12『二兎物語』◆西田昌史さん

 

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【テレス賞:大賞】
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西田昌史さん◆19 [破]雲山指月教室
原作:男はつらいよ「寅次郎忘れな草」


『二兎物語』

 

第1章 COMING BACK!! <ルイス・キャロルの巻>

 昔々、春日大社の奥の丘に小さな穴があってそこに外套に身を
つつんだ白ウサギが「遅れちまった!」とつぶやきながら入ってい
った。このウサギがナカさんって名でニートのくせに旅ばっかし
てんだ。「ミカサ、すまん。『しょたい餅』手に入らんかった。ど
こ探してもあかんわ」。実は妹のミカサは「所帯持ち」にあこがれ
てるって言ったんだが、ミカサは「大丈夫・・・」しか言えねぇ。
そこにナカさんの友達のカメがやってきた。「おい、カメ、『しょ
たい餅』って知ってるか?どこにもないんやわ。お月さんにでもあ
んのかな?」「ナカさん何言うてんねん。所帯持ちは愛する人と一
緒に住むことや」。ナカさんの表情がさっと変わって、ミカサはす
っと下を向いちまった。「おい、ミカサ、お前所帯を持ちたいって
いうたんか?」。下を向いたままのミカサ。「なんで、所帯持ちは
お餅とちゃうよって言うてくれんかったんや。おかげで兄ちゃん
恥かいたわ。大体な、所帯持ってじっと1つのとこに住もうとする
考えが兄ちゃん嫌やねん。なんか体に庶民のにおいがついてしもた
わ。ちょっと洗濯してくるわ」。ナカさんさっと荷物をまとめて穴
を出る。左右対称、きちんとならんだ都大路を満月に照らされ、ナ
カさんの影がぐ~んと伸びる。当てもないのにどこ行くのやら。

第2章 LOOKING BACK!! <阿倍仲麻呂の巻>

 さすらうナカさん、海の前まで来たんだが、向こう岸までは泳い
じゃあ行けねぇ。仕方ねえからいつもの商売始まった。「さあさあ、
みんな寄って~な。人もすなる日記をウサギが書いたウサ日記、大
伴旅兎と柿本二兎麻呂の歌集もすごいで~」「お兄さん、歌集売っ
てるの?私の歌集あるかしら」。このべっぴんなウサギ、名はチヂ
ーといって、そこらじゅう渡り歩いて歌を詠んでる。「防人の歌を
詠もうと思ってね。私、自分の親の顔も知らないからやつらの気持
ちがよくわかるんだ」。防人ってぇのは、家族と離れて大宰府の警
護してるやつのことよ。これほど心の痛む仕事はねぇって話だ。「
俺も、だだっぴろい世界に1人で旅してる。気持ちはわかるよ」「
私も何にもない空間にずっといて、気が付いたら祖父母に育てられ
てたんだ」。
 時間だけがだーっと過ぎちまってお月さまがうっすら見えてきた。
早く海を渡んなくちゃいけねぇ。その時ナカさん、サメの集団に気
づいて、チヂーと一緒にこそこそ脚本作り。初めての共同作業。二
兎が『所帯餅』をつき始めやがった。「サメちゃんと俺らとでどっ
ちが仲間が多いか競争せーへん?サメちゃんができるだけ仲間集め
て向こう岸まで一列に並んでみて。そしたら俺たちがその上走って
数えるから」。サメの野郎、まんまと騙され一列に並んじまってよ、
ナカさんとチヂーはその上を跳んでいって、「サメちゃん騙してご
めんな」と脱兎のごとくダッと逃げちまったんだ。サメはあわてて
追いかけたが捕まらねぇ。ここから二兎を追うものは一兎も得ず、
が生まれたんだ。
 ナカさんは大宰府に着くと、チヂ―と別れてなんと防人になっち
まった。1日目には汗のにおいをぷんぷんさせて、「どうも都のや
つは怠けもんで」とか言っちゃって、2日目には日焼けして「時代
はクロウサギ」と調子にのっちまった。だが3日目にはついに過労
でダウン。まっとうな仕事はニートのナカさんには、ちときつかっ
た。野っぱらに寝転んで、消えそうなくらい細いお月さんとずっと
にらめっこだ。ナカさん、うなされながら歌を詠む。
 天の原 ふりさけ見れば 春日なる ミカサの山に 出でし月か
も(妙訳:あの月、妹のミカサも見てんのかな~)

第3章 DODGING BACK!! <紫式部の巻>

 ナカさん、ミカサに迎えに来てもらって都に強制送還。でも、し
ばらくたって、布団の臭いが体に染みついちまったナカさんはじっ
としてられねぇ。また旅に出るって外に出たら、そこにチヂ―の姿。
「あら、ナカさん。久しぶりじゃない」「これは土偶やな~」「そ
れをいうなら奇遇でしょ」。ナカさん得意の縄文ギャグ!みんな穴
の中入ってミカサも一緒によもやま話。まあ、年頃の男女の話はあ
れしかねえけどな。「チヂ―さんって恋をしたことある?」「ナカ
さんはある?」「そりゃあるさ」「ウサ子!」「あいつを追いかけ
まくって最後に木の株に頭ぶつけてしもたなぁ」「有栖!」「あい
つには逆に追いかけまわされて、穴に逃げ込んでもあかんかった」
「ナカさんって名前だけでパッて話が出てくるのね。私、いろんな
男が付き合ってくれってきたけど、ろくなやつがいなかった。だか
ら、う~ん、初恋の相手がナカさんってことになるかな」。おっと、
あとはできあがった「所帯餅」を食うだけのナカさん、なのに「そ
ういえば『山月記』ってあったなぁ。おーいお月さん、今からトラ
になって歌を披露しに行くで~」。ナカさん、夜半の月に雲隠れ。
残されたチヂー、まさに紫式部状態。ナカさん、恋愛よりも旅の方
が自分が輝くと気づいちまったんだな。
 そして、ある晩、事件が起っちまうんだ。「ナカさん、チヂ―よ」
「なんやねん、こんな夜中に」「私、トラになりたい」「寅が兎に
なっても逆は無理や」「それは干支でしょ。私もトラになる」「も
うなってるわ。そういう酔っ払いをな、オオトラいうねん」。チヂ
ーはさらに噛みつく。「ナカさん、蓬莱の玉の枝取ってきて」「い
きなり何や」「じゃあ、火鼠の皮衣か燕の子安貝でもいい」「いい
かチヂー、堅気の連中はもう寝てる時間や。いい加減にせぇ」「ナ
カさんは私の言うこと聞いてくれないんだね。わかった、わかった
よ」。泣いて出ていくチヂ―、でもナカの野郎は追っかけねえ。そ
して二兎を見つめる上弦の月。

第4章 FLASHING BACK!! <大江千里の巻>

 ナカさんはチヂーの家を探しあてた。でも、そこにはチヂーの家
族しかいなかった。じいさんによれば、ある日チヂ―が月に帰ると
言って、そのまま月から来た迎えと一緒に帰っちまったということ
だ。それを聞いたナカさん、じっと月を見上げる。そしたら月の光
がふわっとナカさんを包みこんだ。そしてその光はゆっくりと消え
ていった。ナカさん、満月を見上げて歌を詠む。
 月見れば チヂ―にものこそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋に
はあらねど(月見るとチヂ―のいろんなことが思い出されるわ~)

第5章 BRINGING BACK!! <吉田兼好の巻>

 ナカさんはまた旅に出る。洗ったことのねぇ外套身にまとい、か
らっぽのカバンひっさげて、なんにもねぇ荒野をまっすぐ進んでく。
小さな一歩かもしれねぇが、ナカさんにとっては大きな一歩。旅が
ホームグラウンドだからな。そしてたどり着いたのは・・・「よう、
サメちゃん、この前は騙してごめんな。お詫びにいい話をもってき
たで。サメちゃんが主役の劇や。脚本はまだないけど、すぐに書け
る秘訣があるから大丈夫。巣皮留伯ってやつに任してねん。でもサ
メちゃんの演技が心配でな。ちょっと演技してくれへんかな?まず
は俺を乗っけて、そうそう、その感じ。これなら百人乗っても大丈
夫。じゃあこの感じで向こう岸まで行って」ナカさん、相変わらず
だが、まぁ、わかるよ。面影残してさすらうってのが人生ってもん
だ。ガガガガガガガガ、ピピピピピィー、今日のとぱらじは「名を
聞くよりやがて面影は」でおなじみ吉田兼好がお送りしました。う
そつけ、お前、車寅次郎だろって?それを言っちゃあ、おしめえよ。

 

11『紙飛行機の間』◆阪田清子さん

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【アリス賞:大賞】
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阪田清子さん◆21[破]魔笛奏茶教室
原作:ドラえもん「のび太の創世日記」


『紙飛行機の間』

 

1章 僕の住む都市1

 「よし、今だ。」
 減速した廃棄物運搬トラックの荷台から僕は素早く飛び降りた。
ヘドロでぬかるんだ地面に足を取られたものの、生まれて初めて外
の世界を踏みしめた瞬間だった。地図を広げ方向を確かめる。その

進むべき道のりは、スモッグで淀んでいる。どうしよう。僕はだん
だん不安になり、ポケットのハンカチを握りしめた。
 高層ビルの都市。530 階の小学校から僕の自宅の507 階までは、
エレベーターで1分程の道のりだ。時々は道草もしたいから515 階
の公園で遊んだり510 階のアヤネちゃんの家に寄ったりもする。で
も今日は、みんな宿題をするから遊ばないんだって。ちぇっ、どっ
さり出された宿題は、明後日までに終わらせないといけない。仕方
ないから宿題をやろうと机に向かったけど、やっぱり面倒くさいや。
そんなときはいつもノートを破って紙飛行機を作るんだ。それを窓

からスウーっと飛ばす。その姿を見るのが僕の楽しみでもあった。
 コン、コン、コン。くちばしで窓ガラスをたたく。鳥のクーニオ
が空の散歩から帰って来た。昼間はいつも外に出かけているけど、
寝るときだけは、僕の部屋に帰ってくるというちゃっかり者だ。
 「今日は珍しく早い帰宅だね。」
 窓を開けると緑の翼を羽ばたかせて部屋に入ってきた。そのくち
ばしには、何やら見覚えのある紙をくわえている。よく見ると昨日
飛ばした紙飛行機だった。一体どこから拾ってきたんだろう。
 キ ミ ハ、 ダ レ ?

 ノートに書かれた一文。それ見るなりぎょっと息を詰まらせた。

2章 僕の住む都市2

 「うぇー、臭くて汚いよ。」
 ヘドロが堆積する汚水と光化学スモッグは、どうやら都市ビルか
ら排出されているようだ。ぼんやり見えてくる枯木を目印に進みな
がら、僕はあの日のことを思い出していた。
 クーニオが宿題のノートをくわえてきた日の夜、僕はずっと眠れ

ないでいた。そして僕は思いつき、布団から出るとその見知らぬ相
手に手紙を書いてクーニオに託したんだ。すると翌日、返事が帰っ
てきた。都市の外に住むミチオという少年からだった。僕は驚いた。
地上は空気が悪いから僕たちは上空の地を求めたと学校で教わった
もん。いつも眺めている窓の外に人間が住んでいるなんて知らなか
った。外の世界が見たくなった僕は、何とかトラックに紛れて都市
を脱出し、今、こうしてミチオの住む海辺の村へと歩いている。
 視界が少しづつ開けてくる。もうどれくらい歩いただろう。足下
も歩き易くなってきたけど、疲れた僕の足取りはすっかり重くなっ

ていた。しかも、突然降り出す雨。もう嫌だ。ヘトヘトだったけれ
ど僕は走って木の下に駆け込んだ。出かける前は、あんなにワクワ
クしていたのに、外の世界って面倒くさいや。そう思いながら僕は
またポケットのハンカチを握りしめた。

3章 俺の住む村

 「今日も汚れている。」
 そう思いながら、俺は爪を噛んだ。今年の春、都市が遠くに見え

る海辺の村に移動して来た。俺たちは昔から農地を求めて点々と旅
する民族だ。どの地を歩いても空に突き刺すビルが見える。そして
都市がまき散らすヘドロやスモッグは、土地もやせ細らせている。
仲間には、移動をやめて都市の廃棄物をあさって細々と生活をして
いる者もいる。でもそれも仕方がない。その日を食べていくのが精
一杯だ。今回の土地も決して豊かでは無いけれど、それでも市場に
は、農作物や海の幸が並ぶ。
 「子どもはしっかり食べて大きくならないとな。」
 八百屋のおじさんはそう言いながら、西瓜を手渡した。そうそう、

このおじさん先日は紅芋をくれたっけ。俺は買い物帰りに砂浜へと
足を運ぶ。俺は浜を見ながら爪を噛んだ。少し遠くからは綺麗だと
思った海だけど、近づくとヘドロが打ち上げられている。海の様子
を見るのが俺の日課だった。
 日も傾く頃、ナギが紙飛行機をくわえてきた。これでもう50機目
だ。一体何処から持ってくるのだろう。ナギは俺の友だちで、昼間
は一緒に過ごすけれど夜になると何処かに飛んでいってしまう。そ
して、また次の日には、紙をくわえて帰ってくる不思議なやつだ。
俺はその紙を貯めてノートを作り学校に持っていく。紙は貴重だか

らね。でも誰が送ってくれているのかを知りたくなり、俺はそっと
言葉を添えて送り返してみたんだ。
 キ ミ ハ、 ダ レ ?
 その手紙をナギに託した。

4章 私の住む場所

 ハンカチを握り締めながらセイはまた歩き始めた。日が傾き始め
ると夜の訪れは早い。雨宿りの間に辺りは一気に暗くなる。もうこ
れ以上進むのは困難だった。前も後ろも見えない黒い闇をセイは知
らない。ガタガタ震えながらポケットに手を突っ込んでいる横で私
はそっと寄り添うだけだった。ミチオはきっと爪を噛みながらまた
浜を見ているに違いない。海を見るのは日課でもあったけど、セイ
がくるのを待っているはずだから。
 先日届けた手紙に、私は驚いた。セイが都市を抜け出し、村まで

