≪校長校話≫「方法の瀬を渉る」

「日本する」とは?

§「日本する」ためには明治時代からもう一度全体を考え直すことが必要だが、これは大変な作業だ。

§その中で方法というもの、何かを創り上げるとか、アライアンスする、クリエイティブになる、身を翻す、価値を見いだす、分母を変える、物語を作る。

§サブジェクトとしての歌舞伎やお茶、少女コミック、ガングロではなくて、そこに共通するものを探るスキル、ヒューリスティックな目をもってほしい。

§今日は、そのことについて、二年間連載してきた「百辞百物百景」を使ってヒントを出したいと思う。

 

編集は一滴のしずくから

 

§われわれは一滴のしずく。編集は一滴のしずくから始まる。

 

【滴】

§大きなテーマをもたなければいけないわけではない。そこにさしかかった一滴からスタートする。

 

【つゆ】

§スタートを切りさえすればどこから出た一滴なのかがわかる。

§葉は茎に、根っこに、土に、地球につながる。

§この一滴のつゆの中にすべてのものがある。いろんなものが一滴ずつ落ち、それがずっと続いている。それは「編集する、日本する」にも関係している。

§その中に潜んでいるものを感じて欲しい。

――最初の守のお題のスタートに立ったとき、一滴のしずくが飛んできた、という感じがしたと思う。それ以上の何ものでもないものにしたい。それが願い。そこにすべての始まりがある。

 

【水分(みくまり)】

§その奥には必ず、水分(みくまり)がある。水源地がある。

§日本の神には水の神が多い。たとえば、竜神、河童、水滝不動など。

§ライン、ハドソン、ボルガなどと違い、小さな列島だから短い距離であっという間に海に流れる。そこに一万年暮らしてきた。

§その水分が見えれば、「私たちはこの水をもらっている、ここに私たちがいる、これを守ろう、鎮守しよう」というのが「里山のモデル」になる。

いったんローカライズする

 

【鎮守】

§里山が「日本する」ひとつの単位。これが編集の手立て。

§一滴のしずくからのつながりを簡単にグローバライズせず、ローカライズさせ、いったん鎮守するものを結界する。

 

【結界】

§我々の教室も一滴から始まる。それなりの鎮守や結界がある。

§結界すると外部が見える。

§編集はインサイド、アウトサイドを繰り返す。まず、その外になったものを寄せなければならない。寄せということが非常に重要。

 

【寄】

§寄せてくる神々。日本に来た人たち。もっとコモディティに言えば日本に来た商品。これをもう少し大事にしてみる。

§最初に結界の外から寄せ、よろずやを作ることが重要。

 

【吹寄】

§寄せていくと吹きだまってくる。「モーラの神々」。

§ファーイーストだから仏教、儒教、道教、琵琶、朝顔、活版印刷、投擲など、吹き寄せ状態になる。

§その吹き寄せ状態、これから来るものをなんとかして選択、セグメンテーション、パターンランゲージを発見しなくてはいけない。それを日本では「縁起」という。

 

【将来】【縁起】【かつぎ】

§来るものをセグメント(将来)し、縁を見出す。縁起が見えたら担ぐ。ドメインを作る。

 

【まねき】

§いったん「縁起」されたもののレパートリーを作る。プロジェクト。広報する。看板する。招く。

§すでに水分(みくまり)がわかっている、ギャザリングは終わっている。

――守、破という看板で「松岡」の水分からみんなキャラクタライズを起す。それをアワセ、カサネ、キソイ、ソロイという。

 

【あわせ】

§吹き寄せ、招いたものをもう一度アワセ直す。アワセたものは取り出せる。

§コンピュータのようにビッグデータを最初からアワセているわけではない。吹き寄せられて招いた状態から、それを合わせるのが重要。

 

【梅に鶯】

§アワセを取り出すのがミメロギア。比較でもある。「縁起」を活かし、「アワセて」「番(つがい)」にしていく。こういうやりかたがどこかでわからなくなった。

 

【番(つがい)】

§番には何かアイダをつないでいるものがある。

§番が見えなくなったのは、鍵と鍵穴がずれたから。それが、公家、武家、鎖国、日清戦争、原爆などを経て正確な番ができなくなった。日米同盟以外の大きな番がなくなったが、やむを得ずあったもので、本来違うものかもしれない。

 

【鉤(かぎ)】

§もう一度、カギとカギ穴の「鉤」を探す。

§今の時代は鉤を探してからそれを差し込むものを探す。それをイノベーションと呼びたい。

§その新しいイノベーティブな分母、あるいは鍵穴にあたるものに「編集する、日本する」を考えたい。例えば「桝」。

 

【桝】

§桝は非連続。BS、PL、高騰暴落する株価のように連続し繰り返すものではない。

§鍵穴、分母のサイズや持ち味や個性を独特にする。それが本、ブックウェアだと思っている。もし、こういうものが作れないならば、類型的、普遍的なものをたくさんもつ必要がある。例えば「ツボ」。

 

【ツボ】

§幾何学上、最大容量を持てるもの。

§それをいろいろなものが入る壷にいったん入れる。

 

【能力】

§その「ツボ」から引き出し、「桝」(インターフェース)に入れなおすときの才能が必要。

§それが編集力。才とは一滴にあるオブジェクト、能はサブジェクト、その日本的才能を取り出せる道具が編集工学だ。

もともともっていたものと照らし合わせる

 

§「日本する」ツールでつくれたら、この方法が欧米のサイズと合い、うまくいくのか確認、比較検討する。

§いろいろな違いから、かつて私たちの民族が選び決断しようとしていたアウラ、テイスト、ニュアンスを考える。

 

【籤と運】【うらない まじない】

§いずれ迷って神頼みしたい気持ちになったとき、私たちがもともともっているもの、籤、運、セレンディップなもの。それを排除しないであらかじめ勘定にいれておく。それがヨーロッパと私たちの違い。

 

【罰】

§「バツ」と読めば、ユダヤ・キリスト教。日本では「バチ」と読む。

§日本において、「バツ」と「バチ」。両方を取り戻さないと全部コンプライアンスになる。思いのたけができなくなる。

§「小さな形而上学をもつ」(デュピュイ)、災害など大きなものに対して、私たちはバツと共にバチをもつことが必要。

 

【寸志】【無盡】

§今までどうでもいいと思っていたこと。例えば寸志。例えば、無盡。助け合い。

§最も小さくなった時の普遍性が、贈与と互酬、他者性の基本。

 

【両替】

§自転車のおっちゃんが空き缶などを拾って鉄屑工場に行ってなにがしかのお金に換える。ほんとに僅かなもの。

§しかし一方ではごみをきれいにするという別のものがあって、それは「両替行為」ではなく「ボランティア」になる。何かがおかしい。

 

【異人さん】

§ストレンジャー、変人、異人に学ぶこと。

§肖るものがない時に、人は人を陵辱する。

§肖ってみることが大事で、根本的な「模倣の哲学」。

【客神(まれびと)】

§ストレンジネスに肖る。これが客神。これが日本に一番足りない。

§ユダヤ・キリストの「主」と違い、日本にはかつて大勢の神々がやってきて、客神がいて、我々はそれを編集してきた。それを忘れている。それを思い出させるものの1つが門付。

 

【門付】

§門付をもらってお布施をする。寸志はお金にかえられない。

§まったくお金にかえられない価値。貯金できないもの。「お金にかえられないもの」をやり続ける。そこに編集の作法がある。しかし、そこがシステムとしてなりたっていない。

――教室名や色紙が校長にとっての「門付」。

 

価値を託す

 

【鐸(さなぎ)】

§価値を何に託したのか。

§鐸は、そもそもはシベリアシャーマンのもっていた道具。わけのわからないもの、その「わからないまま」の価値。けれど身につけている。

§これがかつてから「日本する」の原点にあったもの。そういうものを「代」と言った。

 

【代】

§本体は価値のわからないもの。でもとりあえず「代」を置く。

§まず稲で代をおく。

 

【ミノリとイノリ】

§「ミノリとイノリ」の一年間を伴った苗代。その間、何か預けるものをつくる。依り代。

――編集学校の卒門、突破。その間、師範代に預けている。

 

【市庭】

§そして、たまったものを「市庭」に出せるようになる。

§庭は日本にとって一番重要なもの。

§神庭(神の庭)。斎(いつき)の庭(司法の庭)。市場(マーケット)。3つがある。

§市庭のようなものを持ちながら、新たな店を出す。

 

【見世】【見世物小屋】

§見世は、世の中を見る、世間を認知する。

§そこにはいろいろな個性があっていい。しかし自分が見世物小屋になる覚悟がいる。

禍々しいものも重視する

 

【地震(なゐ)】

§一方「日本する、編集する」は、ヨーロッパとの違いを編集することとは別に、世界中が被らなければならないクラッシュ、災害、フラジリティから取り組む。

§これをキャラクタライズしたもの。禍々しいものも重視する。

 

