてもいいです。どちらにしたって僕は一生、「君の周辺のイエスたちを今後もよろしく」ってどいういうことなんだろうって悩みながら生きていくのですから。

 

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「ぼくの周辺のイエスたちって?」メッセージ解読に苦悶する岡本さん。深大寺にて

(文・岡本嗣典)