やって来ると言う。恐がりのセイに深いヘドロの森は抜けられるの
かしら。そう思ってセイのあとを追い、一緒に都市を抜け出したの。
 道先から吹き抜ける爽やかな風に、潮の香りが混じり始める。足
早に進むと眼前に海が広がってきた。駆け寄った砂浜は日差しの照
り返しで眩しい。ゆっくりあけた私の視界の中で、二人は出会った。

5章 それぞれの世界

 二人は、しゃべろうとしては言葉を飲み込み、長い沈黙が続いた。

 キ ミ ハ、 ダ レ ?
 私は鳥。セイからはクーニオと呼ばれ、ミチオからはナギと呼ば
れている。二人に別々の名前を付けられたけど私はどちらも気に入
っているの。夜は安全なミチオの部屋で眠り、昼間はミチオと一緒
にご飯を食べる。だって、外は雨も降るし敵にも襲われる、内は窮
屈だし食べ物もおいしくないんだもの。都市に住むセイと都市の外

に住むミチオの間を私はいつも気ままに行き来している。だから二
人の事も良く知っているわ。セイは、いつも不安になるとガーゼの
ハンカチを握りしめる事や、紙飛行機を飛ばしながら外の世界を空
想している事。ミチオは、いつもいらいらすると爪を噛む事や、夕
暮れ時の浜辺から都市の明かりをうらやましそうに見ている事。
 しばらくすると二人の険しい顔は消え、いろんな事を話し始めた。
友だちや家族の事、セイはここまで来る道で感じた事やミチオは今
までの旅の話し。それから二人は海で泳ぎ木の実を採り、いっぱい
遊んだの。そして、また手紙を書くよと約束して、二人は別れた。

 ミチオが貸してくれたカンムリワシの背中から、私とセイは昨日
歩いた森を空から眺めていた。都市を脱出したのが昨日だなんて嘘
みたい。横でセイは怖そうに怯えていたけど、でも私は気付いたの。
セイがハンカチを握っていないことに。

10『かげふみ』◆米川千夏さん

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【アリストテレス賞:大賞】
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米川千夏さん◆21[破]見仏ゼフィルス教室
原作:男はつらいよ「寅次郎忘れな草」


『かげふみ』

 

 かごめかごめ

 男が目を開けると、いつもの昼下がりの公園の風景が広がってい
た。冬支度で太った雀たちがジャングルジムを占領し、乗り捨てら
れたブランコがかすかにゆれている。男は体を起こしてベンチに座
り、ポケットからシケモクを取り出してライターで火をつけた。そ

ろそろ4丁目のメシが出る時間だ。男は立ちあがって歩き出した。
 ポリバケツを開けた男の目に、鶏の丸焼きが飛び込んできた。こ
んな大物は久しぶりだ。手を伸ばして取り出そうとしたときだった。
「よう、ナベさん。その顔、今日は当たりだろ」
顔を上げると、となりの公園の3人組のにやけ顔があった。男はニ
ッと笑うと鶏の足を1本ちぎって残りを3人に渡した。
 川沿いの道を歩きながら鶏の足を齧っていると、猫が足早に近付
いてきて男の脛にまとわりついた。鶏肉をちぎって落とすと、猫は
せっかくの食糧を逃すまいと地面に落ちた瞬間に齧りつき、必死に

飲み込んだ。男はフェンス越しに川を見下ろした。4羽の鴨が小さ
な円を描きながら幅の狭い川面で泳いでいる。親子のようだ。
 ふと視線を感じて横を向くと、少女が立っていた。年のころは5、
6歳だろうか、10メートルほど先から男と猫を興味深げに見ている。
男がにやりと笑いかけると、少女は驚いた表情で走り去ってしまっ
た。そのとき、男は胸の奥から木の葉がざわめく音を聞いた。風の
強い日、凧あげをした記憶。横には娘がいたはずだ。ちょうどあの
少女くらいの年齢だった。そういえば娘はもう何歳になったのだろ
う。川面で旋回する鴨の親子を、男はしばらく眺めていた。

 たこあげ

 散歩の足を止めて、黒い大型犬と老女が土手から河川敷を見てい
る。その視線の先には広場で凧糸を巻く男の姿があった。川には風
がつくったさざ波がきらめいている。短い紐をつないだ結び目だら
けの凧糸を握り、木の枝とリサイクル紙でできた凧を背負い、男は
走った。凧糸は手元の段ボールの切れ端からぎくしゃくとほぐれな
がら、空へと伸びる。風に乗って舞い上がった凧はすぐに小さくな

った。凧糸の巻きがなくなり糸を引くと、上空で結び目がひとつは
らりとほどけ、凧は回転して川に落ちた。その行く末を見届けた老
女は犬のロープを引いて散歩の続きに戻った。男は泣いていた。幼
い娘の悲しげな顔が、浮かんでは消えた。風に乗って、生臭い川の
匂いが広場に漂った。男は残った凧糸を巻いて川に投げた。
 塾にいく途中、少女はおそるおそる公園に足を踏み入れた。数日
前、川沿いの道で会った猫を見かけたからだ。猫は公園をななめに
横切ってベンチのほうへ向かった。そして、ベンチで寝ている男の
腹の前に陣取り、眠そうに目を細めた。男が目を開けると少女が立

っているのが見えた。川沿いの少女だ。男がにやりと笑いかけると、
少女はおそるおそる、にこりと笑った。
 ブランコ、ジャングルジム、すべり台。ひと通りの遊具で遊び終
えると、ふたりは砂場の淵に座った。そのころにはすっかり打ち解
けていた。少女の肩にかかったバッグには数冊の薄い本が入ってい
る。男の視線に気付いた少女はバッグを開いて中の本を取り出した。
「これはね、英語の塾の。これは理科教室。これがピアノ。」
薄いテキストのすべてに「カナ」と名前が書いてある。少女は見る
でもなく英語のテキストをパラパラとめくると、ふっと手を止め、

ぼんやり宙を見た。うつろな表情には複雑な何かがにじんでいた。
男の耳には木の葉が風にざわめく音が聞こえていた。

 かくれんぼ

 翌日も少女は公園に遊びにきた。遊具でひと通り遊んだ後、ふた
りはかくれんぼをすることにした。じゃんけんで負けた少女は、公
園の真ん中に立つイチョウの木に腕と顔を押しつけて、数を数える。
男は公園の入口から一番遠くに立つシイの木に登った。ここだと枝

の陰からオニである少女の動きを見ることができる。
「じゅうはち、じゅうく、にじゅう。もういいかい」
「もういいよ」男は居場所をごまかすように、顔を横に向けて声を
出した。男の声を聞いた少女は木から顔を放してくるりと体の向き
を変えると、好奇心いっぱいの表情で走り出し、木陰やベンチの下
を覗いた。しかし、どこを探しても男をみつけることができない。
「どこー?どーこー?」叫ぶ少女。今にも泣きだしそうだ。
男は黙って木の上からその様子を見ていた。少女がしゃがみこんで
動かなくなったので、男は木から降りて少女の前に行った。少女は

男に気付いて立ちあがると両腕で男を叩いた。怒りの目から涙がこ
ぼれて地面に落ちた。男はされるがままだ。ひとしきり叩いて手を
止めた少女は、今度は男の左腕を掴んで全身で引っ張りはじめた。
「ねえ、家にきてー。ねーえー」
男は少女の思いに驚き、戸惑いの表情を見せた。少女が引っ張って
も、男はそこから動かない。少女は動こうとしない男の顔を睨むと
手を放して背を向け、スタスタ歩いて公園から出て行った。

 はないちもんめ

 男は住宅街を歩いていた。会って何を話したいのか分からないま
ま、少女の家を探した。男は足を止めると小さな庭を覗きこんだ。
そこに少女のバッグが落ちていたからだ。2坪ほどの庭にはバッグ
の他に薄いテキストが数冊、土の上に散らばっていた。物干し竿に
はハンガーにかかった少女と母親のブラウスが風にゆれている。
「ママがどんだけ苦労してあんたを育ててると思ってるのよ」
家の中から叫び声がした。少女の泣き声がする。男は生垣の脇から
庭に入るとバッグを拾い上げて土をはらった。そしてテキストを1

冊ずつ拾ってバッグに入れると、庭に面したガラス戸をノックした。
 庭に立っている男の風貌を見て少女の母親はギョッとした。母親
の様子を見て少女は外を見た。
「ナベさんおじさん」
少女はガラス戸に駆け寄り、戸を開けて外に出た。男はバッグを少
女の前に差し出した。少女は首を横に振って受け取ろうとしない。
「なにかご用ですか。カナ、この方はどなた」母親が言った。
「ナベさんおじさん」少女が答えた。
何も答えない男にしびれを切らせて、母親が口を開きかけたとき、

「あんたはこの子を見ていない。もっと見ろ」と男が言った。
「どういうことですか」と母親が質問した。
「この子はあんたのおもちゃじゃないんだ」
そう言うと、男は母親から視線を外し、少女の前にバッグを差し出
した。今度はバッグを受け取り、少女は男の顔を見上げた。男は少
女の頭にポンと手を乗せてから振り向いて生垣の脇から出て行った。

 かげふみ

 男は煙草を地面に落とすと、ベンチに座ったまま右足で踏んで火
を消した。そして左手でとなりに座っている猫の頭をなでた。猫は
目を細めて首を伸ばした。男はゆっくり立ちあがると大きなリュッ
クを担ぎ、段ボールを2箱積んだカートを引いて、公園を出て行っ
た。猫はベンチの上に座ったまま男の後ろ姿を黙って見送った。
 少女が公園に駆け込んできた。そして、公園の住人がいなくなっ
たことに少女はすぐ気付いた。ベンチの前まで行くと、いつもの特
等席に猫が座っていた。いつも男の腹に寄りかかっていた猫の脇腹
を少女はなでた。猫は少女の顔を見上げると、ニャアと鳴いた。

 

09『沈黙と剣』◆講評と受賞者の声◆

◆講評◆———————————————-

 アリスが迷子になったのは、世界(モデル)が疲弊したせいだということ
を対岸から高らかに告げる、真っ向勝負の力作。沈黙と暗黒、名と差別(祈
祷)、剣と希望など、東西の歴史に隠された秘密を渾身でこじ開けながら、
無名の「汝」が万象を司る「御身」へと旅を重ねます。
 舞台は情報のすべてに生命が通い、名のそれぞれが実を担っていた草原。

男女の顔を持つ双頭蛇身の中国古代創世神が黒白の陰陽対極図へと進化した
こと、錆びた剣の原型は北欧、ケルト、日本列島に点在するなど、思い当た
る節や小骨が多いほど、この作品は楽しめるかもしれません。しかし、もっ
と大切なのは、こうした世界への作者の傾倒、そして神話や伝説がブランド
品同様に売買される21世紀への落胆が、語りに相応しい擬古文体を掘り当て
させたことにほかなりません。ときに生硬とも感じられる(誤字・送り仮名
違いや語尾の重複、約モノの扱いはさらに要注意です)文章の迫真が、読者
を冒頭から異世界へ攫う辛口ファンタジーを支えきりました。
 畸形を恐れずキリスト誕生以前の西洋と東洋を混淆させた粟国さんの豪腕、

勧善懲悪とは似て非なる、光と闇の英雄闘争を描ききった清涼な読後感で、
3000字にはいささか重い内容が、古よりずしりと相伝されました。相移即入
による融通無礙の境地すら垣間見せてくれるキマイラの咆哮妙なるを讃え、
選評委員一同よりアリス賞:大賞を進呈いたします

講評=師範:大音美弥子

◆受賞者の声◆—————————————-

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 粟国嘉隆さん
 19[破]将門扇子教室
 ○展示プランナー


たゆたう汝の見る夢は

 「ねえねえ、ばばさま。また、あのお話を聞かせて」
 草原を移ろう邑に、ようやく薄暮が降りそそぐ頃、ひときわ大きな天蓋から

子どもらの声が聞こえてくる。目を細めた老婆は、体いっぱいに歩く幼な子の
手をとって、子どもらの輪に入ると、自らの膝を小さな玉座にしつらえた。勢
いよく座った幼な君が老婆を見上げて笑みを咲かせると、それが合図か、刻ま
れた皺が物語を奏ではじめる。

 「これはまだ、この世に生をなす前の、名もなき赤子の物語
  空射す海のゆりかごに、赤子の夢をつむぐは誰そ
  果てなき時より、汝にその名をもたらすのは誰そ」

 草原の空は、星々の蒼墨に染まってゆく。

 そして物語は、決まってこの言葉からはじまるのだった。

——————————————————————–

 物語編集の稽古の頃、私たち夫婦に、はじめての子どもが生まれようとして
いました。実は妻のお腹にいた子が、名を持たない主人公のイメージを与えて
くれたのでした。
 しかし翻案、特にワールドモデルには苦心しました。自分でもおぼろげな異
世界を果たして表現していけるのか、とても悩みました。結局「書きたい物語
を書く」その素直な想いに帰ることで迷いを断ち切りました。一度は架空の世

界を舞台に物語を書きたいという、憧れにも似た気持ちで臨んだ翻案だけに、
受賞は大変うれしいものでした。
 稽古では「内面を描く」という指南が心で響き続けます。書き進めるごとに
その意味深さに気づかされ「名無し」と「黙する者」との闘争を描くころ、よ
うやく腑に落ちていきました。さらに物語を書く土壌を涵養してくれたのが師
範代と他の学衆さんとの指南の様子。いわば「見取り稽古」です。ともに学ぶ
仲間がいたからこそつむぎえた物語。師範代と教室の皆さんにお礼を申し上げ
ます。
 はじめは生まれる子どものためにと童話を目指したものの、翻案し、語りを