【鬼】

§地震のようなものは必ず来る。その奥にあるものを「鬼」と呼ぶ。

§「鬼」とともに「客神」や「イノリ・ミノリ」があることを知る必要がある。

 

【喪殯(もがり)】

§そして、人が亡くなったり、病んだ時に、思いを込めた喪殯をしなければならない。

§喪、殯。病んだ者に対して衷哀の精神をもつのが下手になっている。

 

【天狗】

§「天狗」は「鬼」には見えないが、生意気だけどおもしろいやつ。普通は会社でも上手くいかない。

§神と仏、ミノリとイノリ、鬼と天狗をすべて「日本する、編集する」にしていく。

「一滴」に戻る

 

§鬼など異常、過剰なものを入れるために、意識や美意識をどうしたらいいか。

§もういちど一滴のしずくに戻る。そのとき、日本の美意識が開花する。

§わび、さび、引き算。

 

【冷えさび】

§その究極が冷えさび。

§何もない枯れ木のようなものに価値の始まりがある。一滴のしずくがそのまま凍えてしまった。そこに二度目、三度目の美意識の価値観を持てればいい。

§その時にしなければならないことが供養。

 

【供養】

§何かに供養できるものをもつ。

§何かを供養したい。心として供養したいと思う。

§何かに供養したいと思っていないと自分の成功に「バチ」があたる。

§心として供養できるものを持っていたい。そういう人に支えられていることが多い。このようになることが「瀬戸際」。

 

【瀬戸際】

§自分たちがそこまでもってこないといけない。

§あとはバーチャルランド、幻想的な価値でもいい。

§まさにそこは私たちのthereというものが価値観をもっている。

§誰がthereの価値をもたらしたかを忘れてはいけない。「案内」が必要。

 

【月夜見】【案山子】

§案内人は功をなしてもまだ挑もうとしている人。われわれは案内人に供養していない。

§正体不明なものを、供養とともに思い出しリスペクトする。

§リスペクト。アプリシエイションを持つ。導きを確信する。

§決めたら断固生涯擁護する。

――ここまで僕がこられたのは、そういう人をリスペクトしてやれといわれたことを全部やってきた。つぶやきをひきとっていく。仕えていく。

 

【サムライ】【棟梁】

§それを「さぶろうもの」サムライと言った。小さなリーダーになるという意味。

§それを棟梁という。もう一度、「編集する、日本する」リーダーは「棟梁」であってほしい。

 

【のれん】

§そうすると、そこに「のれん」があがる。守・破のように。

 

【纏う】

§のれんを持てば纏うことが絶対必要。

§いざというとき纏わないとダメ。それは「のれん」であり「苗代」であるから。

 

【契り】

§こうして「日本する、編集する」が一滴の契りになる。

§契約社会とは別のもの。契るということはなんなのか?

 

グローバルスタンダードと「日本する」を一致させるために

 

【面影】

§そのために面影をもちたい。

§心の中に見えなくても心の中にもつもの。

§その面影をつなぎたい。互いの面影をもってほしい。

 

29破先達文庫

吹寄せ峠教室 松尾亘 師範代

『歴史・祝祭・神話』 『本の神話学』
山口昌男

アタリ磊々教室 内田文子 師範代

『古書ミステリー倶楽部』 『書斎の宇宙』
高橋輝次・ミステリー文学資料館編

バーテン六法教室 石原卓也 師範代

『短編復活』 『短編工場』
集英社文庫編集部

音劇コスモス教室 稲田早苗 師範代

『文学のレッスン』 『完本 日本語のために』
丸谷才一

知求たびたび教室 鈴木喜久 師範代

『セミたちと温暖化』 『春の数えかた』
日高敏隆

月代蔵前教室 阪本裕一 師範代

『スタンド・バイ・ミー』 『書くことについて』
スティーヴン・キング

推命道観教室 竹川智子 師範代

『椿の海の記』 『食べごしらえ おままごと』
石牟礼道子

「花の瀬 際の破」◆第40回感門之盟レポート3

 

指南を全うした師範代に、松岡校長のサインと一人ひとりへのメッセージが書かれた「先達文庫」が
2冊手渡される。毎回、このシーンを見ながら「自分も師範代やってみたいな~、校長からああやって
本をもらいたいな~」と思う学衆さんも多いのだ。

先達文庫授与シーン1先達文庫授与シーン2

※29破先達文庫はこちら

師範Tシャツ師範Tシャツ授与シーン

師範のみなさんへは、ここ数回恒例となった「師範Tシャツ」(今回は長袖の冬バージョン!)が贈られた。

 

 

本楼の4カ所に分かれ、教室ごとに師範代から学衆さん一人ひとりへ「突破証」の授与。
突破証を渡す師範代の顔も、受け取る学衆さんの顔も、それを見守る師範の顔も、とびっきりの笑顔だった。

突破証記念写真(内田師範代と学衆さん)

 

29破の面々が1階本楼で和気藹々と「突破証」を受け取っていたそのころ、2階学林堂では22名の放伝生に
「師範代認定証」が授与されていた。実際に師範代となって教室をもたなければ、この「師範代認定証」をもって
いたところでペーパードライバーと同じ。ぜひ師範代としてデビューを、と田中花伝所長。

やまぶき道場記念写真

 

20花の放伝生11名を含む、総勢15名の「新教室名」が、カカ~ンッという拍子木の音とともに発表に。

自分が案を出しそれを松岡校長が編集してくださった「この世に二つとない教室名」を聞いた瞬間の反応は、
ビックリしたり、ぽかんとしたり、しめしめと思ったり、どっと涙が出たりとさまざま。

教室名発表シーン3

 

吉井優子師範代:アルカナ・ミザール教室

山口生人師範代:縁宴しめしめ教室

岡崎美香師範代:木のぼりソーダ教室

園田隆克師範代:佐賀ポータブル教室

井戸一智師範代:メタモル部品教室

吉野美里師範代:葦笛メール教室

下柿元昭夫師範代:ことだまシャトル教室

舘野耕一師範代:道草トルネード教室

田原一矢師範代:遊行ペイズリー教室

小野寺洋子師範代:参度イット教室

宮原由紀師範代:稜線シンデレラ教室

新藤雅子師範代:志操越天楽教室

竹内裕明師範代:余白整体教室

本多亜紀師範代:浮世デバイス教室

石井梨香師範代:風の三味線教室

 

今回の校長校話のテーマは「方法の瀬を渉る」。

『週刊ポスト』で連載されていた「百辞百物百景―コンセプト・ジャパン100」の数々のテーマを繋ぐ“高速瀬渉り講義”だ。

校長「方法の瀬を渉る」校長「方法の瀬を渉る」

「日本する」とは?

編集は一滴のしずくから

いったんローカライズする

もともともっていたものと照らし合わせる

価値を託す

禍々しいものも重視する

「一滴」に戻る

グローバルスタンダードと「日本する」を一致させるために

 

 

これらのすべてが編集学校にはある、ということを多くの方がしみじみ感じられたのではないだろうか。

 

校長のメモ校長のメモ

 

そうそう、この校話で使われた「セイゴオ校長のメモ」がGISISの「どこか」に飾られるというサプライズなお知らせも!

これはぜひ、ゴートクジに行かなくては!

 

全体記念写真

「花の瀬 際の破」◆第40回感門之盟レポート2

 

 

映画『アメリ』のテーマとともに、感門団扮するギャルソンが静かに登場。

器に盛られた『知の編集工学』をブビンガ前方に置いた。

ステージには、木村久美子破学匠と「リストランテ§とっぱーにゃ」のオーナー

「マルコさん」こと関富夫破番匠が登場。29破の突破式の始まり始まり~。

 

お皿の上の「ちのへん」
マルコさん
 マルコさん

 

木村学匠&関番匠

 ≪木村久美子破学匠≫

  回答締切の終わった29破の別院では、

 「感門之盟に行けなかった学衆さんのため」の企画

 「伊香保温泉合宿」が進行中なんですよ。

 ≪関富夫破番匠≫

 29破は、稽古の出だしがとてもよく、

 なんと知文エントリー率が90パーセントを越えたんです。

 安定・充実の稽古ぶり、AT賞の振り返りもしっかりしていました。

 

常に仏のように母のように、時には鬼となって師範代を見守ってきた師範から、師範代に手渡される「感門表」。

師範代の人柄や教室の個性を凝縮圧縮濃縮して、ちょっぴり誇張もしたその言葉の連打は、感門之盟きっての見どころ。

 

