2011.11.10   [レポート]
CREATIVE TOKYO フォーラム 松岡正剛講演 全記録(前編)


11月4日、明治神宮外苑の特設ドーム内で、「CREATIVE TOKYO フォーラム」が開催されました。経済産業省がクール・ジャパン戦略の一環として取り組む「CREATIVE TOKYO」構想のキックオフイベントです。そのフォーラムにて、松岡正剛(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長)は、日本の情報・文化研究者として「新しい日本の創造:母国再生のための物語について」というテーマで基調講演を行いました。

 

当日の映像がUstreamで配信されたこともあり、会場内のみならずネット上でもいまなお反響が続く講演となりました。アーカイブ映像のビューワ―は5700人を超え(11月9日現在)、ツイッター上でも多くの意見や感想が飛び交っています。今回はその講演の全記録として、松岡正剛・基調講演をそのまま文字に起こしましたのでいま「日本」を語る松岡の言葉をじっくりとごらんください。司会は、森美術館館長・南條史生氏です。

 

※読みやすさを優先し、実際の講演とは異なる表現を用いている箇所もございますので、ご了承ください。

 

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南條:
まずは基調講演ということで、松岡正剛さんにお話をいただくことになっております。松岡さんは皆さんもご承知のように、情報文化・日本文化の研究の第一人者でございます。復興ということも踏まえながら、日本とは何か、日本の向かうべき道は何かということについて、示唆に富んだお話をいただけることと思います。

では松岡さん、どうぞお上がりください。

 

(拍手)

 

松岡:
松岡でございます。おはようございます。日本は、長らく、文化というものを非常に重視してきたわけなんですが、全面に打ち出して世界に伝えるということを省いてきました。たとえば、有名なのは、浮世絵のようなものでしょうけれど、これはフランス人や、あるいはコルビジェやライトや、そういう人たちが非常に重視したわけです。また、今は全く日本で使われていない「根付」という腰にぶら下げるものがありますが、これはロンドンのコレクターやアーティストたちが極めて注目をして、今大変な値段になっています。

 

それは小さな出来事のようですが、実際には、日本の文化と産業、あるいは経済と文化、文化・社会・経済というのは、何かが重なって、菱餅のように入れ替わっていかなきゃいけないということを表しています。それがなかなか日本ではできあがっていない。マイケル・ポランニーという、カール・ポランニーの弟が、経済は、社会や文化に埋め込まれていなければならない、ということを言いました。それが、経済人類学という新しいジャンルをつくって、まさに20世紀の末、金融工学のカジノ資本主義が荒れ狂った時代の中で、再び注目を浴びてきたわけですけれども、なかなかそういうものが私たちの国の中では、ルーツアップ、つまり新たに蘇ってきていないんですね。

 


日本は一つではない。一途で多様な国である。

 

今日は、時間がないので、ごく簡単なことしか申し上げられませんけれども、日本が失った、文化と産業の間にある物語というものを、どうやったら取り戻せるかということをお話しようと思っています。実際には今日皆さんのお手元にご用意することはできなかったのですが、今度野田首相がAPECに行かれるときにそれをお持ちになって、配ってこられる予定です。このあと、そのパンフレットをピックアップして皆さんにお見せしながら、どういうことが、私たちの日本に忘れられたのか、ということをお話したいと思います。

 

先程も福原(資生堂名誉会長・福原義春氏)さんがおっしゃったように、3月11日、私たちは何かを大きく失いました。失われたものを回復するというのは大変難しいわけですね。町は場合によっては復興できるかもしれない。堤防も新たに築かれるかもしれません。いまはバンコクが大変になっていますね。しかし、そこで失ったある種の記憶とか文化とかスピリットとか心というものはなかなか復活できません。

 

たとえば、阪神大震災をうけた子供たちは、ドアがバタンと閉まるときに、密封空間がグッと揺れますよね。あの一瞬にいまだに耐えられない、というようなことがあります。でも、そういうものを、かつて日本は万葉集の時代から詠ってきたわけです。それは、鬱悒(いぶせ)というものですが、英語に訳すとmelancholyとかいうものになってしまうので、なかなか的確な英訳が不可能なんですが、そういうようなことを大事にしてきたわけですね。

 