決めるうちにずいぶん目線が上がってしまいました。それでも父親として書い
たはじめての物語です。いつか語り聞かせてみたいと思います。

09『沈黙と剣』◆粟国嘉隆さん

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【アリス賞:大賞】
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粟国嘉隆さん◆19[破]将門扇子教室
原作:スター・ウォーズ「エピソード4」

『沈黙と剣』

 
1.名もなき汝の宿命は

 一つの礫が蒼い漆黒を舞う。黒狼を思わせる鬣から地面に落ちた
礫は、込めた憎しみに似つかぬ軽妙な韻を踏む。鬣の主に名はなか
った。何故の問いに答えもなかった。この世で己が名のない者は生
きてはゆけぬ。生きれば不吉な徴とされた。「名無し」もまた、親
のない淫らな児よ、罪人の児よと蔑まされ、20年を生きてきた。嘲

りと謗りを礫に変えたのは、邑を襲った暗黒の瘴気。邑人は次々に
声を失った。ただ一人「名無し」を除いて。それみよ、呪いに罹ら
ぬは元凶の証よ。謗れなければ石を持て。いつしか飛び交う無数の
礫が頬に一筋、傷をつける。「名無し」は怨むそぶりもなく、邑を
旅立った。半ば慣れた虐げよりも、なぜか今は黒い瘴気が心を乱す。
これを晴らせる手立てを知れば、かの憎しみも和らぐかも知れぬ。
  それから「名無し」は7日の間に3つの邑を巡った。声を失くし
た人々は、いずれ気力を失い、生ける亡者と化していた。黒い瘴気

は各地に広がりつつあったが、除く手立ては誰も知らなかった。
  「焦り過ぎたか」9日目の夜、森を往くその先に野獣が群れ成す
気配を感じて「名無し」は後悔した。次の邑は思いのほか遠かった。
腰の小刀は夜目の利く野獣に何の役に立とうか。突如闇に響く声。
「大丈夫かああ?」すうっと、獣の気配は潮のように引いていった

2.汝の身に徒なすものは

 「丸腰で夜を急ぐたあ。どうだ、剣の一つも身につけちゃあ」助

けに入った一団は、邑を経巡る隊商らしかった。瘴気に混乱する時
勢で随分稼いだという。「助かります。一振り見立ててもえらえま
すか」爆ぜる炎の粒子が、煌く蛍となって野営の夜空に舞い上がる。
「おうよ、まかせろ。ところで坊主、名はなんとな?」気軽な問い
には不釣合いな長い沈黙。「お前・・・まさか」親しき灯火は消え、
始まるひそひそ話。まただ、何処に行っても「名無し」は不吉。結
局、選ばれた一振りは錆びた剣だった。仕方なく求めた剣を抱え、
眠りについたその晩のもてなしは、意識を失うまで繰り返される殴
打だった。翌朝「名無し」は彼らの商い物になった。

  「錆びた剣」を背に後ろ手に縛られた「名無し」は奴隷として売
られることを知った。確かに奴隷に名は入らぬ。邑を目指す間に何
も口にできぬ「名無し」の気力は尽きかけていた。人のために瘴気
を晴らすなど、自惚れていたのだ。我は何もできぬ「名無し」。あ
るいは奴隷こそふさわしい身か。身より先に心が堕ちかけたその時、
隊商の行列に再び野獣の群れが。応戦する男たち。「奴隷どころか、
野獣の餌か」もはや生きることすら許されぬなら、それもよい。風
を裂いて「名無し」に迫る野獣の牙はしかし、縛めの縄を噛み切る

のみ。崩れる「名無し」を細い手が支える。「もう、大丈夫」男た
ちの怒号と獣の咆哮の中、奈落から呼び戻すのは少女の声だった


3.汝の道を示すものは

 「瞬く空」。「名無し」の名がないことに驚かなかった少女の名。
あれからしばらく2人は旅を続けている。「精霊の力を借りたの」
森の野獣を群れごと操る、草原の邑の巫見習い。盗まれた「錆びた

剣」を追って隊商から取り戻す機会を窺っていたという。「白布に
包んで大事そうに持っていたのがいけなかったのね。ねえ、どうし
て旅を?」名無しが語る顛末に、少女の目が何かを確信した。「そ
の剣はあなたが持って。そして、一緒に来てほしい」
  山岳地帯に広がる何もない大草原。一番星が輝く夕暮れ、「瞬く
空」が篝火をくるりと回すと、彼方に浮かぶ炎たち。移ろう邑が姿
を現す。天蓋が幾多にも広がる大集落を抜け、族長に導かれた2人
は巨大な天蓋に入る。長い白髪を束ねた老婆が1人。「錆びた剣」

を手にした黒い鬣の「名無し」を眺め、満足そうに「瞬く空」を見
る。「見事大役を果たしたのう。ばばはうれしいぞ」少女はにっこ
り笑う。「暗黒の瘴気を祓うすべを求めているとか。それには西に
棲む「黙する者」を倒さねばなりませぬ。瘴気の元凶でございます
れば。御身一人が瘴気に犯されぬは、偏に名のないゆえ。名なしは
彼方と此方の境にいる者。いかなる呪いも手出しができませぬ」老
婆は「名無し」の手を取って告げる。「おそらく「黙する者」の出
現を予見した誰かが御身に名を授けなかったのでしょう」意味があ
ったというのか、己が名無しでいることに!「信じます、もう一度、

自分自身を。」「その剣は持って往かれよ、御身の役に立ちましょ
う」「瞬く空」を振り返る。その笑顔から彼女もついていくことは
明らかだ。「ゆめゆめ疑ってはなりませぬ。御身と剣の力を!」


4.汝、錆たる剣を持つものは

 薄暗い空を蹄の音が鳴り響く。邑を出て2日、山脈の西、高くそ
びえる岩壁の前にいた。「瞬く空」が風の精霊に囁きかけると、瘴
気で隠された不気味な城砦が姿を現わす。崩れた石像や朽ちた石門

を巡って上を目指す2人。頂上、巨大な木々の根がはびこる球形広
場にたどり着いた2人の心に声なき声がこだまする。「名を持たぬ
者よ。歓迎するぞ。沈黙は何者をも拒まぬゆえ」男の声がする広場
の中央に漆黒の頭巾と外套を纏った白面の人物がいる。「『黙する
者』か?」「汝らはそう呼ぶらしいな。さて『名無し』よ。此度は
何ゆえ訪れた。我に与するためか?」今度は妖艶な女性の声が笑う。
「よもや人を助けようとは思うてまいな。人は些細なことで憎しみ、
嘲り、虐げる。」男女の声が交互に響く。「果ては欲に溺れて己が
地を汚し、殺し合う。」粘る闇で心を窒息させるように、声なき声

は語り続ける。瘴気の呪いはきっかけにすぎぬ、賢い汝は気づいて
おろう。呪いはなくとも人の心はすでに歪んでおる。「黙する者」
は「名無し」の心を見透かし、甘い勝利を味わうように高らかに宣
言する。「人の醜さ、汝の身に刻み込まれているではないか?」
  「瞬く空」の細い手が「名無し」の手を握る。「たとえそうだと
しても、信じる人を守り抜く。」静かに口にして「名無し」は判っ
た。人の醜さばかりに執着する「黙する者」こそ、かつての弱い自
分だと。同時に「錆びた剣」が息を吹き返すように脈動を始める。

  「ならばすべてを沈黙へと委ねよ。その剣もろともに!」男女の
声が怒りを重ねると、黒い外套を裂いて2つの首をもつ凶悪な巨竜
が姿を現した。黒白の首を地面に撃ちつけ、地響きに2人がひるむ
と、醜くゆがんだ体を鞭のようにくねらし「瞬く空」を虜にする。
  手の中の剣は厳かに錆たる衣を脱ぎはじめ、あらわになった刀身
からは淡い光が溢れ出す。苦しむ「瞬く空」に向かって走る「名無
し」。巨竜の口が繰り出す火球を剣で押し返す。その業火によって
ついに真の姿を取り戻した剣。輝きが極まる。迫る巨大な2つの顎

で、頬に一筋の傷を受けながらも「名無し」は踏み込み、輝く剣で
大きくなぎ祓うと、一瞬の閃光と声なき雄叫びが空気を震わせた。
  静まりかえると、そこには「瞬く空」と黒白の璧。崩れた壁の隙
間から射す陽光のなか、彼はそっと細い手を取り、抱き起こす。


5.調和をもたらす御身の名は

 天蓋を出て、空を仰ぐ草原の邑の族長と老婆。草原の空は瞬くよ
うに晴れ渡っていく。「若き英雄を「名無し」と呼ぶのは気がひけ

ますなあ。」困り顔の族長に、幼子を諭すように老婆が語る。「あ
の剣を持つ者の名は、遥けき昔より一つじゃ。」双頭竜を柄に戴く
剣の名。自然に調和をもたらす王の名でもあるその名は・・・。

 「……森羅」。柔らかな光の手を掴み、そう「瞬く空」は呟いた。

 

08『WHAT A WONDERFUL WORLD(この素晴らしき世界)』◆講評と受賞者の声◆

◆講評◆———————————————-

 物語が「未知の記憶」を辿るものだとすれば、その記憶は何らかのトポス
(場)の情報とともにストレージされているはずです。その「場」の情報を
物語世界に、具体性をもって顕在化させる作業がワールドモデルの設定にあ
たります。井ノ上さんが描いた世界は1960年代のニューヨーク。その時代性
を分母に、ニューヨークの音楽シーンというトポスを分子に置いて組み上げ

られたワールドモデルが、読者を物語世界に導き入れる入口として、説得力
をもって機能しています。しかもその「場」ならではのヒリヒリするような
空気感を、物語のコトバで的確に表現されたところが見事でした。
 コンサートホールや店の名前などの固有名詞や、マリファナなどのアイテ
ムが記号的な意味を発生させ、物語展開の分節点を作っている点も見逃せま
せん。書き手によって提供される「知」が、物語のエンジンを駆動させる物
語素として機能しているところが、テレス賞としての評価のポイントです。
 あえて難をいえば、この作品におけるエイリアン性を担うべきスタンリー
の存在感が希薄なために、原作のエイリアンが世界にもたらす言いようのな

い不安感が表現しきれていない点が惜しまれます。とはいえ、特定の時代の
「負」のメッセージを、実在する街を舞台に語りきった物語は、テレス大賞
に相応しい秀作に仕上がっています

講評=番匠:田中俊明

◆受賞者の声◆—————————————-

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 井ノ上裕二さん
 18[破]はじはじアトラクタ教室
 ○メーカー勤務


物語の必然・必然の物語

 当初は物語の設定が定まらず、師範代にも心配をおかけしました。落ち着い
て考え直すと私が好きなジャズの世界に辿り着き、そうなると舞台は名演が繰

り広げられた1964年のニューヨークで、主人公のモデルはマイルス・デイビス
という風に、物語が必然性を伴って動きだし始めました。千夜千冊にも取り上
げられている『マイルス・デイビス自叙伝』を読み返すと、人種差別、ドラッ
グ、戦争、アートシーンの変化といった、この時代と場所を彩る出来事が輪郭
を伴って浮かび上がってきました。また、主人公のしわがれた口調や、人種差
別や評論家に対する怒りを表現するためには、乾いた文体が必要となりました。

 順調な執筆の滑り出しでしたがエンディングでつまずき、「大団円」から
「感動の舞台の破壊」へと、方向性を大きく変更しました。絶えず見守って下

さった師範代からは「結末での主人公の行動の意図が分かりづらい」とのコメ
ントがありましたが、自分でも説明できませんでした。今読み返すと、「美」
ではなく「憐みの物語」を障害を背負った者に見出し、かつ消費をする観客に、
主人公は一矢報いたのだと思います。この意味では、主人公にとっての真の
「エイリアン」とは欲望に溢れ、そして無責任な観客だったのかもしれません。

 連想を駆使してさまざまな出来事をつなぎ合わせ、自分の中に刻まれている
世界観とかけ合わせること、これが私の物語編集でした。アイロニカルな各章
のタイトルは、ジャズの名曲の名前から選び出しました。執筆中に主人公の怒

りや狂気に直面し、その重みに耐えきれなくなってひねりを加えてしまいまし
たが、そのような姿勢でよかったのか、今では疑問も残っています。

 余談ですが、脱稿の数時間後に、私の長男が産まれました。かけがえのない
生命が同日に誕生したような、そんな一日でした。

08『WHAT A WONDERFUL WORLD(この素晴らしき世界)』◆井ノ上裕二さん

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【テレス賞:大賞】
—————————————————————-
井ノ上裕二さん◆20[破]はじはじアトラクタ教室
原作:「エイリアン1」

『WHAT A WONDERFUL WORLD(この素晴らしき世界)』

 
〜〜〜MY FAVORITE THINGS(私のお気に入り)〜〜〜

 コニャックと、マリファナの臭いが充満している室内。地下牢の
ような暗さの中で、飛び回る蝿の動きを、大きな眼が追っている。
昨日、ケーキとヤクを共に楽しんだ女は姿を消していた。溶けた生
クリームに、ゴキブリが集っていた。
 オレは、分厚いカーテンの隙間からハドソン川を見下ろした。年

