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電縁都市ふじさわ市民記者養成講座を修了したみなさんです。
 
市民記者 No.207 おりづるらん
 
■コラム:ほのぼの探検記 - 55
「わらじ作っちゃった!」
2010年3月5日

小さい頃、わが家には藁(わら)で作った色々なものがありました。子どものころの記憶に、祖父が藁(わら)でもの作りをしている姿が残っています。藁は揉むととても柔らかく、祖父が手の中で藁を自在に操っているのを見て、「藁ってなんでも作れるんだ!自分も何か作ってみたい。」と子供心に思っていました。

祖父は手先がとても器用で、色々なものを作ってくれました。特に印象に残っているのが、畚(ふご)と呼ばれる籠のようなもの。畚は、畑から野菜を入れて運ぶのに使います。あとは、天日干しに使う筵(むしろ)。庭に広げた、今で言うと茣蓙(ござ)の上に、豆などが干してある風景をよく見かけました。

私が子どものころには、生活に必要なものを自分たちで工夫して作る、という習慣がまだあちこちに見られました。しかし、最近では、そのような工夫はすっかり無くなってしまいました。

100円ショップに行けば安価で何でも売っているし、わざわざ面倒な「作る」という作業をしなくても済むようになりました。でも時々「それでいいのかな」って思ったりすることがあります。買えば済むことであっても、やっぱり生活に必要な、衣食住の知恵はあったほうがいい。それは私たちの生きる力に繋がると思うのです。

そんなことを考えるきっかけになったのは、先日行った箱根の郷土資料館で、偶然体験した「ミニわらじ作り」でした。作り方は実際のわらじとまったく同じです。『山で遭難した時、何かの拍子で靴が脱げて無くなってしまった。自分でわらじ作ることができればそんな時もあわてない。よし、わらじの作り方をマスターするぞ!』なんて突拍子もないことを考えながら「ミニわらじ作り」コーナーへ…。

さて、紐2本を編みこみ30分たらずで作ったミニわらじをご覧ください。ちょっといびつですが、一応わらじに見えるでしょ?

     
   
  ミニわらじ  

作ってみたい方は、箱根町立郷土資料館へ行ってみてね。入館料200円だけで「ミニわらじ作り」が体験できます。その他にも昔の民具や写真の展示もありとても楽しいですよ。

【箱根町立郷土資料館】
http://www.town.hakone.kanagawa.jp/hakone_j/ka/shougai/hlm/index2.html

 
市民記者 No.105 湘太
 
■コラム:であい旅120
「藤沢素描(16) 浜辺の歌」
2010年3月1日

あした浜辺を さまよえば
昔のことぞ しのばるる
風の音よ 雲のさまよ
寄する波も 貝の色も

     
   
     

辻堂海岸の遊歩道はよくウォークでも通る道である。この遊歩道に「“浜辺
の歌”作詞場所」というボードがある。作詞の林 古渓(1875-1947)は、父
が羽鳥学校(現在の明治小学校の前身)の教師で、幼少時に辻堂駅近くの
羽鳥に居住していて海辺をよく訪れていたらしい。後年、当時を思い出し
“浜辺の歌”を作詞したといわれる。これに流れるような旋律がついて、
今も愛唱されている。古渓が両親に伴われて辻堂海岸に来た頃は、東海道
線辻堂駅も江ノ電もまだ開業していない。漁師たちが波打ちぎわで、朝夕
魚介類を掬っていたであろうか。

     
   
     

文部省唱歌や明治以来の愛唱歌集とかいわれる歌には、今に歌い継がれる
名曲が多い。「故郷」「荒城の月」「花」・・近代国家として、大急ぎで音楽
も興さねばならなかったのか。かねて文部省唱歌についての資料を読みた
いと思っているのだが文献は少なそうだ。

     
   
     

ゆうべ浜辺を もとおれば
むかしの人ぞ しのばるる
寄する波よ かえす波よ
月の色も 星のかげも

 
市民記者 No.101 アロハ亭夢子
 
■コラム: しらすのつぶやき - 39
「世界障害者絵画展」
2010年2月19日

湘南モールフィルで2/5〜7の三日間、開催されていた『世界障害者絵画展』を見に行ってきました。四肢マヒなどの障害を抱えた人が描いた絵が1階と2階に分かれて展示されていました。

     
   
     

『口と足で描く芸術家協会』の創設は、ドイツ人のシュテッグマンさん。彼はポリオのため両手マヒで、口で描く画家でした。自分の絵を売り歩き、さらに絵を印刷・複製するため印刷会社を作った人です。

日本では、1992年から三菱電機ビルテクノサービス横浜支社の社員とその家族のボランティアで絵画展を運営しているとのことでした。全国の延べ百八十都市で開催されてきましたが、藤沢市では初めての開催です。

     
   
     

絵の横には作者の絵を描く様子の写真が添付されていました。この絵が絵はがきやカレンダーなどになり、売り上げで返還不要の奨学金制度作っているそうです。それにより障害を負った若い方が悲嘆から抜け出す事が出来ます。障害に関わらず、それぞれの絵は素晴らしいものでした。

三菱ビルテクノサービス

 
市民記者 No.107 本野木阿弥
 
■コラム:今日もひそかに調査中 81
「勇者たちよ、聖地エノシマを目指せ!」
2010年2月17日

2010年2月○日 はれ
今日はこどもだけで冒険に行きました。その名も「エノシマトレジャー」。
エノシマトレジャーというのは、誰でも無料で参加できる宝探しです。
2010年は2月6日から3月31日まで江の島でやっています。

 詳しくはこちら 「エノシマトレジャー 〜暗黒竜ジェノンの復活〜」 
 http://www.akai-tori.com/fujisawa/

こどもだけで行くといったら、お母さんはえーっといいましたが、お父さんはよし行って来いと言って特別におこづかいをくれました。
最初に駄菓子屋に寄りました。探検中に食べるためのお菓子を買って出発です。

自転車で江の島に向かいます。
江ノ島へ渡る橋の側にある藤沢市観光センターで、参加に必要なパンフレットを1枚もらいました。このパンフレットは市内の駅などにも置かれています。

     
   
 

エノシマトレジャーのパンフレット

 

島へ渡って自転車を停め、探検開始です。
チラシの地図に書かれたヒントを手がかりに、キーワードを探して歩きます。

あっちかなこっちかなとうろうろしてたら突然大きな宝箱が見つかりました。それも二つも。
実は・・・あ、これは言っちゃつまらないからやめとこう。参加した人は分かると思います。
一日中冷たい風が吹きつけていたけれど、島中走りまわったのであまり寒さを感じませんでした。

宝を探し終わってからは、のんびりと島を散歩しました。サムエル・コッキング苑の前ではジャグリングをやっていました。演技が終わったら箱が回ってきて、みんながお金を入れていたのでぼくも5円玉を二つ入れました。
家族へのおみやげにお饅頭を1箱買いました。本当はほかほか湯気の出てるのにしたかったけど、今日は7個買いたかったので箱入りの安いほうにしました。
それから今日の記念に、サメの歯が入った小瓶を買いました。キーワード探しの途中でお店によったとき、お店の人が「また来たらおまけしてあげるよ」と言ったので、帰りにそのお店に寄って買おうとしたら5円まけてくれたのがうれしかったです。

エノシマトレジャーをクリアして最終キーワードを見つけると、藤沢市観光センターで発見者賞をもらえます。さらに、次なる冒険、外伝のミッションも知らされます。
今度は藤沢のあのあたりが舞台です。賞の中身とか、詳しくは秘密なので書きません。みなさんもぜひエノシマトレジャーに参加して、謎解きに挑戦してみてください。

 今日の出費
 駄菓子 95円
 昼食 200円
 ジャグリングへ 10円
 自分のための記念品 100円
 おまんじゅう 525円

[お礼]
若き勇者たちを見守ってくださった江の島のみなさま、ありがとうございました。

 
市民記者 No.107 本野木阿弥
 
■コラム:今日もひそかに調査中 80
「海のかなたの、お星さま」
2010年2月16日

木阿弥さん、八兵衛さん、今日はプラネタリウムでデートです。
八兵衛「プラネタリウムなんてあたしゃ何年ぶりだか。
    近頃の機械はすごいんだって?」

今回行ったのは、湘南台文化センターのプラネタリウム、その名も「宇宙劇場」。以前、市民記者のTOMUさんのコラム(2009年5月7日)で紹介されていたように、2009年9月にリニューアルオープンしたばかりだ。
ドームこそそのままだが、座席はゆったりとしたものに変わった。そして肝心の投影機は最新式、(株)五島光学研究所のケイロン(CHIRON)。
前述のTOMUさんのコラムによれば、いままで設置されていたGSS-IIが表示できる星の数は2万5千個。
それが今回のケイロンは1000万個以上と表示能力は400倍になっている。より暗い星まで表現できるようになったのだ。

     
   
 

新しい投影機、ケイロン

 

1.双眼鏡をお忘れなく!
新しいプラネタリウムの星像を堪能するには、双眼鏡を持っていくのが一番だ。昔のプラネタリウムは表示できる星の数が少なかったため、たとえば天の川をぼんやりと薄明るいものとして表示していたのだが、最新鋭の機器では映し出せる星の数が増えたため、天の川も本物同様淡い星の集まりで表現するようになっている。
双眼鏡で集光力を上げ拡大してみれば、実際の星空のように、天の川の星の粒が一つ一つ分かれて見えるはずだ。はずなのだが・・・

木阿弥「ありゃしまった。双眼鏡どころかメガネも忘れてきた。」
八兵衛「なあにやってんだい、肝心なとこで抜けてるんだから。」

プラネタリウムによっては、入り口で双眼鏡を貸し出ししてくれるところもある。宇宙劇場でも可能ならば対応をお願いしたい。

2.海のかなたにご注目!
今の時期、投影の際に楽しめるものがもう一つある。それは南の空の一等星、カノープス。りゅうこつ座の一等星で、太陽系外の恒星としてはシリウスについで全天第二の明るさだ。オリオン座の左、大犬座から南東の方角にずっと下がったあたりにある。南天の星座のため、北半球に位置する日本ではなじみが薄い。

湘南台文化センターの上から見た設定のときは、市街地の建物などの障害物に隠されているが、江の島の展望台の上から見た設定に切り替わると南の海のかなた、水平線ぎりぎりの位置に見えてくる。
南中時の高度が2度しかないため、藤沢から実際に肉眼で見るのはかなり難しいだろう。プラネタリウムならではの見ものとも言える。

本物の江の島の展望灯台は週末20時まで営業している。晴れていたらカノープスは見えるだろうか?実際にご覧になった方からの情報をお待ちしています。


[ご参考]

こども館ホームページ
http://www.kodomokan.fujisawa.kanagawa.jp/
現在(2009年12月12日(土)〜2010年3月14日(日))
の投影内容

・オリオン座 〜輝く星と星雲を探る〜
・今日の星空解説

五島光学 ケイロンについての情報
http://www.goto.co.jp/planetarium/h_pla_chiron.html

ほしぞら情報
http://www.nao.ac.jp/hoshizora/index.html
:国立天文台による、その月の星空情報。いま(2010年2月)表示される図では南の端(天球の一番下)にカノープスが描かれている。

江の島電鉄:江の島展望灯台
http://www.enoden.co.jp/light_house/

 
市民記者 No.107 本野木阿弥
 
■コラム:今日もひそかに調査中 79
「2009年出会ったものたち 3.海の生き物編」
2010年2月12日

3−1.烏帽子も行灯も電気だった

9月のある日、鵠沼海岸を散策していると波打ち際がでこぼこしていた。
見れば、小さなクラゲがたくさん打ち上げられている。

     
   
 

波打ち際に並ぶクラゲ

 

地曳網にかかったものがこのあたりでまとめて網からはずされたのかもしれない。
立方クラゲの仲間、アンドンクラゲだ。

     
   
 

アンドンクラゲ
(触手がちぎれ、弱っている状態)

 

その名の示すとおり、行灯のように四角い体。元気なときは4本のピンク色の触手をたなびかせ、すいすい泳ぐ。
夏に沖縄で話題になるハブクラゲもこの仲間だ。ミズクラゲなどと違い、泳ぐのが速く、触手の毒性は強い。

海水浴での厄介者デンキクラゲ、といえばカツオノエボシが有名だが、このアンドンクラゲもデンキクラゲと呼ばれているのだそうだ。
デンキクラゲの「デンキ」は刺されると電気が走るように痛い、という意味で、電気を起こしているわけではないが、行灯(あんどん)も電化したようでなんだか面白い。


3−2.牡蠣殻の宇宙

防波堤や港では付着した牡蠣を目にすることが多い。中には外れて波打ち際に転がっているものもある。

牡蠣の殻はひだが多くて隠れ場所が多いためか、材質的に付着し易いのかいろいろな生き物が住みついていて、見ていて飽きない。
拾った牡蠣殻を海水に入れてじっと待つ。
にょろにょろしたものが出てきたり、くぼみにイソギンチャクがついていたり、フジツボがグー、パーをするように蔓脚(まんきゃく)を出したり引っ込めたり、潜んでいたヒラムシの仲間がへらへら泳ぎだしたり・・・。まるで生き物のマンションのようだ。

     
   
 

フジツボのグーとパー
(えさのプランクトンをとるための行動)

 

海水魚店(ペットショップ)では水槽のお供にとライブロックなるものを売っているが、あれのようなものか。ライブロックと比較しての長所は手軽に入手して観察できること。短所は対象が微細なこと。
小さすぎて虫眼鏡や顕微鏡がないと楽しみにくいし、これに見入っているとまわりの人は声をかけにくいようだ。
いつも木阿弥をあたたかく(遠巻きに?)見守ってくださるみなさま、ありがとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

 
市民記者 No.107 本野木阿弥
 
■コラム:今日もひそかに調査中 78
「2009年出会ったものたち 2.昆虫編」
2010年2月9日

あれは初夏の午前中。ネコの額ほどの畑を見回っていると、足元からごそごそいう音が聞こえてきた。しゃがんでみたが、何もいない。
立ち上がろうとすると、またごそごそ。おや?
畑の表面には雑草対策・保温のため5月ごろから透明マルチ(ビニールシートのようなもの)をしいていたのだが、よく見るとそのマルチの一部が動いている。

     
   
 

マルチごしにうごめくもの

 

マルチの下で、ハチがもがいているのだった。
マルチを破ってやると、さっそくその穴から這い出してきた。あっさり捕獲。ハラナガツチバチのようだ。あたりにほかに穴はなし、このハチはどうやってマルチの下に入ったのだろうか?