たとえば、私たちは現実、actual、realityということを「ウツツ(現)」と呼びますね。でも、この「ウツツ」という言葉は、「ウツロイ(移ろい)」という言葉をバックにもっています。つまり、変化するということ。それがウツロイなわけです。じゃあ、ウツツとかウツロイとかいうものはどこから出てきたかというと、古代の言葉で言うと「ウツ(空)」という言葉から出てきています。ウツというのは、void、空っぽ、emptyっていう意味ですよ。そのvoid、空っぽ、emptyというものから、ウツロイが生まれて、ウツツになっていった。

 

したがって、私たちは最初に失うもの以前に、このウツの状態、今では精神障害のことをウツと呼んでいますが、その何かが鬱悒である、何かが詰まってしまって、そこから何も生まれえないということについては、比較的早く哲学していたんです。それを万葉文化と呼んでしまうと古代の文化に見えますけれども、実はそれがずっと続いていたんです。

 

今からお見せするパンフレットのいくつかは、そういうようなことをなんとか海外の方にも伝えようとして作ったものです。一番大事なことは、このあと申し上げますけれども、日本は一つではないということですね。一途で多様な国である。それをどうやって伝えていくのかっていうようなことなのです。
それでは出してください

 


「たくさんの日本Japans」と言うべきなんです

 

 

「面影日本」というタイトル、”Roots of Japan(s)”です。これはおそらく、これまで日本として発信してこなかった言葉だと思いますが、Japanに”s”がついています。サブタイトルが、”Unearthing the Cultural Matrix of Japan”です。要するに私たちの下にあるMatrix、僕はそれを「ジャパン・マザー」と呼んでいますが、そういうジャパン・マザーというものがあって、その上に東北とか原発事故が加わっているわけですね。だから、こういうときに今まで埋めこまれた中のルーツというものが、Root Upしていく、この表紙の絵のように上がっていく。そういうものの中に面影の日本があるのではないかというタイトルになっています。

 

 

これが扉なんですが、ジョン・ダワーの言葉が入っています。
ちょっと読んでみます。

 

私たちが語らねばならないのは、「日本文化たち Japanese Culutures」であり、「日本の伝統たち Japanese Traditions」なのです。私たちは「日本たち Japans」と言うべきなのです

 

私はこれが大事だと思うんです。これをジョン・ダワーに言われているようではダメなんですけれども、私たちが、「たくさんの日本」ということを言うべきなんですね。

 

その方が日本の歴史の事実に近い

 

幕府があって、天皇がいて、そして朝廷があって、将軍がいるという、この日本たちということを、日本は言わなかったんです。内閣総理大臣だって、天皇さんだっていらっしゃるわけだし、元首が国璽をやらないと、国際契約もできないんですよ。ですが、天皇の話は日本では、タブーではないにしても、言えなくなっている。地方分権っていうけれども、地方と中央が両方で自立しあっているというのが日本なんです。

 

今日の日本の社会の実状にも近い。そう表現することによって、日本を世界の中で比較することができ、本当に新しい、目の覚めるような日本理解が可能になるのです」

 

これを、我々が言い出さないとダメですね。ですから、このパンフレットでは、おそらく国際発信するパンフレットでは初めて、”Japans”という言葉を使いました。

 

 

 

そして、ここにちょっと目次が出ていますが、IMAGEとMANAGE。これを一緒にすべきである、と考えました。私は昔からManagementがあるんなら、Imagementがなくてはならない、と言ってきました。日本は、Managementも大事だけれども、Imagementがものすごく重要なんですね。どういう風に、イメージしたことを、説明できるのかということが大事だということで、大きくプロローグとエピローグを、IMAGE/MANEAGEという風にしてあります。

 

 

これは、全体の「クールジャパン」を、「クリエイティブジャパン」へ進めるためのシステムについて書いてあるところです。一番上に「ジャパンマザー・プログラム(Matrix of Japan)」というものがあります。経産省、あるいは文科省、内閣府、官公庁、いろんな人たちが、時間をかけてこのジャパンマザーを作らなければならないと考えています。そこからどんな言葉、キーワードが出てきても大丈夫な状態を作らなければならないわけです。

 

