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2005年10月31日
一緒の[守]、一期の[破]、一生の[離]
ISIS編集学校【番期同門祭】第二回、にぎやかに開催!(1)
当日の様子を3回シリーズでレポートします。
10月9日、連休真ん中の日曜日、全国各地から200名を超える人たちが続々と東京・三田の建築会館に集まってきた。ISIS編集学校の大同窓会。【番期同門祭】第ニ回の参加者たちである。さらにこの日は、編集学校の同窓会組織として【同門団】が新たに結団される。その記念を兼ねた特別な一日である。
ふだんはネット上で稽古に励み、メールでやりとりする仲間たちのリアルな集い。初めての顔、会いたかった顔が和気藹々と一堂に会する。探す声、行き交うあいさつ、いたるところで談笑が始まり、歓声があがって、じつににぎやかだ。

今回の【番期同門祭】のテーマは「編集学校クロニクル」。つまり、ISIS編集学校はどのように誕生し、充実してきたのか。2000年6月に開校。受講生2千余名、守・破・離だけでも250教室を超える。この5年間の「歴史」をたったの数時間で、高速の「ふりかえり」を試みる。いかにも編集学校らしい冒険的な趣向の半日である。
エントランスでは松岡校長の書「番期同門祭」「一緒の[守]、一期の[破]、一生の[離]」が掲げられ、同門生を迎える。


同門団結成を記念に、校長が「守・破・離」を揮毫した限定品Tシャツが用意された
【同門団】もめでたく結団!
山田団長から開会が宣言される。「本日はISIS編集学校に【同門団】という組織が生まれる嬉しい記念日であります。この世の中に、ISISI編集学校ほど優れた仕組みをもつ学校はありません。開講から五年が経過して、卒門者も2000人を超えて、じつに多彩な人物が名を連ねている。[守][破]ときて、今年初めて[離]というコースが始まる非常にエポックメイキングな年になりました。この格別な面白さを、もっと広くいろんな人に伝えたい。個性的な面々の素晴らしさを分かち合いたい。さらに絆も深めたい。このような想いを実現するために、昨年から何回となく有志が集まり、この日を迎えることができました。では、はじめましょう!」。威勢のいい挨拶とかけ声で、スタートが切られた。



ISIS編集学校の【同門団】設立委員会の面々。同門祭の企画、準備に参加して組み立ててきた。第一番団長の山田仁さん(1期メソッドファンド教室師範代)、伊東雄三さん(4期沢すべり教室師範代)、富沢陽一郎さん(4期セクシープロジェクト教室師範代)、池澤祐子さん(9期韋駄天サプリ教室師範代)、田中弘さん(9期弓なりネクタイ教室師範代)

同門団の結成に寄せてお祝いのメッセージを贈る、(左から)木村久美子破学匠、太田香保総匠、大川雅生頭取

松岡正剛校長が晴れやかな羽織袴姿で特別な一日を祝う
【第一幕】冒険のように開講した2000年6月1日

総合司会役の日高裕子さんの進行で、第一部が始まった
編集稽古も教室運営もまったく新しい仕組みづくりから挑んだ第1期を皮切りに、最新の第12期まで。その時々にトピックスをつくった師範や師範代たちが入れ替わり、立ち代りにステージへあがり、当時を語った。司会の日高裕子さん(6期きららひびき教室師範代)に導かれ、会場は一体となって編集学校の「進化のプロセス」を追いかけていった。
師範代も師範も編集稽古は未知の体験だった「学校からつぎの編集稽古のお題がこないので、出題ができなかった!」「実験的にやらせてもらう開拓の日々が楽しかった!(笑)」「じつはあのときから汁講をやりつづけていて、とうとう30回を超えました」。何もお手本がない編集稽古のフロンティアを大胆果敢に切り開いていってくれたスタート期の師範代たち。太田眞千代師範代(1期黎明教室)、川崎隆章師範代(2期直立猿人教室)、松井康子師範代(1期ゆとろぎ教室師範代)、武澤護(3期deカルト教室)が、にこやかに揃った。