     
   
 

土の中から出てきたハラナガツチバチ

 

ツチバチの仲間は、親バチが土の中にいるコガネムシの幼虫に卵を産み付けるのだという(参考資料)。
えさは一匹で足りるのだろうか?それとも土の中に巣があってそこにはえさとなる幼虫が何匹も詰め込まれているのだろうか?あるいは、一匹目を食べ終わったハチの幼虫が土の中で次の獲物を探しまわるのだろうか。そのあたりの事情を知りたく思うが、まだ適切な情報に出会えていない。
いずれにせよ、このハチは地中で大人になり、この日初めて外に出てきたのだろう。

益虫・害虫という言葉には人間の勝手な思惑がこめられているが・・
コガネムシの幼虫を食べてくれるとあれば、家庭菜園の心強い味方だ。歓迎しよう。

成虫の誕生を目の当たりにできてうれしかった。

     
   
 

長久保公園のコスモスにやってきたところ

 

[参考資料]
「身近なエビ・カニ・クモ・昆虫のなかまたち −藤沢の自然3−」
藤沢市教育文化センター 1999年

 
市民記者 No.107 本野木阿弥
 
■コラム:今日もひそかに調査中 77
「2009年出会ったものたち 1.植物編」
2010年2月6日

例によって、昨年出会ったもののうち、コラムに挙げなかったものを紹介します。まずは植物編。

2009年に植えたジャガイモはホッカイコガネ。
ホッカイコガネは実(地下の根茎ではなく、花が咲いた後に地上にできるほう)の歩留まりがよく、緑の実が目を楽しませてくれた。

     
   
 

ホッカイコガネの花

 
     
   
 

ホッカイコガネの実

 

さすがナス科の仲間、ミニトマトそっくり。おなじくナス科のほおずきはこのがくの部分が巨大化して実をすっぽり覆っている。トマトはむろん食べられるし、ほおずきの仲間にフルーツホオズキという食用品種もある。ホッカイコガネの実も食べられるそうだが(下記参考資料による)、勇気が出なくて今回はパス。緑のジャガイモ、と連想するとどうも口にできなかった。

ジャガイモに光が当たると生成されるアルカロイドの一種、ソラニンは一定量以上摂取すると腹痛などの症状を起こすという。ジャガイモの芽は調理時によく取るように、とか、日に当たって緑になった部分は食べちゃだめ、というのはそのためだ。

緑のトマトを食べても問題ない(アメリカ南部にはFried Green Tomato料理が各種あるそうだ)が、ジャガイモの実とトマト、それに緑になったジャガイモ、これらはどこが同じでどこが違うのだろう。人間と植物、食べるものと食べられるものとのかけひきは奥が深い。

     
   
 

ホッカイコガネの実の断面図

 

[参考資料]
『ゲッチョ先生の野菜探検記』 盛口 満著 木魂社 2009年
:ナスマニア必見。この本によれば、ホッカイコガネの実は食べられるらしい。

 
市民記者 No.107 本野木阿弥
 
■コラム:今日もひそかに調査中 77
「おじいちゃん復活希望」
2010年2月3日

[おことわり] 以下の内容は喫煙を奨励するものではありません。

先日残念なニュースを聞いた。
子ども向け月刊誌のある号が書店から回収になったのだ。

福音館書店「たくさんのふしぎ」2010年2月号
「おじいちゃんのカラクリ江戸ものがたり」
http://www.fukuinkan.co.jp/magadetails.php?goods_id=20909

お話の中で、江戸時代について語る語り手のおじいさんが、ちょくちょくパイプを使っており、絵本の中の聞き手のこどもに受動喫煙を強いているので、不適切だという指摘があったらしい。

わたしは理解に苦しんだ。
「たばこは健康によくない」という話なら理解できる。だが絵本の中のこどもが受動喫煙を強いられているという点がよくわからなかった。

で、早速読んでみた。
このおじいちゃんは発明家で面白いものをつぎつぎに作っては孫に見せている。たしかにパイプを手放せないようだ。

また、お話の中で
「(酒手は)大好物のたばこ代につかわせていただきやす。」 や
「(ご先祖様も、おじいちゃんも血がつながっているだけあって)たばこ好きだもんね。」
などという喫煙派のセリフがあったので、そのあたりたばこ反対の人を刺激したのだろうな、とはおもう。

また、江戸時代から現代につながる嗜好品としてたばこを使ったのだろうとは思うがだとしたら 時代考証は「たばこと塩の博物館」でなく「江戸東京博物館」ですればよかったのに、という気がしなくもない。

でも内容的には版画のような絵で江戸の暮らしを説明していて、とても味のある絵本だとおもった。

     
   
 

これがそのおじいちゃん

 

タバコを吸うことがとにかくいけない、というのなら
たとえば、志ん生の落語。
長屋のご隠居がキセルを使う場面が出てきたらカットすべきなのだろうか?

名探偵シャーロック・ホームズ。彼はパイプを使うし、当時はトレンディだった麻薬にも手を染めている。しかし、そのことを理由に悪書と言えるだろうか?
当時ロンドンにはアヘン窟があったのだな、そういえばアヘン戦争は1840年ごろか、とか
葉巻や紙巻タバコやかぎタバコなど、階級によってタバコの種類が変わるのだな、とかそこから得られる当時の情報は多い。

茶道でも、たばこ盆が出される。実際にタバコを吸うことはめったにないようだが、おくつろぎくださいという意味合いがこめられているそうだ。

それらまで否定しようというのだろうか?表現をここまで縛る必要はあるだろうか?

「それなら、うちの子がその本読んでタバコ吸う様になったらどうしてくれるの?」

どうしましょう。
「お子さんのためを思うなら、タバコの害をきちんと伝えた上で、こういう道具(キセルやパイプのこと)でタバコを呑む人もいるんだねえ、と教えてやってくださいませんか」
文学を愛するものとして、どうかお願いいたします。

 
市民記者 No.105 湘太
 
■コラム:であい旅119
「医療費節約とウォーク」
2010年2月1日

1月23日の朝日新聞夕刊に医療費節約とウォークについての記事があった。
この記事によると、ふだん多く歩く事によって糖尿病や脳卒中、心筋梗
塞など生活習慣病がかかりにくくなり、医療にかかる費用が減らせそう・・
ではどれほど減らせるのかと厚労省の研究班が歩くことの効果を調べた。
病気治療や入院にどれくらいの費用がかかっているかなどの統計に基づい
て調べた結果、歩きの効果は1万歩あたりほぼ14円になったという。
この記事の全容についてはasahi. comの記事をリンクさせていただく。

http://www.asahi.com/health/news/TKY201001230137.html

この記事にしっかり食いついてきたのが、われらが湘南ふじさわウォー
キング協会(FWA)の平野武宏会長である。いつもの事ながら平野さんの
反応は素晴らしい!会長はこの記事を見て、早速FWAの昨年実績から
FWAのウォーキング効果を計算し、私が編集する「湘南ウォーカー」に
原稿を寄せて来た。 それによると・・

平成21年度 通常例会:41回
1例会歩行距離 平均13km
歩いた距離計 533km
参加者計 11,270名
参加者が歩いた距離合計 6,006,910km
歩数換算(1万歩=約6km) 1,001,151万歩
医療費節約金額が1万歩につき14円だとすると、FWA例会での
年間医療費節約金額は通常例会だけで約1,400万円となる。

すごいじゃん・・FWA!!
この計算式や結果を藤沢市や市民病院、市の保健所に持ち込んでみるか・・
1400万円の10%といわずとも、せめて1% 14万円ほどは
ウォーク運動奨励金にお使い下さいと授与されそう・・。

経済効果だけではない。長寿高齢化社会に健康で楽しく過ごせるように、
いつまでも元気よく、お話しながら歩く・・という私たちFWAの活動の
方がより効果が大きいと思うのだが・・。

(asahi.comにリンク報告済み)

 
市民記者 No.105 湘太
 
■コラム:であい旅118
「茅ヶ崎 烏帽子岩」
2010年1月20日

茅ヶ崎のウォーカーが烏帽子に行こうよと誘ってくれた。茅ヶ崎市観光
協会が主催するものである。海上風もなく穏やかな冬晴れの日であった。

     
   
     

烏帽子岩は茅ヶ崎海岸の沖合1.2kmにある岩礁である。正確には姥島と
いう東西100m 南北60mほどに広がる岩場があって、その中でひと際
高く聳えているのが烏帽子岩である。岩礁の成り立ちは300-600万年前
と聞いた。潮の干満は岩場が見えるか否かですぐわかる。満潮の時は
岩場はすっかり海面の下で、烏帽子岩しか見えない。
そんな烏帽子岩は、堂々として湘南茅ヶ崎市のシンボルなのである。

     
   
     

船は茅ヶ崎漁港からでた。釣り船が4,5隻仕立てられた。茅ヶ崎の海は
昔から磯釣り、沖釣りの人気スポットである。従がって烏帽子岩周辺は
釣り船が多いし、烏帽子岩への渡船もある。水深はおよそ20m。
アジ、キス、クロダイ、サヨリなどが豊からしい。
釣り人たちよ・・干潮の間に釣果をあげろよ!

     
   
     

江の島・片瀬海岸から茅ヶ崎海岸まで約10q、海岸沿いにサイクリング
ロード(遊歩道)が伸びている。茅ヶ崎海岸までは、きれいな冬の富士を
見ながら自転車で走って来たのだが、乗船して船が烏帽子岩に到着した時
富士は雲に覆われて頂上しか見えてなかった。
それでもさすがに間近で見る烏帽子岩は波濤に鍛えられて稜稜としている。
14mというから3,4階のビルの高さだ。高所は海鳥たちの糞で白壁でも
ある。岩礁は波浪に洗われ、ヒジキやハバノリなどの海藻で覆われている。
私は半世紀前に上陸して以来なので大変なつかしかった。

     
   
     

岩場の向こうに江の島や鎌倉の山が見える。拙宅に近い辻堂海岸は、丁度
江の島と茅ヶ崎海岸の中間にある。辻堂海岸は終戦まで日本海軍の演習場
であった。そして戦後は米軍に接収され、米海軍の砲撃演習場となった。
この時、米軍は烏帽子岩を砲撃の的にして、烏帽子岩先端の1mほどを
吹っ飛ばしたという。その後陳情によって烏帽子への砲撃は止んだらしい。

     
   
     

茅ヶ崎の海水浴場が桑田佳祐の“サザンビーチ茅ヶ崎”という名称に
なって10年ほど経つだろうか。そのごChigasakiのCをかたどった
モニュメントができ、そこから見る烏帽子岩がよく雑誌などに紹介されて
いる。あいにくこの日は護岸工事のため、サンザンの光景だが・・。

     
   
     

茅ヶ崎は私にとっても特別な土地である。半世紀前、大学時代 夏休みの
半分を毎年茅ヶ崎で過ごした。個性的な若人が不思議と多く集まり私には
大変なつかしい時代であり、場所なのである。当時、市内に舗装道路は
一中通り一本きりしか無かったと思う。街のあちこちに松の大木も多く
見られて、“湘南”の雰囲気がまだまだ濃厚にあった。

     
   
  「烏帽子岩と富士」  

最後に烏帽子岩に誘ってくれた中村弘道さんの画を挙げたい。
中村さんは茅ヶ崎市在住でFWAのウォーカーである。私が編集する会報
「湘南ウォーカー」にこれまで何度も傑作を掲載させていただいている。
カラー刷りした1月号では、「晩秋の箱根湿性花園」を提供して貰ったが
会員の間で大好評であった。この画は箱根彫刻の森美術館が後援・開催
した「箱根風景画コンテスト」(箱根町主催)で入選したものである。

 
市民記者 No.106 東善治
 
■コラム:逍遥ー22
「カワセミ(翡翠)は青い宝石」
2010年1月14日

カワセミは、漢字では「翡翠」と表記され、青い宝石と譬えられるコバルトブルーの美しい鳥です。
平成4年10月1日に、藤沢の象徴として市の鳥に指定されています。
湘南のイメージに良くマッチしています。

     
   
 

カワセミの写真 秋山孝さん撮影

 

カワセミは、全国の河川、湖沼、海岸に棲む留鳥で、長く鋭いくちばしを持ち、頭は大きく尾が短い独特の体型をしています。すずめより少し大きく、魚を餌とし、木の上やホバリング体勢から水の中へ素早く飛び込み、一瞬のうちにくちばしに咥えて戻ってきます。
この様子を観察するのも楽しみの一つです。

記者が、カワセミの素晴らしさに魅せられ観察を始めたのは、藤沢市主催の生涯学習大学の講座、「藤沢学・藤沢の自然」を受講し、受講メンバーで「藤沢の自然環境とカワセミ」をテーマに研究グループを作り、観察会や情報交換を行ったことがきっかけでした。

カワセミは、飛ぶスピードが早く、なかなか見ることができませんが、一羽ずつ縄張りを持っていて、何時も休むところがあります。
その受講メンバーで、その場所を「カワセミの発見地域」としてまとめてみました。
そこではカワセミにお目にかかれる機会も多いのではないかと思われます。

     
   
 

MAP(クリックで拡大)

 

現場へ行きますと、カワセミ・マニアが大砲のような望遠カメラを構えて、シャッターチャンスを覗っています。記者はその様なカメラはありませんが、小さなデジカメで撮影した写真をご紹介します。少し焦点ボケはお許し下さい。

     
   
 

長久保公園にて(平成21年9月15日撮影)

 
     
   
 

境川上流にて(平成21年11月5日撮影)

 

カワセミの棲む環境は、治水のためのコンクリート護岸により、年々その生息域が狭められているようです。

次の写真は、長久保公園近くの引地川の土手でたまたまコンクリート護岸が崩れた所に、カワセミが作った巣跡です。現在は、既にコンクリートで固められています。

     
   
 

平成21年2月に近藤和弘さん撮影

 

カワセミが藤沢市の象徴であれば、行政の取り組みとしても、コンクリート護岸を部分的に自然護岸へ回帰させるなど、巣作りできる環境を整え、市民がもっと身近にカワセミにふれあいその美しさを観賞できるような施策が望まれます。

 
市民記者 No.105 湘太
 
■コラム:であい旅117
「年賀状」
2010年1月11日

ことしの年賀状には少し苦労した。古いパソコンが昨秋にパンク、バック
アップしていなかったので年賀状ソフトとともに住所録が消えてしまった。
とりあえずワードで賀状を作り、宛名は20,21年に頂いた年賀状をもとに
手書きした。これらの年賀状を一枚一枚手に取ると、この間にも物故した
友人や、新しく出逢った人々のものがあり、様々な思いが立ち上って来た。

     
   
     

湘南ふじさわウォーキング協会(FWA)のスタッフは50人程いるが、皆さん
には、メールに賀状を添付してポンと出した。これはラクチンだった!
手間も費用もかからない・・と思っていたら年が明けて返事の賀状が配達
されてきた。こんな人には来年どうしたものかと今から頭をかかえている。

12月には欠礼のはがきもいただいた。目立ったのは友人の母堂の知らせだ。
100歳、102歳、104歳・・すごい!みなさん大往生!女性ばっかり!
明治の晩期に生まれ、さきの大戦をはさみ激動の一世紀を生き抜いた人々。
堂々たる人生ですね。

年をとると、いただく賀状に添えられる一言も少し変わってくる。
「今年こそは心機一転」「飛躍の年」「七転八起」はとっくに消えた。「健康
第一」が圧倒的に多い。「おたがいボケないように頑張ろう」という友人
から同じ賀状が2枚来た。

「高齢のため年賀状による年始のご挨拶は今年限りとさせて頂きます」と
追伸に書かれて来たのは80台半ばの男性だ。来年この方への賀状に
私はどのように書けば良いのだろう。

30年近く手刷りの版画で賀状をくれる友人がいる。甲子園球児だ。毎年
500枚以上刷る筈だが、ことし初めて印刷で来た。元気かな・・と思う。
自作のデッサンや絵手紙、版画など・・便利な時代だからこそ頂く方は
ホントにうれしいですね。

2月21日の青梅マラソン 30kmに60歳代最後の申込みをした、という
のは大学の同級生からだ。青梅マラソン 歴戦のツワモノ。祈・完走!
川柳が好きなウォーカーからも5句ほど詠まれた年賀状。
   元気です 錠剤水で いっき飲み

リタイア後は交友関係も細り、賀状の往来も少なくなるかと思っていたが
ここ1、2年はむしろ増えてきている。ウォーク関係とか校友会の関係
だが、まずは有難く嘉としたい。

 
市民記者 No.207 おりづるらん
 
■コラム:ほのぼの探検記 - 53
「お正月、江の島美味いものさがし」
2010年1月5日

2010年1月2日晴天。江の島大橋は海からの風も余り無くて暖かく、江島神社へ向かう参道は初詣の人で賑わっています。江島神社、中津宮、奥津宮順にお参りしてから、さあいよいよ食べ歩きです!

サムエルコッキング苑休憩所のフードコートに着きました。芳ばしい香があたり一面に漂っています。人だかりを覗くと…「たこ串」です!かわいらしいたこが串に並んで焼かれています。でもちょっと可哀想な感じが。

     
   
  飛ぶように売れている「たこ串」  

その他にも、「さざえのつぼ焼き」、「焼きはまぐり」もありますよ。貝に注がれた醤油がグツグツと音をたて、香ばしい磯の香りを運んできます。ほんのり焦げ目のついた色も食欲を刺激します。

     
   
  さざえ  
     
   
  はまぐり  

美味しい焼き貝には、ビールがピッタリ!
「江の島ビール」を注文します。このビールのラベルには江の島灯台が描かれています。さてお味のほうは…美味しい香りがします。上品でさわやかな味です。江の島に来たらぜひお試しを!

     
   
  江の島ビール  

帰る途中でもうひとつ気になる「味」を発見!江の島出口鳥居の横で「湘南江の島焼き」を売っていました。

     
   
  湘南江の島焼き  
     
   
  お味はいかに  

「湘南江の島焼き」って何だろう?忙しそうに作っている方に突撃インタビュー!