収が40万ドルを超えた年に、ユダヤ人が所有していた77丁目の、
この瀟洒なビルを購入した。多くの友人が去った後でもニューヨー
クは、オレにとって憧れそのものだった。
 電話のベルが鳴った。古くからの知人であり、プロモーター兼プ
ロデューサーのラルフからだった。「やあ、セシル、機嫌はどうだ
い?」。「イイワケナイダロ、クソッタレ!」。朦朧とした頭で、
オレは呟いた。ビジネスで成功してからというもの、ラルフは金持
ちの白人のような言葉を使い始め、それが耳障りだった。
 ラルフは一方的にしゃべり続けた。「来月、生活改善運動のチャ

リティーコンサートを開くんだけどね、トリをやってくれ。サック
スのプレーヤーは、こっちで選んでおくよ。詳しいことは、明日、
夕方5時に、スタジオでな」。そう言って、ラルフは電話を切った。
 あの、反戦、反人種差別、反ドラッグ運動か…。「ヒップじゃな
い」。オレは直感的に思った。しかし、カーネギーホールでの演奏
は魅力的でもあった。暫し考えたが面倒になり、ヘロインと注射器
を求めて、ベッドの中から腕を泳がせた

〜〜〜SO WHAT?(それで?)〜〜〜

 スタジオに入ると、ドラムのジミーが、駆け寄ってきた。オレは、
ビートの塊のような、小さな天才を愛していた。控えめなベースの
ボビーが、小さな声で挨拶をした。「唇はまだ痛むかい?」。才気
に溢れているピアノのアダムが、如才なく気遣ってくれた。オレ
は、このバンドのメンバーが大好きだった。
 下痢の垂れ流しのようなサックスの音が聴こえた。スタジオの奥
で、手が生えた黒い芋虫のような男が吹いていた。「スタンリー・

ハーマン…」。オレは頭を抱えた。噂では聞いていたし演奏もラジ
オで聴いたことがあったが、目にするのは初めてだった。鼻からの
出血が始まった。嫌なものを見聞きすると、こうなる。奴は、戦場
で両足を失い、「車椅子の黒人スター」と呼ばれていた。しかし、
想像力とメロディを真髄とするオレには、生理的に受け付ない音だ。
ラルフの愛想笑いが目に入った。「何がお前の禿頭に入ってるのだ
?」。ラルフに吐き捨て、オレはスタジオから出て行った。
 ドラッグの悪寒を演奏で鎮めようとして、2週間ぶりにスタジオ

に足を踏み入れた。そこでは、バンドのメンバーたちとスタンリー
が、セッションを繰り広げていた。オレは目を見開いた。その音は、
全く「クールじゃなかった」。「止めろっ、このゴミが!」。憤怒
と鼻血が溢れ出した。「出て行けっ、でないと今度は腕を失うぞ!」
とオレはスタンリーに怒鳴った。途端にスタンリーは、白痴的な表
情となり、震えながら発作を起こした。ジミーが、オレを睨み、
ボビーは下を向いたままだった。沈黙の後、アダムが静かに口を開
いた。「セシル、おれはスタンリーを認めるよ。黒人社会のために
もね」。何てことだ。オレはドアを蹴飛ばして外に出た。奴らを呪

いたかった。涙が溢れ出してきた。
 ハーレム125番街のアポロシアター界隈は、どしゃ降りの雨だっ
た。コンサートまで一週間だったが、お構いなくトリップしてハッ
ピーだった。女友達と、路上でタップダンスを踊った。周囲の黒人
たちがはやし立てた。女友達のヒップの動きはゴージャスだった。
社会運動としての音楽?クソッタレだ…。ただ、黒人としての猥雑
さに浸りたかった。一服しようとマッチを擦った時、一枚のポスタ
ーが目に入った。オレは凍りついた。オレは、ゆっくりとポスター

を引きちぎってからタクシーを拾い、一人で乗り込んだ


〜〜〜GUESS WHAT I SAW TODAY(今日私が見たものは?)〜〜〜

 案の定、アダムは7番街の「ヴィレッジ・ヴァンガード」の閉店
後に、一人でピアノを弾いていた。アダムはずぶ濡れのオレに戸惑
ったようだが、手元のポスターを見つけた後、かぶりを振ってから、
覚悟を決めた表情になった。

 「あなたの時代は終わったんだよ、セシル。今度のコンサートで
ね、ソロパートが終わった後に、あなたは舞台で逮捕される予定な
んだ。すべてはラルフの計算だよ。あなたの演奏は、最近ひどく荒
れていたしね。逮捕から逃げることは可能さ。いずれにせよ、スタ
ンリーが次のスターになるってことだ」。手から、ポスターがすべ
り落ちた。ポスターは、画才もあるアダムによって描かれていた。
聖人めかしたスタンリーに、両手に手錠をかけられ跪く醜悪なセシ
ル、という構図だった。アダムは言った。「次の音楽を、スタンリ
ーと創りたい」。オレは足元を見つめた。「分かってたさ、終わり

が近いのは…。でも、オレのラストステージは、オレが決める…」


〜〜〜NOW’S THE TIME(今が時だ)〜〜〜

 7番街のカーネギーホールは、盛装をした紳士淑女で溢れていた。
コカインによる寝不足と、二日酔いが重なっていた。トランペット
の練習で唇が割れていたし、目つきは殺気に満ちていたのだろう、
スタンリーとアダム以外のメンバーは眉をひそめた。アダムの態度

は普段と変わらず、スタンリーはオレを一瞥したのみだった。
 演奏は、スタンリーのソロから始まった。聴衆達は神父の説教で
も聞くように、神妙だった。戦争で片輪やPDSDになった人間への哀
れみの物語を奴に見い出し、こんな汚い音に酔っている。まるでド
ラッグだ。みんな、白人の評論家どもに、利用されているんだ。ス
タンリーもアダムも、それで良しとしているのか?分かっているの
か?このセシル・ブラウンは、そんなことは許せない。
 聴衆の拍手の後、オレのソロに移った。演奏をしながら、ニュー
ヨークに来た20年前を思い出した。ああ、バードとディズ。彼らの

前では、オレは小僧だった。「ビ・バップ」のムーブメントに間に
合った。10年前は、「ハード・バップの旗手」なんて呼ばれたな。
そう、オレが時代を作り上げたのだ。それにしても、麻薬でみん
な逝ったな。バード、ファッツ、トレーン…。
 バンドの演奏は、熱を帯びた。顔が、汗と鼻血にまみれ始めた。
カンの良いジミーのドラムが速くなってきた。ボビーも歯を食いし
ばりながらついてきている。アダムが、驚きの表情を見せた。どん
どんアップテンポになったが、一つも狂わない。ホールの天井をぶ

っ飛ばすような勢いだ。
 横で聴いていたスタンリーが、引き攣った表情をしながら椅子か
ら倒れ、舞台上で震えた。サックスがスタンリーの手から離れた。
スタンリーは這いずってサックスを手にしたが、マウスピースを咥
える前に嘔吐し、泣きながら何やら叫んだ。見苦しいぞ、スタンリ
ー。ミュージシャンだったら音以外でパフォーマンスをするな…。


〜〜SOFTLY AS IN A MORNING SUNRISE(朝日のごとくさわやかに)〜〜

 エンディングを迎え、曲が終わった。会場が揺れるほどの拍手が
沸き起こった。音楽の夢から醒めた後は、別な夢の世界へ逃げたか
った。オレは、隠し持ったヘロインを注射した。会場のどよめきが、
小波のように聞こえた。霞んだ視界の周縁から、紺色の制服を着た
白人警察官たちの姿が見えた。

07『か け ら の か た り』◆講評と受賞者の声◆

◆講評◆———————————————-

 顕微鏡の穴の向こうに、まるで夜空が反転したかのような星神たちの世界
があったとは! 極小の宇宙の先は地球を包む空の裏なのか! このアイン
シュタインもかなわない、まったく新しい時空が、編集稽古から生まれ出た
ことを嬉しく思います。

 翻案の引き金となったのは、原作が持つ、異界への無意識の侵犯がつくり
出した仮の敵との相互陥入関係の発見でした。そしてその対構造を、星空を
汚すことで心の光を失った人々と、デーモンと見誤られる星神たちの関係へ
と見事に読み替えました。デーモンに転写した「偽神の虚像性」や、博士の
顕微鏡へと引き継いだ「創生セットの機能」がうまく回転扉になりましたね。
また、さらなる編集を起爆させたのは、自然を照らし出す光≒七色の星の光、
星のかけら≒星の子供≒ダイヤモンド……とめぐらされた連想でした。星や
ダイヤが放つ光を神秘の光と見立てたことが奏功したのでしょう。人間の心

と自然界が互いに関係しあう姿がメッセージ性を持って立ち上がります。
 しかし、この物語を飛び切り新感覚にしたのは、「まっ暗さにキュっと脈
が変わった」「川のような笑い」「夜空に星が眼いっぱい」といった、この
世界が創出した独特の言葉で語りきったことかもしれません。詩情きらめく
モダリティを讃え、「アリス賞:大賞」を贈ります

講評=師範:野嶋真帆

◆受賞者の声◆—————————————-

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  渡辺奈穂子さん

 18[破]六光海舟教室
 ○jewelry designer/craftsman

dear あの時 いまの時

 チコチコッ。肘ついて煎餅かじってダブルクリックしてぶったまげた。画面
の名前。変な事が起きている。[守]番匠の兄にとりあえず電話した。 「も、
もしやぁ、あははははははは」全音大笑いをしている彼がいた。時。現実だと
わかった。「うぉぉ おおおお」支えてくれた師範代と教室のみんなありがと
う。そしてISISさん、あなたの受け皿はなんかデカイ。そう思いました。

 ヨッコラショ。選んだDVDを再生した瞬間から、稽古の重さが身体に。身
軽になるにはそこから感じたものを膨らませて飛び立つしかない。「飛ぶ。羽。
ふさふさ」は即決定。だがその前にまずストーリーを理解しなくてはならない。
呑込むのにえらく時間がかかり、仕方なくモゾモゾ噛み砕いてみた。うーまく
なかった。

 シカシ。不慣れな味も師範代のエールによって真剣に向き合えるようになる
と、あちこち散乱したテイストがひとつに修正されていった。癖がなくなり個
性へと変化してゆく。そのタイミング。師範代がパラパラ。絶妙な隠し味を包

み足してくれる。遡って下ごしらえを丁重にせざるえない。
「この繰り返しが美味しい料理となり、物語にスタミナを与えてくれました」
だから主人公と共にエネルギッシュに動く、ズームインズームアウトが実現。
架空だからこそ大きく、小さく、もっと小さくと思いきりあそんでみる事がで
きました。その楽しい呼吸が読み手に感じられたら、嬉しい。

 ヤリトゲテミテ。塩、胡椒、スパイス。「しあがる」という事が実感できた。
あの時に。あの気持ちの色。師範代。教室のみんな。だからできた事がある。
ひと粒の小さなかけらから、二度同じ味が出ないすてきな調味料が、今、手元

にある。

07『か け ら の か た り』◆渡辺奈穂子さん

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【テレス賞:大賞】
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渡辺奈穂子さん◆18[破]六光海舟教室
原作:ドラえもん「のび太の創世日記」

『か け ら の か た り』

 
 プロローグ

 「今日、朝から自分をピッカピカに磨いたんだよ。ボクは小さい
けど結構活躍するんだ。今は箱の中で出番を待ってるんだ。まだか
な〜。そうだ。その間にボクのかたりでも聞いてもらおっ、と」

 ド レ

 今から何十年か遡ったこの辺り、イギリス北部は働き疲れた雇わ
れ工産業者、研究者だらけで町から笑いは消えてしまっていたんだ。
「神は私達を見捨てた。デーモンが町に潜んでいるに違いない!」
険しい顔付で温和な心を無くした人々は、常に煙に覆われたセメン
トグレーの空に向かって叫んでいた。「誰かその悪をやっつけろ!」
ペータはひ弱な少年で大人達の罵声に怯えていた。「なんて恐ろし
い世の中なんだ」。この思いを明かせるのは優しいクラスメイトの
ナセだけ。でも彼女の力にはなれない自分が情けないようだった。

ある日とても悲しい事がペータに起きたんだ。尊敬していた石の研
究をしていた父さんが突然「ペータよ。お星は神秘的なんだ‥。逞
しくなれよ」と言い顕微鏡とフサフサした白い羽を残して死んでし
まうんだ。物静かな父さんが大好きだったからペータは泣き暮らし
ていたさ。そしてやっとの思いで、何やらかけらが挟まっている顕
微鏡を覗くと「うわぁ」今までみた事のない七色の眩しい光に、ペ
ータはすぐに取り憑かれていったんだ


 ミ ファ

 あくる日も、あくる日もまるで父親がのりうつったように、ペー
タは地下の研究室に潜って夢中にかけらを覗き続けた。そこでつい
にだ。見つけてしまうんだ!光の影からオゾマしい数の目玉がバチ
バチクリッ鋭く瞬きをしているのを!「デ、デ、デーモンだぁぁ!」
「眼だくさんのデーモンがいたぞ!ギョロギョロ光の影にいるぞ!」
慌てふためいて町中に知らせるんだけど「あはは、子供のお前に見

つかる程デーモンは馬鹿ではないさ。シッシ」っと追い帰される。
途方にくれて心も体も冷たくなったペータは大事に置いていた羽を
身に纏う。「あれれ?」そう、びっくりさ。ペータは一気に小ぃさ
くなってその羽と腕が混ざり合い、飛べるようになっていたんだ。
驚いたペータはそこからすごい決心をするんだ。「よ〜し。亡き父
さん、ナセ、町の人々の為にも平和を奪う悪をやっつけに僕がいく
ぞぉ!」勇敢に大胆にワッサワッサ。たった直径4cmの黒穴へ、シ
ューと羽ばたき入ってしまうんだ。町から消えたのに気付き、人々
は囁き始めた。「ペータはデーモンに食べられてしまった‥」。そ