≪岡村師範チーム≫

岡村師範

松尾師範代内田師範代

★岡村豊彦師範から「吹寄せ峠教室」松尾亘師範代へ

 経験豊かな先達ガイドであり、吹き抜けてゆく風。

 新しい友人たちと、峠を越えて新たな場所に辿り着きました。

☆松尾師範代

 自分の中で確認すべき型が編集学校にある。

 編集学校はもう一つのホームです。

 通過する中で越え続けること。

 学衆さんには4ヶ月のパサ―ジュを大切にしてほしかった。

★岡村豊彦師範から「アタリ磊々教室」内田文子師範代へ

 内田師範代は、四番ピッチャー兼スタンドの売り子。

 「アタリ磊々教室」は、AT賞全員入賞という29破のドリームチームで、

 編集学校のお手本のような教室。

 ピッチャーの球はちょっと遅いが、助け合って前へ行く教室でした。

☆内田師範代

 花伝所を出たなら、破の師範代まではやり遂げたかった。

 「際」に行って本当の「瀬」は越えていなかったと思うなら、

 その先に進んでほしい。

 

≪藤田師範チーム≫

藤田師範

石原師範代内田師範代

★藤田ゆう子師範から「バーテン六法教室」石原卓也師範代へ

 石原師範代は「謎の師範代」。

 マイペースだが、AT賞や突破など揃えるところは揃えてくる。

 残念なこともありましたが、

 それも必ず残って次に繋がってゆくだろうと思います。

☆石原師範代

 師範代は世界と繋がることのできるロール。

 こんなにおもしろいロールなんだと思いました。

 自分の内側と学衆を型で繋ぐことができることを感じられて、楽しかった。

★藤田ゆう子師範から「音劇コスモス教室」稲田早苗師範代へ

 人がちゃんと育ってゆく教室であり、庭であった。

 「学衆の成長=クロニクル」を、今後も見守っていきたいと思います。

☆稲田師範代

 花伝所で学んだ「学ぶモデル」と「教えるモデル」を感じることができました。

 ひとりずつのモデルを意識することは、実生活にも反映していけた。

 学衆さんには、編集を実生活に活かしながら進んでいってほしい。

 

≪米川師範チーム≫

米川師範

鈴木師範代

★米川青馬師範から「知求たびたび教室」鈴木喜久師範代へ

 鈴木師範代は、山伏のように自らを追い込み続けてきた。

 離の退院式の翌日に破の教室の開講を迎えるという師範代ロールは前人未踏。

 しばらくはゆっくり、ここまで何を得てきたのかを振り返る時間にしてほしい。

☆鈴木師範代

 学衆さんには、「おめでとう」より「ようこそ」と言いたいです。

 突破は、遊・離・花へのパスポート。おおいに遊んでいってほしい。

 イシスはやっぱりおもしろい!

 

≪川野師範チーム≫

川野師範

坂本師範代竹川師範代

★川野貴志師範から「月代蔵前教室」阪本裕一師範代へ

 阪本師範代は、「隊旗」であり「大気」であり、「待機」で「大器」。

 学衆さんが成長していく姿を優しい眼差しで待ち続けるのが上手な「待機」。

 編集術をしまった蔵の「大器」。

 新しい苗代が結ばれた。

☆阪本師範代

 お題はさらりとできてしまうことのほうが問題。

 再回答は、そこに「創」をつくり「楔」を打つこと。

 もっと教室で抗いたかった、抗いたい気持ちを掻き立てられた。

 大好きな教室でした。

★川野貴志師範から「推命道観教室」竹川智子師範代へ

 筮竹を指揮棒に持ち替えてリードする「コンダクター」。

 破の見所を的確に余さず伝える「添乗員」であり、横の交換を起こす「伝導体」。

 師範もしびれました。

☆竹川師範代

 教室は学衆さんが創っていくもの。

 大人の真剣さがあふれた教室で、師範代の自分も多くを学べました。

 気付きを言葉にすること、気持ちを伝えること――「気づきのしくみ」に目覚めた。

 これからも追求していきたいです。

 

レポートその3へ続きます。

「花の瀬 際の破」◆第40回感門之盟レポート1

ギャラリー

このギャラリーには2枚の写真が含まれています。

なんと、前夜から雪。それも数十年ぶりの大雪になるという予報。 「はたしてみなさん来てくれるのだろうか、来られるのだろうか」 9時から集まって準備や掃除に取り掛かった学林局のスタッフや感門団の手もついつい止まりがちだ。 場 … 続きを読む

第33回感門之盟「タビノ ヲワリノ ハジマリ」(速報版)

 2月23日(土)、GISIS(編集工学研究所)にて、第33回 感門之盟(かんもんのめい)が開催されました。

 感門之盟は、イシス編集学校の各講座修了を祝う、ユニークなイベント。今回は、次の3講座の編集稽古を遂げた学衆の皆さん、師範代、師範が、総勢120名、全国各地から集まりました。

 ・[遊]風韻講座 十一座
 ・第27期[破]応用コース
 ・第18回[ISIS花伝所]編集コーチコース

 本に囲まれた不思議な空間・GISISを使った感門之盟の模様を、スナップ・レポート〈速報版〉にてお届けします。

 

◎プロローグ────────────────────────────

編集学校だけに、この感門之盟の場を編集するのもお稽古!
有志「感門団」が活躍します。

朝、最終確認をする感門団・学林局の面々。

井寸房(せいすんぼう)で、受付開始。 松岡校長も学衆を迎えます。

「突破しました」と報告する[破]学衆の孫犁冰さん。

〈第1部〉
◎オープニング────────────────────────────

お二人の開会メッセージで、感門之盟がスタートします。
「GISISでの初感門を皆で編集しましょう」

学林局・大武美和子 輪匠と感門団・中山有加里 師範代

◎韻去式 [遊]風韻講座 十一座 ────────────────

日本の定型詩を通じて方法や言葉を深める、人気講座の感門。
連衆(生徒)一人ひとりに贈られる小池宗匠の言葉が冴返り、会場を沸かせます。

ネーミング編集にコメントする小池師範と「ま組」連衆。

◎各講座からのメッセージ────────────────────────────

[破]を突破するとチャレンジできるコースの指導陣が、
次の旅へのエールを送ります。

[離]太田香保 総匠「ハードな講座ですが、住めば都です」

[遊]物語講座 赤羽卓美 綴師「もっと日々に物語を」

◎突破式 第27期[破]応用コース───────────────────────

27期を重ねた[破]の感門は、評匠達が読み上げる27歳のアンソロジーでスタート。

木村久美子 学匠と関富夫 番匠が進行。

まず、全校アワード「アリスとテレス賞」を受賞した学衆の方がご登壇。

梅原昭子さん「師範代を命綱に、深く潜ってみました」

物語のタイトルが感門之盟テーマに採用された小池貴之さん

テーマがデザインされたペットボトルラベル

そして、期を全うした師範代が、4ヶ月見守った師範が万感込めて綴った感門表(「 」に抜粋)を受取ります。

【電脳機動隊教室】大場健太郎 師範代

「指南にかけるまっすぐな熱意が伝わりました」

【山水路考教室】松井路代 師範代

「山水的な負を編集契機に変える原動力を与えた」

【カステラシアター教室】原田淳子 師範代

「あたたかな舞台上、学衆さんが心地よく舞っていた」

【すばるバンパー教室】鵜養保 師範代

「コンスタントで切れ味よくユーモラスな指南」

【汎響リフレ教室】西岡能範 師範代

「忙しい学衆に粘り強く指南、集中力引き出した」

【猫町たまたま教室】大久保佳代 師範代

「猫たちとよくじゃれ合い、いざとなると素早く行動」

【走卵道心教室】田中里実 師範代

「編集術に童心で向かい合う火照った心」

【カシマシ夢路教室】八田英子 師範代

「信頼と情熱の連鎖、この冬の一座は忘れられない」

 

師範たちはそれぞれ[破]4つの方法を今後どう活かしてほしいか、ミニレクチャー。

川野貴志 師範(高等・中学校教諭)は、知文術。

藤田ゆう子 師範(医師)はクロニクル編集術。

米川青馬 師範(ライター・ディレクター)は物語編集。

森井一徳 師範(日経BP社)はプランニング編集。

松岡校長は、ライブで一筆。新任師範に贈りました。

会場で師範への書をしたためる松岡校長

◎放伝式 第18回[ISIS花伝所]編集コーチコース───────────────

ISIS花伝所は、イシス式コーチング、学びと場の編集メソッドを学ぶプログラムです。コーチのコーチにあたる花伝所の師範には、松岡校長から花伝扇が贈られます。

 

濱口由貴 花伝師範、小池和弘 錬成師範、                福澤美穂子 錬成師範

イシスの奥義「花伝式目」を花伝師範が語る「白熱ガイダンス」も披露され、会場が一気にインタラクティブになりました。

          北原ひでお 錬成師範

花伝コーナーのラストは、イシス名物の「教室名」発表。花伝所を「放伝」し教室を担当される方には、松岡校長がどんな教室名を編集してくれるのか、ワクワクする瞬間です。

モニタに映し出される校長直筆の教室名

〈第2部〉

◎結餉(食事タイム)────────────────────────────

第2部は、食事を交えおしゃべりする「結餉(ゆうげ)」のひとときからスタート。

◎校長校話────────────────────────────

最後は校長校話。「編集する。日本する。」というイシスのキャッチフレーズを紐解くお話で始まり、「本楼」スペースを巡りながら語ります。「編集的日本像」に一同が想いを馳せる校話となりました。