Q:「湘南江の島焼き」ってなんですか。
A:たこ焼きだよ
Q:しらすが入っているのですか?
A:しらすだけじゃないよ、タコやイカが気まぐれに入っているよ。
Q:えー!気まぐれですか。(笑う)
A:そんなこと書いちゃいけないよジョークだ!
  三日前に社長が考えたんだ。社長はアイディアマンなんだよ。
Q:よく売れていますね。私も1つください。
  今度来たら「湘南江の島焼き」無いってことないですよね。
A:あるよ。頑張って作っているから、またおいで。

さて、社長が三日前に考えたと言う「湘南江の島焼き」。しらすやタコ、イカが入って6個で400円。お味はいかに。
「ふぉー!美味しい」
ほかほかで軟らかくて中身がたっぷり入っています。これは新しい江の島の名物になるかもしれません。みなさん江の島に行ってぜひお試しくださいね。

 
市民記者 No.105 湘太
 
■コラム:であい旅116
「藤沢の七福神めぐり」
2010年1月4日

 謹 賀 新 年
 本年も昨年同様よろしくお願い申し上げます

     
   
  辻堂海岸から  

藤沢のお正月はおだやかな好天に恵まれました。
年末に寒気団がきて、富士山にもかなり雪が降ったようです。
辻堂海岸からは、平塚の湘南平や箱根金時山の後方にきれいな
富士が見えました。この富士山をみすえて、今日は箱根駅伝の
1日目でした。東洋大の柏原君、今年もすごかったですね。

私はことしもウォークの仲間と過ごす一年になりそうです。
湘南ふじさわウォーキング協会(FWA)の歩き始めは、恒例の「藤沢
七福神めぐり」16kmです。これは1月10日に自由歩行。皆さんも
ぜひご参加ください。ふだん住みなれた町も、いろんな人と歩くと
いろんな発見があって楽しいものです。

http://www.shonan-fujisawa.jp/sub2.html

またこの「藤沢の七福神めぐり」は藤沢市観光協会が主催するもので
私たちFWAが後援します。FWAから記念品がでるほか、完歩者には
観光協会から手拭いカレンダーが100円で譲られます。

http://www.fujisawa-kanko.jp/news_img/09-sitifukujin.pdf

七福神に手を合わせ、年頭のお願いをしましょう。
2010年 とても素晴らしいスタートがきれそうです。

 
市民記者 No.101 アロハ亭夢子
 
■コラム: しらすのつぶやき - 38
「江島神社」
2010年1月2日

元日の朝、4時起きしました。湘南港からヨットに乗せていただき初日の出を見るため、藤沢駅5:14の電車に乗りました。思った以上の人出にビックリしました。

片瀬江ノ島に着いても外は真っ暗。日の出は6:47の予想ですから当然ですが、なんと満月がこうこうと明るく、海上を照らしています。江の島大橋の上は、人で一杯でした。

昨日の名残りで、波は高かったけれど初日の出を見る事ができ、ほっこりとした気分で、港に戻りました。忘年会からミロス号に乗船されていた方たちはまだまだお元気で「さあー、新年会だ!」「おめでとう!」の乾杯が始まりました。船長以外の方とは初対面の私も、乾杯の輪に加わらせていただきました。

     
   
  2010年の初日の出  

せっかくだからと、新年会参加のメンバーで、江島神社に初詣でに行くことにしました。

女性センターの後ろから行く、直登する近道を使って登ると、辺津宮の横に出たのでした。

     
   
  江島神社・辺津宮  

お参りは混んでいて、階段規制をしています。横入りはできないし、また下まで行って並ぶ気力もなかったので心の中で、手を合わせるに止めました。

     
   
  奉安殿  
     
   
  絵馬  
     
   
   

弁天様が安置されている八角のお堂には、お参りをしました。絵馬やら、トラの置物を見て歩き、江の島を後にしました。

 
市民記者 No.207 おりづるらん
 
■コラム:ほのぼの探検記 - 54
「アカペラ最高!」
2009年12月30日

クリスマスも近い12月20日。友人が出演する慶應義塾大学SFCで開催されたアカペラコンサートに行きました。もちろんアカペラを生で聴くのは初めて。「アカペラってなあに?」という程度の知識しかない私。しかし! その美しい歌声と迫力に大感動!! すっかりアカペラの虜になってしまいました!!!

     
   
  メンバー全員によるオープニング  

アカペラシンガーズKOEは慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスを拠点に活動するアカペラサークル。1995年結成から10年以上が経ち年々その知名度を高めています。その活動は年に二回の講演に加え、地元湘南台の商店街のイベントや、慶應義塾大学病院に入院中の子ども達の慰問などの社会貢献活動もされているようです。

約150人が所属するアカペラシンガーズKOEは、さらにいくつかの小バンドに分かれています。その中の1つ「まろやかタイプ」に所属していている友人にインタビューしました。

     
   
  「まろやかタイプ」の歌う「夢紀行」  

Q 「まろやかタイプ」は結成してどれくらいなるのですか?
A 一年生の5月に結成したので、ちょうど1年半になります。

Q 練習はどれくらいしているのですか?
A 普段は週に1回90分間(授業の空き時間)ですが、
 コンサート前は週に2回練習をしています。

Q どのような曲を歌っているのですか。
A 私たちは主にTRY-TONEという日本のプロのアカペラグループの曲を
  歌っています。オリジナルアレンジと言って、自分たちで編曲を
  して5声を4声に作り替えたりしているバンドもありますが、
  私たちは、まだオリジナルアレンジをしたことはないです。

Q 演出が素晴らしかったですが、みんなで考えたのですか?
 運営もみなさんで手分けしてされたのですか?
A 私たちが他のアカペラサークルと異なるところは演出にこだわる
 ところです。運営も、照明、映像、舞台デザイン、衣装、
 マイキング、渉外、AD、パンフレット・チケットデザイン、
 記録等の班に別れて実施していますが、どの班もプロ意識を持って
 活動しています。先輩から引き継がれてきた技術がたくさんあります。

     
   
  「You Are Good」の熱唱  

Q アカペラをしていて良かったことはなんですか?
A 歌を通してバンドやサークルの仲間と出会えたことです。
 自分が思っていること、伝えたいことが本当は一つ一つの小さな
 ピースから出来てるんだなって。何も意味も持たない一つの音を
 積み重ねて、一つの伝えたい気持ちになるんだなって気づかされ
 ました。(ここはアカペラの魅力だと思います)

Q 辛かったことはありますか?
A コンサート時期はやはり大変です。バンドの練習、全体曲の練習、
 班の仕事(地域の方に協賛金を頂いたり、パンフレットのデザインの
 準備だったり)でキツイと思うことがあります。しかしコンサート後
 にはいつも頑張って良かったなぁと思います。

Q SFCの他に、どのようなところで歌っているのですか?
A 大きなコンサートは、夏と冬の年に2回、大学で開催しています。
 先輩方は紅白歌合戦で、一青窈さんの「ハナミズキ」のバック
 コーラスをしたことがあります。その他には、老人ホームや幼稚園、
 湘南台のお楽しみ市、学祭のイベントなどで歌っています。

Q これからの目標はなんですか?
A 私たちのバンドはコンサートよりも学外の活動に力を入れています。
 もっと地域の方のイベントに参加して、私たちの歌を通して1人でも
 多くの人に暖かい気持ちになっていただきたいと思っています。
 それが目標です!!

     
   
  エンディングを熱唱  

コンサートの最後にアカペラシンガーズKOEならではの魅力の1つ、「全体曲」が披露されました。エンディングでは個性的なボーカルのリードで会場が一体になり、おそろいの衣装とアカペラの歌声で、会場と出演者がひとつになりました。アンコールでは、マイケルジャクソンさんの「ヒール・ザ・ワールド」が歌われ、みんなで別れを惜しみつつ、来年の再会を誓って会場を後にしました。来年も絶対に行きます!

 
市民記者 No.107 本野木阿弥
 
■コラム:今日もひそかに調査中 75
「ジャイアンの隠し味」
2009年12月22日

八兵衛「いよいよ今年も終わりだねえ。その前に今日はクリスマス、
    『ディナー』なんてあたしゃ何年ぶりだか」

八兵衛さん、今日は木阿弥さんちに呼ばれてます。
お茶で酔ったのか既に顔も赤く、上機嫌です。

八兵衛「今年、木阿弥さんは中国に行ったよね。現地で見そびれたも
    のってあったのかい」
木阿弥「そうだねえ、食材市場に行きたかったなあ。特に昆虫類や
    冬虫夏草を見てみたかった」

木阿弥さんはなにやらぐつぐつ大鍋で煮ています。
ときどき調味料をぱらり

八兵衛「外国では虫を食べるのかい?」
木阿弥「日本でもイナゴだの、ハチの子だのセミの子だの食べるだろ」
八兵衛「イナゴやハチの子は知ってるけど、セミの子は知らないよ」
木阿弥「ファーブル昆虫記に出てたよ」
八兵衛「そりゃフランスのファーブルさんの話だろ」
木阿弥「フランスのファーブルさんもだけど、日本人もだよ。果樹園で
    セミが羽化しようと木に登る、そのときに木の幹にネズミ返し
    ならぬセミの子返しを設置して、羽化直前のセミの子を集める
    んだそうだ。で、それを唐揚げにして食べるんだって。
    おいしいらしいよ。※1」

     
   
 

セミの幼虫を集める装置
(『ファーブル昆虫記3 セミの歌のひみつ』より)

 

※1:『ファーブル昆虫記3 セミの歌のひみつ』 奥本大三郎編・訳 集英社 より。ファーブル昆虫記をただ翻訳したものではなく、その後の研究や日本での状況、氏の見解などがつけ加えられていて、日本ならではの昆虫記になっている。

八兵衛「セミって、あのセミだよね?セミエビってのもいたけど、
    虫の方なんだよね?」
木阿弥「昆虫類も甲殻類も同じ節足動物なんだから、エビカニみたいな
    味がしても不思議じゃないよね。」
八兵衛「ひとくくりにするには大きすぎやしないかい?魚も鳥も人間も
    脊椎動物だけどおんなじかい?」
木阿弥「それにね、セミは抜け殻もすごいってよ。」
八兵衛「あの〜、聞いてるかい?」
木阿弥「漢方ではスジアカクマゼミの抜け殻を薬にするらしいよ。
    スジアカクマゼミといえば中国で見かけたなあ。抜け殻にも
    気づいたんだが、おしいことをした。
    セミの抜け殻といえばさ、」もう止まりません。
木阿弥「『ドラえもん』にでてくるジャイアンてすごいよねえ。
    趣味が料理なんだけど、隠し味にセミの抜け殻を使っている
    んだよ※2。あのセンス、素晴らしい! エビカニの殻から
    だっていい出汁出るじゃないか。セミの抜け殻からうまみ
    成分が出たっていいだろう。」

※2:『ドラえもん』41巻「恐怖のディナーショー」より。
当のジャイアンはそのシチューを味見して倒れたらしい。

八兵衛「まあ、百歩譲ってセミの幼虫ってやつはエビに似てなくも
    ないけど・・・」
木阿弥「節足動物で陸にも海にも似た姿といえば、新江の島水族館でも
    展示されているダイオウグソクムシ。ダンゴムシそっくり。
    巨大なだけ。あれ、いい出汁取れるかなあ。」

     
   
 

 

 
   
 

ダイオウグソクムシ(大王具足虫)、
後姿がイセエビ似? 体長30センチあまり。

 

八兵衛「あのね、木阿弥さん。なんだか話の方向が心配なんだけどね、
    そのシチューみたいなの、ほんとに食べれるのかい?」
木阿弥「ブイヤベースといっとくれ。魚介類の出汁がきいてて、
    それはそれはうまいはずだ。」
八兵衛「あのさ、それでさ、まさかそこに変なもの入れてないよね。
    ダンゴムシとか、セミの抜け殻とかさ」
木阿弥「ダンゴムシ?セミの抜け殻??入ってるわけないだろう。
    馬鹿言っちゃ困るよ。」
八兵衛「ならいいけど・・・」
木阿弥「時期はずれだからね。」

すまして味見する木阿弥でございました。
Happy holidays!

 
市民記者 No.107 本野木阿弥
 
■コラム:今日もひそかに調査中 74
「かぐや姫の謎」
2009年12月20日

木阿弥さんと八兵衛さん、今日はこたつを囲んでお茶をすすっています。お茶菓子の江ノ電もなかが一両また一両と減っていきます。

八兵衛(以下「八」)「木阿弥さん、このところ昔話ばかり読んでるんだって?」
木阿弥(以下「木」)「昔の知恵が詰まってるからね、大人が読んでも面白いよ。」
八「お薦めは?」
木「遠くの山がきれいに見える今の季節、竹取物語かね。」
八「なんで山でかぐや姫?まあいいや。かぐや姫といえば、ずいぶん不思議な話だったなあ。たとえばさ、」

八「無理難題を突きつけられた求婚者たちはかわいそうだったなあ。あの時代に、親でもなく女性の方から条件をつけるって珍しい。」
木「そこはかぐや姫だから。」

八「求婚者敗退の後に帝が出てきたら今度は手紙のやりとりなんかしちゃって、さっきまでの条件はどこに行ったんだ!って言ってやりたかった。」
木「帝とはそういうものだから。」

八「なんだか納得してるねえ。でもあんなにかぐや姫を気にかけていた帝は、月からの迎えが来て姫が去っていくとき屋敷には来てなかったみたいだね。後から『結局だめでした』、って部下の報告を聞いてるだけなんだもんな。」
木「それも、帝だから。」

八「なんでそうやって納得するかねえ。かぐや姫ってつっこみどころ満載なのに。ほかにも帝に初めて出会ったときだったな、影のようになって姿を消すなんて離れ業をやってたぞ。」
木「だってさ、相手は月の人だろ。地球の常識は通用しない。それに帝が月からの使者と大立ち回りでもして話をこじらせてたら、宇宙戦争に発展してたかもしれない。」

八「じゃあ、木阿弥さんが興味深いと思ったのはいったいどこなんだい」
木「最後に出てくる富士山の説明のとこ。」
八「ふじさん?」

     
   
 

 

 

木「かぐや姫が月に帰ったあと、帝は姫がおいていった不老不死の薬を国で一番高い山の上で燃やさせた。そのためその山は不死山、富士山と呼ばれるようになった。また、その煙はいまでも立ち上っている、ということで話は終わっている。」
八「だから?」
木「つまり、この話が成立したころは、富士山からは煙がたなびいているのが普通だったってことだ。」
八「いまはそんなことないねえ。でもそうか、富士山は生きてるんだものなあ。噴火してたころもあったんだね。」
木「ね、昔話も歴史の証人になってて面白いだろ。」
というわけで、日本文学にしるされた、富士山の噴火についてお知りになりたいなら、この一冊がお薦めです。富士山の煙の悩みに、よく効きます。

[参考文献]
『富士山の噴火 〜万葉集から現代まで〜』 つじ よしのぶ著 築地書館 1992

 
市民記者 No.105 湘太
 
■コラム:であい旅115
「ウォーキング (10) 武蔵野」
2009年12月18日

杉並稲門会の友人たちが地元の武蔵野を歩くというので、加えてもらった。
11月末の穏やかな日差しのなか、玉川上水の小さな流れに沿うようにして
緑道がつづき、武蔵野台地を談笑しながらのとても楽しいウォークだった。

     
   
  鷹の台駅付近  

鷹の台駅(西武鉄道)−小金井公園−井の頭公園 (玉川上水経由) 12km

私はこれまで“武蔵野”を広く歩いたことが無いので、今回のウォークで
その風景や雰囲気を少しでも感じられたのがうれしかった。評判に聞いて
いる昔ながらの武蔵野の自然林がよく保存されている。このことは地域の
人々やいくつもの自治体の尽力によるものだろう。

     
   
  玉川上水  

玉川上水は江戸時代、三代将軍家光の時に参勤交代制度ができ、水需要が
大幅に増えたので計画された。羽村市の多摩川から水を引き、四谷大木戸
までの40km余を素掘りで開削したものである。
(玉川上水の歴史は下の小平市のリンクにゆずる)。
昔はこのあたりも、川幅が広く水量も多かっただろう。いまは細い流れが
地面から2mほど下を流れていて、しかも両側の堤から伸びる木々の枝葉
に覆われているので、殆んど水面は見えない状態だ。できるだけ人手を
入れないで、自然にまかせようという地元の人々の配慮なのだろう。

http://www.city.kodaira.tokyo.jp/kurashi/009/009353.html

     
   
     
   
  いずれも小金井公園  

五日市街道に沿って玉川上水が緩やかに武蔵野台地を下る。津田塾大学や
一ツ橋大学が近くにあると聞いた。
広々とした小金井公園に出た。広葉樹林がやわらかな日差しを浴びて
明るい風景である。敷きつめられた落葉の上に広葉樹がのびのびと育ち
樹間をわたる風が気持ちいい。

   
  皇帝ダリヤ  
   
  真弓の実  

晩秋で花の少ない季節だが、小金井公園で背の高い皇帝ダリヤが満開で
あった。皇帝ダリヤは近頃藤沢市内でもよく見かけるが高いものは5m程
もある。また緑道では沢山の真弓の実を見た。実が割れて真紅の種がのぞ
いている。長久保公園にもいくらか真弓の木があるが、実を見たのは今回
が初めてだ。

   
  山本有三記念館  

小金井公園で昼食をとり三鷹駅(JR)経由で井の頭公園に向かった。途中に
瀟洒な山本有三記念館があった。庭を訪ねただけで中には入らなかったが。
この地域には明治以来文人たちも多く住んでいたのだろうか。玉川上水と
いえば太宰治の入水がよく知られている。三鷹の禅林寺には太宰の墓が
森鴎外の墓と一緒に有ると聞いた。

   
  国木田独歩碑  

武蔵野といえば国木田独歩の「武蔵野」が名高い。私は独歩など読んだ
記憶が無いので、これを機会に読んでみた。「武蔵野」はエッセイ風の短編
小説だが、私の力ではとても読みづらく、ようやく中ほどになって何とか
リズムが合いだして少し読めた。なぜ読めたかと考えると、独歩の文章が
歩きながら書いているような描写に思えるからだ。年寄りのウォークに、
ちょうど波長があうのだろうか。こんな一節もある。