というのも、世界はそのことをやってきたわけです。いま、グローバルスタンダードとか言われているものというのは、ヴェネチアとかジェノバが世界というものを知っていった中で生まれました。これは「地理上の発見」とか、「大航海時代」とか言われています。それまでは古代社会がずっと続いてきたわけです。それが複式簿記というもの、貸方と借方というものを生んで、アントワープや、アムステルダムに一回移って、そして東インド会社という大きなものをつくり、それがロンドンシティにいって、そこで初めて、コンメンダとかコンパニアとか言われるものが、カンパニー、カンパニーリミテッドというものに切り替わって、そして世界のワールドモデルが出来上がっていったわけです。

 

たくさんのコーヒーハウスの中から、ロイドさんが、ロイズコーヒーというものをつくって、そこで例えば保険というものをつくった。エクイティという言葉一つも、全部の歴史を組み合わせてつくられたもので、今私たちはそれを翻訳したり、そのまま英語で使っているだけなんです。

 

先ほど、福原さんが言われたように、日本の文化の中に潜んでいる言葉を世界に発信するための努力は、「日本は特殊ですよ」ということしか言っていません。それがジェノバとかヴェネチアのことを言ったように、堺や神戸の福原や太宰府や大和や、最近の東北で言えば藤原四代が創り上げた、あるコンセプトが世界に届くような努力を、少なくとも20世紀の戦後になってからは、私たちはやってきていないんですね。それを、Matrix of Japan、日本知、世界知、アジア知というコードを使って、組み立てるということが必要だろうということが、ここには出ています。

 


日本の価値観はデュアルなんです。

 

第一章が、”Resonant Concept of Deep Culture(奥から立ち上がる日本のコンセプト群)”。私たちの奥にあるものを取り出すと、別のものと出会うんですよ。携帯ストラップというものを出すと、それがかつての根付だとか、様々なものとResonantになる。こういうことを今から言わないとダメなんです。それがなかなかできていない、というチャプターです。

 

 

「ミノリ」と「イノリ」というものがありますが、ミノリというのは今TPPで問題になっている農業のミノリを、多くミノリと言います。でも、ミノリというのは稲だけではないんですね。様々なことが実るということは、日本語の名前にみのるくんというのがあるように、たくさんあります。でも実はミノリというのは、イノリとペアなんですよ。例えば、イノリがそこに含まれているから、それがTPPの中で出てきちゃうんですね。でも実際にお米が、どういう風に経済的になればいいかというのは、必ずしも農家の方が言われているようなものではない可能性もあるんです。しかし、それをただのTPPだけでクリアしようとすると、イノリが失われる。だから本当は、お米はイノリとミノリで一緒にやんなきゃいけないわけです。そういうものを”The Two Wishes of a Rice-Growing Culture”として表現しています。

 

 

それから、「あはれ」と「あっぱれ」。これも非常によく聞く言葉だと思います。一言でいうと、あはれというのは公家、貴族が平安朝につくったキーワードです。さっきのエクイティとか、システムという言葉は、ジョン・ローが1625年につくりだすまでは、ないんです。そのように、日本の言葉にもいろんな起源があるんです。

 

そういうものに対して、武家が出てきました。たとえば、日本の鎧はとても綺麗ですけれども、鉄の甲冑でできているよりも、緋縅(ひおどし)のようなものや様々な模様がでてきますよね。武家も、そういったものに憧れるわけですね。そうすると、貴族が使っていたあはれという言葉を、破裂音を伴って、あっぱれという言葉で言い直すわけですよ。あはれとあっぱれは同じコンセプトです。にもかかわらず、あはれというのは、かわいそうなイメージ、あっぱれというのは、すばらしい、Sprendid、Greatとなる。でも、それは少年が、死ぬかもしれないのに、立派で綺麗な鎧を着て、戦場に行くからあっぱれ。それは、あはれなんだけど、あっぱれと言おう、ということなんですよ。

 

というように、日本の価値観というのは、デュアルなんですね。ダブルなんです。あはれとあっぱれというのは今の辞書では、逆のようになりますけれど、実は歴史的な背景っていうのはつながっているんです。

 

 