「メタフォリカル・シンキングが日本流です」

本楼2Fまで人が溢れた。

3講座がクロスする感門之盟が終了すると、それぞれ、新たなタビノハジマリです。

(イシス編集学校 広報)

守役揃って守縁賑わい、イシス守流の感門之盟(速報版)

 12月16日(日)、五反田のDNPビル9Fで、第32回感門之盟が開催されました。
 7月スタートした28期[守]卒門式に140名のメンバーが参集、編集稽古17週間の修了を祝いました。
 今回の師範代は8名、全員再登板でベテラン師範も含む役者揃い。師範ロールのときは強面だった師範代たちも、守縁を紡いだ師範や学衆たちに囲まれて、満面笑顔の一日でした。


 

役者がズラリ。

 

 

◯守役紹介◯

写真は、はじめて師範代ロールを終えたときの<感門之盟>登壇写真。

 

 

姐さん新奇劇教室 奥山和栄師範代

 

 

合接前線教室 古野伸治師範代

 

 

木喰パイロン教室 山脇稔也師範代

 

 

沖ゆいコーザ教室 真武信一師範

 

 

キャラバン海豹教室 大沼友紀師範代

 

 

参読感読教室 大野哲子師範代

 

 

象限ドップラー教室 岡本 尚師範代

 

 

カラダ仮屋教室 渡辺恒久師範

 

 

◯『ISIS NEWS』ダウンロードできます。
 A3版 両面三つ折り(5.4M)です。

 

 

デザインは、感門団の江上聡明師範代(23期八転トート教室)です。

 

 

(コースウェア事業部)

第30回◆感門之盟レポート by感門団

 3月10日、東京・青山の草月ホールにて、イシス編集学校の卒業イベント<感門之盟>が開かれました。普段はネット上での編集稽古ですが、この日は、メンバーが一堂に会し、修了を称え合います。守・破・遊(物語講座・風韻講座)花伝所・業(企業提携講座)各講座を終えた面々が集い、まさにイシスの奥行きと拡がりが大いに感じられるハレ舞台です。

 記念すべき第30回のテーマは“ただいま、編集中”。世界が常に編集され続けているように、私たちは編集し編集される相互の関わりを持ちながら変わり続け、次なる可能性へと踏み出すことができる。受講生になったり、コーチになったり、ひとシーズン、かわるがわるのロールチェンジを経て、全国各地(海外からも)集まった学衆・師範代・師範ら総勢250名以上が、この会場で起こる編集の“今”を感じた格別な一日となりました。

 

 

 

 

 

 
  朝から霙まじりの雨ながら白梅も。

 
 「ただいま編集中」と銘打たれたポップなロゴ。

 



 受付も大賑わい。みな、晴れやかな表情です。

 

 

00 【オープニング】
〜いつも編集しつづけている

 

 開始5分前のオープニング映像、客席全員のアタマのなかの要約・連想を一気に加速させる、名物・映像フラッシュです。今回は世界中の編集シーンが連打され、どことなく守破の編集稽古を想起させるようでした。そして、今回の司会による開会、師範代で松丸本舗ブックショップエディターの小川玲子さんと守番匠の大澤靖永さんのお2人です。


  ぐんぐん引き込まれる迫力のオープニング映像。


司会のお二人。落ち着いたハコビと機転にうっとり!

 

 

 
01 【第26期[守]卒門式】
〜着々怒濤、アワセ・キソイ・カサネた17週間、14教室。

 

 感門之盟といえば、やっぱり[守]卒門式。教室を受け持ち、17週間の指南を全うした各師範代によるスピーチには、言葉のひとつひとつにイシス編集学校の“超部分”が滲み出します。学衆さんからのかけ声、ステージに駆け寄って花束を渡す姿も。どの師範代も、見守ってきた師範たちも、ぴか一にいい顔!松岡校長から師範代14名全員に「先達文庫」が、師範たちに直筆の遊書が、それぞれへ言葉を添えて贈られました。

 

 


 師範代一同にステージング。

「この師範代にこの一冊!」オモイが託された本が次々と手渡されていきます。
※先達文庫と松岡校長からのメッセージはこちらをご覧ください。


 ステージにかけよる学衆のみなさん。

 松岡校長から師範のみなさんへ、感謝を込めて直筆の贈りもの。

 

 

02【[遊]風韻講座 第9座「南天座」韻去式】
〜 冬の座の風情がひときわ輝いた

 

 毎期、満員御礼の人気コース、誰もが一度は受講したい風韻講座。興味津々です。韻去した座衆の句に寄せて、編集学校のスーパー師範、小池純代さんのトークパフォーマンスが冴え渡りました。

 

 


「短歌には、何もできません。でも祈ることは得意です」と3.11にも心を寄せた小池師範。

 


 座には、連歌をちまきする「ち」組、「ま」組、「き」組がある。
「毎期、なぜか、それぞれの組ごとに特徴がでます」(小池師範)

 最後に三つの賞が発表されました。もらって、きょとんとしている人も。

 

03 【スペシャルコーナー「ただいま、編集中」 その1】
〜イシスな人々のエディットライフを直撃。

 

 佐々木千佳学林局長によるスペシャルコーナーでは、「ただいま、編集中」のテーマにちなみ、イシスメンバーのワーク編集を紹介。イシス編集学校のメインコース[守][破]の稽古の現場を編集する、木村久美子[破]学匠、冨澤陽一郎[守]学匠はじめ、イシス編集学校の学びとともに、「日本旅」「能楽堂」「日韓」「環境」「学び」「次世代インターネット」「報道メディア」などなど、本業の現場でも編集を尽くす師範や師範代たちの仕事が次々と紹介されました。実に多方面で編集術が使えるんだなぁと思う一方で、イシス編集学校メンバーの多様な顔ぶれを実感したひとときでした。この編集力が、編集学校のもうひとつの強力なエンジンになっているのでしょう。
 また、吉村堅樹・8離半東からも4月3日創刊の『千夜千冊サテライトメディア・方(HOW)』はじめ、マザープロジェクト『The Root(s) of Japan(s)』,「出版・目次録」、「松丸本舗ブックショップエディター」、3年ぶりに復活した「三冊屋プロジェクト」、そして、わが「イシス編集学校・感門団」も紹介されました。

 

 

 
編集パーソンたちによる編集トーク。


このあと、団長の村井宏志師範と池澤祐子師範もご挨拶しました。

 

 

04【第25期[破]・突破式】
〜百十九日稽古修行・25破突破寺

 

 編集稽古を通じた“本気”のやりとりが、学衆と師範代を大きく成長させる[破]。全10教室を見守り続けた師範から師範代に贈られる「感門表」(師範代への卒業証書)は、期間中、昼夜分たず走り続けた師範代へのアプローズ。いずれも深く沁みる言葉の数々で綴られるステージとなりました。

 

 



 師範から師範代へ贈られる「感門表」。このヒト、このとき、この場だからこその言の葉が舞います。


 破の師範代には、2冊ずつの本が贈られました。
※先達文庫と松岡校長からのメッセージはこちらをご覧ください。

 
 校長から4人の師範それぞれへ贈られた書は、別院テーマとなった「25破突破寺」にちなみ禅の言葉。

 

 

 05 【スペシャルコーナー「ただいま、編集中」その2】
 〜編集し続ける編集学校

 

  2つめのスペシャルコーナーでは、過去30回の感門之盟・名シーンのフラッシュ・バック。そこに[離](専門コース)の太田香保総匠からイシス編集学校の本来と将来を繋ぐメッセージが重ねられました。
 『千夜千冊』の第1000夜に書かれた「切実さのない編集などない」という言葉、「選択してこの生き方を選んでいるのではなく、こうしか生きられないか ら」と言った田中優子さんの言葉を引いて、「イシス編集学校のみなさんこそ、ぜひ、“こうしか生きられない”生き方をしてほしい」と締めくくりました。

 

 


創設期からイシス編集学校を見続けてきた太田総匠

 

 

06 【第3期 [業]MCB感伝境】
〜企業のフレッシャーズに編集術を伝える。

 

 みずほコーポレート銀行の新入社員研修の一貫として開催された第3期、業・MCB感伝境。編集学校のメソッドは企業の文化として浸透しています。


 一人一人に手渡されたのは菫。この日のために、塚田有一師範代がコーディネート。

菫を手に、小泉満生境匠(師範代/みずほコーポレート銀行)。

 

 

07 【第4綴・物語講座績了式】
〜物語を書くために生まれてきた。

 

 4綴の物語講座は「外套マクベス文叢」、「鏡の国のナジャ文叢」、「一握のモモ文叢」の3教室。22名の績了(せきりょう)者が、4ヶ月の間に綴られた物語作品集「綴墾巻(てっこんかん)」を手にしました。

 

 


破の師範たちが作り出した[遊]物語講座も4年目を迎えました。赤羽卓美綴師と野嶋真帆綴人師範。

 
宮前哲也さん(師範代)が、なんと「トリガー賞」「窯変ミステリー賞」「編伝賞」総なめ。
完綴賞を受賞しました。おめでとうございます!