武蔵野に散歩する人は、道に迷うことを苦にしてはならない。どの路でも
足の向く方へ行けば、必ず其処に見るべく、聞くべく、感ずべき獲物が
ある。武蔵野の美はただその縦横に通ずる数千条の路を当てもなく歩く
ことに由って始めて獲られる。(五)

   
  井の頭公園  

紅葉の井の頭公園がゴールだった。暖かい晩秋の午後に、池の縁で多くの
人々がくつろいでいた。

 
市民記者 No.207 おりづるらん
 
■コラム:ほのぼの探検記 - 53
「美しい歩き方」で雨の日を楽しく!
2009年12月13日

12月5日(土)藤沢保健所にて、健康づくりイベント「健康コミュニティ藤沢2009健康まつり」が開催されました。

「スタンプラリー」「マンモグラフィ搭載車見学」「妊娠ジャケット体験」「紙ひこうき、フライングディスクを作って遊ぼう!」「ウオーキングミニ講習会」などなど。藤沢保健所内にたくさんのコーナーが開設されています。

     
   
  マンモグラフィ搭載車  

しかし、今日の私のお目当ては、湘南ふじさわウオーキング協会主催の「ウオーキングミニ講習会」です。まずは、わき目を振らずに講習会へ。

ウォーキングは運動不足を解消し、生活習慣病を予防したり、体脂肪を燃焼させるなどダイエット効果もある有酸素運動の1つです。日本人の生活の変化から失った運動量を取り戻すために、いつでも、どこでも、だれにでも、いつまででも出来るウオーキングが現在とても注目されています。

運動といっても長く歩く必要はなく、一日30分くらい歩くと体脂肪が燃えるそうです。日常の生活の中で動くことを意識しながら、せっせと歩くのがよいのだそうです。

また、ウオーキングは、楽しみながら歩くのが基本で、楽しみのない行動は長続きしないようです。楽しみながら歩く方法として歩いた距離を計れる「歩幅測定」がありました。私もさっそく挑戦してみました。

     
   
  歩幅測定  

ウオーキングで大事なのは、「美しく歩くこと」だそうです。
美しい歩き方とは
1.腕を後ろに引いて背中を意識すること。
  そうすると前のめりになっていた体が胸を張った歩き方になり
  姿勢が良くなります。
2・おへその下に重心を意識すること。
3・かかとから着地して徐々につま先まで、
  足の裏全体で地面を感じること。

「ウオーキングミニ講習会」を受けてから一週間後の雨の日のことです。私はいつものようにズボンに後バネがあがり汚れるだろうと思い、ハンカチを多めに持って出かけました。しかし、職場まで徒歩で10分・・・何歩歩いても後バネがあがらない!美しく歩くことができているので後バネがあがらないのでしょう。雨の日が楽しくなりました!

親切に指導してくださった、湘南ふじさわウオーキング協会の方々ありがとうございました。

湘南ふじさわウオーキング協会URL
http://shonan-fujisawa.jp/

 
市民記者 No.207 おりづるらん
 
■コラム:ほのぼの探検記 - 52
新林公園秋散歩〜ムクロジとカラスウリを探して
2009年12月3日

今日はとってもいいお天気です。こんな日に家にいるのはもったいないので、家の近くにある新林公園に、以前から一度見てみたいと思っていた「ムクロジ」と「カラスウリ」を探しに出かけました。

ムクロジは「無患子」と書き、ムクロジ科の落葉樹です。ムクロジの果皮には多量の「サポニン」を含み、水を泡立てる働きがあるので、昔は洗濯などに広く利用されたようです。熟した果実は、果皮がつやのある黄褐色の半透明になり、中に一個の黒い種子を含んでいて種子はとても堅く、よく弾むので、昔は羽子板の羽のおもりとして利用されていたようです。また、煎って食べることもできるそうですよ。

     
   
  ムクロジの木  

今まで、何度も新林公園には行っていますがムクロジの木なんて記憶にないなあ、と思いつつ古民家の裏手にまわってみると…。ありました、ありました! 見上げるほど立派なムクロジの大木です。下を見ると黒や黄色の実がたくさん落ちています。

     
   
  拾ったばかりのムクロジの実  
     
   
  実から取り出したムクロジの種子  

黄色い果皮の中に黒い種子が入っています。黄色い果皮をむいていると甘酸っぱい香がしてきました。

     
   
  カラスウリ  
     
   
  カラスウリのウルトラマン  

次にカラスウリを探しました。確かこのあたりにあったはず、と藪を掻き分けていくと…。カラスウリのオレンジ色が目に飛び込んできました!

     
   
  観察中のカラスウリの種子  
     
   
  打ち出の小槌に似てるかな  

カラスウリを割って種を出してみます。カラスウリの種は打ち出の小槌に似ていて、これをお財布にいれるとお金がたまる、という言い伝えがあるそうです。

うーん、確かに打てば何でもかなえてくれる大黒様の持つ打ち出の小槌に似ているような。皆さんどう思います?

     
   
  新林公園のケヤキ並木  

お目当てのムクロジとカラスウリを見つけた帰り道、公園の入り口まで戻るとケヤキの木が綺麗に色づいて夕日に映えています。

いつもはただ散歩するだけの新林公園。目的があれば散歩もいっそう楽しくなりますね。みなさんもぜひ新林公園を散歩してみてください。楽しいもの見つけられますよ。

家に帰りカラウウリの種を乾かしてお財布にしまったのでした…。

 
市民記者 No.106 東善治
 
■コラム:逍遥ー21
「引地川へ鮭が遡上??」
2009年12月1日

11月5日の神奈川新聞によると、引地川の中流域(河口から約7.5`遡った石川岡田橋近く)で10月31日午前「サケを釣り上げた」「目撃した」との市民情報が相次いだ とのことです。(11月5日:県水産課より内水面での鮭の捕獲禁止通達)
記者は、残念ながら目撃しておりませんが、引地川で遊泳している記念すべき鮭の写真(11月3日午前10時ごろ撮影)を入手しました。何はさておき、まずご覧頂きたい。この写真の鮭は、体長約60cmの雄とのことです。
前述の釣り上げられた2匹は雌で、体長は85cmと70cm、重さはいずれも4キロ、お腹にこぼれ出るくらいの卵が詰まっていたそうです。この雄は、2匹の雌を引き連れて、産卵のために引地川の中流域まで遡上してきたのでしょうか。

     
   
 


 

鮭は、本来冷たい清流を生息域としており、太平洋側では、利根川以北、日本海側では、山口県以北に分布しているとされています。ここ引地川での鮭の目撃は、長年引地川と生活を共にしてきた長老も初めてとのこと。
11月24日の朝日新聞によると、神奈川県での目撃情報は、藤沢市の引地川、逗子市の田越川、横浜泉区の和泉川、横須賀市の竹川、川崎市の多摩川等だそうです。漁師さんへの電話での取材よれば、相模湾では暫く藤沢の定置網にもかかったようですが、現在は小田原あたりでぼつぼつ上がっているとのことです。

さて、何故に温暖な引地川へ鮭が遡上してきたのか、その由るべき所以は今のところ諸説あり定まってはおりませんが、海流の影響説が有力です。
今年の10月から11月にかけて温暖な黒潮が千葉の房総半島から離れた場所を流れたことにより、親潮の冷水が相模湾へも流れ込み、それに乗って鮭が南下し引地川へ遡上した可能性が高いと見られています。それを裏付けるものとして、嫌われものの“越前クラゲ”が、日本海から津軽海峡を越えて太平洋側へ流れ込み、親潮に乗って一時期、相模湾の定置網にかかったことが話題になりました。

しかし、その理由の如何に係らず、鮭が遡上できるほどに引地川がきれいになったとことは、今までの藤沢市と市民が一体となっての地道な努力の賜物と言えるのではないでしょうか!!
更なる水質の浄化、自然護岸への回帰、河川のゴミなど景観への配慮等々、引地川を鮎・翡翠・蛍・海亀・鮭等が共生できる清流として、また後世に誇れる藤沢市の自然遺産として、官民一体となった一層の取組が望まれます。

 
市民記者 No.105 湘太
 
■コラム:であい旅114
「“ジョージ ワシントン”の一般公開」
2009年12月1日

12月5日(土)に米軍横須賀基地で、“グランド イルミネーション”が一般公開されます。
http://www.cocoyoko.net/grand_illumination/index.html

このおり原子力空母"ジョージ ワシントン"(GW)が公開されますので、興味のある方は、いいタイミングなので見学に行かれたらいかがでしょう。
今春コラムにあげましたが、楽しいイベントなのでもう一度ご紹介します。

     
   
     

GWは通常型空母"キティホーク"に代わって昨秋横須賀基地に配備されま
した。

空母"ジョージ ワシントン (CVN73)"の基本データを紹介します
就 役:1992年7月4日
建造費:約4,500億ドル(約4兆円)
推 進:約18年間燃料補給不要の原子炉2基
全 長:332.85m
幅 :40.84m
飛行甲板幅:76.8m
高 さ:73.2m(船底からマストまで)
速 力:30ノット(時速 55km)以上
乗 員:3,200名(空母要員)2,480名(航空要員)
兵 装:シースパロー(ミサイル)発射機3基 ほか
艦載機数:約75機
1日の浄水可能量:400,000ガロン(約2,000世帯への供給量)
建造に使用した鋼材:60,000トン
満載排水量:97,000トン

     
   
     

ハンガーデッキ(格納庫)からアッパーデッキ(甲板)へエレベーターで
昇っているところ。エレベーターは2基あり、通常はここに鼻面を牽引さ
れたジェット戦闘機が乗っかって、甲板にあげられます。

     
   
     

HP注意事項にあるように、艦船見学は正午から3時ころまで。米軍基地は
広く、正門から並び始めてGWまで1時間ほどかかるので注意して下さい。甲板で水兵さんと話したり、タイミングがいいと艦長や横須賀基地司令長官と一緒に記念写真を撮ることができるかも。

ついでながら・・
JRで横須賀駅に出られる方は、折角ですから横須賀駅前の「ヴェルニー記
念館」(横須賀市博物館)に、ちょっと立ち寄られてスチームハンマーを
ご覧になればいかがでしょう。海沿いにヴェルニー公園を歩いて米軍基地
へ向かいます。この公園も、とても気持ちのいいエリアです。
http://www.museum.yokosuka.kanagawa.jp/verny/

 
市民記者 No.105 湘太
 
■コラム:であい旅113
「東山界隈など」
2009年11月30日

このほど京都東山、奈良西ノ京を旧い友人たちと散策してきた。
紅葉狩りの賑わいのなか、楽しいひと時であった。
青蓮院―知恩院―高台寺―清水寺―祇園

     
   
  青蓮院小御所と龍心池  

青蓮院は秘仏「青不動明王」が珍しく公開されるというので訪ねた。
御開帳の目的は、昨今の世間は道徳的退廃がひどく、辛いことが多すぎる
ということでお不動さんのお力によって、善き方向に導いて戴こうという
ものである。近頃はインフルなど厄除け祈願で賑わいらしい。
お不動さんは密教の大日如来の化身だから平安時代から庶民の信仰が篤い。

     
   
  親鸞聖人童形像  

青蓮院は三千院、妙法院と同じ門跡寺院である。孝明帝の輿が展示されて
いた。青蓮院の建築はやさしく回遊式の庭園も美しいが、私は静かな鐘の
音に魅了された。多くの人々が列を作って鐘を打ったが、どれもが涼やかな
音であった。
青蓮院は初めての訪問だが、大昔に読んだ吉川英治の「親鸞」が懐かしい。
いまは小説の内容をすべて忘れているが、親鸞は青蓮院において9歳で
出家、青年時代もこのお寺で激しい求道生活をもった。

     
   
  高台寺 夢  

知恩院を経由して高台寺を訪ねた。
難波のことも夢のまた夢・・と辞世を残した太閤秀吉の菩提を弔うために
夫人の北政所ねねが開創した寺である。徳川家康も政治情勢を配慮して
多大の財政的援助を施したことで知られる。紅葉の名勝であるが、ピーク
には少し早かったようだ。

     
   
  臥龍廊  

境内の開山亭から山上の傘亭に向けて臥龍廊と呼ばれる長い渡り廊下が
ある。傘亭から観ると瓦で龍のうろこを模した臥龍廊の姿がいいのだが
今回は私に腰痛があって登ることが出来なかった。

     
   
  薬師寺金堂  

翌日は小雨のなか、奈良西ノ京の2大宇を訪ねた。薬師寺も唐招提寺も
深い樹々の繁みのなかにある。
薬師寺は3年ぶりか。青丹によし・・奈良の都の建物、白壁と緑や朱に
塗られた金堂や講堂、西塔の姿が小雨の中でくっきりと鮮やかだ。
東塔の改修工事が始まっている。いま両塔を観ると、西塔が僅かに高いが
千年後には東塔と同じ高さになると聞いた。

     
   
  唐招提寺金堂  

唐招提寺の南大門を入ると八本の円柱が並ぶ金堂が正面にある。金堂は
10年にわたり平成大修理が行われ、この11月1日に落慶法要があった。
改修は耐震性など、内部的なものも多く外観は殆ど変わらない。
境内に松尾芭蕉の句碑や会津八一の歌碑がある。

  若葉して 御目の雫 拭はばや     松尾芭蕉

  おほてらの まろき柱の月かげを
    つちにふみつつ ものをこそおもへ     会津八一

     
   
  唐招提寺境内  

唐招提寺には天平期や鎌倉期の重厚な建築が数多くあり、それぞれに古色
を帯びて堅牢な印象がある。金堂や講堂は天平・奈良期の造営とあるから、
唐の長安の街を歩いていると想像しても許されるはずだ。
これら蒼古とした建物の内部には、大きな金色の盧舎那仏や千手観音、
薬師如来そして鑑真和上がおられるし、なにより東山魁夷さんの鮮やかな
障壁画、鑑真和上招来を描いた「濤声」や襖絵が並んでいるはずである。

薬師寺や唐招提寺などは、いつお参りしても変わらぬ風景でそこに在る。
そんなこと当り前なのだが、特に奈良のお寺には、訪れるたびに安堵を
おぼえ、幸せな気分になる。

 
市民記者 No.101 アロハ亭夢子
 
■コラム: しらすのつぶやき - 37
「鮭の町・村上へ」
2009年11月26日

この春、「鶴瓶の家族に乾杯」でみた村上(新潟県)に知人が引越しをしたので、鮭とお酒が美味しくなるこの時期に仲間と訪ねてきました。

     
   
  村上駅前  

鮭を知るべく、イヨボヤ(鮭魚の意)会館へ向かいました。三面(みおもて)川の秋の風物詩の「居繰り(いたぐ)漁」を見られないかと期待して出かけましたが、残念なことに午後になってしまったので、見ることが出来ませんでした。会館の中に鮭のミニふ化場があり、変化の様子を見ることが出来ました。鮭の稚魚は腹部に卵嚢という大きな袋を抱えて生まれ、50日程度までにこの栄養分を吸収し育ちます。吸収が終わる頃は5センチ程度に成長して、こんどはプランクトンを食べるのだそうです。

     
   
  養殖鮭の稚魚  

村上藩士の青砥武平治(あおきぶへいじ)さんは、鮭が母川に回帰する習性を世界で初めて発見し、自然保護養殖のため31年かけて種川(たねがわ)という人工河川を作り、村上藩の財政に大きく貢献しました。これはカナダのふ化事業より140年も前のことだそうです。

     
   
  村上の魚屋さんの看板  

村上は五万石の城下町として栄え、伝統と文化が沢山残っている町です。明治に入り士族の仕事が少なくなり、政府の許可で鮭を取り、それを売った資金で東京で勉強しその後、社会に尽くした人たちを「鮭の子」と呼んだそうです。

     
   
  旅籠  

宿は海岸に面しています。露天風呂から佐渡に沈む真っ赤な夕日を眺めました。何だか気持ちが溶けていくようです。村上牛の食膳には、大洋酒造が地元だけで販売している「紫雲」が並び、仲間の顔がほころびました。

     
   
  酒屋  

翌日は、町歩き。軒先に吊るされた塩引き鮭をながめ、あますところなく鮭1匹を使い切る「鮭尽くし」の昼食で満足して帰路に尽きました。

     
   
  塩引き鮭  
 
市民記者 No.107 本野木阿弥
 
■コラム:今日もひそかに調査中 73
「色鮮やかな、アブラムシ」
2009年11月24日

秋といえば紅葉。まるで色づいた葉のように鮮やかな・・・アブラムシを見つけた。

     
   
 

キョウチクトウアブラムシ(オレンジ色)と
クサカゲロウの卵

 