同じように、「見立て」とか「本歌取り」があります。画面の下にコスプレしている女の子が携帯にいろいろぶら下げています。これと苔寺の写真がありますが、じゃあコスプレした女の子と苔寺は違うのかっていうと、全然違わないわけです。明らかに同じです。当時風流とか、カブキ者、婆娑羅というのがありました。

 

一方では苔寺のようなものがあり、一方では婆娑羅で、すごく派手なものがあった。したがって、それは見立てとか本歌取りと言われていたんです。あるものの奥、Matrix、ジャパンマザーを取り出すと、今の女の子はこうしています、男の子はこういう風にしています、一世風靡しています、暴走族しています、コスプレしてます、となっているわけです。それはもともと室町時代の東山文化にもあったわけです。それを今、取り戻さないとダメだというページが、これになります。

 


日本の組織感覚は、とても柔らかい。

 

 

それから、日本の組織ですね。いま私たちの組織は、ほとんど株式会社と公共団体と学校とそして家族というもので出来ています。それで構いません。株式会社でも大いに結構なんですが、日本というのは、いろんなときにいろんな組織をつくっていたんです。ここに書いてるのは、「結(ゆい)、講、座、連、組」。そして、社中のあたりから坂本龍馬が気がついていくわけですが、それ以前にこんなにあったわけですね。

 

当時幕末で、これらが全部動いたものを薩長連合とか公武合体というわけであって、単に公と武が合体したわけではないんです。それに岩崎弥太郎とか高杉晋作とか坂本龍馬とか勝海舟とかが気がついていって、今のコミュニティとかコモンズとかカンパニーとかいうものを全部混ぜたような小さな集団をつくっていきました。それらが全部動いて、王政復古という大きなコンセプトの中で、つくりあげたのが明治維新政府です。産業界とかコミュニティというのは、この結や講、座、連、組が動くことで、うまく有機的に、オーガニックに動いていたんですね。それがなくなってしまっています。

 

例えば、組というのはヤクザや暴力団が何々組という形で使っていますよね。本当は建設業の藤田組とか間組とかは本当は組だったんです。それがみっともない、まずい、ということで、別の会社名にしました。僕は大反対しました。組は大事ですよ、と。だけど、今の日本の社会の風潮からいうと、組というのはまずいと思われているわけでしょ。でも、ヤクザだけではなく、いっぱいあったわけです。例えば連というのは、18人から35、6人までの連が、ありとあらゆる江戸の社会にあって、167個の連があったわけです。それが落語とか俗曲、例えば新内だとか常磐津とか悪所とか扇子だとか、そういうものを作っていたわけです。そういうものが今はなくなっている。ということで、日本の組織感覚は、とても柔らかい。

 

 

「銀座」です。これは服部時計店ですね。銀座って何で言うのかということを、東京はもう一度思い出したほうがいいと思います。なぜ金座じゃなくて、銀座なんでしょうか。銀の決済をしていたからですよ。日本は金と銀のダブルレートで、東国と西国で別々の経済決済構造をもっていたわけです。ですから、銀が当時は、石見銀山をはじめとして、非常に重要だったわけですよね。それを明治政府が、コンドルとか、新しい海外の知恵を含めまして、煉瓦街をつくっていくわけです。そこに資生堂が生まれるわけです。それをあの銀座にしようということになった。

 

これは、とても大事なことです。いま日本は、一つの日本と思ってますけれども、東国と西国は長らく違っていましたし、さらに東北は陸奥(みちのく)と言って、道の奥ですから、アウト・オブ・インフラなんですよ。インフラの外という風に扱われた国々が陸奥という所なんです。それから、琉球も島津も、日本とはまったく別の国です。だからこそ、島津は日の丸を作れたし、軍艦が作れたわけです。それを明治政府が許せ無くなったので、西郷が殺されるわけでしょ。でもね、そういうものが日本の中のJapansとしてあったということを、今こそ見ていかなければいけないわけです。

 

税制に関しても、東京には麻布とか調布とかありますね。布で納税ができたわけです。東北は馬でできたわけです。西国がお米なんです。だから石高という考え方は西からやってきたのであって、東の国はむしろ布とか、調布とか麻布でよかったわけです。そういうものをもう一度取り戻すのが、21世紀のCreative Tokyoなのではないでしょうか。

 

後編へつづく

 

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<Creative Tokyo フォーラム 基調講演>

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