 

 


08 【第16回ISIS花伝所 放伝式】

〜演習の香ばしい日々から、花の時分へ 

 

 感門のラストを締めくくったのは、師範代養成コース・16花の放伝式です。学衆から師範代へとロールチェンジして、綿々と受け継いでいく「学びのしくみ」は、イシス編集学校の秘密の1つです。
 7週間の道場演習で師範代の型を身につけた放伝生たちが、次期の師範代となり、自分たちが受け取った「編集の面白さ」を伝える側へと向かう日、松岡校長から贈られた教室が披露されました。指導を担当した花伝師範、錬成師範、首座もステージに上がり、拍手で祝しました。

 

 


 16回花伝所の門を叩いたのは、総勢22名。

 


 4道場の花伝師範、錬成師範、首座が勢揃い。代表して村井宏志首座から挨拶がありました。
「我こそはと思う人は、ぜひ師範代を目指してください。その意義と教室をもつ面白さはやってみてこそわかります」。

 



教室名を編集中の松岡校長の映像も初公開。編集学校の未来、新師範代とその教室名が披露されました。

 



 新師範代には、師範代認定証が手渡されました。

 


 期待に胸ふくらませる27守師範代のみなさん、笑顔です。
(4月16日、27守開講!)

 

 

09 【校長校話】
〜編集学校はジェネレーター

 

 

 感門之盟を締めくくる、編集学校の全学衆への校長校話。“編集を人生する”それがセイゴオ校長。私たちは、今、必要な編集とは何かを、校長の言葉に学んでいます。
 今回のキーワードは、「はなれとばなれ」「かわるとがわる」「にっちとさっち」でした。
 「はなればなれ」ではなく、「かわるとがわる」は起こり、「にっちとさっち」は出会う。
また、「欠乏のエンジン」と「制御のエンジン」が互いに機能しなくなっていることをルロワ・グーランの『身ぶりと言葉』から引きながら、「欠乏をなくして過剰になり、リスクのための制御になってしまっているのではないか」と問いかけます。

 『連塾方法日本III』にも書かれている、ジェネレーション、ペネトレーション、パティキュライゼーションについて、「今編集学校の中で起こっていることから学び、それをジェネライズして欲しい。日本は型がジェネレーターである」。

 この日、3つのキーワードにのせて、松岡校長から私たちに託されたことの大きさを感じました。でも、編集学校に集う仲間だからこそ、個を問い直しながら、スペシフィックからパティキュラーな価値へ向かうことができるのかもしれません。

 


 この日の校長校話は、こちらをご覧ください。

 

 

 

(構成:イシス編集学校・感門団)
 text: 池澤祐子、齋藤友理、島 陽子、石井梨香、村井宏志
 photo: 渡辺彰衡、吉村堅樹 (以上、感門団)、猪又直之

 

 

 開講間近のイシス編集学校! 
 気になる方は、「編集力チェック」からどうぞ!
Web編集力チェック

 

イシス編集学校◆松岡正剛が贈る「3つの言葉」

2012年3月10日(土)、東京・青山の草月ホールにて
イシス編集学校の期を締めくくる修了式「感門之盟(かんもんのめい)」が開催されました。
「編集力」を高める各コースを終えた面々や学校OBが
各地から集まり、壇上では「世界にひとつだけの卒業証書」とも言える
感門表の授与式や30回を記念する映像「感門百景」が流れるなど、
盛りだくさんのユニークなイベントでした。

最後は、松岡正剛校長が皆の感門を祝い、これからの「編集」を語る「校長校話」です。
その一端をご紹介いたします。

 

松岡正剛が贈る「3つの言葉」
 ~イシス編集学校 第30回感門之盟・校長校話 


                    
                イシス編集学校校長 松岡正剛


 

 

◆編集学校の「超部分」

 

  編集学校の組み立ての中にはたくさん秘密があって、その奥にハイパーパート、「超部分」がひそんでいます。例えば教室名には、師範代の夢と現実が、想像と創造のふたつの“ソーゾー”力が躍如しています。 
 その教室には<学匠>と<師範>と<師範代>と<番匠>がいて、教室運営のための研修会<伝習座>や、<お題>を見つめています。師範代は正解を求める<指南>をするのではなく、むしろ新たな回答への道をみんなに促しています。このような一つ一つが編集学校の「超部分」として大変複雑に相互に関連してコンプレクシティ(complexity)をつくっているわけです。
 普通はそういう複雑なものは今の社会に合いません。けれども編集学校では、あえて社会から忘れられがちなこと、今の制度からは掬い上げられないもの、自分たちの中にひそんでいる創(きず)というようなものを、そのまま使っていいとしています。それがこの学校のクリエイティビティであり、エマージェントにつながるのです。
 最近はこうした編集学校というコンプレックスシステムを支えていくための精度が、どんどん意識的に上がってきたように思います。 最近の日本ではそんな精度なんてネグレクトされがちですよね。だって割が合わないからね。しかし割が合わないことをどこかが持ち続けない限り、本物の文化というものは、生まれがたいのです。さきほどからの「感門」を見ていると、そういうおもいが、すでに諸君の間にも生じていると思います。とても誇らしいことです。

 

 

◆ハナレとバナレ、カワルとガワル、ニッチとサッチ

 

  今日は「感門之盟」の30回記念を記して3つの言葉を改めて選んでみたいと思います。
 ひとつは「ハナレとバナレ」です。私たちはたいてい離れることが怖いものです。被災地の人たちは故郷にいたいけれども離れざるをえない。会社の人事だから転勤や海外派遣がある。かつては東京へ行きたいからぽんぽん故郷を捨てていた訳ですが、どうもそれとは違う時代が今、来ていると思います。
 かつて内村鑑三は「棄てることが重要」と言い、もっと前の世阿弥は「いったん恐れずに離れなさい」と言いました。「離見の見」が大事だからです。離れるっていうことは難しい。私たちは自分からも故郷からも離れる目をもつ必要があります。昔の家には「ハナレ」がありました。
 一方、勝手に離れていったものもあります。これは心の中に置いておいたものが離れてしまった「バナレ」です。たとえば、自分が好きだったものを諦めて会社に勤めて以来十数年たった。でも自分の中にひそんでいる「なにか」を、もう一度取り戻したいという時がある。その「なにか」が「バナレ」というものです。いったん離れたものが戻ってくるんです。編集というのは第一にはまず、この「ハナレとバナレ」というものを、つかみなおすことなんです。
 二つめは「カワルとガワル」をどう見るかということです。編集の根本はここにあります。ところが「カワル」というものが、グローバルスタンダード化によってフラットに摩滅しつつあるんですね。基軸通貨の為替レートによる一様な兌換制では、ドルが決まると残りすべても決まっていく。ここには、この為替レートに「カワル」ものがない。お金を換金するという「カワル」だけで、もう一つの「ガワル」がない。そのために例えば地域通貨とか、贈与とか、もう一つの価値観を持ち出すような考え方が生まれるわけですが、あまりにもでかいグローバル・ワンピースとしての「カワル」があるために「ガワル」が小さくなっているのです。
 編集ではこの「カワル」と「ガワル」を同時につくることが重要なのです。師範代は、まさにこの“代”、「カワル」ということのカナメにいる人たちです。これは依り代の「代」ということでもあり、その人がそこにいることによってその席の意味がつくられて、代々つながっていくことでもあるんです。
 三つめは「ニッチとサッチ」の両方を持とうということです。“隙間”の「ニッチ」と“察知する”の「サッチ」です。普通は「二進三進」と書きますね。「にっちもさっちもいかなくなった」と使う。二つも進めない、三つも進めない、というのが普通の語源ですけれども、もしその字を書くのなら、私は、ニッチの“二進法”に対してサッチの“三進法”を持ち出したい。デジタルの先まで進みたい。あるいは、隙間があるならば、そこに察知を加えて、「ニッチとサッチ」というものを動かしたいと、ずっと思ってきました。
 アンドレ・ルロワ・グーランは『身ぶりと言葉』(ちくま学芸文庫)の中で、「われわれは思考したり、思いを持った時に、それを遂げるようにできている。つまりそれは、失敗しようとか、遂げられないようにはできていないはずである」ということを、長い文明論と文化論と動物論を通して描いています。グーランは「ハナレとバナレ」「カワルとガワル」「ニッチとサッチ」を相互的に組み上げなさいと言ってるんですね。
 離れているもの同士が出会ったときのよろこびのエンジンと、この人とこんな風に出会えたんだと思えるエンジン、その二つによってわれわれは「おもい」を遂げるのです。

 

 