名前のとおりキョウチクトウにつくそうだが、これがついていたのはフウセントウワタ。
フウセントウワタはキョウチクトウと遠い親戚なのだという。キョウチクトウもフウセントウワタも汁に毒性があるそうだが、このアブラムシにとっては問題ないらしい。
近くにクサカゲロウの卵、いわゆる「優曇華(うどんげ)の花」があった。糸の先に白く細長い卵がついたような形が独特だ。

     
   
 

拡大図

 

母のクサカゲロウが職住接近ならぬ食住接近を期待してここに生みつけたのだろう。
クサカゲロウやテントウムシといった、このアブラムシを食べる天敵は毒の影響を受けるのだろうか? これまた知りたい謎の一つ。

     
   
 

クサカゲロウ(成虫)

 

秋の野原ではこんなものを見つけた。

     
   
 

セイタカアワダチソウヒゲナガアブラムシ(赤)
とそれを食べているテントウムシ

 

その名の示すとおり、セイタカアワダチソウにつく、ひげが長い アブラムシ。資料(後述)によれば、近年アメリカからやってきた外来種なのだという。

いままで黄緑や黒系統のアブラムシは見かけていたが、黄色や赤のもいたとは気がつかなかった。
こんなに目だってしまっていいのだろうか? 数で勝負ということだろうか? それとも原産地での食草にあった色の体なのだろうか? そもそもテントウムシは視覚でアブラムシを探しているのだろうか? 疑問は尽きない。

[参考資料]

「アブラムシ入門図鑑」 松本嘉幸 著 全国農村教育協会 2008年
:入門図鑑といいつつ、南関東に生息するアブラムシ230種を網羅。

 
市民記者 No.206 ゆきうさぎ
 
■コラム:出逢い ふっと はっと ほっと
『龍Q館』に行ってきたよ
2009年11月19日

今日ぼくは、りゅうきゅう館に行きました。
朝早く学校へ行くと、もうバスが待っていて、トイレに行ってから急いで乗りました。さい玉まで行くのだそうです。「江戸川ってさい玉なのかな。親せきが江戸川にいるけど、さい玉じゃないよ。」と言ったら、先生がわらいました。
と中トイレ休けいがあったけど、ずっとバスに乗っていてひまでした。
やっと着いた所は、たんぼの中のたて物でした。「これがりゅうきゅう館?」とだれかが言ったけど、正かくには、「こくどこうつうしょうかんとうちほうせいびきょくえどがわかせんじむしょしゅとけんがいかくほうすいろしょうわはいすいきじょうないちていたんけんみゅーじあむりゅうきゅうかん」って言うのだそうです。

     
   
  国土交通省関東地方整備局江戸川河川事務所
首都圏外郭放水路庄和排水機場
 

たて物のまわりはとても広くて、サッカーができるしばふの公園や、川の前の見はらし台や、オブジェや、むかし使ったあなほり機などがありました。
たまに、きつねやたぬきも見かけるそうです。

     
   
 

1日に掘ることができたのは7m
約20年前に使われていたシールドマシーンは今、
時計になっています

 


りゅうきゅう館には、地図とか、もけいとか、ビデオとかがあって、係りの人がせつ明してくれました。川と川をつなぐ水の道があって、川の水があふれそうになると地下の入れ物に入れるしくみだそうです。入れ物は学校のプールみたいなのじゃなくて、つつの形をしている入れ物が5こもあって、それをつなぐ太いみちもあって、水を送るのにジェット機のガスタービンエンジンというのを使っているそうです。つつの形をした入れ物の一番大きいやつは、スペースシャトルや自由の女神が入る大きさだそうです。水は全部で67万トン入るのだそうです。それは、サンシャインビル一杯くらいだそうです。
「オレ、サンシャインビルしらねーし」とだれかが言いました。みんな笑いました。
集まった水は江戸川に流されるのだそうです。そのはやさは、学校のプール一杯の水が1秒で流れ出るそうです。

     
   
 

さて、いよいよ地底探検です
入り口はなんだかフツーです

 

さて、いよいよ地ていたんけんです
階段をたくさんおりました。だれかが数えたら、116段あったそうです。
だんだん暗くなって、ちょっと気味が悪かったです。
でもよく見ると、あん外きれいなところでした。どろとかをすくい出すおそうじをしたばっかりだからだそうです。ゆかから天じょうまで18mもあって、59本の柱があるそうです。かべに水のあとがありました。今ほんとうに水が入ってきたら、おぼれちゃうなあとドキドキしました。
ここのしせつを作るのに、18年以上かかって、お金は約2300億円かかったそうです。
2300億円ってすごいと思いました。前、日銀の見学に行ったとき、1億円のかたまりを見ました。そのとき説明の人が、松坂とう手のけいやく金のことを話してくれたけど、それよりずっとすごいです。

     
   
 

ギリシャ神殿のような雰囲気です
気温は一年中15℃くらい
5つある立坑(たてこう)はもっと深いです

 
     
   
 

平日の操作室では1〜2名が
モニターで監視しています
稼動時には7〜8名が一斉に
機器に張り付きます
仮面ライダーやウルトラマンの
撮影にも提供されています

 
     
   
 

いろいろな模型があります

 

今日わかったこと。それは、川は長く長くつながっているんだということです。今ぼくがさい玉で見ている川は、東京にも千葉にもつながっているのです。
親せきがいるのは同じ江戸川だけど、東京の江戸川でした。
あと、川は大事にしなくちゃいけません。のむ水もおふろの水もみんな川からもらっているのです。でも、雨がたくさんふって、川があばれる時があります。そうなると、こう水とかになって、家が水びたしになって、人の命をうばったり、大事なものがなくなったりします。その原因は、もともとの地形もあるけど、急げきな都市化にも原因があるそうです。雨がふるたびに大変なことになっていたのに、かいけつできたことは、すごいとだと思いました。
「うちの人にも見せたいな」と言ったら、係りの人がホームページを教えてくれました。

http://www.ktr.mlit.go.jp/edogawa/index.html

みんなも見てね。              おわり

 

 
市民記者 No.107 本野木阿弥
 
■コラム:今日もひそかに調査中 73
「2009湘南国際マラソン」
2009年11月17日

2009年11月8日。晴天の中、今年も湘南国際マラソンの号砲が鳴った。
うちフルマラソンは出走数 13541人、完走者数11730人、完走率は86.60%。
ちなみに前回(第三回)は出走者数 10617人、完走者数9710人、
完走率91.5%。
参加者は着実に増えている。

     
   
  往路、復路の選手の行きかう
134号線 鵠沼橋付近。
 

例によって、フルマラソンに出た知人(以下「知」と略)に終了後インタビュー。「お疲れ様でした。」

知「今回もたくさんのスタッフやボランティアに支えられた大会でした。  運営してくださった方々に感謝しています。」
木「昨年言ってらしたような問題は、今年はどうでしたか。」
知「確実によくなって来ていると思います。例えば・・」

・受付が当日になった(前回までは前日のみ)
 → 遠方からの参加者が参加しやすくなったのでは。
・スタート地点がゴールに近くなった(前回までは遠かった)
 → ゴールした後で荷物を回収しやすくなったのでは
  (知人は手ぶらで行って、荷物を預けなかったらしい)
・西湘バイパス発着ということで国道を通らなくなった
 → コースの高低差も小さくなった。
・距離表示が1キロおきになった(前回は5キロおき)
 → ペースが掴みやすくなった。

木「完走率が去年に比べ、少し下がったようですが?」
知「気温も関係しているんじゃないでしょうか。前回は雨交じりで
  寒いくらいでしたが、今年は昼には20度を越えました。
  走るとどうしても暑くなりますから、気温がある程度低いほうが
  いいようです。」

     
   
  もうすぐフルマラソン折り返し  

知「ところで応援側としてはどうですか、藤沢で見るというのは。」
木「スタートゴールは見られなくて残念ですが、そのかわり短い時間の
  間に2度応援することができるんですよ。往路を見て、歩道橋を
  渡れば復路ですから。見送ったら後は水族館を見たり、江の島を
  観光するのもいいんじゃないでしょうか。とはいえ、個人的には、
  また藤沢発着のマラソンも見たいと思っています。」

木「この大会に関連して前日7日に行われた湘南国際マラソンウォーキン
  グ大会では藤沢もゴールの1つだったようです。正確には大磯、
  平塚、茅ヶ崎のいずれかをスタート、海沿いに東に進んで平塚、
  茅ヶ崎、江の島いずれかにゴール。自分に合った距離を選んで
  参加するというものでした。」
知「何年かして走るのがきつくなったら、ウォーキングに参加して
  みようかな。」

     
   
  フルマラソン参加賞のTシャツと、
完走賞の金メダル
 

[ご参考] 湘南国際マラソン 大会ホームページ
     http://www.shonan-kokusai.jp/

ウォーキング大会についての情報も載っています。

 
市民記者 No.107 本野木阿弥
 
■コラム:今日もひそかに調査中 71
「カエデかモミジか」
2009年11月14日

木阿弥さんと八兵衛さん、今日は仲よく長久保公園を散歩中。

木阿弥 「風がここちよいねえ。」
八兵衛 「あのカエデもいいねえ、まだ色づいてないけど」
木阿弥 「あのモミジもなかなか・・・」

しばし沈黙。二人が見ているのは同じ枝先でありました。

     
   
  カエデか?モミジか?  


「え、ありゃモミジだよ。」
「カエデだろう。」
「モミジ!」
「カエデ!」

木阿弥 「カエデってのはあれだろ、カナダの国旗の真中にあるやつだろ。
    メープルシロップの・・・サトウカエデ。赤ちゃんの手みたい
    な形のはモミジだ、カエデじゃない。」
八兵衛 「じゃ、モミジを漢字で書いてみろ。『紅葉』と書くじゃないか。
    葉っぱが赤くなきゃモミジじゃないよ。」

なごやかだった散歩が、なにやら険悪な雰囲気になって参りました。

「よし、勝負だ!」
「よしきた、負けるもんか。」

長久保公園には植物分野に特化した図書室があります。部屋に置いてある用紙に来場方法(自動車・自転車・バス・徒歩など)や年齢層、性別、市内在住か否かといった簡単な事項を書くだけで、どなたでも利用できます。
ここで資料にあたり、さらに家でネットを使い情報を集めていくと、混乱が生じる原因がわかってきました。


[語源] 広辞苑によると

モミジ:「紅葉(もみ)づ」という言葉から来た。古くは秋に色づく
     葉を持つ植物全般を指すらしい。
カエデ:「カエル手」から来た。カエルのように水かきのある形、
    ということであまり切れ込みの深くないものを指すらしい。


[植物学では]

・モミジもカエデもすべてカエデ科カエデ属。
 モミジ科というものはない。
・カエデ科の種類は多く、切れ込みがまったくない
 マルバカエデなどといった種類もある。

というわけで、今回の二人の勝負は引き分け。
お後がよろしいようで・・。

     
   
  モミジでもあり、カエデでもある  


[おまけクイズ] これは何の葉でしょうか?
(答えは写真の下の部分を反転させてみてください)

     
   
  答え:ユリノキ(モクレン科)  
     
   
  答え:モミジバフウ(紅葉葉楓、マンサク科)  


[参考資料]
「NHK趣味の園芸 よくわかる栽培12か月 カエデ、モミジ」
川原田邦彦 著 日本放送出版協会 発行

 
市民記者 No.107 本野木阿弥
 
■コラム:今日もひそかに調査中 70
「クラゲの骨?」
2009年11月9日

クラゲには骨がない。
日本の昔話によれば、クラゲはサルの生き胆を取る役目に失敗して海の仲間から袋叩きにあい、骨なしになったのだという。

また枕草子98段「中納言まゐりたまひて」で、扇子の骨にするのに、大変珍しい素材を手に入れた、と自慢する中納言隆家(たかいえ)に向かい清少納言が「さては扇のにはあらで、くらげのななり(そんなに珍しいとおっしゃるなら、扇の骨ではなくてクラゲの骨でしょうよ)」と言ってやりこめた、という箇所がある。
ここでも実際には存在しないもの、のたとえとして「クラゲの骨」が使われている。

クラゲはぐにゃぐにゃで当たり前・・・
だとしたら、これはなんだろう?

     
   
  カツオノカンムリ  

これはクラゲの一種、カツオノカンムリ。薄青く半透明な姿はカツオノエボシにも似ている。年輪模様のあるうろこ状の部分で波間に浮かび、ヨットの帆のような部分に風を受けて移動していくという。

     
   
  カツオノカンムリ・・・の骨?  

この半透明な骨のようなものはキチン質(キチンとキトサン)でできているらしい。脊椎動物ではないから、背骨と呼ぶのもおかしい。殻でもない。スルメイカなどの甲に近いものか。
ときおり湘南海岸にも打ち寄せられる。清少納言がこれを見たら何と言っただろうか。

[参考資料]
『日本昔話百選』 稲田浩二編著 稲田和子編著 三省堂 1986年 より、「猿の生き胆」
『新編日本古典文学全集 18 枕草子』 清少納言著 松尾聡校注・訳 永井和子校注・訳 小学館
『青いクラゲを追いかけて』 盛口 満著 講談社 2004

 
市民記者 No.106 東善治
 
■コラム:逍遥ー20
「自衛隊観艦式」
2009年11月6日

10月27日午後7時56分ごろ、関門海峡で海上自衛隊の護衛艦「くらま」と韓国籍のコンテナ船が衝突しました。護衛艦「くらま」は、今年開催された「自衛隊観艦式」へ参加の後、母港の佐世保へ帰港途中とのことでした。

護衛艦「くらま」は、3年前の「2006年・観艦式」にも旗艦として参加していたことを思い出し、その時の「観艦式」の画像ファイルを開いてみました。確かに、撮影されていました。

     
   
 

今回衝突の「護衛艦 くらま(艦番号:144)」

 

この機会に、海上自衛隊の観艦式とはどの様なものか、当時の写真により振り返ってみましょう。

そもそも観艦式の起源は、1347年の英仏戦争の時に、英国王エドワード3世が出撃する際に、その威容を観閲したことに始まるといわれています。

我が国では、明治元年・天皇陛下をお迎えして、大阪・天保山沖で実施された観兵式が始まりであり、旧帝国海軍の観艦式は、昭和15年横浜沖で実施された「紀元2600年特別観艦式」が最後で、その当時は艦艇98隻・航空機527機が参加した極めて壮大なものであったとのことです。

自衛隊としては、昭和31年に「自衛隊記念日」が制定され、観艦式を実施することが定められています。3年ごとに開催され、今年で26回目となります。
                (FLEET REVIEW 2006より抜粋)


出港(午前9時30分)に先立ち、本番では旗艦の甲板上で総理大臣(今回は菅副総理)の訓示がなされます。
軍艦マーチがよく似合います。

     
   
 

出港前の訓示と軍楽隊の演奏風景

 

いよいよ隊列を組んで観閲のための海域へ出発です。

     
   
 

観艦式の海域へ航行中の艦艇

 

出港直後は、艦長はじめ航海士は、一般の船舶の往来もあり緊張の連続とのことです。

     
   
 

出港直後の艦橋風景

 

現場海域へ到着後、いよいよ観艦式の開始です。まず護衛艦・潜水艦等の艦隊が一列縦隊で航行し、順次観閲を受けます。

     
   
 

護衛艦・艦隊の受閲

 

潜水艦の艦隊の先頭艦とドルフィン運動と呼ばれる潜航・浮上を繰り返しながら航行中の潜水艦です。

     
   
 

潜水艦・艦隊の先頭艦の受閲

 
     
   
 

潜水艦のドルフィン運動

 

航空自衛隊も参加し、航空機の観閲も受けます。F-2ジェット機はじめ各種飛行機やヘリコプターの飛来は壮観です。

     
   
 

ヘリコプター隊の受閲

 


実際に、対潜ロケット弾の発射訓練も実施されます。

     
   
 

対潜ロケット弾の発射

 
     
   
 

対潜ロケット弾の着弾

 

その他に、インド洋で話題の「洋上補給」や、「飛行艇の離着水訓練」等ののち、午後4時に横須賀港へ帰港、夕闇せまるころ接岸です。

     
   
 

艦艇の接岸風景

 

以上、私の画像ファイルよりのレポートです。
                            完

 
市民記者 No.101 アロハ亭夢子
 
■コラム: しらすのつぶやき - 36
「芸術の秋」
2009年11月2日

“芸術”という言葉にご縁の少ない私ですが、ご近所にある蔵まえギャラリーは、ご近所ゆえ顔を出しています。

     
   
  蔵まえギャラリー  

今(09/10/25現在)開かれている展覧会は、オランダの画家お二人と日本人の彫刻家と画家の四人展です。オランダは女王陛下がお好きなコンテンポラリーアートが大変に盛んだそうです。

☆コンテンポラリーアートとは:「同時代性の美術」という意味で、30年ほど前から現在までの現代美術の総称。アンディ・ウォーホールに代表されるポップアート以降のもので、日本ではまだまだなじみが薄いが、欧米では絶大な人気を誇る。