の横で静かにナセが涙していた。可哀想にね


 ソ ラ

 目の前の真っ暗さにキュっと脈が変ったのと同時に、ペータは別
世界で懸命に羽を上下に動かしていた。気の遠くなるような道のり。
しばらくすると「ハァハァ」羽の操縦に慣れないペータの息が荒暑
くなってくるんだ。フラフラ気絶しそうになるとポツ、ポツザァー。

「あ?ゴクゴク水色が美味しい!」なんと雨が彼を助けてくれたん
だ。一気に潤い羽先と心がシャンとした。「ごちそうさま」お礼を
口にした途端ピューピュ。「あ?ふぅわりー!」今度は風が口笛吹
いてペータをどんどん前へ飛ばしてくれたんだ。最後には「あ?あ
たたかい輪!」真オレンジの太陽がエネルギーをたっぷり注いでく
れた。そしてついに、自然の力を借りて”最悪”の住処に辿り着く。
「雨風太陽さん本当にありがとう。がんばって僕、戦ってきます!」

 シ ド

 言い切ったペータ。突然ドン、と何かに押されたかのようにバラ
ンスをくずすと、フッと消えてしまう。「いてて」転んだペータは
立ち上がると目の前の光景にびっくり!する。なぜか強烈に大きな
黄色いドームの中にいて、ものすごい数の人が揃いの白いローブ姿
で、あちこちの壁にへばりついていたんだ。しかもよく見ると彼ら
の頭がどことなく大きい。人間のようなそうでないような。

「ペータよ。君を待っていた」。頭後ろのずっしり声に振り向く
と「えっ?」っとさらに驚かされる。ゴシゴシ眼をこすって、また
こすっても、正面にいる銀髪の長い顔。森色の眼。川のような笑い
ジワに、大地の根を思わせる手。なにもかもペータの父さんにそっ
くりなモノが立っていたから。「私は星の神様だ。よく来たね」。
「デーモンはどこですか?僕はここにいるはずの眼だくさんの悪を
やっつけにきたんです。ここはどこで、すごい数の方々は何をして
いてxjiojio。あー何がなんだかわからなくてなってきました‥」
「デーモンだなんてとんでもないッ!」あまりの迫力にペータの肩

が三角に固まったよ。「私達みんな一生懸命力を合わせて人々が安
心して暮らせるよう、夜も寝ず、壁にあるたくさんの星穴から町を
見守り続けてきた。もう何十、何百年とな。しかし人は自分達の欲
だけを満たそうと、空気を汚して自然が泣いているのを無視をした。
あげくの果てに神の存在を否定する始末。戦い、争いとお互いを蛇
のように睨め着けて世をドロドロにしていく身勝手な行動に、遂に
私達も怒り、痛めけようと決めた。しかし地上からSOSの光が送
られてきたのだ。調べるといつか迷子になった星の子供がいるでは
ないか。よく光を読み取ると、地上に最後のチャンスを与えてくだ

さいっと言っていた。ペータという子を送ります。とな」
「え。なぜ僕が送られてきたんですか」
「星の子供を拾った人、つまり君の父さんが大事にしてくれたから
お礼に地上を救うおうと君をここに連れてきたんだ。デーモンなぞ
始めから存在しないのだ。悪い人間の心の中以外には」
「すると僕が見たすごい数の目玉は神様達が、ああして互いに支え
合いながら壁につかまって僕達を守り見ている眼だったんですね」
神達は僕らを見捨てた訳では無く、むしろ見捨てたのは人間だった
んだ。父さんの言うように星は本当に神秘的だった。ペータの心は

いろんな反省と感動でいっぱいになった。
「どうしたら、みんな仲良く暮らせるのでしょうか」その教えをペ
ータは全身に浴びるように聞き入った。

 


 ドレミファソラシド〜

 「誰だ?あの凛々しい青年は?」「眩しい」「神様がいるようだ」
町は大騒ぎ。「ペータだわ!帰って来たわ!」ナセの叫びに人々は
びっくりするが「ペータが神となってお戻りになった」と声があが

ると、みんな一斉に拍手喝采になった。ペータは星神達が今この瞬
間も地上の平和を望んでいる事を伝えた。そして澄んだ空気の夜空
にしか姿を現す事が出来ない星は、悪い心を持つ人間が増えると数
が減り、力が発揮できないという事。傲慢にも人間が自然を祖末に
し、自ら神力までもを弱めてしまっている事も。そして七色の小さ
なかけら、星の子供を手に抱え上げ町全員で「ありがとう」といい
ながら大空に向けて上へ上へと放った。その思いへの返事かバァー
っと辺りが明るくなって、緑が増え、花が咲き、人々に笑顔が戻っ
たんだ。雨風太陽。きれいな空気がよみがえり、夜空に星が眼いっ

ぱいちりばめられ、神達も喜んだんだ。逞しくなったペータは愛す
るナセと結婚して幸せに暮らす。そして人、自然、星にも生命の大
切さと希望を与える伝説の人となったのさ。


 エピローグ

 「ふぅ〜。おっ丁度出番がきたようだ。5、4、後3秒!そした
らこの箱が開いて君はボクを指につけてくれるんだ。なぜかって?
ダイヤモンドは七色にキラキラ輝く星のように美しいだろう?」

06『山躑躅が咲く頃』◆講評と受賞者の声◆

◆講評◆———————————————-

 原作からは想像できない土着的な世界が舞台です。閉ざされた空間の限ら
れた時間という設定が凝縮につながり、ワールドモデルの肌理こまかな想定
に至っています。方言を「図」として浮き立たせ、「地」の暗さを暗示させ
たのは力技でした。それは新緑のなかの山躑躅、新月前の三日月といった配
合の按配にも表れています。ただ、「猿子」の物語上での役割が、その印象

のつよさのわりに見えてこない点と、主人公の忠の闘争が弱い点が惜しまれ
ます。また、和郎が息子の婚姻を阻止しなければならない動機の説明を、タ
ブーの存在まででとどめたのはもったいなかった。この大主題と物語構造と
のせめぎ合いは、もっとあってもよかったのではないでしょうか。
  近親婚のタブーを守るのなら、忠を旅立たせる、或いは外界から他者を入
れるなど、外に向かっての物語的な進展の方法が考えられたことでしょう。
あえて内に閉ざしたのであれば、たとえば、タブーの発生についての推論の
試みや、人間の生死を巡る神々の闘いの物語や、東西に遍在する兄妹婚の神

話を作品世界に重ねるといった大がかりな一手間が必要でした。よりテレス
的な作品の構築につながったことでしょう。その端緒は作中の細部に見られ
るものの、まだ伏せたままで終わっています。しかし、テレス賞自体の大き
な深まりを予感させる作品でした

講評=師範:小池純代

◆受賞者の声◆—————————————-

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 吉村堅樹さん
 20[破]発熱ポンパドゥール教室
 ○keitosha,inc(IT関連企業)代表取締役


トコトンアソベ

 「これ、遊びですからね」
 知文術の「アリスとテレス賞」が終わり、師範代にいわれた言葉が、大き

な転機でした。それは遊びだから適当でいいというのではなく、思いっきり
遊ぶということ。それまでの僕は、稽古に真剣には取り組んでいましたが、
評価や出来を求めるあまりに体が動かなくなっていた。力みがあった。「編
集は遊びから生まれる」ことを忘れていましたね。

 物語編集術の「アリスとテレス賞」では、だから悔いを残さず遊びきろう
とだけ考えた。最初にやったのは、物語編集術を研究すること。『物語編集
術』(ダイヤモンド社)に校長校話、千夜千冊『物語辞典』『千の顔をもつ
英雄』『ハリウッド脚本術』、EDIT64。これらを、熟読&マーキング

した。

 次に、ワールドモデルの設定。安易に日常的な世界を設定することは避け
ようと。そこで思い至ったのが、ドキュメンタリー映画の助監督をやってい
た時に、「嬰児殺し」「間引き」についての取材調査をしていた成果を物語
に活かせないかということ。
 稽古期間に友人と秩父山奥に旅行に行ったときの、初夏の季節の山躑躅の
赤と新緑のコントラストが鮮やかで、この季節とともに物語を書き留めたい
という気持ちも生まれました。そこで人里から隔絶した世界で、タブーとも

いえる近親婚の物語を書くことに決めたのです。書き出しの部分は、旅行時
の山路をバスで登ったときの情景を再現したものです。次はその舞台をマッ
ピング、絵に描いた。

 準備万端、いざ!と書き始めましたが物語は難産。辻褄が合わない、不自
然な場面の続出。それでも「書き出したら後を振り返るな」の一念で、原稿
用紙に向かい、自己嫌悪に陥ろうが、詰まろうが筆を動かし続けた。しかし、
第一稿提出は締切当日の昼前。そこからナレーター変更、突貫工事の推敲作
業。徹夜明けの昼にふらふらで最終回答を出したとき、師範代からの指南は

短く、「最後、絶対こっちのほうがいいと思います」
 この言葉で充実感とともに稽古を終えました。知文術のときに残った宿題
を師範代との二人三脚で終えることができた。今回はとことん遊べたなとい
う気持ちでした。このときの「トコトンアソベ」が今も僕の原点です。

06『山躑躅が咲く頃』◆吉村堅樹さん

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【テレス賞:大賞】
—————————————————————-
吉村堅樹さん◆20[破]発熱ポンパドゥール教室
原作:スター・ウォーズ「エピソード4」

『山躑躅が咲く頃』

 
1.神の村

 体ごと絡めとられるようなくねった道を乗り合いのバスは静かに
登っていく。丁度さしかかったトンネルは中で二つに分かれ、右は
隣県への山越えの道であり、左に行けば神岡である。
 神岡は三十戸からなるニ神神社の神領であり、蕎麦・稗の作物や
生糸を神社に納めることで、大正のいままで何百年も、山の上の孤

島のように他村とは交わらず自足してきた。山の下の者からは揶揄
をこめて『神の村』とも呼ばれていた。
 「宮司さん、そろそろかね」。和郎は、声を掛けてきた楽夫の南
に軽く首肯し、窓の外に目をやった。新緑の中に赤い山躑躅が見え
る。その火花のような花弁の朱が息苦しい感情を掻き立てた。
 虫送りをする三方の辻と呼ばれる三叉路に着いたときには、日は
すっかり傾き、停車場わきの道祖神のところで、桑の葉を荷車に乗
せた二人の若い男が休んでいた。
「忠、明日は婚礼だいね。せいは、嫁ごはけぇったんか」

忠とよばれた男の目には一瞬喜色が浮かんで、すぐ消えた。
 「いや、今日けぇることになっとる」。忠は左足を引き摺りなが
ら荷車を曳き、神岡への道を下っていった。道々、忠は麓の町の夜
祭でせいと己が揶揄われたときのことを思い出していた。
 夕闇が迫っていた。和郎と南は迎えにきた人夫に荷物を持たせ、
神社への登り道を急いだ

2.二神の巫女

 本殿の赤い毛氈の上を案内されているとき、りぃんと鈴の音がし
て、和郎は振り返った。艶やかな黒髪を腰まで垂らした蜉蝣のよう
な少女が物狂おしい目をして、何事か呟きながら立っていた。巫女
の緋袴に下がった白くちいさな巾着に目が留まる。
 猿子。胎児にも見えるお手玉のようなものに、和郎は見覚えがあ
った。この娘がせい。不憫な娘。決して帰してはならない。
 和郎は辻でみた忠のことを考えていた。村のオクミアイの長から
話を聞くだろう。村の者は宮司には逆らえん。これでいいのだと


3.鈴の音

 鈴? いま確かに鈴が鳴ったように思えた。
 長旅の疲れからか和郎は眠ってしまっていたようである。仰ぎみ
ると新月前の三日月がもう真上にきていた。神香月。神岡ではそう
呼ぶ。神楽殿の奥に留め置いたせいはどうしているか。本殿の廊下
を渡り十数歩。引き戸を音もなく開けた。

 せいがいない。まさか……忠。婆が来させたか。
「南、起きろ、起きろ」。神岡へ行かねばならない


4.あばら家の再会

 見慣れたはずの戸口の前に立つと、苦い記憶で、和郎の手は動か
なかった。南が無造作に戸をひくと、左足を土間に投げ出したまま、
忠は正面を見据えていた。野良着を着た忠の背中に胸をおしつけ、

左手の指を床で重ねているせいは顔を隠し、ただ怯えているようで
あった。引き離されるときに、せいは、あぁと声ともつかぬ声をだ
し、忠は和郎を睨みつけ声を荒らげた。
 「なんでだんべい!」「認めるわけにいかん」
忠は和郎を謂れのない罰を与える神のようにみた。
 「せいは神さんが決めたおらのよめごだいね」
 「おまえとせいは兄と妹、しかも双子の…。こんなことはもうや
めんといかん。忠、お前のその足と、せいをみてもわからんのかい」

  そうまで言って、和郎の目からはすっと線をひいたように涙が流
れた。忠はなんだいねといった顔をして、驚いて目を見開いた。
 肺病みのような咳をして、奥で臥せっていた老婆が起き上がった。
 「か、和郎、神岡を捨てたおまえが、何を、何をしにきおった」
婆は肩で息をして、振り絞るように声を出した。
 「ええか。ええか、忠。この宮司はな、おまえらの父親じゃ」
忠はさらに目を見開き、婆と和郎の顔を何度も見かえした。
 和郎は土間を横切って進みより、忠が首から下げた鈴のついた猿

子を掴みあげ、強く握り締めた。
 「猿子はなあ、去る子、去った子。不具な子ぉを婆とおらぁ、間
引いたでぇ」「神、神さんにお返ししたんじゃ」。婆は吐き捨てた。
「もうやめい。子ぉ殺したり、不具をつくって、何が神だいね」
『不具』と言ったときに、和郎ははっとして忠の顔をちらと見た。
「ここは神領神岡。ずっとこうして生きてきた。こうしか生きて
これんかった。こんな山奥にだれが好きこのんでくる、くるんじゃ」
 「もう終わりにせんといかん」。そう言い残し外へ出た。婆の咳
がひどくなった。神香月は神岡の桑畑の西空に傾いている。