太田眞千代師範代(1期黎明教室)、川崎隆章師範代(2期直立猿人教室)、
松井康子師範代(1期ゆとろぎ教室師範代)、武澤護(3期deカルト教室)
ISIS編集学校の第1期〜3期までは1年間を受講期間としていた。まだ世の中の誰もその存在さえ知らない黎明期。松岡校長自らが、ぜひにと誘った人たちがいた。そのうちの一人が、ホンダの常務だった岩倉信弥さんである。カー・デザイナーとしてシビック、アコードなど数々のホンダの名車を世に送り出し、現在は多摩美術大学のプロダクトデザインで後進の指導と学科の統括にお忙しい。岩倉さんは「00-001番」の受講票を自慢する「1期殻やぶり教室」(杉浦斉師範代)の生徒でもある。
「みなさん、“セレンディピティ“という言葉はご存知でしょうか。何か探しものをしていたら、全然別の素晴らしいものに出会うという言葉です。当時を思い起こすと、まさにISIS編集学校との出会いはこれでした。ホンダの退職後に何かまったく新しいことをしようと思っていたところ、松岡先生から編集学校で師範代か生徒をやりませんか?と、お誘いを受けました。もちろん、生徒を選びました(笑)。“編集工学”って難しいなぁ、と最初は思っていたのですが、テキストを読み込み、編集稽古をこなすにつれて“編集とは自分が一生をかけてやってきたデザインと一緒なんだ”と、感じたのです。それから、すっとラクになって、夢中にやりました。おかげで当時の仲間ともいまだに親しく、楽しいおつき合いも続いています。今日もこの一番の受講票を大切に持っておりますので、記念に触りたい人は声をかけてください(笑)」

「"デザイン"は"編集"だ。」岩倉信弥さんとご自慢のNO.1受講票
特徴的な教室の系統が育った4期〜6期
壇上のスクリーンには、教室名と師範代の顔写真が期ごとに次々と映される。また当時の校長校話のタイトルも登場して、メッセージの力に改めて感じ入る。4期からISIS編集学校は年間を[守]と[破]に分けて、現在の基本形態へと変化する。教わった生徒から師範代が誕生した最初の期でもある。たとえば、仁科玲子さん(1期白いバイエル教室師範代)の教室からは4人の師範代が生まれた。さらに、それらの教室からは11人の師範代たちが誕生して、次は19人と系統が伸びていく。指南の型や方法が変化しつつも、最初の師範代のいろいろな特長が多様に引き継がれ、ISIS編集学校の面白い継承関係を生んでいる。

左:1期学習時代、4期師範代時代を語る滝沢保子さん
右:初代「白いバイエル教室」から、今へと続く編系樹に全員が注目
5期では「2期六本木拈華美翔庵教室」の薄羽美江師範代の優雅だが熱烈で妥協のない指南が、四人の師範代たちに受け継がれ、方法の血肉となっていると語られた。岡部三知代さん(5期すっぴんロケット教室師範代)は「越境とは自分の殻を破ることではなく、自分の縁側が他の人の縁側と触れ合って繋がっていき、じわじわと領域を広げていくことだと実感した」と語った。この第5期の[守]から、全教室全生徒が参加する競いの番稽古【番選ボードレール】がスタート。また、2002年3月26日、松岡校長の「千夜千冊」500冊の達成記念イベント「一人一冊」が開催された。千夜千冊ファンと編集学校の関係が深まり、千夜千冊のテキストも[破]のカリキュラムに導入されるなど、連携が深まっていった時期でもある。

左:スクリーンに歴代の師範代の顔が映し出される
右:彦星系大澤大さん「結果往来教室」からは、3人の師範代(相京範昭さん、小池純代さん、石川博さん)が誕生した
6期[守]からは運営スタイルがさらに完成。[守]の久野美奈子師範代(ちょっとバロッコ教室)は、ISIS編集学校初の生徒全員の全番回答をなしとげた。6期[破]では、期中に2回開催する「アリスとテレス賞」の大賞を連続受賞した堀江久子さん(当時は学衆、後に両面劇場教室師範代)も誕生。ちなみに、この記録はいまだ破られていない輝くレコードである。

ISIS編集学校の事務局で活躍する堀江久子さん
(Text:柿木正樹・大川雅生,Photo:川本聖哉)
●次回は松岡正剛校長直伝、迫力の[離]退院式の模様からご紹介します。
投稿者 staff : 2005年10月31日 10:59