     
   
  土間ギャラリー  
     
   
  和室と彫刻  

大阪からいらした川島慶樹氏は彫刻家、横浜からいらした工藤政秀氏・オランダからいらしたPaulaさん、Dodogさんは画家です。

     
   
  神棚と絵画  
     
   
  箪笥と絵画  

10月20日の夜は『手作りインドネシア料理の夕べ』が開催されました。インドネシア出身で、お料理作りがお好きというDodogさんが、腕をふるって下さいました。

     
   
  料理の食べ方を説明するDodogさん  

ご飯、春雨、いんげん、ゆで卵、鶏肉、もやし、煎餅の様な物、いろいろな物が大皿に盛られています。

     
   
  チキンカレー  

Dodogさんから食べ方を教えていただきました。自分で器に好きな分量の素材を盛り、最後に甘味噌(ココナッツの香りがする)をかける。もう1品は、チキンスープをかけるというものと、揚げた骨付きチキンのカレーや、“辛いのが好きな人向け”の一品などが、テーブル一杯に並びました。

     
   
  大皿に並べた料理とチキンスープ  

まわりは芸術関連の方ばかりで、話もそちらの方面ですが、私はいつの間にか芸術の秋よりも、食欲の秋に浸っておりました。

 
市民記者 No.105 湘太
 
■コラム:であい旅112
「奥入瀬 秋色」
2009年10月29日
     
   
  阿修羅の流れ  

このほど、東北地方へのパックツアーに家内と出かけた。
 仙台―平泉―角館―雫石―小岩井農場―十和田湖・奥入瀬渓流
中でも奥入瀬は初めてだったが、期待にたがわず美しい秋景色が見られた。
すみきった空気のなかで、ブナやカエデなどの秋色がとても気持いい。
いくらか写真を撮って来ましたのでご覧ください。

     
   
     
     
   
     

奥入瀬渓流は水源の十和田湖から焼山までの14qの流れをいうらしい。
国の特別名勝、天然記念物に指定されている。深い自然林や点在する小滝
の中を縫って、ときに早い瀬となり、よどむ淵となり、ゆるやかな瀞と
なって流れる 変化に富んだ景勝である。

     
   
     
     
   
     

渓流に沿って遊歩道が整備されていた。道が水面とほぼ同じ高さにある
ので楽しく歩ける。写真も撮りやすい。私たちは渓流のなかほど、雲井の
滝から石ヶ戸まで3km位を1時間ほどかけて歩いた。

     
   
     
     
   
     

3kmの間、鳥の声がついに聞こえなかった。むろん姿も見えない。
一時的な現象だろうが、ガイドさんに訊いても良く分からなかった。

     
   
     
 
市民記者 No.107 本野木阿弥
 
■コラム:今日もひそかに調査中 69
「本でまつりを盛り上げてみませんか」
2009年10月26日

みなさん、家に本はどのくらいありますか。増えすぎた本はどうなさってますか。新しく本棚を取り付けて入れるもよし、処分するとなると自治体の廃品回収に出したり、人に譲ったり、古書店に売ったりするほかに図書館に寄贈するという方法もありますね。
いま(2009年10月)、鵠沼公民館のロビーで古本の寄付をつのっています。
[期間] 10月30日まで
[時間] 9時半から12時 と 午後1時から5時まで。
ただし雑誌と百科事典は受け付けられないそうです。

     
   
  この看板が目印です  

11月、藤沢市ではあちこちの公民館で公民館まつりが行われます。鵠沼公民館のまつりの目玉の一つが古本市。売り物の本は市民のみなさまが無償で寄贈してくださったものです。
毎年1万2千冊ほどの本が集まり、約半数が売れて売り上げは公民館まつりの運営に使われるそうです。鵠沼海岸はお子さんのいる世帯が多いせいか、こども向けの絵本や漫画が売れ筋だとか。
ご自宅に眠っている本はありませんか。ぜひ古本のリサイクルにいらしてみてください。そして、当日の古本市にももちろんどうぞ。みんなで地域のまつりを盛り上げましょう。

     
   
  リサイクルされる本たち  

なお古本市のお手伝いをしてくださっている鵠沼探求クラブの方々、
お忙しい中お話をありがとうございました。

[ご参考] 第33回 鵠沼地区 公民館まつり(平成21年度)
11月7日(土) 午前10時〜午後4時
11月8日(日) 午前10時〜午後3時
会場は鵠沼公民館(小田急線 鵠沼海岸駅徒歩2分)です。

 
市民記者 No.207 おりづるらん
 
■コラム:ほのぼの探検記 - 51
藤沢炒麺(ちゃーめん)人気沸騰中!!
2009年10月7日

「藤沢炒麺(ちゃーめん)ありますか?」
「すみませーん、もう終わっちゃったんです。
 12時半に完売しました。」
「えー、もう終わったの? 残念だなぁ。
 やっと食べられると思ったのに。」

     
   
  残っていたのは藤沢炒麺の材料が記載された
看板と「完売」の札だけ…
 

ここは、藤沢市民まつり会場のさいか大駐車場。たくさんの食べ物屋が屋台を連ねています。今、噂の藤沢炒麺の屋台が出ていると聞いて楽しみにして来たのですが、残念、一足違いで売切れてしまいました。

しかし、このままスゴスゴと帰りませんよぉ。ここは一つ市民記者根性を見せて、売出し中の藤沢炒麺を取材することにしました。
さっそく、藤沢炒麺を作っている「NPO法人地域魅力」の田中さんにインタビューです。


◆「藤沢炒麺」ってどんな食べ物ですか?
◇藤沢で収穫した小麦を使った地粉麺に、藤沢産の野菜や肉などを
 あわせて炒めた具をのせた、おいしい・うれしい・ヘルシーな地場産
 グルメです。
 藤沢炒麺の条件(定義)は次の2つです。
 1.藤沢産の小麦で作った地粉麺を使っていること
 2.具材に、藤沢産の食材(野菜・肉・魚介類など)を2品以上使って
   いることそれ以外は、作る人、お店、家庭での創意工夫次第!
   自由です。

     
   
  これが藤沢炒麺です!  

◆どうして藤沢炒麺を作ろうと考えたのですか。
◇“藤沢の魅力”って何だろう? と考えたときに、江の島や湘南海岸は
 よく挙げられるけれど、南北に広〜いこの街、もっとほかにもアピール
 できる魅力があるのではないか、と感じていました。
 しかし、藤沢は、特に全国的に有名なわけでもないし、その土地なら
 ではのグルメやおみやげがあるわけでもありません。
 そこで、「食」とその地域の印象って強く結びつくことから、藤沢の、
 「食」を使ったシティプロモーション(まちのアピール活動)ができ
 ないものかと考え、藤沢市に提案し、今年から藤沢市とNPO法人地域
 魅力との協働で、「藤沢の“食”によるシティプロモーション調査研
 究事業」を始めたのです。藤沢炒麺は、この協働事業の取り組みの中
 から生まれてきたのです。

◆今日は残念ながら藤沢炒麺を食べられなかったのですが、今後どこで
 食べられますか。
◇今年はいろいろなイベント会場に出店しています。現在のところ、
 すでに、御所見夏まつり、湘南朝市、小出川彼岸花まつりと今日の
 市民まつりに出店していますが、これからも地区の公民館まつりなど、
 市内約20ヵ所に出店の予定です。その他にも、六会のほうとう屋
 さん「へっころ谷」で食べることができます。
 (店長さんの力作は、芸術品のようにおいしくて、素材も体にもいい
  ものばかり使っていますよ!)
 また、11月以降には、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスの食堂にも
 提供予定です。

     
   
  藤沢炒麺のぼり旗  

◆最後に何か一言お願いします。
◇「へっころ谷」さんと同じように、藤沢炒麺をメニューとして出して
 くれるお店を大募集中です! 遠くからでもよく目立つのぼり旗を
 提供し、PR活動もこちらで引き受けます。
 藤沢の地域のいろいろな人達が力を合わせて作っている藤沢炒麺です。
 みんなが力を合わせて何かやろう! っていうパワーこそが、
 藤沢の一番の魅力なのかも、と藤沢炒麺づくりを通してしみじみ感じ
 ています。


藤沢産の地粉と野菜を2品以上使ってつくる藤沢炒麺。「食」を通じて藤沢の魅力を日本中にPRできれば最高ですね。そのためにも、すぐにどこででも「藤沢炒麺」を食べられる環境をつくりたい!! そんな思いが田中さんのインタビューからひしひしと伝わってきました。

田中さんのお話を聞いていたら、ますます藤沢炒麺が食べたくなりました! よーし、公民館まつりでは絶対に食べるぞぉ。

【藤沢炒麺出店予定】
10月17日 六会市民センター 六会ふるさとまつり
10月17日 片瀬しおさいセンター 片瀬地区ふれあいまつり
10月17日 藤沢公民館(済美館) 藤沢公民館まつり ←麺だけ販売
10月18日 六会市民センター 六会ふるさとまつり
10月18日 片瀬しおさいセンター 片瀬地区ふれあいまつり
10月17日 藤沢公民館(済美館) 藤沢公民館まつり ←麺だけ販売
10月24日 御所見市民センター 御所見文化祭
10月25日 御所見市民センター 御所見文化祭
10月31日 藤沢駅北口 オープンカフェ
11月 1日 藤沢駅北口 オープンカフェ
11月 7日 多摩大学湘南キャンパス 多摩大学学園祭
11月 8日 藤沢市地方卸売市場 市場まつり
11月 8日 多摩大学湘南キャンパス 多摩大学学園祭
11月14日 鵠沼運動公園 鵠市場
11月15日 鵠沼運動公園 鵠市場

 
市民記者 No.207 おりづるらん
 
■コラム:ほのぼの探検記 - 50
横浜博 Y150
2009年9月28日

横浜開港150周年横浜博Y150に行ってきました!

1859年7月1日、それまで小さな村だった横浜は、海外の窓口として国内外から技術、文化、人が集まるようになり、港を中心として発展し続け、現在の大都市横浜が築かれました。横浜市では、開港50周年、開港100周年という節目の年に記念事業を実施してきましたが、開港150周年にあたる今年は、横浜市全体が港や先人の業績に感謝し、横浜が夢や希望にあふれる街となることを目指してY150横浜博が開催されています。

     
   
  にっぽん丸  

はじめにY150横浜博ベイサイドエリアの「赤レンガ会場」に行きました。赤レンガ倉庫の前で大さん橋のほうを眺めると・・・・・
なんと、大きい客船が!!船体の横には「にっぽん丸」の文字。これが「にっぽん丸」かあ。総トン数約21トン、乗客定員最大約532名、全長約167m。入港すると大さん橋はほとんど見えなくなりました。壮大な船です。悠々と大さん橋に着岸する姿は、開港から150年間の港の発展を物語っているように感じました。

     
   
  横浜ものがたり  

次は「Y150はじまりの森」です。「横浜ものがたり」では、開国・開港の時代にタイムスリップしました。ペリーのもたらしたもので、日本の近代化横浜の先進性としてもっとも大きな果実になったのが、[蒸気船][鉄道][電信機]だそうです。これらの技術はいち早く横浜で活用され、その後の横浜を大きく成長させました。

     
   
  ぺリー饗応の膳  

ペリー来航の時、ペリー提督に饗された御膳料理が展示されていました。「ぺリー饗応の膳」は、室町時代に確立された歴史ある饗応料理です。
一汁二菜を基本とする海の幸、山の幸、野の幸に趣向をこらした御膳と、お土産の「かまぼこ」、「鯛の姿焼き」など当時としてはとても贅沢な料理が振舞われたそうです。当時でもこんな手のかかった美しい料理ができたのですね。

     
   
  黒船ソフト  

黒船レストランは、開国、開港にちなんだメニューが味わえるフードコートです。横浜から日本中に広まった洋食と横浜中華街の味が味わえます。
私は黒船ソフトを食べました。さてどんな味だと思います?実はコーヒー味。どうして黒船ソフトなのでしょうか?コーヒーも黒船が日本に伝えたもののうちの一つなのかな?

     
   
  ラ・マシン “クモ”  

過去と未来の混在するY150横浜博のメインイベントです。巨大スペクタクルアート「ラ・マシン」。高さ12メートルの巨大アート・マシンの“クモ”が会場内をところ狭しと動き回ります。
会場でまじかに見る巨大な“クモ”に、小学校の授業で来場していた子供たちも大歓声。口やお尻から出すクモの糸に見せた放水は、会場を歓声の渦に巻き込みました。子供たちの「こっちにもかけて〜〜」の「かけてコール」が響きます。きっと一生の思い出になるんだろうなあ。

     
   
  工作船  

Y150横浜博会場のすぐ近くでこんなものを発見しました。「工作船展示館」です。「九州南西海域工作船事件」で拿捕された北朝鮮の工作船と回収物が保存、展示してあります。
平成13年12月22日、海上保安庁は九州南西海域で一隻の不審な船が航行中との情報を防衛庁から入手しました。直ちに巡視船、航空機が現場に急行し、工作船を追跡の末、工作船は自沈しました。工作船には弾痕の跡が残っており、また、展示物の中にはロケットランチャーや機関銃などの武器が多数あるなど、事件の様子を生生しく伝えていました。

港・・・それは広い世界からたくさんの種を運んできてくれます。Y150横浜博のマスコットキャラクター「たねまる」は、横浜に集まった色々な種の象徴です。だけど、それは良い種ばかりではありません。良い種は大事にはぐくんで大きく育て、悪い種は芽のうちに摘んで、これからも今日のような平和で明るい日々が続くといいなぁ、と感じた一日でした。

 
市民記者 No.107 本野木阿弥
 
■コラム:今日もひそかに調査中 68
「藤沢の海辺の烏帽子たち」
2009年9月24日

烏帽子(えぼし)岩、といえば茅ヶ崎。サザンの歌を思い出される方も多いと思います。江の島からだと、沖に小さく見えますね。
ところで藤沢の海辺にも烏帽子が数点。見つけやすい順にご紹介します。

まずは、これ。砂浜沿いの遊歩道(サイクリングロード)にある烏帽子・・・型の杭です。

     
   
  烏帽子型の杭(反射板つき)  

茅ヶ崎市柳島海岸まで続く遊歩道沿いにあるので、烏帽子岩をかたどったものだと思いますが、あるいは波をモチーフにしたものかもしれません。
反射板がワンポイントです。夜間ここを通る人がぶつからないようにとの配慮でしょう。でも反射板であって発光するわけではないので、ライトを持っていないジョギングの方は気づかずぶつかってしまいそう。上が白く塗ってはありますが、ご注意ください。

次はこれ。おなじみカツオノエボシ。クラゲの仲間です。

     
   
  カツオノエボシ  

刺された時の痛さからデンキクラゲの異名があります。電気を起こすわけではありません。浜に吹き寄せられると、青みがかった透明のビニール製の餃子のよう。大きさは長径5センチあまり。下に垂れ下がる青いバネ状の触手には毒性の強い刺胞があり、触れるとみみず腫れになり痛むそうです。
ちょっとつまみたくなる大きさですが、触らないほうがいいでしょう。

最後はこれ、エボシガイ。

     
   
  エボシガイ(2007/05/13)  

波打ち際の漂着物についていることがあります。以前は新江の島水族館のタカアシガニにもついているのを見ることができましたが、今は見当たらないようです。展示個体が変わったのか、カニが脱皮したときに殻と運命をともにしたのかもしれません。
貝のような部分から足のような管が出ている様子は、かのモースが江の島で研究したというシャミセンガイに似ています。

     
   
  江の島にある、シャミセンガイのタイル  

ちなみにエボシガイは甲殻類(エビやカニの仲間)、シャミセンガイは腕足類。どちらも名前に「カイ」がつくものの、貝の仲間ではないそうです。
以上、藤沢の海辺でも見られる、烏帽子たちのご紹介でした。

 
市民記者 No.106 郡司薫
 

■コラム:共生 引地川ー230

「初秋の三崎」
2009年9月16日
     
   
 

三崎港岸壁

 

昨秋,引地川で遊んでいますと、川底で地元の釣り人と懇意になりました。数年前に六会地区に越してきて、釣り場を探しているうちに友人が増えたそうです。水の中は得意ということで、鯉ながしのお祭りではその「江の島釣友会(ちょうゆうかい)」の人達と川でご一緒しました。川底に降り、杭を打ち、紐を張り、鯉幟を結ぶ・・この作業に無駄がありません。会長さんなどは、あまりに口を聞かずに黙々と作業をなされるので、記者は初めて少しまとまった話を聞いたときには、それは驚いたものです。

時々釣りでご一緒するうちに、昔一年中野球と釣りに明け暮れた頃が甦り、知らない間に入会していました。左官屋さんの現役、鉄道会社OB,中学校の元校長先生、保険会社OBなど多士済々で、「さかなが掛かったときの気持ち・・これですね」と口々におっしゃいます。静かに熱いです。