 和郎は罪の意識に耐えられず、妻を置いて二十年前に出て行った
日の蒼く薄い月を思い出していた。


5.三方の辻

 三方の辻。神岡の出口でもあり入口でもあるこの辻から、今夜の
ような神香月の夜に出て行った。妻が身重で双子を出産したことは、
産後に妻が死んで五年してから聞いた。己の暗闇に風がふいて、立
ちすくんだ。しかし神岡には戻らなかった。それが、双子が成人し、

神が二人を結びつけたという。それだけは許してはいけない。
 神社にかえる登り道。杉の格子を通して眼下に神岡の村が見える。
いま、和郎は自らの手でこの『神の村』を終わらせようとしていた。

 


6.神の子の選択

 神楽殿の床にせいは伏していた。近寄って、細い首筋に掌をあて
ると、ああ、ああとせいは声を出した。和郎は猫の喉を撫でるよう
に何度も首を擦った。せいの腕を手繰り寄せると、うなじからは妻

と同じ甘酸っぱい体臭がする。和郎の手に力がこもった。
 刹那か、悠久か、どれほどの忘我の時が流れたのか。
 白みはじめた外の気配と鳥の囀りにも気づかずにいた和郎は、り
ぃん、りぃんという鈴の音でうっすらと目をあけた。
忠が足を摺りながら、ゆっくりと近づいてきていた。
 「跛や白痴はやっけぇかさぁ? おらぁら、いっしょにならなん
だら、不具は生まれんのかもしれんの。夜祭でもそう言われたわ」
「忠、わかるべえ」「せい、つれていく。こんな跛や白痴でもおら

生きとるで。せいもおらも婆もここでしか生きられん」
忠は自分の胸とせいの腰についた猿子をとり、和郎に手渡した。
猿子は、和郎の手の中でちゃりんと鈴を鳴らした。
「これはあんたの子だいね」。和郎はじっと猿子を見た。
「おらぁら、またせいやおらをこせえるかもしれん。けんど、子ぉ
の首うっかくようなことは絶対にせんで」
 忠は、手でせいにこっちこいと合図し、せいは晴れやかな顔をし
て、振り返りもせず、忠に駆け寄った。「けえるべぇ」
 忠とその杖のように寄り添うせい、後ろ姿が朝の霞の中に消えて

いくのを、和郎は二人が見えなくなってからもずっと見ていた。


7.神の子の選択

 忠とせいの婚礼はオクミアイがとりもって、何事もなかったよう
に神岡で行われた。それは遠目にみても、穏やかなあたたかさに包
まれていて、緑の中の点景のようであった。
 神にもなれず、人にもなれなかった己を、和郎は静かに見ていた。
季節は繰り返され、神岡に咲く真っ赤な山躑躅を、和郎は幾度とな

く見るだろう。神の村が滅びるまで。神の子とともに。

05『天の川姫』◆講評と受賞者の声◆

◆講評◆———————————————-

 16世紀末の中国とスペインの小国。二つの空間を右岸左岸に、この物語の
河は流れ出します。東西の対だけでなく大小の対構造が全編に配置され、ス
トーリーを推進する筆致はなんでもないようでいて強く、イグナチオ・ロヨ
ラの霊が占星術師の水晶玉に現れても、読み手に違和感を抱かせません。
 少女っぽい口調だった女城主のモノローグが次第におとなびてゆくのは、

原作には見られない成長物語の要素ですが、過去の無作為な落書きが現在の
困難を生み出すところ、また、打開策がないまま素直に嘆いてみせることで
難題が解消するところは、原作の面影を充分残し、なおかつあらたな物語の
相貌を見せています。欲を言えば山場である天の川姫との一夜があっさり解
決しすぎて見えるところでしょうか。微妙な匙加減が必要だったのでしょう
が、金の蓮の象徴性にやや仮託しすぎたかもしれません。
 とは言え、異質なものとの出会いと融合、遺失したものの探索と奪回など、
さまざまな物語構造の要素が共鳴し合い、独得な作品世界を生み出しました。
一枚のタブローに経緯を収束させて原作の入れ子構造をシンボリックに踏襲

したり、ラストシーンで中国伝来の花火をスペインの婚姻の夜に打ち上げた
り、翻案のたのしみが随所に噴き出しているという点でも、テレス賞に柔軟
な表情を付与した作品となりました

講評=師範:小池純代

◆受賞者の声◆—————————————-

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 菊池かなさん
 19[破]マジョ・デ・ギャルソン教室
 ○文筆業


師範代がいなくては生まれなかった物語

 締め切り2日前が数年かけた案件提出日。案件提出後、師範代に励まされて
再参加したのがエントリー締め切り56時間前。それからは師範代といかに物語

編集の最短距離を走りぬくかに没頭しました。

 参考文献は自分の書籍。ワールドモデルは自分の知識から。プロットは速度
をとめない文体を選択。そして一番必要なのは…全体の完成度を高める時間が
ないので、他の欠点をカバーするため、作品に一箇所大きな傷をつけること…。

 師範代は賭だと危惧してくれたのですが、その傷をクライマックスに置きま
した。師範代の言うとおり、大きな賭けです。しかし、原作の「自分の無力を
あからさまにするのびたの性格」と「ドラえもんの援助という依存的関係性」

から、ここに原作の印象に準じる「安易な解決」という傷をつけて、勝負をか
けるしかないと決めました。
 その上で、クライマックスに客観性が加わらないようにナレーションは使わ
ず、かわり一人称の語り口と短文で物語の進行速度をあげ、主人公の心情に通
じる現在・過去・未来のよじりを作って、ナレーションの妙がないのをカバー
することを選びました。
 同時に、主人公の性が女性から男性へ代わる逆転ポイントを入れ、解決への
依存性を補助し、物語世界上それが起きても違和感がないようにイエスズ会士
・道士・占星術士などを配して、作品世界のバランスをとっていきました。

 私のエントリーは、できないことの引き算からはじまり、全体の効果のため
に物語に傷を付けるという変数的な物語創作でしたが、師範代とのやり取りの
中で、物語編集術を思う存分に使っ切ったと思います。
 テレス賞が決まったとき、最後の最後まで励まし、ともに走りぬいてくれた
師範代に、感謝を込めて受賞の栄誉を捧げさせていただきました。この『天の
川姫』は師範代がいなくては生まれなかった物語です。

05 『天の川姫』◆菊池かな さん

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【テレス賞:大賞】
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菊池かなさん◆19[破]マジョ・デ・ギャルソン教室
原作:ドラえもん「のび太の創世日記」

『天の川姫』

 
1.星を取る

 中国のイエスズ会から従兄弟アルフォンソ(アロ)が行方不明だ
という手紙が届いた。
 私はアロとの時間を思う。子供の頃の私たちの仲むつまじさ。一
つ違いの私たち。お互いの体温を感じない日はなかった。6歳にな
って神学に傾倒してゆくアロ。5歳で城主になることに執着してい

く私。この執着は亡き母のものだ。アロの父は前城主で私の伯父。
その頃はまだ生きていたが、私はお構いなしで、城のどこかしこに
も「城主フィオナ」とサインの練習をした。
 19歳になると私はアロにイエスズ会に入ることを熱心に進め、ア
ロが継ぐはずだった城主の座を奪った。アロの両親も私の両親もす
でになく、反対する者もなく、私は母と私の執着をかなえた。
 そのアロがいなくなった。中国で。アロ……半身をもぎ取られて
しまったような、いやな感じがアロと分かれた5年間ずっと続いて

いる。私は自分の奥底の気持ちに気付く。アロでないとだめなのだ。
ずっとアロを愛していると。隣国からの婚姻の申し出を断り続けて
いるのはそのためだと。私が気を許し、くつろげる相手は世界でた
った一人、アロだけなのだ。アロを探し連れ戻したい。いや連れ戻
す。生きていないとしても連れ戻す。だって半身だから、私の

2.塔に登る

 私は城の塔に登り、臣下の占星術師カルロスに会いに行った。私

は90歳になるカルロスを実の父ではないかと思っている。私が生ま
れてからカルロスは塔から出なくなった。死期の近づいた母は渾身
の力を振り絞り塔の階段を登り、カルロスに会った。そして命じた。
決して死なずに娘を城主にし守り通すようにと。
 もう一つ理由がある。5歳で城主を目指したその日からカルロス
について、この世界とは違う世界に旅をするある神秘的な力の練習
をしてきた。そういう力は親子でないと伝わらないのではないかと
思うのだ。
 カルロスは水晶を覗きアロは生きていると宣言した。私はカルロ

スの提案で、中国に貿易に向かう船を通じて、私やカルロスの代わ
りに現地でアロを探すために三人の道士を雇い入れた。
 やがて道士から待ちに待った報告の手紙が来た。
 アロは先輩会士マテオ・リッチの元で充実して働いてたが、その
アロに不可思議なことが起こり始めた。アロが会う人物や丹精込め
て翻訳した本の中の文字が消えたり、アロ自身の記憶が消え始め、
何をしたかわからない時間が続いた。アロは会士たちに助けられな
がら職務をこなした。不可思議なことが収まって数か月後、アロは
伝道のため他の会士たちと山間部へ行く隊商に参加した。そこで隊

商ごと行方不明となった。「それ以降の調査は続行中」と報告は終
わっていた。私にアロを助けるすべはないのか……


3.天球をまわす

 次の手紙が来た日、私は胸騒ぎが止まらず、封も切らずにカルロ
スの元に行き、次の手を相談した。カルロスはイエスズ会創設者イ
グナチオ・ロヨラの霊を呼び出し、事態の原因をたずねた。

 昔の契約が履行された……とロヨラは答えた。手紙を読むように
とロヨラに促され、私は封を開けた。アロや数十名の会士が各地方
で行方不明であること。調べていくと山間部にある中国文人の城に
拉致されていると分ったこと。その人物は文人の中では非常な権力
があるのだが、姿を見たものは少数でその上、決して口外しないの
でどのような人物かは分らない。ただ道士の一人が命を落として調
べたことは、その人物は契約書を持っていて、その内容が西洋知識
界を東洋知識界に吸収させるものだということ……。

 私はロヨラとカルロスの力を借りて水晶の中に契約書を映し出し
た。契約書は中国の文字でその内容は分らない。しかし署名されて
いたのは、紛れもなく幼い頃の「城主フィオナ」という私の字……。
ロヨラとカルロスは続けてなぜあのサインがされたのかを映し出し
た。幼い頃カルロスの魔術中、私は異界に紛れこんだ。異界を旅す
る力を使うのが楽しく、一人では行ってはいけないと言うカルロス
の目を盗んで一人で良く異界に遊びに行っていた……良い香りのす
るある部屋の机の上に一枚の紙があった。先のふわふわしたペンの

ような物を逆さに持って、硬いほうにインクのような液体をつけ、
いつもながらの自分のサインをしたのだ……それがこのような重大
な事態の原因になっていたとは……そしてアロや会士たちを窮地に
立たせている……。
 西洋の王という扱いで、私の署名が有効になり、履行期間が始ま
って、このままでは事態はもっとひどくなってゆき、イエスズ会の
みならず西洋の知識はこの世から消えると、ロヨラは顔を曇らせた


4.図を描く

 私自身がその人物に会い契約を破棄してもらうべきだ。そして私
の手で人々を救い出し、アロを取り返す。半身のように感じるから
アロを取り戻したいという思いはもうなかった。ただ幼い頃の過ち
を正しに行きその責任を取りたいと思った。私はスペインの小国の
城主だが西洋の王ではないのだ……。
 私はカルロスの魔術でアロたちが連れ去られている城に向かった。

城に入ったとたんその人物が出てきた。中国の美女で天の川姫と名
乗った。私も名乗ろうとして驚いた。私は若い男性の姿になってい
た……。私は西洋の王ではないと姫に告げ契約破棄を申し出た。そ
の時、私を包んでいた力が消えた。カルロスの力よりも姫の力の方
が強いことを私は悟った。私はまったく一人で姫に立ち向かわなけ
ればいけない。カルロスが用意したイエスズ会の受難の予言書を見
ても、姫は契約破棄を承諾しなかった……。数日が無駄に過ぎた。
姫の機嫌を見計らい、会士の命の解放を私は姫に願い出た。姫はタ

オの話を持ち出し、その究極の陰陽一体の喜びを姫に感じさせるこ
とができるならば、タオの能力において西洋人を同格とみなし、会
士は解放すると姫は答えた。私はその申し出を受け、姫と夜をとも
にした。だが、本来は女性で、何も経験のなく、陰陽一体の喜びど
ころか何をするべきかも分らない。私は姫にそのことを素直に告げ
た。ほほほ……と姫が笑い、お互いの体を包む細かい黄金の光が花
の形になり、花の名前を聞くと、蓮だと姫が答えた。その後は何も
覚えていない。目覚めるとアロがいなくなり半身と感じていた体が、

もはやすでに自分だけで満ちていた。
 姫は約束どおりアロと会士たちを解放し、私は自分の国に戻った。


5.本を開く

 日常にもどった私は、国の安定のため隣国の王との婚姻を決意し
た。準備で忙しく過ごす私の元に、中国のアロから贈り物の品々が
届いた。品の中に中国美人画の綴があり、間に幼い私の書いた契約
書が挟まっていた。そのページには、天の川をひしゃくで汲み、差