◆編集学校は“ジェネライズ”している

 

  私たちはそろそろ、文明から学ぶとか、世の中から学ぶのではなくて、この編集学校で起こっていることから学んだ方がかなり多いというところにさしかかっています。ここからは、諸君にこの編集学校で起こっていることをジェネライズしてほしい。それを期待したい、託したい。
 そのための方法の一つは、ジェネレーション(generation)です。「一般化」と普通訳しますが、これには「発電する」「型をつくる」といった意味があります。
 二つ目はペネトレーション(penetration)です。梳いていく、スクリーニングするといってもいい。いろんなものを抱えていながら、からへ、破から花伝所へ、花伝所からへ、離からまた風韻へ、風韻から花伝師範へ、花伝師範からまた師範代へ、師範代から、というふうに次から次へ、ペネトレートしてください。編集学校ほど代謝系がよくできているしくみはないと思います。ですから、いったいこうやってペネトレートされているものは何なのかというのを、ぜひ発見してほしいです。
 そして、三つ目は「個」というものの中から新しい個人主義、新しい個性、新しい個別性とは何か、ということを導きだしてもらいたい。ヒントを一つだけいいますと。スペシフィック(specific)ではなくてパティキュラル(particular)な考え方が必要だろうと思います。たった一人の例外、たとえば、宮沢賢治において、石川啄木において確立する個、普遍的な個、それがパティキュラリティというもの、パティキュラリゼーションです。
 日本では<型>がジェネレーターなんです。イシス編集学校はそれを体現しようとしている<型>そのものを使います。ぜひ、ジェネレーションとペネトレーションとパティキュラリゼーションを起こすために、「ハナレバナレ」にならないで、「カワルガワル」でお互いに持ち合いましょう。そして、一人一人が「ニッチとサッチ」を一緒にできるエンジンになってもらうことを期待しています。

 

 

2011年3月10日
編集/イシス編集学校 学林局
写真/猪又直之

 

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 情報編集の基礎を稽古する。
    [守]基本コース 春講座お申込み受付中。
    4/2は一次締切の日です!

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第30回記念「感門之盟」開催!

 イシス編集学校の卒業式「感門盟」が2012年3月10日(土)に開催されます。

 

 「感門之盟(かんもんのめい)」は各コースを終えた師範、師範代、学衆のみなさんが松岡正剛校長や先達の皆さんとともに、その期の充実を喜び讃えあう卒業イベントです。

 

 編集学校の方々はもちろんのこと、30回を記念して、学外の方のご参加も可能となりましたので、お申込み、お待ちしております。

 この機会に、イシスの歴史を直接感じにいらしてください!

 

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 イシス編集学校 第30回 感門之盟 / 概要
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            祝◎感門

 

     26期[守]★25期[破]☆16回[花伝所]
       9座[風韻]☆4綴[物語]★3期[業]

 

[日時]3月10日(土)
    11:00受付開始 12:00開演~19:30終了(予定)

[会場]草月ホール
    東京都港区赤坂7-2-21 草月会館 B1F
    http://www.diskgarage.com/hall/map/01109.html

[半門銭]7000円(軽食代含む)
(参加費)

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 アフター感門之盟(二次会)/ 概要

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[日時]3月10日(土)
    20:00開始(予定)

[会場]都内(確定し次第追ってご案内いたします。)

[参加費]5000円くらいを予定(食事、飲食代込み)

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*期の編集稽古をともにしたお仲間と、指南を全うされた師
 範代と、見守りつづけた師範と、喜びを分かちあう晴れの
 場です。ぜひ「晴れの場」にふさわしい格好で存分におし
 ゃれして、ご参加ください。

 

*感門之盟・半門銭、アフター感門之盟・参加費は、当日の
 感門之盟受付で現金にてお支払いください。

 

*感門対象期のコースに在籍中の方は、それぞれのラウンジ
 にてお申込みを受け付けますので、各ラウンジのご案内を
 ご覧いただきますように。

 

*感門期以外の方は、以下の申込みサイトよりお申込みください。

 

[お申込サイト]http://es.isis.ne.jp/kanmon/entry.html
 ※学外の方は[6. その他]を選択してください。

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ご一緒に編集学校の「今まで」を振返り「今」を感じつつ「これか
ら」に思いをはせる一日を、楽しみにしております。

 

「只今、編集中」校長の書も編集中!

 

▽過去の感門
第29回「イシスのミノリ」
第28回「edit cross 共読区」
第27回「edit cross 越境インタースコア」

No.37 『眼の引越』大澤靖永さん


17期[守] 青山一刻教室 師範代
  ※17期[守] 2007年4月23日〜8月19日
大澤 靖永 さん(東京都在住/会社員)

【ISIS編集学校歴】学衆:13期[守][破]、5回花伝所、4離、風韻講座8座、師範代:17期[守]、20期[守][破]、師範:22〜23期[守]、14回花伝所(錬成)、24〜26期[守]番匠

 

From Seigow
『眼の引越』青山 次郎(中公文庫) 

[内容紹介]小林秀雄、永井龍雄、中原中也、河上徹太郎といった昭和の文学者との深い交友が世に「青山学院」と言われた強烈な個性の異才、青山次郎。梅原龍三郎論、小林秀雄論など、自らの「眼」に美の発見を賭した独自の美学の精粋。

 

 

いつでも眼の引越

  「青山二郎は読んだことある?」、たしか渡される際に聞かれたように思う。名前こそ聞いたことはあるが、どちらかというと冒険小説や推理小説の類で育ち、イシス編集学校に出会う少し前までビジネス書ばかり読んでいたこともあり、読んだことはなく、ピンとこなかった。教室名と同じく“青山”が入っていることからセレクトされたのかと失礼な感想も頭を掠めたりした。
 

 読み始めてみると、手強い手強い。書いてあることが、なかなか入ってこない。いや、入ってもいろいろなところに引っ張り出されて、進まないのだ。そこにあったのは安易にわかろうとすることを拒否する言葉の迸りであった。今回読み直してみても、それは同じこと。

 いや、いっそう深く世界に引き摺りこまれた。

 青山二郎は眼の力にすべてを賭けた人と言われる。その切れ味はこんな具合だ。


 「見える眼が見ているものは、物でも美でもない。物そのものの姿である。姿が見えるというのは、女が美人に見えることではない。物の姿とは眼に映じた物の、それなくしては見えない人だけに見える物の形−形あるものから、見える眼のみが取りとめた形である。それを美というのは速や過ぎる。」
 

 一節だけ切り出しても、とても過激、過剰で、難しい。人の賛辞や値札に惑わされず、ただ、眼に映ったものを過不足なく取り出すことにこそ一生を賭けた男ならではの言葉である。

 また、こうも言っている。


 「ある年齢に来ると、誰でも銘々の流儀が宿るようになり、自分でも手が付けられないし、人の言うことなぞ金輪際聞くものではありません。(中略)ところが銘々の眼が銘々の流儀に従属して物ごとを見ている事は、いい意味にしろ悪い意味にしろ気附かれていません。誰でも銘々の眼玉で確と物ごとを見ている筈です。それなら眼玉で見た物を、何故眼玉で受け止めないのでしょう。眼で見たものを時間的に置き換え、頭で判断する習慣があるからです。」
 

 眼で見たとおもったことには、それまでの世界観、その場ならではのフィルター、つまりは編集がなされているということだ。まさに、同じようにすべてを編集という方法でみることに賭けた男により極められてきた編集工学と共鳴しているかのようだ。こうした編集的な見方との相似は、編集術の学びを深めるにつれ、多くの問いへと変化させながら魅せ続けてくれている。
 

 そもそも編集術との出会いは、仕事になんとなく閉塞感を感じてブレイクスルーを求めていた30代の終わりに、ふと手にした『プランニング編集術』という一冊の本だった。既存のビジネス書とは角度の違う柔軟な思考の方法に大きな可能性を感じ、時を待たずにイシス編集学校の[守]へと入ることとなったのだった。

 そこで、会社員、学生、主婦など、職業、地域を越えた多種多様な人たちとともに、コップの使い道を様々に言い換えたり、公園の特徴を要素・機能・属性から見てみたりといった身近な題材のお題に取り組んだ。すると、とても同じお題とは思えないぐらいに、実に多彩な回答が出揃うのである。そうした稽古を重ねていくと、ウエブだけの関係であってもそれぞれの思考のクセ、好みが見えてくる。
 

 同じ型を通したことで、まさに、青山二郎の言うところの銘々の流儀が見えてきたのだ。
 

 同時にそこで出会ったのは、経験値の中でしか思考できなくなっていた自分であった。ロジカルにモノゴトを捉えているつもりが、いつの間にかパターン思考へと陥っていた。パターン=型は、そこになにを通すかが大事であるが、使うことを目的にしてしまっていたのであった。閉塞感は自らウチに作り出したものだと気づいた。

 