8月も押し詰まった頃、早朝4時前、夏とはいえまだ暗いなか、ご近所さんが迎えに来られました。天神⇒石川⇒辻堂⇒鵠沼⇒片瀬山とどんどん人が増えて二台の車に分乗して三崎港の岸壁に6時頃到着です。すでに10名以上岸壁に並びイワシを釣っているので、仕方なく我々はポイントを少しずらし、オキアミのまき餌でイワシの群れをおびき寄せ、仕掛けバリで引っ掛けます。最初のまき餌で海面が盛り上がるくらいにイワシが押し寄せました。中には一度に4〜5匹も釣り上げる猛者もいて、全員一挙に熱くなります。

8時過ぎ、魚影も薄くなり、大漁の中家路に着きました。空にはイワシ雲(高積雲)も現れて、心なしか空気も軽い初秋となっていました。

 
市民記者 No.107 本野木阿弥
 
■コラム:今日もひそかに調査中 67
「その後のミニ蓮池」
2009年9月14日

ミニ蓮池を設置して1年あまり。今年はいつにもまして庭でトンボを見かける。シオカラトンボ、ムギワラトンボ、イトトンボ。小さいながらも水辺があることにちゃんと気づいているようだ。

夏場は水面にアオウキクサがはびこるのでせっせと除去していたが、ふと思いついて捨てる前のアオウキクサを水にはなして観察してみると、細い体をアオウキクサの根の林の間に隠し、ゆらゆらしている2センチほどの生き物がいた。

     
   
     

ときおり体をにょろにょろとくねらせて泳ぐ様子はまるでドジョウのよう。イトトンボのヤゴだ。

水底で泥に隠れて餌を狙うヤゴたちもいた。
ときどきジェット噴射でぴゅっと進み、なにか食べている。

     
   
     

こうして昨年生まれた藤沢メダカの稚魚は全滅してしまったらしい(ごめんなさい)。屋外でメダカを保護しつつ飼うにはフタが必要だったようだ。


さて、鵠沼藤が谷にある本物の蓮池では、いままで北西側に群生していたヨシが刈り取られている。昨年にひきつづきまたも増えたアゾラ(水面を覆うシダ類)対策のためか、あるいは消火器が投げ込まれるなどの事件があったそうなので、その対応の一環なのだろうか。
蓮池の動植物を守るための措置だろうとは思うものの、いままであそこで産卵・羽化していたトンボはどうしているか、少し気になった。

     
   
  蓮池・ギンヤンマの産卵(2008/07/17)  
     
   
  蓮池・トンボの羽化 (2009/04/16)  
 
市民記者 No.106 郡司薫
 

■コラム:共生 引地川ー229

「青春18切符」
2009年9月11日
     
   
 

車窓の青春18切符(吾妻線)

 

どこかへ行きたい。鉄道に乗りたい。お金をできるだけ使いたくない。時間があるようでない・・ これってJRのやっている青春18切符にぴったりです。曰く、一日2300円で乗り放題!(普通車です)、どなたでも利用OK!、一枚11,500円で5回(人)分使える・・
JRの説明「青春18切符名には二説あります。国鉄時代から年齢制限はないのですが、
〈1〉学生などの若者を主力客とし、中高年の方々にも18歳頃のことを思い出してほしいから名づけたという説と
〈2〉 国鉄出身の歌手が『青春18』を歌っていたので、そこから採ったという説です」記者「この二説は両立するように思えますが・・」そういうことらしいです。

記者は青春18切符を愛好する者ですが、この夏は房総半島棚田と岩牡蠣の旅(昼頃安房鴨川駅に到着しますと、大山千枚田へのバスは3時間後とのことで断念、しかたなく駅近くの鮨屋に入りますと、今日は岩牡蠣入荷していないとのこと・・)で、目的を喪失しつつ、行く先々で生ビールを頼りにうろつき、「出たとこ勝負こそ青春(18)の真髄」とつぶやいたのでした。

今回は湘南電車で一挙に高崎に向かい、吾妻線経由草津温泉に行きます、「草津温泉で生ビールを研究する旅」でした。「アノー、生ビール飲める、日帰り温泉は」と草津で尋ねますと、案内嬢は3秒で電話していました。「おたく生あります?」800円で入浴、きれいで、お湯も豊富、大勢の日帰り客で溢れる大滝乃湯でした。生とつまみも安くて、ナットク、納得、嬉しくてウルウルです。

帰りは籠原でビール500CCを買い、草津のバス停の味噌カツ弁当を楽しみました。炊きたての米と味噌カツがとてもいい塩梅。
「思わぬ出会いこそ青春(18)の真髄」

 
市民記者 No.106 東善治
 
■コラム:逍遥ー19
「第9回引地川清掃 −スマイル−」
2009年9月8日

毎年恒例の「引地川清掃と川遊び会」へ参加しました。

この清掃活動は、引地川清掃実行委員会の主催ですが、藤沢青年会議所、パートナーシップ善行、荏原製作所、湘南海岸をきれいにする会など、藤沢市の地域・企業・ボランティア団体等が一体となった年1回のイベントで、今年は「スマイル」をキャッチフレーズとし、8月29日(土)に開催されたものです。

     
   
 

ポスターの小学生の作品が素晴らしい。
(ポスターの提供:藤沢青年会議所)

 

大庭親水公園へ子供と共に総勢約200名が参集し、午前10時に川へ入り、また川原を歩いてのゴミ拾いの開始です。
約1時間の活動で、川中と周りの川原の空き缶、ビニールごみ、弁当のポイ捨て、農薬の袋等々、驚くべきゴミの量です。何故、自分達の飲食した物をそこらへ置いて帰るのか、公衆道徳の優れていたわが大和民族の、憐むべき光景を目の当たりにすることになります。

     
   
 

さあ、水へ入るよ。深みへはまらないように。

 
     
   
 

親と子が共に手をつないで川に入るこの楽しさ。

 

家では、ややもすると「粗大ごみ」と揶揄されることもあるお父さん方も、ここでは大いに活躍しています。

     
   
 

これ、たのむよ。よしきた。

 

どうだい、この成果!

     
   
 

くらしまちづくり会の皆さん

 

ゴミ拾いの後は、カレーの炊き出しが楽しみです。川辺の木陰で食するこの美味しさはまた格別です。
是非来年は、このカレーをご賞味下さい。

     
   
 

ご飯 少なめにお願いしま〜す。

 

昼食後のイベントは、いかだによる川下りが待っています。ボランティアの学生が、へっぴり腰で、いかだの準備中です。

     
   
 

これって、子供が乗って大丈夫かな?

 

本日は、暑さも残る初秋の快晴のもと、川の清掃といかだによる川下りなど、引地川の水辺で水に親しむことにより、親と子の、また地域のお父さやお母さん方の絆も強まったことでしょう。

参加された皆様、御苦労さまでした。

 
市民記者 No.106 郡司薫
 

■コラム:共生 引地川ー228

「戦争を語る3−3」
2009年9月7日
     
   
 

横須賀海兵団(後列真ん中が須田さん)

 

記者:救助されて家に帰りたいと思わなかったのですか。

須田:そんなことは思わなかったですね。生死は超越していますから。
   兵隊ですからね。助けられた皆で横須賀鎮守府に嘆願書を出した
   のです。いい艦にまた乗せてくれ、我々は優秀な軍人なので、
   また戦をするからと。フィリピンや台湾に寄りながら7月半ばに
   横須賀に戻りました。

   その後「教師はお手のものだから、新兵教育をやれ」と言われて、
   海兵団で教育を担当しました。生徒は皆35歳から40歳くらいの
   召集兵でした。
   一般人で、子供もみな小さかったですね。小銃の撃ち方、陸戦隊
   での闘い方を教えました。海軍辻堂演習場へは卒業の時連れて
   行きました。一組16名位で(ボートを漕ぐので偶数)、
   一回3ヶ月で3〜4回やったでしょうか。

   たいていは硫黄島に送りましたので、誰からも便りはなかった
   ですね。全滅させたので・・、とても残念ですね・・。
   9月に除隊となり、藤沢に戻ってきたのです。

記者:どうして農業を始めたのですか。

須田:帰ってきたら、横浜国立大学から「君達の師範免状は中学だぞ。
   一生ひどい目にあうから講習を受けろ」と言われて、卒業証書を
   いただいたのが昭和21年3月で、4月から村岡小学校に復職した
   わけです。ところが兄が昭和19年6月に召集されて、フィリピン
   に行ったのですが、米軍がマニラ湾に上陸して(昭和20年1月)
   それ以来行方不明になったのです。父から農業を継げと言われ、
   村岡小学校から
   「お兄さんが復員するまで勤めてください」とも言われましたが、
   「先生なんかやってられない」状況なので、7月に教師を辞めた
   のです。
   父は病気で9月に亡くなり,兄は結局戻って来ませんでした。

記者:牧場はいつから始めたのですか。

須田:昭和28年(1953)からです。肥やしがないので、乳牛で肥や
   しを賄おうと考えたのです。ほうぼう歩いて乳牛を見ました。
   結局茅ヶ崎で買い、それからですね何度も県や市で乳牛の賞を
   いただくようになったのは。

記者:無農薬米を作り始めたのは。

須田:合鴨米は平成9年(1997)からです。仲間達と安全な米を
   作ろうと始めました。

記者:戦争について何か言いたいことがありますか。

須田:日本の海軍と米国の海軍は勝ったり負けたりだったのです。
   駆逐艦秋雲はB25でアメリカが日本を初めて空爆した際の
   艦載空母、ホーネットを撃沈させ、仇を討っています。
   広島や長崎があり、日本は負けましたが、海軍は今でも
   負けていません。

谷戸の湧水を使い、小学生の子供たちが田植えして、合鴨が雑草を食べる。小学生が谷戸で稲刈りして、給食で食べる。戦争さえなければ教師を続けた須田さんは、教師を辞めてもいつも何かを教えてくれる。

     
   
 

須田牧場にて

 


許可:『世界の艦船』掲載「ある日本軍艦の履歴書 駆逐艦「秋雲」の
   一生(執筆者;岡田幸和) (株)海人社

 
市民記者 No.105 湘太
 
■コラム:であい旅111
「あの夏、少年はいた」
2009年9月1日

     少年も少女も齢(よはい)重ねたり
     ふつふつと粥煮ゆるときのま

8月15日夜、なにげなくテレビを見ていて「あの夏、60年目の恋文」
(NHK/BS)をみた。60年前の戦時下と現在を往き来するドラマ風の
ドキュメンタリーに、私はいつしか引き込まれていた。

     
   
  「あの夏、少年はいた」  

1944(昭和19)年6,7月
奈良女子高等師範学校(現 奈良女子大)付属国民学校 4年男子組に
教育実習の雪山汐子さん(20)が配属される。34人のクラスである。
    「国そのものがギシギシと壊れ始めたまさにそのとき、
     彗星のように顕れた<雪山先生>は、あの教室いっぱい
     に計り知れない喜びを私たち子供たちにふりまき・・」
時代は国威宣揚や挙国一致の暗く重い空気に満ちていた筈だが、この
学校には まだ自由で明るく豊かな教育現場があった。

2003年8月
69才の男性がNHKの終戦記念特集のDVDをひとりで見ていた。それは
1979年の再放送番組で「昭和万葉集」と題されたものだ。見進んでる
と、むかし見慣れた飛行機のモノクロの写真があらわれ、そこに一首の
短歌がスーパーインポーズされた。

     君が機影 ひたとわが上に さしたれば
     息もつまりて たちつくしたり
                          川口汐子

詠み人がインタビューされている。20歳で結婚した相手は海軍航空隊
の訓練教官。結婚後まもなく特攻隊員と共に出撃することになった・・
「汐子」は恋い焦がれた先生の名前であった。書斎から古いアルバムを
持ち出し 汐子先生を確かめた。すると多くの記憶がよみがえり眩暈と
しかいいようのない感覚に襲われる。

    「その間わたしのいる部屋の外には、日頃の街はなく、
     地球もなく、そして音もない、ただ無限の闇の宇宙
     の中で、うずくまっている自分の意識だけが部屋と
     ともに浮遊しているような感覚、この感覚を味わう
     ために自分は生まれてきたのかな……それはそれは
     甘美な時間でした」

テレビ画像を見て男性は川口汐子さんに手紙を送る。そして翌年姫路に
川口さんを訪ねる。

「あの夏、少年はいた」(れんが書房新社2005)は、その後のお二人に
よる往復書簡をまとめた本である。雪山先生の「教生日記」も紹介され、
生徒や教師たちの学校生活がしだいに明らかになっていく。

    「寮ではあすタナバタマツリをしませうよと三年生の企画。
     色とりどりの紙が配られる。星への願ひも祈りも、誰しも
     痛いものがあるだらう。そして本当の願ひは心の中に書く
     だらう。おふとんかぶって、少し泣く」 −教生日記−

お二人は今もご健在である。

川口汐子さん(1924生)
姫路市在住 歌人、児童文学作家

岩佐寿弥さん(1934生)
東京在住 映画作家、TVディレクター

2006年8月
「あの夏、少年はいた」を原作にNHKが「あの夏、60年目の恋文」を
製作・放送した。実際の川口さんと岩佐さんがメインキャストである。
このほど私が見たのは、この番組の再放送であった。

「あの夏、少年はいた」には、お二人と関係の深い人々の感想文も収め
られている。このなかで、なかにし礼さんが「人間は誰でも、心の中に
追憶の映画館を持っています」と書いておられる。
私もこの本を読んで、お二人の数奇な運命におどろき、人の世のすばら
しさを思い、また時間のもつ不思議さを思った。

今回 知人にこの本や番組のことについて聞いた。どうやら双方とも
評判になったものらしい。迂闊なことだった。
この本は、お二人のお人柄の所産であるが、お二人の感性や観察力、
表現力が豊かであったからこそ生まれたものだとも思う。
藤沢市の図書館にもあります。ご一読いかがでしょうか。

 
市民記者 No.106 郡司薫
 

■コラム:共生 引地川ー227

「戦争を語る3−2」
2009年8月31日
     
   
 

秋雲航行図(手書きは記者) です。

 

記者:キスカ撤退作戦の後はどうなりましたか。

須田:すぐにラバウルから南方に向かいました。ガダルカナルが危ない
   というので。物資の輸送や航空母艦の護衛でした。しかしすでに
   主力空母は無くなっていました。(昭和17年6月ミッドウェー
   海戦で主力空母4隻を喪失:加賀、蒼龍、赤城、飛龍)空母瑞鶴や
   商船を改造した聖川丸 (きよかわまる)特設水上機母艦:川崎汽船
   の護衛などでした。
   空母からの戦闘機の発着の訓練は大阪湾から別府湾まで瀬戸内海を
   使ってやりました。空母の上甲板が上がった時に、飛べばよいの
   ですが、丁度下がった時には戦闘機は海に墜落するので、落ちた
   兵隊さんを助ける役目です。戦闘機乗りが仕上がると我々もラバウ
   ルに向かったのです。

   昭和19年(1944)4月11日フィリピンのミンダナオ島沖で米軍
   の潜水艦にやられました。同じところを三回も四回も通ったので、
   米潜水艦レッドフィンの待ち伏せ攻撃を受けたのです。
   丁度夕方17時頃でした。このときは単艦行動でした。頭を負傷
   しましたが、仲間達と丸太につかまり、フンドシで丸太を繋いで
   筏を組み負傷者をその上に乗せようとしたのです。海は荒れていま
   せんでしたが、波が来ると布ですから切れてしまうのです。
   たいした波ではなかったのですが、怪我人を乗せることは出来ま
   せんでした。水の中では怪我による出血は止まりませんので、
   出血多量で死にます。丁度一昼夜経った12日の夕方、日本の駆逐
   艦に助けられました。入戸野焉生(にっとのすずお)艦長は
   「総員退避」の号令をかけた後、司令官室に入り内から鍵を
   かけられました。
   艦長以下135名が戦死し、70名くらいが助かったのです。

記者:漂流しているとき、どんなことを考えましたか。

須田:ここで死んだら家の者に分かるわけないとね。

記者:助かりたいという気持ちは。

須田:そんな気持ちはないのです。戦争で死ぬのはあたりまえですから、
   これで死んだらしょうあんめー、と。仲間同士で傷ついた人達を
   助けるので精一杯でした。周りに仲間が40人から50人位いた
   ので、皆で軍歌を歌ったりしました。寝ちゃだめだとかね。
   一昼夜飲まず食わずでね。塩水は飲めないのです。

記者:助かったときの気持ちは。

須田:体が楽になったなーと。体がふやけちゃうからね。
   重湯一杯ですよ。たくさん食べたらよくないのです。それで元気
   になりました。やはり嬉しかったですね。

     
   
 