し出す美女の絵姿が描かれていて、絵からはあの夜の香りがなまや
かに蘇ってきた……。そして婚姻の夜、私の国で初めて花火という
ものが打ち上げられた。

04 『里の記憶』◆講評と受賞者の声◆

◆講評◆———————————————-

 ワールドモデルの空間は閉ざされた村落、時間は旧暦が新暦に切り替わる前夜です。辺境の場所と時代の辺縁という瀬戸際がトポスとして据えられています。エイリアンは、村人の群集心理に読み替えられ、おぞましさを排斥すること自体のおぞましさという二重構造の読みが成立しています。しかも、それを直截に描くのではなく、まず、子どもたちの世界に仮託し、語り物の魅力を生み出しました。また、廃仏毀釈にまつわる過去の事件、キリシタン狩りにかかわる現在の事件、と歴史の文脈を重ねて把握したことで読み応えのある物語に仕上がっています。
 登場人物の出方消え方など、巧みな伏せと開けの連続で読ませますが、末尾の数行で初めて「里」が登場するのは、鮮烈と言えば鮮烈、唐突と言えば唐突です。しかし、そこに至るまでの記述が「里」からの視線というより、「里」という場所が持つ記憶の描出として一貫していると考えれば、破綻はなく、むしろ、或る厳粛さをもって物語が閉じられたと言えます。
 人が人を裁くという人間存在の謎に迫ろうとしたこと、原作に登場するエイリアンもアッシュも含めたすべての存在から悲哀を読み取ったことが成功の大きな要因でしょう。結構の力と認識の多層性が、他の作品を圧し、アリストテレス大賞の獲得につながりました。

講評=師範:小池純代

◆受賞者の声◆—————————————-

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小川玲子さん

18[破]千機万来教室
○主婦
○松丸本舗ブックショップエディター

遊ビヨリ生マレシ物語

 「エンガチョ」
この物語を始めるにあたって、調べるのに一番多くの時間を割いたのは実はこの言葉でした。はたしてこの時代にこの言葉があったのかどうか。子どもたち同士の関係性を端的に表し、さらにはこの村で起こる事件を暗示する、残酷でありながら子どもらしいこのひとことをどうしても使いたかったのです。

 この問題が解決してからは、どっぷりと物語の世界に入り込めたように思います。当時の写真や文献などの史料を探し出し、自分の視点をその中に置いてみます。ぐるりと見渡すと何が見える? どんな音がする? どんな匂いがする? 村の人びとはどんな服を着て、どんな暮らしをしている? あとはもう、どれだけ作品のなかで遊び通せるか。教室で交わされる会話はもちろん、日常生活で目にしたものや言葉、どれもが物語編集のヒントになりました。
 ひとつ繋げてみると、またどこからか情報が繋がってくる。師範曰く「即興劇的態度」とか。その師範からは、見事なタイミングでアドバイスが投げ込まれるのですから、それを見逃す手もありません。しかも、翻案については師範代が常時目を光らせてくださっていたので、何も不安はありませんでした。
 エントリー締切時間の7分前にナレーターを変更したときも、師範代からは「おもしろそうだから、やってみてもいいかも」と頼もしい指南が(笑)。物語を書くなんて初めての経験です。当然完璧になんて出来っこない。だったら遊んじゃえ。とびきりの遊び心を煽り立ててくれる師範代であり、教室でした。

 『里の記憶』が生まれ出てから約2年。今でも、その後のキイチ親子が気になることがあります。どこかの地で安住することができたのかどうか。仲の良い友達はできたのか。そんな想いを私の胸に宿らせてくれる物語編集術に出会えたことは、私にとって間違いなく格別の出来事でした。

04 『里の記憶』◆小川玲子さん

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【アリストテレス賞:大賞】
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小川玲子さん◆18[破]千機万来教室
原作:エイリアン1

『里の記憶』

 
向コウ側ノ小サキ祠

 「タツ、エンガチョ!」
一番年長のシドウが薄く笑いながらそう叫ぶと、河原石の上でコ
マ回しに熱中していた子供たちが一斉に顔を上げた。左手に持った
芋を頬張りながら、コウが大きな体を揺すりながら駆け寄ってくる。
 「タツ、お前みたいな汚いやつは、早くおっ母と出て行け。エェン

ガチョ」右手で二本の指を交差させるのを見て、兄のトラも慌てて
真似をする。キイチも真似てはみたものの、すぐに視線を落とした。
キイチはひと月前に、母親と共に遠い親戚を頼ってこの村にやっ
て来た。もとは外国人居留地のある築地の近くに住んでいたのだが、
銀座の大火で父親と家を失ったのだ。いくつかの親戚を経て山間の
小さな村に辿り着いたキイチ親子を、村の人々は優しく迎え入れて
くれた。しばらくして、素性のわからぬ女が五歳になる男の子を連
れて村に現れた。貧相な身なりで、半襟は黄ばんで悪臭さえ思わせ
る。改暦で正月が早くやってくる上に、冬の寒さも厳しくなろうと

している時分だ。村人たちは、渋々この親子に小屋をあてがったが、
誰もが快く思っていないことは、六歳のキイチにも感じられた。
 タツは口元をわずかに歪めると、左足を引きずりながら、今にも
崩れそうな橋を渡る。キイチは皆に気づかれないように、そっとあ
とをつけた。橋の向こうは草で鬱蒼としており、しばらく進むと小
さな祠が見えてきた。蜘蛛の巣を払いながら中を覗くと、朽ちた木
像を胸に抱え、声を殺して泣いているタツがいた。

不測ニ至ル揺ラギ

 一気に冷え込んだ日の夜、チヨがいなくなった。昼までシドウ達
と遊んでいたが、陽が落ちても家に帰ってこない。褐色のチヨとは
対照的に、雪のような肌をしたシノが、祠に通じる橋のたもとで紅
色の玉かんざしを見つけた。チヨが祖母より譲り受け、いつも大事
に帯に挟んでいたものだ。誰かの「あの女はどこにいる」という声
で、村人たちは一人の女の顔を思い浮かべた。半時ほどして姿を現
したタツの母親は、村人たちの射るような視線に顔を伏せ、何かを
呟く我が子を強く引き寄せた。

 その翌日、今度はトラが姿を消した。鳶にエサをやりに河原へ行
ったきり、弟のコウがどんなに怒鳴っても返事がない。キイチが山
上をぐるぐると飛んでいる鳶を見やっていると、トラの両親が村長
に泣き縋った。「あの女が来てから、ろくな事がない」。それをき
っかけに、村人たちは堰を切ったように声を上げ出した。「あの親
子が来たのは、西の村でキリシタン狩りがあったすぐ後だ」「俺は
夜中に、十字架の鎖を下げた女の影を見たぞ」などと口にする。徐
々に怒気を帯びだした村人を前に、傍らにいる一人息子のシドウを
横目で見た村長は軽く鼻を鳴らした。ザラッとした空気とジンジン

する耳鳴りに、キイチは吐き気を催した。


止ムヲ得ザル事情

 それは風の強い日だった。今にも雨雲を運んできそうで、キイチ
はしきりに空を窺っていた。旧暦最後の日を迎えた村は、息を殺し
ている。シドウは、先刻シノからそうされたように、薄い髪に櫛を
通す父親に耳打ちをした。「役人がこの村に来るらしい」。
村人たちが村長の家に集まった。隠れキリシタンの生き残りかも

しれない女を役人に見つかりでもしたら。子供をさらった疑いさえ
ある。村人の中からすすり泣く声が聞こえてきた。やがて長い沈黙
のあと、一人、二人と互いに視線を合わせずに立ち上がった。
 「タツに知らせなきゃ」。父親を亡くし、故郷を離れ、知らない
村を彷徨うタツ。キイチの足が強く砂利を蹴る。片足を引きずり、
小さい体をさらに丸めて泣いていたタツ。木像を抱くタツの姿がフ
ッと頭に浮かんだ。「きっと、あの祠にいる」。
 橋を渡りかけたとき、シノが行く手を塞いだ。スッと切れた目が
キイチを見据え、唐突に語りだした。「以前、この村には一人の老

僧がいた。山と共に暮らし、我々はお互いを尊重し合っていた。し
かし、村人はその僧を殺した。」キイチが聞いたことのない、女と
も男ともとれない声が、シノの口から発せられる。「御触れにより
仏像を壊そうとする村人たちに抵抗したのだ。それがニ年前のこと」
シノの体の輪郭が虚ろになり、キイチはシノが人でないことを感じ
るが、体が動かない。「ずっとこの機を待っていた。耳元でほんの
少し囁くだけで、自ら堕ちる愚かな者達。二人の童に姿を見られた
のは私の不覚。向こう側へ連れて行った」向こうがどこなのかわか
らないまでも、二人には二度と会えないことをキイチは理解した。


月ノ隠レタル夜

 夜のしじまに、突如として罵声がこだました。村人たちがタツの
母親のいる小屋に乗り込んだのだ。中には棒きれや斧を手にしてい
る者もいる。それを目にした母親は、ヒッと短く叫んだ。咄嗟に我
が子の姿を求めたが見当たらない。ふと、すでに殺されたのではな
いかという思いがよぎった。その瞬間、母親の中で何かが壊れた。
気付くと、竈の横にあった包丁を固く握り、声にならない声で叫び

ながら村人たちの中に分け入った。
 村は暗闇で狂気を隠そうとしたが、逃げ惑う村人によって倒され
た篝火が明かりを増し、薄紙に水が浸透していくように脆い家屋を
呑み込み始めた。解き放たれた炎が、欲望のままに加速する。
 近くで上がった火柱に気を取られたキイチは、その一瞬にシノを
見失う。急いで祠に走り、イヤイヤをするタツの腕を取って母親の
元へと橋まで戻るが、さらに広がる炎を見て立ちすくんだ。ムッと
するにおいが記憶を呼び起こし、体が小刻みに震える。倒れ落ちた
柱の傍らに人の姿が見えた。炎に照らし出されたその横顔は、笑っ

ているように見える。タツがキイチの腕をすり抜けた。「かかあ!」
その声で我に返り後を追うが、煙と炎で視界がままならない。震え
る体を押さえつけ、ついにタツを見つけたが、優しく微笑む木像を
抱いたまま動かなくなっていた。火傷の痛さも感じないままに炎か
ら逃れ出たとき、キイチは見た。崩れ始めた橋の向こうで、シノが
山を振り返る。そして消える瞬間、雪のように白い尾を翻した。


通リ雨ノ如ク

 村を包んだ炎は、折りしもの強風で背後の山をも取り込んだ。立
ち上る火炎と煙が、その夜、月の姿を消した。
 翌朝、風の運んできた雨雲が、御降り(おさがり)をもたらし、
いきり立っていた村と山は、雨に打たれて次第におとなしくなった。
キイチは、煤だらけの顔をした母親の声で目を覚ました。無事で
良かったと、流れる涙を拭おうともせずに、しきりにキイチの体を
さする。見渡すと、全てが無くなっていた。生き残ったのは、わず
かな人々だ。この村を侵していたモノは何だったのか。ただ、一つ
の村が深淵に消え、山が遠くなったことだけがはっきりしていた。

 キイチ親子は、体の煤を雨と手拭いでこすり落とし、傷には裂い
た布をあてがった。そして、七歳になったことを教えられたキイチ
は、差し出された母の手を取らずに二本の指を交差させ、一度も振
り返らずに村を出た。もう、ささやき声は聞こえない。
 焼けた村が見えなくなるころ、ようやく陽射しが大地を照らし始
めた。その光りに、母親の胸元のほつれから覗く十字架が反射した。
形がどんなに変わろうとも、私は全てを慈しみ、記憶するだろう。
 それらは皆、私から生まれ出たものたちなのだから。

03 『 Tow Light の One Night. 』◆講評と受賞者の声◆

◆講評◆———————————————-

 実際にある場所、本当にあった事件を舞台にファンタジックな恋物語が生まれました。アリスは空想の国にばかりいるのではないのですね。
 下町の柴又から世界一の大都市NYへ、柴又と言えば寅さん、NYと言え ばエンパイヤステートビルと、場と人やものの間柄にも細やかな配慮をしつつ、大きく舞台背景を移動。さらに、見栄っぱりの寅さんをてっぺんで光る電球へ、仲の良いとら屋の面々を並び立つアンテナへ、いつもみんなを暖かく見守る御前様をお月様へと、それぞれの“らしさ”を全面に出したキャラクターの造形。大きく離れたワールドモデルの中に見事原作映画を再構築しています。このようにしっかりとワールドモデルとキャラクターの関係を読み替え、らしさを丁寧に移行する下準備があってこそ、アリスは生き生きとその力を発揮するのです。
 そして、この物語には表面的な擬人化だけではなく、各章ごとに語られる名もない男女の恋物語にこそ、最大の工夫がありました。2人は個性も細かな説明もない、いわば影絵のような存在です。しかし、彼等の恋はエリックとヘレンとは逆のカーブを描き最後はハッピーエンド。これは原作の寅さんとリリーの反転した姿。適わぬ恋と解っているからこそ名もない2人に託すしかなかかった筆者の切ない思いが影絵となって、無邪気なファンタジーに陰翳を与えました。ほろ苦い余韻溢れる世界の翻りにアリス大賞を贈ります。

講評=番匠:高柳康代

◆受賞者の声◆—————————————-

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中嶋美奈子さん
20[破]ときじく少女教室
○踊り人
○京都祇園のコンパニオン


Great に Glad

 まさか、まさか、まさか。自分の作品が一席を受賞するなんて、思ってもいませんでした。私は編集学校に入る前から踊りを学び、身体で表現すること得意としていたので、イシス編集学校に入ってからは言葉で表現するということに強い苦手意識を持っていたのです。だから、入賞と聞いた時は「驚き、喜び」よりも「自分の言葉は、そんなに悪くないんだ!」と安堵の思いが先に立ちました。