 そうして、編集術の世界を突き進んだ一区切りでもある師範代を終え、手にしたのが本書、そして校長のメッセージである。
 

 “そろそろ眼の引越をしてみよう”

 実は、この巻末には松岡正剛校長が『非株な男』という文章を寄せている。そこで、こう書かれている。


 「もとと勝負しているのはわかる。そのもとは“もの”にある。いや、“もの”そのものにあるのではなくて、眼が“もの”をみたあとの“もの”にある。」「もとをとるには、もとを払わなければならない。」
 

  では、そのもととはなにか。ふたたび青山二郎の言葉を借りてみる。
「それが美術品といわれるのは、独自の一つ一つの形態がそこに在って、それが他と違わなければならぬ大事な所で、他と違っていなければならない筈です」
  形態から大事な所を分かる眼、思考に増減されない物自体の在り方を見る眼を鍛えるために、青山二郎は中学ではすでに高価な骨董を買うなど、なけなしの大事な金品を払う。それこそ、もとを支払い、ものにあるもとと勝負する人生へと向かったのだ。

 

 

ジワジワと背を押すメッセージ
 

 

 こうして読破した後に、このメッセージは重みを増してきた。


  “ソフトアイの中に時にハードアイをだね”  
 

 そうなのだ。師範代まで突き進んできたことで、編集的な見方の魅力が一層わかってきて、もっともっと見方の自由を広げていきたい欲求が強くなってきたのだ。
 

 今の時代はもとがなにか、また、もとをとるためにはらう(払う、祓う)べき場所もわからなくなっている。そうした中で見方の自由を広げるには、既存の持ち物やいつもの場所だけでは足りなかった。

 そうして、イシス編集学校へと再び向かうこととなる。いつでも新たな窓を開いてくれるお題や仲間が随所に用意されているここに、どちらも存在していると思えたからだ。

 現在、[守]の運営に関わりながら、多様な学衆の回答、師範代の指南の中へ方法を通して表れる多彩な世界観に触れている。そこでは「眼の引越」がいつでも頭の隅の無意識と意識の狭間にあり、それを忘れないよう刺激してくれる場の力を感じる。編集術の基本を教える[守]は始まりであり、彼方でもあるのだ。

 

 

 

 

 

 

日本という方法の中核にある先達文庫たち

 

 (文・大澤 靖永)

 

 

No.36『私の生まれた日』古田茂さん

 


17期[守] 挑心りんりん教室 師範代
  ※17期[守] 2007年4月23日〜8月19日
古田 茂 さん(東京都在住/化学メーカー営業)
 

 
【ISIS編集学校歴】学衆:13期[守][破]、5回花伝所、4離、風韻講座六座、師範代:17期[守][破]、2回[業]、師範:20〜22期[守]、10〜11回花伝所(錬成師範)、14〜16回花伝所(花伝師範)

 

From Seigow
『私が生まれた日
池波 正太郎(朝日文庫)

[内容紹介]昭和47年(1972年)から昭和62年(1987年)に発表されたエッセイの中から食べ物、散歩、旅、下町、家族などに関するものを著者自らが選んだ62篇が収録された自選随筆集。東京の下町に暮らす大人や子供の視点、心情が描かれている。

 

 

 

 

 

こころの中の忘れ物が甦る
 

 もう4年の歳月が経とうしているなんて信じられない気持ちがする。17期[守]の師範代をおえた2007年秋の感門之盟の檀上、
 

松岡校長:「古田君は、自分と同じ誕生日の人について考えたことがある?」
古田:「えっ・・・、特にありません・・・。」(すっとんきょな返事)
松岡校長:「これは私と同月同日に生まれた気骨の作家の本です。古田君もいつか同じ誕生日の人について考え巡らせるときがくるでしょう。」

 


正確ではないが、こんなやりとりの言葉と伴に手渡して頂いたのが池波正太郎の自選随筆集『私が生まれた日』。

 
 

 池波正太郎さんの本は何冊も読んでいた。好きな作家のひとりである。『鬼平犯科帳』の中で描かれる長谷川平蔵は粋も辛いも心得た本物の男としての憧れであったし、その他の時代ものからも人の哀愁と暖かみをもらってきた。暮らしの断片を切り抜いた数々のエッセイに大人の男のひとつの見本を見せてもらってきた。でも千夜千冊699夜にも紹介されているこの本は当時まだ未読。贈られた翌々日には一気に読み終えた。
 

 内容は既読のエッセイと同様に、作家の目と心からささやかな日常の場面を浮き出させる池波ワールドが展開され、興味深くおもしろさを感じた。並行して、自分と同月同日の誕生日の人物を検索しみたりしたが、並んだ人物にはそのときは「あまりピンとこないなあ」と感じるのみで終わっていた。

 

 その後は、イシス編集学校で多くの学びの場に向かい、学びを追い追われる中でこの先達文庫に託された松岡校長の意図や問いについては、心の片隅に置いたままになっていたようだ。

 

 

校長メッセージにある「ひめん」とは?

 
~再読、再考の気づき~ 
 

 寄稿文を書くにあたり、先達文庫を再読し、同月同年生まれの人物を今一度調べてみた。その過程で最初には見過ごしていた著者の言葉や人物と自分がかたちづくられてきた環境とのつながりを実感することになる。 

 

 著者が失われつつあると指摘する東京下町の情緒と融通は、私が生まれ育った新宿柏木の小さな商店街、家を訪ねてくる行商のおばさん、いたずらしている子供を叱る近所のおじさんおばさんの姿、などの中に確かに存在し、人と人の密かつ間合いをもった交際の姿勢、自分の人に対するカマエの基本となっていること。

 岡山で生まれ大阪に出て染物を修行し東京に上京して呉服屋を興した、祖父やそれを支えてきた祖母の気風や持ち物が育った家の中にはあり、明治、大正、昭和初期の空気が身近に立ちこめ、著者も影響されたと語っているそのような父母祖父母の生活が今日の私には大きく働きかけていること。

 この隋筆集が書かれた1970年代~80年の時代は、私は「子供のころ」という題の随筆の中で書かれているような子供でもない大人でもない若者という存在にあり、ゲームセンター、ディスコフィバー、バブル好況へ若者風俗の中を、無思慮と疑問の複雑性の中で通過し、その後仕事を通じての連帯と責任が人情を意識できる大人の世界へと転じさせていったこと。

 馬場、猪木を一本足頭突きで苦しめたプロスレラー大木金太郎、セナとともにマクラーラン・ホンダのF1連勝の原動力となったアラン・プロスト、パソコンのおもしろさを教えてくれたアップル操業者スティーブ・ジョブス。子供の頃から20代にかけて興奮をくれた人物が私と同じ2月24日に生まれていたこと。
 

 などなど、見えていなかった情報がしっかりと意を注ぐことにより、浮き出てくる。モノゴトの周囲に繊細に目を凝らせるようになっている。編集稽古を継続してきたこの数年での自分の変化である。
 
 

 先達文庫に書かれた松岡校長のメッセージを改めて読み返す。

 

 「自分の周辺と国を見つめるひめんも、読んでほしい。」
 

 

  「ひめん」とは「庇面」。結晶形の中心を通る平面に対し鏡映の関係にある一対の面。同じ誕生日の人や自分の周囲のひとつひとつのモノゴトは、個々に独立したものではなく常に自分とつながった存在である。周辺から影響された自分の行動や思いはまた、周辺や世界をかたちづくる力の一端となっていく。自分の歴史と世界は無関係ではない。「些細のことにも意識を向けなさい。そこに隠れている関係性を見つけることにもっと思いを込めなさい。多様なつながりを鏡に映し出しなさい。」
 校長のメッセージにはこのような意味があったのではないだろうか、イシス編集学校での学びを通過してきた今、そう感じている。

 

「もてなす方と、もてなされる方との心のかけ合いなくしては、たのしむことも当然、通り一遍のものでしかなくなる。」
「かたちにあらわさなくては心も通じないのである。」
「こころとこころ」という題名のエッセイにある言葉である。

 

  やってくる瞬間に手を抜くことなく向かい、そこにある何かを見つけ、かたちとしていくことに意(こころ)を注ぎ続けていくことの大事さを思い起こさせてくれた。校長メッセージが添えられた先達文庫の再読は、忘れかけていたものとの再会を演出してくれるインターフェイスである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


『私が生まれた日』の横には『白川静』『多読術』 

 

 (文・古田 茂)

 

 

No.35 『桂春団治』景山和浩さん


17期[守] 八雲でんねん教室 師範代  ※17期[守] 2007年4月23日〜8月19日

景山 和浩 さん(大阪府豊中市在住/新聞編集)

【ISIS編集学校歴】学衆:14期[守][破]、6回花伝所、5離、師範代:17期[守][破]師範:19期[守]、20期[守]、9回花伝所(錬成)、14回花伝所(特別)、番匠:22期[守]、23期[守]、24期[守]、錬成師範

 

From Seigow
『桂春団治』
富士 正晴(講談社文芸文庫)