海軍履歴表 昭和19年6月17日欄に、
履歴原表ニ依リ作成ス(亡失ニ付)とあり、
須田さんの手で「比島ザンボアンダ沖
米潜ニヨリ沈没」と加えられている

 


許可:『世界の艦船』掲載「ある日本軍艦の履歴書 駆逐艦「秋雲」の
   一生(執筆者;岡田幸和) (株)海人社

 
市民記者 No.107 本野木阿弥
 
■コラム:今日もひそかに調査中 66
「ひょうたんカーテン計画」
2009年8月27日

今年、藤沢市役所では緑のカーテンを整備している。本館脇の壁面にはゴーヤとセイヨウアサガオが元気良く伸びていた。

     
   
  市役所の緑のカーテン  

藤沢市 「緑のカーテン」の取り組みについて
http://www.city.fujisawa.kanagawa.jp/koen/page100112.shtml

我が家でも数年前から南側の窓の外にあさがおネットを張っている。緑のカーテンをやってみたいがためだ。毎年つるものを試しているが、成果はいまひとつ。
インゲン、ニガウリ、キュウリなど、どれも実の収穫まではこぎつけるが、肝心の緑のカーテンの役目は果たしてくれない。
植えつけが早すぎるのか、土作りが不十分で植物の体力が続かないのか。水を切らすのが悪いのか、それとも大雨が続くと根ぐされしてしまうのか。恥ずかしながら思い当たることはたくさんある。
マメ類、ウリ類は7月の最初ごろに終わってしまい、涼が欲しい真夏には枯葉ばかり。

今年は千成ヒョウタンに挑戦したのだが、これももう枯れてしまった。いくつか実がなり、目を楽しませてくれたのがせめてもの救い。

     
   
  千成ヒョウタン  

本(後述[参考資料])によれば、収穫したひょうたんは水につけ、腐らせて表皮や中身をとりのぞくのが一般的らしい。しかしその過程で出る腐った匂いはそれはそれはひどいものだという。悪臭と聞いて恐れをなした木阿弥は、収穫したひょうたんを煮てしまうことにした。トウガンやユウガオ同様、煮れば実が柔らかくなるはずだとふんだのと、千成は実がさほど大きくない品種で手持ちの鍋にも入るからだ。大事な実を使って実験開始。

最初にひょうたんの口に穴をあけ、出せるだけの種を出してしまう。
それから鍋にひょうたんと水、それにおまじないに酸素系漂白剤を入れ落し蓋をして煮ること20分ほど。取り出して逆さにして振ってみると、どろどろになった中身が出てくる。皮をはがしながら洗い、一週間ほど干した。
腐らせなかったので匂いはまったくしなかったが、ひょうたんが未熟で薄かったのだろうか、干している最中にシワが出たりひびが入ったりしたものもあった。もう株が枯れてしまったので未熟なのはどうしようもない。残りの実はなにもせず自然乾燥させることにした。

     
   
  煮て、洗って、干したひょうたん  

ひょうたんの収穫も一段落し、閑散としたあさがおネットでは、こんなものが見つかった。直径2センチほど。枯れた葉とそっくりな色合いの、乾いたどろのかたまり。
まるでヒョウタンのような、とっくり型。以前から見たいと思っていた、トックリバチの巣だ。

     
   
  トックリバチの巣(産卵前。「新築未入居」?)  

今年のひょうたんカーテン計画は失敗したが、これを見つけることができてうれしかった。

     
   
  トックリバチの巣(巣立った後。「空家」?)  

[参考資料] ヒョウタンの本
「ひょうたん・へちま 栽培から加工まで」 森 義夫 著 家の光協会
「これからはひょうたんがおもしろい」 中村 賀昭 著 ハート出版

 
市民記者 No.106 東善治
 
■コラム:逍遥ー18
「お散歩猫 私は“にゃー”よ! ―その1―」
2009年8月22日

【私のお散歩】

私は、ノラをしていましたが、この家の娘さんに家へ上げて貰って、早いもので、彼是11年になります。ノラ時代に子供も3匹生んだ経験もありますの。

     
   
 

ちょっとポーズしました。宜しくね。

 

今じゃ、歴とした“箱入り猫”に納まっていますの。

     
   
 

引き出しが空いていたので、納まってみました。

 

私の現在の趣味は、朝晩の“お散歩”です。
朝と夕方には、ご主人さまへおねだりの“にゃー”の一声で、お散歩へ連れて行って貰います。言ってみれば、ご主人さまは私のお散歩の用心棒ね。頼りにしています。

     
   
 

うん! 
待ちに待ったお散歩のお声がかかったようだわ。

 

ちょっと腰の具合が悪いので、出かける前の準備運動は欠かせないわね。

     
   
 

爪とぎと背伸びの運動中です。

 

私のテリトリーへ傍若無人に侵入してくる輩のため、玄関先の駐車場へ私の匂いを十分に染み込ませておくことも重要な日課です。

     
   
 

玄関先の駐車場で“ごろごろ、すりすり”中です。

 

いよいよ出発です。
ご主人さまは、お散歩にはゴルフクラブを必ず持って、私が寄り道して待たせると、コツコツ地面を叩いて、早くしろと催促しますの。
ゆっくりしたいのにネ!

     
   
 

さあ出発ヨ!

 

私は、他の猫や散歩中の犬が苦手で、角々での警戒は怠りません。
ここは、用心棒にしっかり見張りの仕事をして貰っています。

     
   
 

どおお! 大丈夫?

 

私は、近くの駐車場の塀が大好きです。
と言うのも、ここにお友達の猫も時折会いに来てくれます。

     
   
 

お友達は来るかしら。

 

この後は、家へ戻って庭をぐるりと一周、私の狭いテリトリーの見回りは欠かせません。私が必ず立ち寄る場所は、裏の枯れた桜の切り株の上と玄関脇の枝が横に這い出た松の上です。この上に乗っているときは、私の天下。ご主人さまが手を出してくると、“猫パンチ”をしますのヨ。ホホホホ・・

     
   
 

狭いけれど、天下を取った気分ネ。

 
     
   
 

さあ、手を出してごらん。パンチで一撃ヨ。

 

散歩を毎日楽しみにしているのは、私なのかご主人さまなのかニャー?
また、お会いしましょう。

 
市民記者 No.310 ミラー・サウンド
 
■コラム:♯♪ ハーモニー ♭♪  M−009
「わたし、テレビのキャスターになっちゃった!?」
2009年8月26日

辻堂にあるケーブルテレビ会社「J:COM湘南」本社の「パソコン教室」で、夏休みの特別企画「親子でスタジオ見学をデジタル絵日記にしよう!」という小学校低学年までを対象にした催しが、8月の初めにあったので、お母さんと一緒に参加しました。
お父さんやお爺さんと一緒の人もいました。

     
   
     
   
  教室風景  

スタジオ見学は、東京の大きなテレビ局のスタジオと違って、小さくこじんまりとしたスタジオでしたが、大きなカメラやたくさんの太い電線が一杯ありました。ミキサー・ルームには、モニター・テレビが、壁にずらりと並んでいて、その前には畳のように大きなスイッチだらけの装置にビックリしました。

     
   
     
   
  スタジオ風景  

J:COM湘南のカメラマンのお兄さんが、カメラを操作してくれて、わたしの姿がモニター画面に映ったとき、ちょっと恥ずかしかったです。そして、江の島にある「お天気カメラ」は、このスタジオにある「リモコン装置で動かせるんだよ」と聞いて、またビックリしました。
リモコンを自分で動かしました。江の島や海岸が大きくなったり、画面を動かしたりして人や車がよく見えました。すっごく面白かったです。

     
   
  ミキサー・ルーム(主・副調整室)  
     
   
  モニターTVがズラリ  
     
   
  ミキサーに触る子供達  
     
   
     
     
   
     
     
   
  お天気カメラのリモコンについて
説明してくれるJ:COMのお兄さんと
操作している女の子
 

スタジオでニュース・キャスターになったつもりで写真を撮って貰い、
2階の教室で、感想文を書いて、すぐ絵日記を作りました。

     
   
     
   
     
   
  わたし、ニュース・キャスターになりました  

難しいところもありましたが、お母さんと一緒に一生懸命作りました。わからないところは、パソコン教室のお手伝いをしている「でじたるクラブ」のおじさん達やJ:COMのお姉さんが、つきっきりで教えてくれたので、上手に出来ました。
印刷に少し時間がかかりましたが、出来上がった絵日記を見たとき、
「ヤッターッ!」「デキターッ!」「ホラッ、見てッ!」と
みんなに自慢したくなりました。

     
   
     
   
  だんだん出来てきました  

印刷した絵日記は、お土産に貰いました。そして原稿は、USBに保存してそれもお土産に貰いました。家に帰ってからもできるので、楽しみだし、とても嬉しかったです。

     
   
     
   
     
   
  完成しました。お披露目です。  

午前中の2時間が、アッというまに過ぎてしまいました。
夏休みの素晴らしい体験をして、とても楽しかったです。そしてすごく勉強になりました。友達も出来たし、またやりたいです!

 
市民記者 No.107 本野木阿弥
 
■コラム:今日もひそかに調査中 65
「皇大神宮の夏祭り」
2009年8月24日

8月17日。毎年この日は鵠沼神明にある皇大神宮のお祭りだ。半日で終わることから「いっとき祭り」「ばか祭り」の異名を持つという。

藤沢駅から東海道線の線路沿いに西へ。
引地川を渡れば湘南モールフィルだが、そこまではいかない。
日本精工藤沢工場を過ぎ、最初の信号を右折して少し進むともうにぎやかなお囃子が聞こえてくる。
あとは音と人の流れを頼りに進むと皇大神宮はすぐそこだ。
大きなのぼりが何本も並び、お祭りの場所を教えてくれる。

     
   
  鳥居からずらりと並ぶのぼり。  

祭りでは氏子町内会が100年ほど前に製作した9基の人形山車が引き出され、にぎやかなお囃子が披露される。
これらの山車は藤沢市の有形民俗文化財であり、「鵠沼皇太神宮の風流山車」はかながわの民俗芸能50選になっている。

     
   
  右奥から順に宮前の那須与一(馬に乗っている)、上村の源頼朝、清水の神武天皇(ヤタガラスを
連れている)、宿庭の源義経、苅田の徳川家康。
 
     
   
  左奥から順に大東の楠木正成、
仲東の浦島太郎(釣竿と玉手箱を持っている)、
原の日本武尊、堀川の仁徳天皇。
 

鵠沼公民館にこの人形山車の小型模型がある。あれでなんとなく分かった気になっていた。が、実際見ると迫力のあること。まず人形が大きい。

     
   
  山車の屋根にいるひよっとこさんは人間。  

さらに、近寄って見上げてみると、人形がむんと見下ろしてきているのに気がついた。そう、これらの人形は人が見上げることを想定して作られているのだ。

     
   
  原の日本武尊  

百聞は一見にしかず。ぜひお祭りに足を運んでみてください。毎年8月17日の午後の「いっとき」ですのでご注意を。

[ご参考]
・皇大神宮の夏祭りについて
2007年8月25日号 広報ふじさわ…市長対談・市民の広場夏祭り
http://www.city.fujisawa.kanagawa.jp/khf070825/taidan01.html

・皇大神宮を含むハイキングコース、歴史的背景について
藤沢市観光課・社団法人藤沢市観光協会 いつでもおいでよ!
藤沢市・湘南江の島ホーム > 観光情報 > 観る・遊ぶ・学ぶ
> 文化財ハイキング > 烏森皇大神宮コース

http://www.fujisawa-kanko.jp/spot/hiking/hiking07.html

 
市民記者 No.106 郡司薫
 

■コラム:共生 引地川ー226

「戦争を語る3−1」
2009年8月21日
     
   
 

須田直吉さん(六会の須田牧場で)

 

須田直吉さんは大正11年(1922)10月生まれの86歳で酪農や稲作をやっておられる。合鴨農法による無農薬米栽培や天神小学校との共同による稲作、石川レンゲの里まつり、石川堰用水路管理など教えられることは数多い。

記者:戦争との関わりは。

須田:昭和18年(1943)4月1日20歳の時入隊しました。そして
   駆逐艦といって航空母艦の護衛艦に乗ったのです。昭和16年
   (1941)9月に竣工した「秋雲」という一等駆逐艦です。
   配置は砲戦指揮中継所、艦の中央部にありました。大砲を撃つ
   とき必ず当たるようにする機械があって、そこに各観測員達から
   の情報である、相手や自分のスピード、距離、艦の揺れなどを
   入力するのです。

記者:入隊までは何をしておられたのですか。

須田:鎌倉にあった神奈川師範を出て、村岡小学校で教えていました。
   4月は受け持っていた生徒達が5年生から6年生になる時ですね。
   それから横須賀の海兵師団で海軍軍人としての一揃いのことを
   学んだわけです。

記者:そういえば須田さんは先生そのものですね。

須田:海兵団では大勢兵隊を採ったのですが、リーダーがいないのです。
   先生上がりの人達は人扱いに慣れており、事務がとれて、暗号の
   解読も上手い、それに教育もできるというので、大量に徴兵され
   ました。

記者:「秋雲」にはいつ乗りましたか。

須田:昭和18年7月です。まずアリューシャン列島のキスカ撤退作戦
   でした。それまでは潜水艦で撤退していたのですが、犠牲が大き
   いので、駆逐艦を集めたのです。そうでなければキスカは全滅す
   ると。すでに隣のアッツ島は玉砕していました。(5月)この
   作戦は奇跡的に上手くいきました。キスカは真夏でも雪が降って
   いました。敵軍とも遭遇しなかったのです。7月に我々は撤退し
   ましたが、米軍は9月まで盛んにキスカ島を爆撃したのです。
   一つの艦に500名ずつ、合計5000名が全員撤退しました。

 
市民記者 No.105 湘太
 
■コラム:であい旅110
「ウォーキング(9) 夏の鎌倉 天園コース」
2009年8月20日

この夏も何やら過ごし辛い。局地豪雨、台風、地震・・各地に
河川の氾濫、土石流、がけ崩れなど大きな災害があり、多くの
被災者が、この暑さの中で大変つらい生活を強いられている。
8月7日 立秋。近畿地方などは梅雨明けとほぼ同時に立秋、
そして夏の甲子園だから人々は、きっと驚いているに違いない。

立秋を翌日に控えた6日、ウォークの一木会40人ほどと鎌倉の
天園コースを歩いた。いくらかの写真を挙げます。

コース:北鎌倉駅―明月院―天園ハイキングコースー大平山―
    横浜自然観察の森―大丸山尾根道―瀬上市民の森―
    港南台駅 11.5km

     
   
  明月院  

天園コースは鎌倉のハイキングコースの中でも、最もポピュラー
なコースの一つだ。秋には鮮やかな紅葉の名勝となる。ただ鎌倉
の山々は低いのにアップダウンがきつく、大小の石や磐根、樹木
の根、苔なども多く、ウォークは結構きつい。ストックがあると
ラクだ。(鎌倉の最高峰は大平山 標高159m)

     
   
     
   
     
   
     

明月院の横から上り、建長寺の裏山、半僧坊の裏手を往く。覚園
寺への岐れ道を経て金沢街道方面に進むと大平山だ。大平山を下
ると、市境を越えて広い谷戸にでる。「横浜自然観察の森」だ。
ここにはカシやコナラの深い森があり、鳥や昆虫が多く見られる。
案内によるとイタチ、ノウサギ、フクロウなどもいるようだ。

     
   
  ハグロトンボ  
     
   
  クズの花  

横浜市最高峰の大丸山(標高156.8m)から瀬上市民の森を経由
して港南台駅に出たが、この辺りは他にも市民の森が多く気持の
いいところである。途中でハグロトンボを見た。北鎌倉、長後に
ついで今夏3度目だ。

解散後、港南台でコーヒを飲んでいると、八幡宮のぼんぼり祭を
観に行こうという話になった。ウォークの帰りで、まだ真っ昼間
だから、灯など入ってないが観に行くことにした。
榎本孝明、朝丘雪路、石原慎太郎、坂田藤十郎・扇千景夫妻、平
山郁夫画伯、浄智寺の朝比奈宗泉師、東大寺の守屋弘斉、森本公
誠老師、円覚寺の足立大進老師ら、今年も楽しい書画が400本、
参道にかざられて涼しげだった。一部の写真を紹介します。

     
   
  夏越しの茅の輪  
     
   
  植木孝明さん  
     
   
  朝比奈宗泉師  
     
   
  守屋弘斉老師  
     
   
  平山郁夫画伯  
 
藤沢市市民記者一周年記念誌「ふじ記第1号」
→ PDFデータを見る
 
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「市民記者養成講座」は慶應義塾大学金子郁容研究室(文部科学省/現代GPプロジェクト)と藤沢市の共同で開催され、ISIS編集学校(編集工学研究所)のカリキュラムの一部が利用されています。また、この市民記者のページは編集工学研究所のサポートで運用されています。