 この物語、実は4コママンガを元にしています。師範代に「自分の好きで書いて良い」と言われたので、大好きなキラキラしたモノをアレコレ思い浮かべていました。そして、過去に私がNYに住んだ経験から「エンパイアと星」で物語りができないかなぁと、ノートにざっと4コマでラフに書きました。その時一応オチがついたので、その後、発展させていったんです。
 カップルの話は「どうせならキラキラ三位一体!」と考え、「エンパイア—星—キャンドル」になったのでした。
 NYの停電の話は、内容が決まってから色々と調べ、実際に過去にあったことだったので、4コマと絡むようにアレンジをしたんです。史実を元にしているようで、じつは後付けでした。
 元が4コマというのと、私が昔、コントやシナリオやマンガを書いていたことが影響してか、始め、文章は半分以上が「セリフ」でした。そこを師範代とのやり取りの中で、さじ加減を見ながら推敲していったのですが、その時は[守]の編集稽古の「コップの言い換え」の稽古をしているような気分でした。

 稽古を振り返ってみると、師範代の本気と、私の本気と、教室の場の力があったから、あの作品が生まれたのかなぁ、なんて思います。「物語」を作ろうとする行為は、じつはとっても「物語」的だったのだと、今は感じてるんです。

03 『 Tow Light の One Night. 』◆中嶋美奈子さん

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【アリス賞:大賞】
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中嶋美奈子さん◆20[破]ときじく少女教室
原作:男はつらいよ「寅次郎わすれな草」

『 Tow Light の One Night. 』

 
1. Sweet な Meet

 アメリカNYのマンハッタン。ここにはアメリカンドリームを叶
えるため、世界中から人が集まってきます。エリックはエンパイア
ステートビルディングのてっぺんで、ぴかぴか光っている電球。彼
には夢がありました。「いつか歌手になって有名になるんだ!」で
も、エリックはとっても恥ずかしがり屋、大声では歌えないので、

代わりにいつも鼻歌を歌っていました。
 月夜の晩、「こんばんわ、あなたも歌が好きなの?」と誰かがた
ずねます。声のする方にはにかすかに光る星。「こんばんわ、君は
お星様?」「そう、私の名前はヘレン。私も歌が大好きなの! 一
緒に歌いましょうよ」「駄目だよ、僕へたっぴなんだ、それに…恥
ずかしいよ」。エリックは逃げ出したくなりましたがヘレンは強引
に誘います。「わかった、わかった、やってみるよ…」。
 その夜更け、アンテナ達は、頭上がなにか賑やかなのに気付きま

す。「なんだエリック、歌ってるのか?!」とテナー、彼はおちゃ
らけてばかり。「彼は、歌が好きですからね。けど上手くはない」
と言うのは頭脳明晰なポール。「でも、もう一つの声はとっても奇
麗ね」とおっとりアンちゃんは言いました。
 その頃、エンパイアステートの入口に一人たたずむ女性。待って
いる彼は一向に姿を現さない。それでも、彼女は待ち続けた。

2. Right な Light

 次の日、「エリック?声…大丈夫?」アンちゃんは心配そうにた

ずねました。「急に大きな声を出したので、喉がびっくりしたので
しょう。すぐ治りますよ」がらがら声のエリックは「ありがとう」
と言うのが精一杯。アンテナ達は昨日、みーんなヘレンの歌声に聞
き惚れていたことを話します。エリックはまるで自分が誉められた
みたいで、とっても嬉しくなりました。
 ハドソンリバーに太陽が沈んだ後、再び2つは出逢います。エリ
ックは昼間アンテナ達が誉めていたと話します。彼女はキラキラ誇
らしげ。「僕、君がうらやましい。歌は上手いし、星の歌は沢山あ
るし」「昔はね、人は毎晩、私たちを眺めて居た。一緒に歌も歌っ

ていたのよ」。すごいな〜、とエリックは関心しきりです。「でも
ね、今は電気の光で、私みたいな5等星は人間からは見えないの」
首を傾げるエリック。「私とエリックも、光を放つでしょう?あな
たははとても強い光だから、とっても目立つの。でもね、私の光は
弱くて…」ヘレンの表情が少し曇りました。「僕、ヘレンちゃんが
見えるよ!とってもキラキラしてる!」エリックは慌てて言いまし
た。にっこり微笑むヘレン。二つはまた歌い始めました。
 昨夜の女性はエンパイアの展望台から、100万ドルと言われる光

の粒を見ていた。やがて、彼女の瞳からも一つの粒がこぼれ落ちた。

3.Something と Someone

 蒸し暑いその日、エリックは考えていました。ヘレンちゃんは歌
を教えてくれるし、自分が知らなかった昔のお話も沢山してくれる。
僕が彼女に出来ることって?う〜ん…エリックは頭が爆発しそうに
なったので、アンテナ達の意見を聞いてみる事にしました。
 お花はどうかしら?とアンちゃん。俺は酒がほしーなぁとテナー。

 「過去の発言から考えると、ヘレンさんは、皆の注目をあびたいと
思っているはずです」「ポールさん!それだ!じゃあ僕は何をすれ
ば良いの?」「何もしないのが一番でしょう。君はエンパイアの先
端の電球。世界中で一番目立つ所にいるのです。君が何かしようと
頑張れば、ますます輝いて、彼女の光を妨げます」「そんなぁ…」
エリックは途方に暮れてしまいました。「そいやぁ、例のカップル
は?」「私たちの下でいつも待ち合わせていた二人でしょ?」「1
週間前、彼女は一人で展望台に居ました。前後関係を考慮し別れた、

と見るのが妥当でしょう」。アンテナ達はエリックをよそに、世間
話を始めてしまいました。
 「お月様、お月様。僕がヘレンちゃんに何か出来る事があれば、
教えてください。喜ばせてあげたいんです」。でもお月様は静かに
輝くばかり。「僕が輝けばヘレンちゃんは目立たない…」エリック
は頭をブルブルとふるって、再び彼女が喜ぶ事を考え始めました。

4. Block で Black

 ぱちぱちパチパチ、アンテナ達は口々に上手い上手いと言ってエ
リックに拍手を送っています。「今日はヘレンちゃんと出逢って1
ヶ月だから歌のプレゼントをするんだ!喜んでくれると良いな!」
エリックはわくわく、そわそわ、しっぱなしです。
 夕焼けが空を真っ赤に染め、夜が近づきます。「ヘレンちゃん、
元気ないね、どうしたの?」「私もう、エリックには会いたくない」
突然の事にエリックはびっくり!「どうして?僕何か悪い事した?
歌も練習して上手くなったよ!」。じつは、ヘレンはエリックの煌
めきを見る度に、以前の様に光を放てない自分が悲しくて仕方が無

かったのです。「どうして?」を繰り返すエリック。彼が悪くない
ことは彼女もわかっています。でも…何をどういえば良いのかわか
りません。ヘレンは居ても立っても居られなくなり「さよなら」と
だけ残して消えてしまいました。
 「あ、流れ星!」次の瞬間、NY中から電気が消えました! 地
下鉄の乗客は暗闇に放り込まれ、交差点ではイエローキャブが立ち
往生! 人々は再びテロが起こったのかと窓から外を見渡します!
白人も黒人も東洋人もゲイもホームレスも何があったのかと騒いで

います! 停電です! タイムズスクエアもブロードウェイもラジ
オシティも一瞬にして光を無くしてしまいました!
 エリックは訳もわからず、ただぼんやりとしています。お月様は
言いました。「ヘレンは昔みたいにヒロインになりたかったんだよ。
だから彼方へ行ったんだ」。停電の中、満天の星達はここぞとばか
りに煌めき、スウィングしながらの大合唱です。輝けないエリック
は、ヘレンの気持ちをはじめて理解しました。
 エンパイアの入り口では男性が一人。駆け寄る女性。見つめ合う
二人の手には一つのキャンドルが握られていました。

5. Lovely と Lonely

 次の日の夕方、再びNYに光が戻りはじめました。無機質な摩天
楼が宝石箱に変身し始めます。「昨日はゆっくり寝れて良かったわ
ぁ」アンちゃんはご機嫌です。「経済的損失約7000億円。そんなの
んきな事を言ってる場合じゃないです」ポールは言います。「そう
いえば、ヘレンちゃんは何処行っちゃったんだ?」「あのね、テナ
ーさん、私、これヘレンちゃんだと思うんだけど。『8月14日NY
大停電の原因!隕石か!?自然史博物館に展示中!』ってニュース

になっているのよ」「その可能性は高いです。ところで、エリック
君は?」「今は、鼻歌歌ってるわ。昨日は一晩中泣いていたみたい」。
 自然史博物館ではケースの中、四方からライトをあてられた隕石
が、フラッシュを浴び、テレビカメラを向けられています。
 …ケースの前、男性は彼女にそっと小さな箱を手渡す。中にはダ
イヤの指輪が輝いていた…。
 エリックはブルックリンブリッジを眺めながら、一人鼻歌をうた
っています、ヘレンちゃんの幸せを思いながら、NYの象徴エンパイ

アステートのてっぺんで。夕暮れの空、月は全てを見守って、静か
に…いつもと変わらぬ柔らかい光で世界を包んでいました。

待望の『物語編集力』★刊行!  ~■母型・要約・連想・3000字――丸ごと1冊編集学校!

イシス編集学校の[破](応用コース) カリキュラムの中で最も稽古の醍醐味を味わえる「物語編集術」。学衆(受講生)は、「物語マザー」を存分に動かし、膨らんだイメージをマネージしあらたな 3000字の物語をつくりあげます。松岡校長肝いりで2007年秋に制作をスタートした本が完成。「物語の五大構成要素」をひも解きつつ、物語のしくみや 秘密に迫ります。

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『物語編集力』――人を動かす。仕事をつくる。

 監修  :松岡正剛(イシス編集学校 校長)
 企画編集:木村久美子([破]学匠)
 執筆構成:イシス編集学校
 装丁  :山口桃志([破]師範)

 ダイヤモンド社
 定価:1800円+税

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■母型・要約・連想・3000字――丸ごと1冊編集学校!

≪本の構成≫

 序 物語を動かす力が社会を変える◎松岡正剛

 物語の五大構成要素
  1章◆ワールドモデル(世界構造)
  2章◆キャラクター(登場人物)
  3章◆シーン(場面)
  4章◆ストーリー(スクリプト・プロット)
  5章◆ナレーター(語り手)

 文化装置としての物語◎高橋秀元(編集工学研究所 主任研究員)

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■[破]師範(番匠)が「章解説」「講評」を執筆

ビジネスマンから雑誌編集長まで、空間プランナーからゲームク
リエーターまで、デザイナーから歌人まで。ずらり12人の師範
のプロの仕事と物語編集メソッドが対角線で結ばれる。

 今井歴矢/奥野博 /太田眞千代/森美樹
 林十全 /野嶋真帆/小池純代/高柳康代
 田中俊明/古野伸治/倉田慎一/赤羽卓美

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■学衆がつくりあげた27篇の物語エチュード

ジョゼフ・キャンベルの英雄伝説をベースに紡ぎだされる[破]
(応用コース)の物語稽古。
アリスとテレス賞(コンテスト)入賞作のなから選び抜かれた
物語の一端を初公開。

 「盂蘭盆会」
  …堀江久子◎6[破]言降りかぎろひ教室
 「戦場のプレイボール」
  …カジカワワタル◎4[破]じょうもんどき教室
 「風の梢と土のうた」
  …斉藤伸子◎7[破]千侠一陣教室
 「手前味噌」
  …黒江裕子◎9[破]葉隠おんな教室
 「ウクバールでのできごと」
  …貝塚英樹◎5[破]どんなもんだい教室
 「蜜と月」
  …塚田有一◎17[破]楽屋薬玉教室

 「1000歳の樹がくれた夢」
  …島田直美◎10[破]星象万華教室
 「ようこそ、CAO《最高“遊び”責任者》!」
  …和己玲子◎15[破]マイパブ・トロット教室
 「三井寺 吉祥天立像の秘話」
  …海口平太郎◎6[破]あんたっぷり教室
 「しっぽのないカンガルー」
  …岡野谷泰広◎13[破]瀬戸内ロンド教室
 「物と思いと毛むくじゃら」
  …轟京子◎14[破]荒神飛車角教室
 「イザナミの籠」
  …大関伸男◎17[破]田楽雑技団教室

 「流れ星の夜」
  …本田桂子◎6[破]あんたっぷり教室
 「悪意の闇がゆれるとき」
  …真武信一◎12[破]機会来々教室
 「フィフティーン・フィート・オブ・
   ピュア・ホワイト・スノウ」
  …日玉浩史◎12[破]ハイカイ自在教室
 「中洲太夫外伝 花のお江戸はエレキテルの巻」
  …中村裕子◎8[破]ひょうたんコラボ教室
 「ずっと離さへん――ネクタイ・ワイシャツ物語」
  …岡本尚◎17[破]楽屋薬玉教室

 「草原の馬」
  …平野愉香◎8[破]勇ラン日本教室
 「カミナリ山」
  …野嶋真帆◎4[破]セクシープロジェクト教室
 「小さなみつけもの」
  …福田徹◎10[破]銀線おもかげ教室
 「裏・伊勢物語」
  …中島理恵◎12[破]スズカゆれる教室
 「友禅じかけ」
  …森山智子◎13[破]ふたこぶ外道教室

 「モノクローム・ムーン」
  …米川青馬◎11[破]韋駄天筋金教室
 「蒟蒻日和」
  …森美樹◎9[破]万物印画教室
 「大唐帝国和人僧異伝」
  …中村正敏◎12[破]下駄ばき遍路教室
 「尾喰森奇譚」
  …千代和恵◎6[破」Q力発伝教室
 「密書」
  …田中俊明◎9[破]葉隠おんな教室
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学林局 広報

投稿者: staff 日時: 2008年02月27日 21:31 | パーマリンク