 

 

[内容紹介]独創的な話術と奇行で知られ、一世を風靡した鬼才桂春団治。明治大正の落語界を席巻し、上方落語の全盛期を築いた。その一代記を出生から57歳で亡くなるまで、綿密で緻密な調査と多彩な資料で裏付け、実像に迫った評伝。

「らしさ」の向こうに真実は眠る 


 「そりゃわいはアホや 酒もあおるし 女も泣かす」。

 岡千秋が都はるみと歌ってヒットしたご存じ『浪花恋しぐれ』。初代桂春団治の名調子でございます。この歌を聴いた当代の三代目春団治は「人の大師匠をつかまえてアホとはなんや!」と怒ったと申しますが、世間のイメージする春団治像はまさに歌の通り。大酒飲みで女が好きで博打に目がない、でも落語にだけは真剣。規格外、破天荒、風雲児、前代未聞、豪放磊落、奇妙奇天烈、大胆不敵…。そもそも初代と名乗ってはいますが、それ以前にも春団治という噺家はおりまして、正式には二代目。それでも初代を名乗ることを噺家仲間も認めざるを得ないくらいにすごかったということなのでしょう。おかげで本当の初代は「0代」と言われているとか…。
 

 なにしろ爆笑王なのです。

 春団治が姿を見せるだけで寄席は笑いに包まれたと申します。オノマトペイアをふんだんに盛り込んだスピード感あふれる噺。当時としては異端の極み。寄席から寄席へ赤い人力車を駆ったとか、税金滞納で己の口に差し押さえ証を貼ったとか、煎餅で食べられるレコードをつくったとか、でも売れなくて大損したとか、気に入らない噺家を待ち伏せて殴ったら自分の師匠だったとか…こうなるとマンガの世界ですが、とにかく話題に事欠かない。それこそ伝説が着物を着て歩いてるような男だったのでございます。
 

 しかし、ちょっとお待ちください。そもそも芸人。売れるためには自分のことを面白おかしく吹聴するのが商売のようなもの。春団治は本当に「芸のためなら女も泣かす」ような男だったのか? 数々の逸話を聞いておりますと、どこまで本当でどこから嘘なのかが分かりません。それならと当時の資料を丹念に調べて、春団治の実像に迫ったのが、先達文庫として頂いた本書『桂春団治』なのであります。
 

 著者は富士正晴。大阪の小説家で、上方落語や日本舞踊に通じ、『VIKING』という同人誌を主宰、島尾敏雄や開高健を育てたといいます。権威を嫌って晩年まで大阪・茨木市内の竹林に住み「竹林の賢者」とか「安威(あい)の仙人」、安威とはその近くを流れる川ですが、このように呼ばれたという反骨の人なのです。
 

 富士は初代春団治の評伝を書くために、戸籍をはじめ当時の新聞・雑誌・チラシや噺家仲間の覚え書きなど財力の許す限り集め、春団治を知る人に話を聞き、新聞社の資料室にも日参します。これらを手掛かりに真の春団治像を掘り出します。数々の逸話も実は作り話だったり他人の話だったりしたことがだんだん見えてきます。「春団治ならやりそう」「春団治がしたことにした方がおもろい」。いつの間にやらオがつきヒレがつき、「春団治らしい」エピソードが出来上がってしまったのです。「らしさの鎧」を幾重にも着た春団治。富士はその鎧を一枚一枚丁寧に剥がして、生身の春団治を取り出したのでした。
 

 こう書くと、この「らしさ」というやつ、とてもやっかいな代物に思われるかもしれません。が、そんなことはありません。現にイシス編集学校でも大切にされる編集術のひとつです。「あの子AKBの大島優子っぽいね」といえば、実際に会ったことはなくても情報をイメージとして伝えることができます。とても便利な編集術。ところが春団治のように「らしさ」がいくつも重なると、真実は隠されてしまう。「らしさ」の向こうの真実まで目が届かなくなってしまいます。この本を頂いたのは、そういう目を持ちなさいというメッセージだったのかも……と、これは私の勝手な解釈でございます。
 

「いずれ離であばらかべっそんを!」のメッセージ入り

 

 さてメッセージと言いますと、『桂春団治』の表紙をめくると松岡校長からの言葉がしたためられております。
 

 「いずれ離であばらかべっそんを!」
 

 むう。「あばらかべっそん」。
 これは昭和の名人と言われた桂文楽の言葉。千夜千冊170夜『芸談・あばらかべっそん』を開きますと、
 

 書名の『あばらかべっそん』は、意味不明だが、文楽が困って窮したときに洒落で言う相槌で、たとえば小股の切れ上がったシャダレ(芸者さん)なんぞをお座敷の客に急に押し付けられたとき、「いや、もう、なんとも、あばらかべっそん」。
 

 このようにあります。
 

 師範代の後、師範を務め、離を受講し、守の番匠までやらせていただきました。編集の奥深さをより知ることのできた師範、編集の壮絶さをたたき込まれた離、編集を伝えることの面白さ難しさを感じた番匠…編集学校にたくさんのものをいただきました。そして仲間も。いまだに消化できないものもあるし、見えないものもありますが、世の中の見方を楽しく学んだ経験はとても大きな財産になっております。
 

 え? イシス編集学校を「らしさ」でいえば? 
それは、いや、もう、なんとも、あばらかべっそん!

 

 

 

 

 

 

 
 

 

 

 

 本棚の落語本コーナー中央に並ぶ『桂春団治』

 (文・景山 和浩)

 

 

第29回感門之盟「イシスのミノリ」ー1

 9月3日土曜日。大型台風12号が太平洋から日本海へ、ゆっくりゆっくり四国上空をまたぐ中、晴天の光を得た東京・恵比寿でイシス編集学校第29回感門之盟(かんもんのめい)「イシスのミノリ」が開催されました。

 今回感門対象となったのは25期[守]、24期[破]、15期[花伝所]、7季[離]、そして[遊]八座風韻の各コース。交通手段確保のために前日東京入りで臨まれた方も多く、学衆、師範代、師範、番匠、学匠など、約240名がそれぞれの編集のミノリを祝うために集まってくださいました。
 感門之盟に参加された方はあの日の熱気を今一度味わうために、参加できなかった方は人々の言葉と思いを感じるために、初めての方はイシス編集学校のハレの一日の仕立てを一望いただくために、どうぞ当日の写真をご覧ください。

0:仕込みからリハーサル、開会まで


朝6時から元気な男組スタッフ


位置を確認しながら椅子の準備。

 
名札も勢ぞろいしてスタンバイ。


リハーサル中も準備メモに余念のない破の迫村勝番匠。


【ISIS通信】に掲載された師範から師範代への感門メッセージを熱心に読む人も。


開演まであと少し。
席も埋まり始めました。

1:いよいよ開演  司会挨拶、そして校長校話へ

オープニング映像を特等席から眺める7離退院者たち。

感門之盟をナビした3つの笑顔。
  
全体司会の佐々木局長。 
「家庭の事情教室」エピソードで開場を和ませる司会の丸山玄さん。
「のほほん鬼龍院教室」の笑顔と気風で司会をしてくださった清水伺名子さん。

「出門」を祝う校長校話。

「イノリからミノリの転換には横超・超越が必要です」   

校長校話に聞き入る顔・顔・顔…… 

2:7季[離]退院式

 松岡校長を始めとする火元組指導陣のもと、7離を駆け抜けた学衆に「退院証」が手渡されます。「退院」は格別の16週間の区切りであり、「一生の離」の始まりでもあります。

太田香保総匠

探源院/土屋満郎別当師範代、塩田克博別番、小島伸吾右筆
 
構肖院/成澤浩一別当師範代、 田母神顯二郎別番、米山拓矢右筆

いよいよ退院証の授与です。どの顔も晴ればれ。
 

 

退院証メッセージを一言も聞き漏らすまいとする退院者。
 

退院式名物の一つは、それぞれのおめかし。
 

 

そして火元校長とのかたい握手と
 

力いっぱいのハグ。
 

 

3:15期[花伝所]放伝式

 次のコーナーは熱く篤い演習をやり通した放伝生と、そのミノリをもたらした花伝師範、錬成師範の感門です。


田中晶子花伝所所長。


古野伸治首座。  


渡辺恒久特師。

花伝師範のお二人、真武信一師範と古田茂師範。
代表して古田師範から放伝生へ、凛とした声でお祝いメッセージが送られました。
 

花伝所で初の師範を担った方に贈られる「花伝扇」。 
2回目の師範ロールを果たされた方には「日本数寄」が贈られます。   

白木錬成師範と司会の清水さんとの連携プレーで行われた
「8分間の入学式」(白木師範コメント)。
 

26守デビュー予定の師範代の教室名がここで初めて発表されました。
緊張も喜びも最高潮!
 

節目のシーンを見守る真剣なまなざしに囲まれて、第15期放伝式の幕が閉じました。

つづく

(学林局)